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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
二章:幹太と審美眼の虎
155/302

龍華滝の戦い(壱)/第二の花弁



 鬱屈とした曇天の下、鈴音は混乱した町の模様に唖然としていた。我先にと人の荒波が街路を埋め尽くし、猛然とした流れを作る。屋根上に避難した故に静かに俯瞰できる光景だが、逃げ惑う人々の表情はあまりに必死。それこそ町中で魔物の大量発生や未曾有の事態に遭遇した反応だ。

 恐らくその原因は、『敷座』の前に出現したあの神族の使者。目的は神族の血を後天的に得た仁那の抹殺である。彼女に血を与えた主――軻遇突智は、この事態を予見してはいなかったのか。

 あの二人の口振りから推察すると、その可能性は限り無く低い。神族にとって、他者に血を分け与える事は禁忌であるという。その戒律を弁えず、無知であるとはあまりに不自然。

 仁那は『器』――祐輔や弁覩が認めた存在であり、鈴音にとって友人。まだ日は浅いが、それでも彼女を見捨てる事には釈然としない憂いが残る。その内心を察してか、或いは単に友人の助力に向かわせる為か、幹太に背中を押されて出た手前、そう易々と死なせる訳にはいかない。

 旅館前に到着したが、二人の影はなかった。だが、確かに此所で戦闘が行われていた痕跡が痛々しく残されている。出発前まで人が往来していた地面は大きく割れて、近辺の家屋は両断されている。所々には、高熱によって融解している部分が見受けられた。

 北に向かって荒涼とした景色が続いている。巨大な魔物の暴走があったと見紛うのも仕方がないほど、道は歩行が困難な程度に荒れていた。

 瓦解した家屋の中から人の声を聞き咎めて、鈴音は中を覗いて探す。瓦礫の隙間に居る少年の姿を発見して、崩れた屋根をゆっくりと持ち上げながら中へ踏み込み、少年に近づいていく。どうやら折れた支柱に足を挟まれたらしく、抜けずに困っていた。

 鈴音は柱を押し退けて彼を担ぐと、外へ脱出した。路地の中央で少年を下ろし、足の具合を確かめる。内出血で痣が出来ているが捻挫程度であり、他にも調べたが命に別状は無い。


「ねぇ、質問しても良い?」


「な……何だ?」


「此所で戦闘していた人達は、何処に行った?」


 少年は訝しげに鈴音の角を盗み見しつつ、北の方角を指し示す。町内で暴れているとは考え難く、鈴音は郊外に広がる森と山を見遣った。目を凝らして暫く観察すると、森の一画で樹木が水柱のごとく噴き上がった土煙に巻き込まれて空に打ち上げられていた。轟音を鳴らして、次々と別の地点で爆発が起こる。

 二人は森の中に敵を惹き付けて戦っているのだ。どちらが優勢であるかはまだ判じる事は出来ないが、少なくとも生存はしている。祐輔が先に仁那の方に向かっている、それを目印に鈴音は彼女を探す結論を下した。

 少年は片足で立ちながら、避難区域まで移動する。鈴音はその足取りに不安が無いと感じて、一礼すると真っ直ぐ北の森林へと走った。神族二人を相手に未だ持ちこたえている。


「……間に合わせる」





×       ×       ×





 渓流の中では剣戟の音が鳴り響き、その度に崖が雪崩のように崩落し、樹木は轟風によって根元から薙ぎ倒された。穏やかな清流も飛沫を上げて川辺を打ち、動物は断続的に起こる地震に速やかな避難を始める。普段は鳥が唄い、風が吹き抜けるだけの静かな森に、平和を乱す二つの巨影が何度も激突した。

 須佐命乎の持った異形の斧槍。

 ガフマンの握った奇妙な長剣。

 凄烈な噛み合いで拮抗した後、両者は大きく後ろへ飛び退く。着地と同時に再び前に出て攻撃し、打ち付け合う様は闘牛同士による力比べに等しい画だった。ただ、競われる力は破格である。

 須佐命乎が頭上で旋転させて加速するとともに振り下ろした。ただの攻撃であるのに、ガフマンが受け止めてから遅れて発生する強風、そしてガフマンの位置より後方にいなした衝撃が亀裂が生まれる。

 強烈な一撃がかける全身への重圧に、敵の実力を感じ取った。冒険者の歴史や傭兵時代に巡り会った敵の中でも、首位を争うと思わせる。久しき強敵との果たし合いに笑って、ガフマンは斧槍を払い除けながら、正拳を須佐命乎の顔面に目掛けて打つ。

 須佐命乎も空手を握り締め、同じ攻撃で正面から勝負に挑んだ。ただ拳撃であっても、二人の間では常に空間が震撼し、離れた河水が不可解な水柱を立てた。

 相殺されても止まらず、ガフマンは至近距離で長剣で薙ぐ。刃に帯びた火炎が空気を熱し、林間の闇を切り払う。須佐命乎は危険を察知し、斧槍の長柄で防御させた。

 二人を中心に、放射状で炎が飛散した。地面に落下すると同時に爆風を巻き起こして消える。本来ならば放出した場所で対象を爆砕する筈の技だが、その中心地に須佐命乎は健在である。彼が弾いた故の現象だった。

 ガフマンが一歩前に踏み出ると、足許の地面が煌々と発光して閃光を散らす。須佐命乎は憤然と直下から襲撃した溶岩流の波に呑まれ、近くの渓流まで押し流された。川と合流すると、圧倒的熱量で水を蒸発させ、辺りに霧が立ち込める。

 涸れて露になった河床に仰臥していた須佐命乎は、地面を両手で叩いて跳ね起きると、相手が繰り出す次の一手に備えた。前方より、霧の煙幕を破って複数の巨大な炎弾が現れた。一見しても判るのは、一つで十数もの部隊を焼き払うことが可能な火力。

 須佐命乎を強敵と認識して用意された連射に対し、期待に応えんと斧槍で横薙ぎに一閃した。今度はそれらを総て跳ね返して勢い止まず、前景の森を一掃してガフマンもろとも弾いた。

 地面から引き剥がされた草木と共に転がって、岩場に激突して静止する。崩れた崖の下敷きになる寸前で、須佐命乎が高速で肉薄してさらに追撃に出た。上から岩石の雨、前からは砲弾となった相手の侵攻。

 ガフマンが長剣を上に掲げた。天を指し示す刃先から火炎が放射され、頭上の岩を炙る。だが溶けずに落下してくるそれらを素手で掴み取り、須佐命乎を狙って連投した。急造の彗星が幾つも直線を描いて放出され、これらを須佐命乎は撃墜しながら進む。

 同時に襲い掛かる溶岩を前で回旋した斧槍で払うと、跳躍したガフマンが斧槍を弾き上げた。掌中を離れて空に飛ぶ武器。須佐命乎は大上段から振り下ろそうとするガフマンの肘を拳で強打して止めると、無防備な横っ面を片手で殴り付けた。

 命中を確信し、拳が届いたと思った時、自身の腹部にもまた相手の蹴りが当たっていると知った。両者はまた崩れる崖と川まで吹き飛ぶ。痛みを訴える腹を押さえて須佐命乎は立ち、口端に垂れる血を手の甲で拭って瓦礫の中からガフマンは脱け出す。

 中空に放置されていた斧槍は、独自の意思を得たかのように持ち主の下へと飛んだ。弧を描いて須佐命乎の手の中に収まる。


「ったく、我と同じパワータイプだとは奇遇なり」


「この勝負、単純に相手に膂力で優れば良いということか」


 岩を踏み砕いて発車する。

 ガフマンの長剣が地面を焼き裂きながら進み、須佐命乎が間合いに入る寸前で、一気に振り上げる。本来なら、空振りに終わる筈の攻撃であり、次の動作を活かすべく放った小手騙しである。しかし、彼の腕力はその範疇を逸した全力で振り抜かれた。須佐命乎の鼻先を通過した切っ先、攻撃の瞬間を誤ったと相手が嗤笑と共に踏み込んだ時、剣で切り裂いた地面を内側から押し上げて炎が迸る。

 須佐命乎を始点に、剣を振り抜いた方角へと巨大な火柱が天に支えるほどの高さまで立つ。大地は捲れ上がり、悉くを灰塵に帰す。白壕を中心とした曇天は急激に空気が暖められた際に発生したもの。もはやガフマンは天候を左右するほどの武力すら備えており、彼こそが動き意思によって自在に噴火する火山であった。

 暴力的な熱風と火の海は、何者も阻めない自然現象そのもの。須佐命乎は直撃を受けて仰向けのまま滑空し、渓流の崖を破壊してさらに大木を巻き込みながら後ろへと転がる。地面を跳ねて山まで飛び、岩場の部分に頭から突き刺さった。およそ人ならば確実に絶命している。

 だが須佐命乎の命はまだ強く脈動していた。乗り掛かる岩を押し退けて立ち、自分が飛ばされた距離を目測する。転がって来た軌跡より森に延焼は無いが、それでも周囲一帯が灼熱の地獄と化している。陽炎に木々の輪郭が揺れ、蒸気が立ち昇る。

 道の先に昂然と立つガフマンを見据えた。


「高が人族と侮っていたが、此所まで私を突き飛ばすとは」


 聞こえる距離ではないが、それでも相手の意中を察してか、視線の先でガフマンは小癪な笑みを浮かべた。その場で剣を振りかぶっている――恐らくは、この山まで刃圏に収める一撃だ。

 須佐命乎が石突で地面を打つと、斧槍の刃が光り輝く。曇天の空の下に現れた太陽のごとく辺りの森を照らした。

 形状が変わり、一振りの太刀になった。刀身は微かに湾曲し、鎬地には蛇を思わせる装飾。鋭利な尖端となっている筈の鋒は丸い形をしている。異形の太刀を上体ごと後ろへ引き絞って


「だがその炎とて、我が草那藝之大刀の一刀の前には敵わん」


 遠景に輝く太刀を見て、ガフマンは眉根を寄せる。あの武器を中心に、大気の氣が無差別に吸い寄せられていた。あの一撃は冗談ではない、森を更地にしてしまうほどの大技だ。

 二人は同時に得物で空を薙いだ。

 森羅万象を切り裂く斬撃同士の邂逅。大量殺戮兵器にも等しい一撃が喰らい合い、ガフマンと須佐命乎の中間地点で燦然と火花を炸裂させて爆ぜた。

 須佐命乎の立つ山が崩落を始め、直ぐ様空間を撹拌する光の渦が届いて視界が白く塗り潰された。ガフマンの前にも目を焼くほどの光が届き、一瞬の後に訪れた震動と共に呑まれる。二人が戦場に選んだ場所を、濃密な氣が渦動した。その中で立っていられる物体は存在せず、その中で分解されれ光の一部になるしか無い。


 暫くして爆風が収まると、光が静かに消滅した。それが蹂躙した場所には、巨大な盆地が形成される。龍華滝の水が遅れて中心を流れて溜まり、池を作り始めた。地下に潜んでいた魔物の亡骸も浮き彫りとなり、大地は黒く焦げる。

 地理すら変えてしまった勝負の行方――煙火の中で須佐命乎が立ち上がった。その装束は諸肌脱ぎに近く、上半身は半焼していた。焼けて襤褸となった羽衣の裾が風に叩かれる。

 赤銅色の瞳で荒れ果てた土地を眺望し、その中に何も無いと諦観する。やはり、あの一太刀には耐えられなかったのだと。


「勝手に殺すな、我は此所に居る!」


「ッ!?バカな……」


 響いた強い声音、須佐命乎が正面に視線を投げる。盆地の中点から、自分とは対岸の位地の煙が晴れてその姿が晒された。

 片膝を着き、長剣を地面に突き立てて体を支えている。薄い革鎧は半壊し、腰に巻いた外套の裾は襤褸となっていた。左肩は外れたのか、力無く垂れ下がっているが、瞳はまだ強い戦意の火が燃えて須佐命乎を睨む。

 もはや人族から逸脱した肉体の強さに畏敬の念を禁じ得なかった。心底から彼に対する称賛の言葉が脳内で浮かび、草薙藝大刀の把を強く握る。神族にすら匹濤する強者は、こちらを見て笑った。

 須佐命乎の右肩で、突然炎弾が爆裂した。それも、彼の場所を中心に幾つも発生しては熱と光を放って爆風で蹴散らす。あまりの猛撃にその場で相手と同じように膝を屈する。


「胴に蹴りを叩き込んだ時に仕込ませて貰ったわい。流石は神族、何を仕出かすかと思えばこの有り様……左肩が動かん」


「見事だ、貴様はどうやら敬意を評する我が好敵手に値する人物だったらしい」


「光栄だな、しかし悪いがこの決闘、お前さんの命を奪うまでは降りられんでな」


「それは、こちらとて同じだ」


 ガフマンはふと、須佐命乎の右半身に注目した。先程の連撃で竹笠が消え、右の面相が隠れていない。潰れて目鼻の形に区別が付かない惨状となっており、思わず顔を顰めながら膝を叩いて立つ。

 須佐命乎は右手で顔を押さえながら立った。


「これは過去、ある氣術師……いや、事情を知るであろう貴様に韜晦は無為か。先代闇人なる男によって、二度と癒えぬ傷を負わされた。ヤツには一矢報いることすら叶わなかったが……。

 私はヤツ以外に強敵と認めたのは、貴様が初めてだ。互角の勝負、これほど熱くなった事は無い。あの愚兄の期待も、確かに少々理解を得たところだ」


「ふはは、胸の高鳴りを覚えたのなら上々。だが命の遣り取りの最中、言葉は無粋と断じて剣を交えるのが然るべき作法だ」


「そうだな……では改めて――尋常に参る」


 両者は地面を蹴って、眼前の好敵手との果たし合いに挑んだ。







  ×       ×       ×





 紫と縹、二色の雷が森を馳せる。

 二つは幾度も打ち合い、二重螺旋を描いて弾けた。ガフマン達の戦場より北にある龍華滝の上で、悠然と浮遊するのは月読命である。相手に意思を悟られない紫の瞳で、茄子紺の長柄をした鉞を片手で持ち上げる。

 眼下を流れる瀑布の下で、水の中に撃墜した敵の姿を探した。川岸の岩に縋み付いて流れに耐える少女仁那の姿を見付ける。曇天の所為で薄暗く、灰色の森の中でも鮮やかな色を宿す彼女は目立つ。未だ河から上がろうとする気配は無い。

 月読命は素直に相手に敬意を覚えた。自身に全力を出させる他、何度か危険な時もあったし、反撃の鋭さと状況判断、その身に余るほど強力な能力を掌握しつつある。普段とは違い、動体視力や運動能力、単純な筋力などの倍加にも慣れていた。無論、月読命の兄の眷族ともあり可能ではあるが、強敵に対しても捨て身の攻撃を慣行する勇気は彼女にしかない強みである。

 仁那は側頭部に炸裂した鉞の猛打を受けて、意識朦朧としていた。『四片』の力を発動中とあって回復力は平時とは桁違いだが、それでも凄まじい痛打であった。あの矮躯から発揮できる腕力ではなく、仁那の全力にも応じて見せた。

 攻撃力ではこちらが上だが、月読命はそれらを巧みにいなしている。だからこそ、手数で言えば彼女の方があり、一時は防戦一方な状態に陥った。魔族とは段違い、それこそ比較してはならないと体をもって知らされる。

 仁那はいま、彼女にあって己に欠けている要素を把握していた。膂力は上、速度は五分五分……では何が足りないか。それは、手先の精密さである。相手の技巧に対し、単純な力業で正面から挑んだこの現状。彼女を完全に凌駕するには、必然的にそれが問われる。

 岸へと上がって、脳震盪による痺れが抜けてから立った。

 月読命の得物――刃が光を凝固させたとしか説明のつかない奇妙な外貌をしている。単純な金属でない事は明白だが、幾ら打撃を加えても耐久し果せる硬度がある。今の仁那の身体強度は確かに刃を通さぬ程ではあったが、それでもあの鉞の一撃は意識を刈り取る威力を持ち、油断はならない。それこそ、失神して能力が解除された時は純粋に両断されてしまう。


 滝の上に居た月読命が消える。

 視界の隅に紫電が走り、振り返ったところで既に鉞が振られていた。両腕を胸前で十字に交差させた防御で受け止める。直撃の威力は全身を軋ませたが、月読命の動きを止めた。

 しかし、刃で強く光が瞬いたと知覚した時、紫の雷が四散して仁那を突き飛ばす。至近距離で受け、滝の作り出す水の壁を突破して崖に突き刺さった。さらに鉞で乱打する月読命の猛追に、背中を深く埋め込まれていく。これでは身動きが取れない上に、一方的に虐殺される。

 仁那は防御を解いて、背後の崖を足場に迫る鉞の刃を正面から拳撃で迎え撃った。今度は縹色の雷が滝を爆破し、月読命を殴打する。激しく川面に叩き付けられ、河床に倒れた彼女を中心に水が上空へ打ち上げられて滝となって降り注ぐ。河の流れも加わって水面下を転がる月読命を、上空から仁那が狙う。

 仁那が拳を振ると、直線で光が月読命に襲い掛かる。鉞で防ぎ、威力を殺して河から脱出した。対岸に降り立った両者は、再び体を雷に変えて滝の前に激突する。

 鉞で腹部を叩打されて河水へと落下した。空中で背転して体勢を立て直し、川面に浮かぶ岩に着地した。月読命のように飛行が可能ではなく、仁那は再び空中に留まる相手を睨め上げるしかない。


「頑張るね」


「わっせは、まだ死にたくないからね。申し訳無いけど、貴女に殺される義理は無い」


「……須佐命乎の方は、何だか良い勝負みたい」


 遠くから鳴る地響きに耳を傾けて、月読命は言った。成る程、あちらは互角の勝負であると言い、仁那との決闘に関しては明らかに自身が優勢だと弁えている。


「この任務が終わったら、私は闇人を訪ねる」


「……花衣の旦那さんに、何か用事がある?」


「うん、気に入ってるの。可愛い顔してるし、優しいし、同い年だし、神族の血が僅かにある血統だから眷族にしようと思う。あと数年したら、きっと良い男になる」


「……数年後には、花衣と結婚してるから駄目だよ。それに、わっせがそうはさせない!」


 仁那は跳躍して月読命に掴み掛かる。

 この敵を自分が止めない限り、友人の花衣が待望する幸福の未来が奪われてしまう。花衣と優太、皇族の末裔と当代の闇人――年端もいかない少年少女が抗うには、あまりに残酷な現実でありながら対立を選び、自分だけのモノを獲得する強い生き様。そんな二人を支えるのは互いへの想い、友人としてそれが成就される時を待望するし、祝いたい一心である。それを阻むのなら、花衣の敵は仁那の弊害だ。

 強い意志で肉薄し拳を握る。しかし、空中に躍り出たのを狙い撃たれ、鉞で横薙ぎに叩き飛ばされ、樹幹に体を打ち付けた。五臓六腑を震撼させる一撃に吐血して、仁那は苦し気に顔を上げる。どれだけ思いが強くても、まだ頭上で無感動にこちらを見下ろす少女の牙城を崩せない。

 月読命はふと、仁那の左の瞳が変色している様子を見た。黄昏色のそれは、紛れもなく彼女の兄と同じである。


「不思議だね、ただの人族なのに『四片』の力を所有して、神族の一部を取り込んでる。確かに、父上の肉体として成立するのは頷けるけど、一体どんな経緯を辿ったら、そんな特異な事になるのかな?」


「判らないよ、そんなの。でも……みんながわっせに託してくれた期待だけは、はっきりと解る!」


「希望は早々に捨てた方が良い。貴女はもう死ぬ、それは必定」


 鉞の形状が、今度は大鎌へと変わる。上限の月を連想させ、淡く桃色の光を放ったそれは大きさにして二丈を優に上回る。莫大な氣を内包した刃の輝きに、仁那は圧倒されてその場に立ち尽くす。これを躱わせるか否か、既に悟ってしまった。――不可能だ、直撃は避けないと確実に仕留められる。

 祐輔の能力で身体強度を『助勢』すれば、肉体は耐えうるかもしれない。だが、それでも意識は寸断れてしまうだろう。その後の絶命は必至、確実に生き残る為の策が思い浮かばない!


『仁那ァ!!』


 上空から聞きなれた声がして振り仰ぐ。

 祐輔が曇天を突き破って現れた。仁那の窮地を見て顔を顰めながら、月読命の遥か頭上で叫ぶ。


『あのクソ猫の力を使え!』


 祐輔の助言を聞いて、仁那は左手を見遣った。

 白い花弁――確か飯屋に居た際に、氣を注入された。失念していた、いま自分の中には祐輔と軻遇突智のみではなく、弁覩の力が宿っている。

 明確な方法は識らない、だが左手の甲に意識を集中させた。瞼の裏にあの白い猫を想起し、念じる。


「妙な真似はさせない――『日月分離』」


 大鎌が空間を切断した。川岸から仁那の立つ方向へと地面を抉って衝撃が半円状に拡大して行く。総てを木端微塵にしながら勢力を増す津波のごとく威力は遠くへ向かうほどより強力になり、連なる山々に激突して爆発した。

 土煙が上がり、刻まれた爪痕が隠される。

 月読命は敵の姿が遠くにあると断じて、目を細めて崩壊した山を注視する。始点から終点まで、幾重も押し寄せる衝撃波に流されてしまった筈だ。幾ら『四片』とて、相手は無事では済まない。

 しかし、仁那の姿は遠くに在らず、月読命はより近くで探そうと前に進んだ。


「わっせは――ここだよ!」


「え!?」


 背後から声――首を巡らせようとして、頭頂部に受けた拳で地面に垂直落下する。自身が破壊した大地に埋まり、油断を衝かれた痛打に喘ぐ。まだ鈍痛に意識が揺らぐが、それでも武器を執って立ち上がった。

 目の前に人影がある――仁那だった。だが様子が少し異なる。

 左腕の唐草模様、肩の波紋模様は白くなり、右手は鋭く長い爪を生やした虎の手に似る手套を装備している。頭髪は白銀だが、所々に黒く縞が浮かび上がり、氣で編まれた毛が一対の獣耳を象った。頬には猫髭を思わせる黒い三本線、臀部からは白い尾が揺れる。

 四片の弁覩、その力を纏った姿形であった。上空の祐輔も安堵の息を吐く。あの弁覩に頼る不如意も、今は気にならないのだ。

 不敵に笑う碧眼の少女を見て、月読命は唖然と口を開けたまま凝視した。まだ別の能力を秘匿していたとは慮外の見逃し、正面から『日月分離』を受けて斯くも耐えるとは――いや、耐えたのか?

 疑念と痛みで顔を歪ませる月読命に、両手を前に地面へ着いて仁那は前傾姿勢となった。跳躍の体勢、全力で迎撃しようと月読命は鎌を振り翳す。速度は既に知っている、相手が真価を発揮する前に意識ごと命を断つ。

 祐輔が嗤った。

 仁那が飛び出した――その動作を、月読命は視認出来なかった。神族の動体視力でも捉えられないとなると、その行動速度は音速に達している。

 その驚愕を抱いた刹那、顎に固い拳を叩き込まれて月読命は後方へと仰け反った。既に仁那がその場で踏み込み、拳を振り抜いていた。

 白銀の虎と同化した少女の全速が――月読命を凌駕する。


『やっちまえ、仁那』


「花衣の幸せは、邪魔させない!」





アクセスして頂き、誠に有り難うございます。

神族対人族、どちらかと言うと化け物同士の戦いなので、人族のカテゴリーでは無いような氣がしますが……。

自分で書いていて、言ってしまうのも可笑しいですが、ガフマンはチート……なのかな。須佐命乎との激闘、確り書きます。


 次回も宜しくお願い致します。


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