魔王の嗣子/始まり
黒の外套を羽織り、雪を取り除いた岩壁の上に腰を下ろす。見回せば氷に鍛えられた岩が隆々と屹立した山麓が包囲する。琥珀色の瞳で全景に不穏な気配はないか観察した後、一休憩入れる事にした。竹筒の詮を抜くと、中の水は凍っていなかったが、恐らく体温による影響だ。暫く離れた場所に放置していれば、詮まで凍りついてしまう。
冷水を喉に流して潤し、杖を胸に抱く。
険しい山道を行く最中にあった敵襲は、北大陸の走狗たる八咫烏と、それらを統率する羽衣の貴人。少年はある巨大な組織に属している故に、様々な種族とも面識があるが、この地に堆積し未だ人に踏まれず汚れを知らない雪にも似た純白な肌。生きているとは思えず、されど神秘的な美しさを混在させた種族だった。
あの羽衣の美女が何者であるにせよ、八咫烏を操るとなれば彼等より北大陸では上位なる存在であり、この土地には何らかの秘匿したい真実がある。その確信だけが今の少年を動かしていた。
相棒から直々に命令が降され、渋々と承って赴いた土地だったが、自然と興味を惹かれる謎に今は悔いもない。何より、同伴者として付けられた人物が到着するまで休める。
その間に先日届いた婚約者の手紙を読む。
内容は健康の心配、彼女の現状報告、少年に纏わり付く女性問題への指摘、そして仁那と呼ばれる少女と少年の共通点。その筆跡がいつもとは違う形で弾んでいると読み取って、我知らず口許を綻ばせた。
文を丁寧に折り畳んで懐に仕舞う。返事は任務から帰還し、色々と落ち着いた時にしよう。静かに岩壁の上で待機する少年の傍へと、雪を踏み荒らして迫る小さな影。樹影より兎のごとく機敏に飛び出したと思えば、短刀を片手に少年の首筋を狙う。
少年は振り向かずに杖を手中で一旋させ、後方の気配を正確に石突で衝く。胴を打たれた襲撃者が雪上に仰向けで倒れた。
起き上がろうとしたが既に遅く、少年によって喉元に自分の短刀を突き付けられていた。一切の勝機も無い、顔に渋面を作って敗北を認めると、少年が優しい笑顔と共に短刀を返戻する。前身頃から差し出された彼の手を握った。
「雪の上じゃ、相手との距離を測ってなるべく歩数を少なくして接近しないと」
「う~!先生みたいに行きませんよ……」
「鍛練の仕方だよ。僕だって最初は氣術を使わずに足音立てず歩くなんて無理だったんだから。これに関しては体質も遺伝も関係無いんだよ」
「弥生にも出来るって事ですか?」
「意識すれば、いずれはね」
少年は、自分を「先生」と呼ぶ少女――弥生を立たせた。自分を慕う瞳に邪気はなく、未知の山奥に踏み込むとあって緊張させていた自分が可笑しく思えてしまう。
弥生は西国の反乱軍に占領されていた村で、家事全般などの世話を強いられていた少女。それを「白き魔女」率いる【太陽】によって救われ、何より少年本人に大人による虐待の現場を目撃され、その全員を捕縛した少年に憧れた。魔法、呪術、武術と才色兼備であることもあり、「白き魔女」を師匠、少年を「先生」と師事する事になった。
齢十二でありながら、既に組織内では嫉妬の的になり易い幹部に出世。組織の長たる「白き魔女」の随身という高位な役職でありながら、表舞台に立たず権利を行使せず、「白き魔女」の命令のみ承諾する生き方が弥生にとって憧憬であった。
弥生は「先生」の隣に座り、携帯食糧を摘まみ始める。先程は少年が八咫烏全員を相手取り、自分は戦場から遠ざけられた不満がある。しかし、相手の力量を量り損ねない炯眼がそう判断したなら、致し方ないと自分に言い聞かせた。
「敵は強かったですか?」
「平均的な武力なら、下手な部隊よりは強い。弥生ひとりじゃ、少し危険かな」
「遠目に窺ったのですが、あの白い女の人は?」
「……あれは、危険だね。だけど次は仕留められる自信があるよ」
「流石、先生は凄いですね!弥生も――」
「まだ早い」
「う~!」
頬を膨らませる弥生の頭を撫でて立ち上がると、岩壁の上から背後に広がる遺跡を眺望した。荒涼とした様相だが、まだ奥がありそうだと直感して、少年は歩を進める。
慌てて携帯食糧を糧嚢に仕舞って、その後に続く弥生。憧れの存在との同じ任務とあって、期待と幸福に双眸が輝く。
「弥生、これから厳戒態勢で挑むよ」
「敵が潜んでいると?」
「否定できないからね」
「了解です」
入り口を塞ぐ倒壊した柱の下を潜り、光の遮られた闇を内包する遺跡の中へ入った。
× × ×
「――おはよう」
「……朝一番の美女……」
意識が覚醒すると、見知った天井と鈴音の顔がある。
仁那は布団に寝かせられており、此所は『敷座』に宛がわれた北棟の一室だった。何故ここで眠っていたか、その経緯は鈴音が簡潔に説明してくれたため、あまり混乱せずに仁那は部屋を引き払う用意を終えて北棟を出た。神族との決闘で傷付いた体も既に回復しており、何故か体は清めた後のように爽快である。
鈴音が眠っている間、濡らした手拭いで体を洗ってくれたらしい。改めて深甚なる謝意を伝え、仁那は感涙半ばに自身が生き残っている今を謳歌して北棟と南棟を繋ぐ渡り廊下へと出る。朝から感情表現の激しい仁那を訝る鈴音だったが、彼女を誘導する。
仁那はふと肌を晒した左手に気付き、慌てて花衣特製の手套を身に付ける。友人からの贈り物という経験が少なかった人生の中では、とても貴重な品となっていた。
廊下の中程には、幹太とガフマンに加えて背丈の低い隻眼の少女が立っている。間も無く混乱する仁那を幹太が落ち着かせると、少女は全員を北棟の第二画目の壁まで導く。男性禁止の北棟で失態を犯した幹太としては、いつどの方向から再び叱責の声が飛んで来るかと臆病に身構えていた。
暫く歩いて、少女が壁を押すと、その部分が向こう側へと倒れて行く。現れた方形の入口へと急ぎ、すぐに隠す。屋外には雑草が生い茂り、道は舗装されていなかったが、少女は弛みない足取りで進む。面子が全員、山中を越える旅にも悲鳴を上げぬ者ばかりである故に、誰一人として不平声を漏らさなかった。
仁那はふと、首の寂寥感に気付いた。祐輔が朝から不在である。一行を顧みれば、弁覩もその姿が見受けられなかった。しかし、ガフマン達の顔が落ち着いている中り、恐らく別行動をしているのだ。
叢を掻き分けて進み、およそ数分の後に小屋が現れた。隻眼の少女に誘われ、全員が入室すると空間の中心には黒髪に灰色の瞳をした女性――あの日、仁那の相談役を快諾してくれた恩人の姿があった。椅子に優雅に腰掛け、傲然と上げた顎の向こうで一行を見ている。
隣には赤髪の二人組、三叉槍を袈裟懸けに背負った少女と詰襟の服を着た男性。
唖然とする仁那と、思い当たる節があり顔を険しくしたガフマン。二人以外は屋内を見回していた。
「また会ったな……確か、仁那だったな」
「あれ、わっせ名乗ったっけ?」
「調べただけだ、既にお前達の事も知っている。
出会えて光栄だ、【灼熱】のガフマン殿。その顔を見るに、既に私が何者であるかもお察しで?」
「貴様、確か坊主の従姉の……カリーナ・カルデラだったな」
「えッ!ユウタさんの従姉!?」
仁那が喫驚に目を見開くと、含み笑いをした女性――カリーナは椅子から立ち上がる。すると鈴音の傍に歩み寄って、その両肩を掴んだ。
「探したぞ、“魔王の継承者”」
カリーナの一言に、仁那は凍り付いた。鈴音もまた、表情はなく顔色がいつもより青白くなっていた。
魔王の継承者――後継者争いに内乱が勃発する事を危惧し、南大陸から出奔したとされる要人。彼女を探す為に港湾都市の知荻縄では凄惨な事件が繰り返された。魔族が血眼になって探し求め、南大陸を統べる正統な王になる資質を持つ者こそ鈴音だった。
仁那の脳内では、焼き殺された鍛冶の里の惨事、魔族に追跡を受けた苦難の日々、虐げられた人々の苦鳴を想起し、憮然とした表情のまま鈴音を凝視する。
幹太は事情を把握しているらしく、鈴音をカリーナから離した。指先を震わせるほど動揺した彼女を胸に抱き寄せて頭を撫でている。ガフマンは仁那から港湾での事を聞いており、その原因たる魔王の継承者についても知っている故に、仁那の肩に手を置くと、沈痛な面持ちで首を緩やかに横へ振った。責めてはならない、と語っている。
カリーナはそんな一行の心慮に気遣う様子もなく、椅子へ再び腰を据えると赤髪の男性――ジーデスに手招きした。
「何だか面倒だから、仁那にはお前から説明してやって」
「もう当主ちゃんの所為で、何を取り繕っても無駄だけどね!」
三叉槍の少女――セラは快活な笑顔で言い放った。
隻眼――ミシルは黙々と一行をカリーナの背後から観察している。その姿勢からは警戒と敵意が滲んでいる。先程までの案内とは一変し、狭い空間内で彼女が発するそれらは周囲を圧した。
「俺が説明するよ」
「……幹太さん?」
「故郷を出てから、鈴音を一番知ってるのは、多分俺だから」
× ×
国境付近の騒乱が発生した頃。
中央大陸の山間部の山里の付近に、鈴音は南大陸の追跡を逃れる為に隠れていた。将来の栄光を約束された身分ではあったが、自分の立場を狙って政争に明け暮れ、必要とあらば如何なる手段の是非も問わない熾烈さへと発展した。
魔王の一族――即ち死術師の血統は、確かに強力な魔族が高確率で出産され、その中に正統な死術の資質を有する個体が現れる。当代は鈴音にその資質があり、魔王はこれをすぐに後継者として選んだ。魔族の王となるべく、力の使用法から戦闘技術を学び続け、他の魔族を圧倒するだけの力を得た。
しかし、死術師こそ魔族の長という体制に不満を持つ者も存在し、それによって鈴音は狙われる事となる。仮に己が魔王に就任した際には、果たして現在の魔王と同じく、それ以上に大陸を運営できるか、その自信が無かった。
周囲からの圧力、不安感から故郷を出て中央大陸の東端に隠遁していたところを、狩人の幹太に発見された。
幹太の気紛れによって、彼と同居人となった後は狩りを学びながら、新たに得た家族と里の友人と過ごしていたのだ。その頃には戦争の火種が各地で燻る剣呑な時期となり弁覩も訪れた。鈴音や弁覩を狙う者と果敢に対峙した幹太と共に、初秋に現れたガフマンと出逢い、彼を狙う黒装束の武装集団から逃れる為に里を出た。
何ヵ所もの戦場を横断してまで追手を撒いて、昨今の時代を生き抜いた。自分を追う魔族の傀儡とも戦いながら、現在の白壕に至る。
× ×
幹太の説明が終わると、カリーナは膝の上に肘をついて掌に顎を載せる。
「成る程な、東西の港湾を占める武力を派遣しながら、未だに魔王の嗣子を捕らえられなかったのは、人目の付き難い山里とガフマン殿による守備があったからか」
鈴音は俯いて黙った。
この戦争は大陸同盟戦争と些か異なる。中央大陸全土が総力を上げて、南大陸と戦った過去とは違い、二分された東西に加えて魔族が介入した事で複雑化してしまった。問題の一端には鈴音の存在に起因した騒動があるのだ。いま苦しみ喘ぐ者や築かれる屍と名も無き墓標の数々を、鈴音が作り出したといっても否めない。
裾を握り潤んだ瞳で見上げた鈴音に、幹太は弁解をしようとして、しかし何も言えずに押し黙る。同時に、幹太にも忸怩たる感情があった。
鈴音を長く故郷から遠ざけ、戦争を延長させた原因は自分にある。安易に引き取る真似をしたために、魔族に支配された場所では人々が今も苦しんでいる。この話題で、鈴音よりも無責任だと己を恥じたのは幹太だった。
カリーナは二人の苦悶を知ってなお、口を止めず滔々とも語った。
「鈴音……か。今お前を必要としている場所は、少なからず此所にある。私は赤髭総督の支配を覆すべく、今こうして一年以上も身を隠していた。
その切り札が「白き魔女」、過去に総督が嗾た刺客の履歴、そして魔族を斥ける最適な道具である「魔王の嗣子」だ。お前がもし、現状に思う事があるのなら、私達に協力しろ。それがせめてもの償いになる」
「……幹太とは、一緒に居られる?」
「無理だな、特殊な力を有している訳でも無ければ、何の縁もない狩人だ。一般人を巻き込める段階ではない。
幹太、お前も鈴音を甘やかすな」
「どうして幹太を責めるの?」
「奴も責任感を感じている。その旅で目を逸らし難いほど人の死を見届けたのだろう。もう無視はできない、我を通せないという結論に至ったんだ」
鈴音は唇を噛み締めて、小屋から飛び出した。
仁那も後を追う為に動き出したが、カリーナの手が素早く仁那の手首を掴んだ。
「一人で思考する必要がある、暫く一人にしてやれ。死術師は生物の気配に敏感だ、不用意に接近すれば彼女の妨げになる」
× × ×
カリーナが地下に設えた書庫に入ってしまった後、一行は小屋にて鬱々とした雰囲気に包まれていた。
「幹太さんは、どうするんですか?……これから、鈴音を」
「……俺は里に帰るよ。あいつを必要とする場所へ、然るべき所へ渡す積もりだ。例え、鈴音が望んでいなくとも」
「でも、鈴音は幹太さんを愛してますよ」
「それは嬉しいが、以前みたいに気兼ね無く家族を名乗れる立場じゃなくなった。これから暮らしていても、今日また死術師として自分を再認識させられたから、もう逃げられないだろう。
これ以上は、鈴音を苦しめるだろ」
「幹太さんは、それで良いの?」
語るべくもなく、たとえ愛情の形が違うといえど幹太も別れは悲しい。しかし、いま自分が分岐点に居る事は明白なのだ。先延ばしにしてきた選択を迫られている。必中不可避、もはや頭の隅に留めておく程度では済まされない。
幹太の手元には二つ、世界の運命を左右するものがあった。『四片』の弁覩、魔王一族の鈴音、どちらも関与する要素すらまったく無い異界の住人に等しい存在との生活。そこに生じた問題と愛情の狭間で、いつかこの時が来ると達観していた。
幹太は小屋の出口を見遣った。
仁那は必死であるが故に気付いていないが、扉の向こう側では鈴音が会話を聞いている。ガフマンもそれを悟って、口出しせずにいた。幹太が離別を拒めば、その意に快く賛同するのが鈴音だ。それが嬉しくない訳がない。
だが、鈴音とてこれからも逃げる事は出来ないのだ。自分の運命に抗い、本来立ち向かうべき敵と戦う時が訪れた。その兆しとして仁那が現れた。弁覩の力を継ぎ、そして鈴音の友となった少女。
「鈴音の判断を尊重するのはやめだ。甘やかし過ぎたもんな。……でも、カリーナちゃんに預けるってのは少し嫌だな、変革の道具ってのは好かない」
丁度よく書庫から出て聞き咎めたカリーナが可笑しそうに口角を上げる。ジーデスとミシルの顔が青褪めたのも無理はない。自分を“当主様”、または“ちゃん”付けで呼ばれるのは嫌悪する。
だが本人は気にも留めていなかった。それよりも幹太の真意に興味を懐いたのだ。灰色の眼差しが好奇の色を帯びて、狩人の男に注がれる。
「……では、どうしたい?」
幹太は仁那を見た。
「鈴音の事を、仁那に頼もうと思う。『器』だか何だか知らんが、この娘もその壮大な戦争の渦中にあるんだろ?多分きっと、カリーナちゃんが打倒総督を実行する場所に、仁那もいる筈だ。
この娘なら、鈴音を導いてくれる」
驚愕に固まった仁那の前で、男が床に頭を付けて平伏した。その態度には、大切な家族を他人に預ける覚悟が秘められている。カリーナの返答も聞かず、自分勝手な決断を下し、貫き通す。
「頼む、仁那……!」
「ええっと……わ、わっせは……?」
その時、冒険者ガフマンが大笑した。場違いな空気を遺憾なく全身から醸し出す男の笑声が耳障りだとばかりに、カリーナは両手で耳を塞いで眉を顰める。
「我は賛成だ、あの魔娘は些か以上に幹太に依存しとる。これは好機なり、離れなくては解らぬ事もあるだろう。ひとつに固執するのではなく、その輪の向こう側を見聞し、その上で家族の下へ帰ることを選ぶなら、紛れもなく後悔の無い選択となるだろう。
小娘、龍の世話をしてるお前さんに更なる負荷を背負わせるやもしれん。だが共に旅をしてきた誼だからな、我からも魔娘の事を頼めんか?」
ガフマンも胡座を掻く膝に両手を付いて、深く頭を垂れた。男二人に真剣に依頼され、当惑する仁那がまず考えたのは祐輔の事である。彼の事は自惚れではなく、素直ではないが仁那との旅を楽しんでいる。そこへ鈴音が参加することに異を唱えるかもしれない。
仁那としても、自分の気儘な旅の生活に彼女を付き合わせる事に申し訳が無くなるし、カリーナが総督と戦う大一番、その場に鈴音を届けるならばまだしも、自身が大役を演じられるとは到底思えないのだ。人間関係を親しく良好にするのは得意だが、面倒を見る事は難しい。
それに、今回の案件でも重々理解したのは、西国出身の容姿に似ているからこそ誤解を招き、「西人狩り」の手が旅先ではいつも付きまとう。白壕に至るまでの道程では上手く回避してはいたが、鈴音も迷惑を被るだろう。
容易な選択ではない。
「祐輔の意思は後だとして……わっせは、二人のお願いを無下にはできない。だから後は、鈴音がどうするか、そこだけだと思う」
仁那の声に、二人が面を上げる。
「ガフマンさんは、どうするの?」
「我は、幹太と共に里に籠る。一時巻き込んだが為に、奴等にも目を付けられとる。魔娘への質にされるかもしれんでな、我が護衛する。無論、興味がある総督撃破の現場には馳せ参じるがな、むはは!」
「それ、俺も引っ張られるの確定じゃん」
幹太が嫌々と顔を歪めると、仁那は微笑んだ。誰一人として親族でもない、しかし三人と弁覩は紛れもない強固な絆で結ばれている。呪いではなく、真に信愛で築かれた関係だ。その中心には幹太が居て、皆を支えている。
仁那にとっては、祐輔がそうである。そして侠客の生き様を教えてくれた恩師。幼少の自分ではまるで考えられない。
仁那が感慨に耽っていると、小屋の扉が静かに開いた。全員の注視が募る中、入ってきた鈴音は床を見ながら全員に通る声で囁く。
「私は仁那と行く」
顔を上げて前を強く見据えると、幹太が黙って頷いた。その顔には、罪悪感と嬉しさが同居している。前者は扉の向こうで聞こえる声量のまま、催促するような発言をした事、後者は以前から幹太を慕うばかりに周囲が見えない危うさを思わせる依存心を乗り越えた強さを垣間見てである。
意見が合致すると、カリーナは徐に席を立って仁那に紙切れを渡した。拒む隙も許さず、自分の手を重ねて確りと握り込ませる。
「お前達に頼み事がある。……なに、お使いだ」
「?何ですか?」
「そこに記してある町を訪ねて、ある物を探せ」
「め、命令ですか……」
若干顔を引き攣らせながら笑い、仁那はそれを雑嚢の中へと仕舞う。
その後ろでは、鈴音が幹太の胴に抱き着いていた。
「幹太……もしかしたら、帰って来ないかもしれない」
「気にすんなよ。どれだけ長くなっても、お前が帰りたいと思った時、里がお前の故郷になる……総督の時にまた会うだろうが、それ以降も俺は歓迎するぜ、何たって家族だからな」
そこに以前であった大人として強く振る舞おうとする無理や虚勢が感じられない。心の奥底から純粋に吐露した想いを感じる声音。
すると、鈴音は初めて満面の笑みを浮かべた。ガフマンまでもが驚く中で、鈴音は一人渡された紙片を握り締める。
何かが始まる、不吉とも吉兆とも断定できない直感がそう告げていた。
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
次回、第二章完結となります。書いていて思うのは、鈴音って何なんでしょうか。ヤンデレ……ではないけど、クーデレ……でも無いような、ツンデレ要素は皆無だし、属性が判然としませんね(作者なのに)。
幹太と鈴音の山里生活を主軸にしたスピンオフ『無気力猟師は鬼少女の為に』も連載中で、暇潰しに見て頂ければ嬉しい限りです。
次回も宜しくお願い致します。




