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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
二章:幹太と審美眼の虎
147/302

語られる歴史(肆)



 町を発つ少女と龍の姿を見送る翡翠色の眼差しがあった。

 窓辺に佇むのは花衣である。その立ち姿は、儚さとか弱さを感じさせる細い体躯であり、清流の爽やかな空気を思わせる清廉さを兼ね備えており、湿気に噎せ返るような知荻縄には似合わない。

 意気揚々と朝露に濡れる街路に歩を進める姿に屈託はないのだと、相好を崩して窓辺から離れる。

 仲案道堂事件によって産み出された犠牲者を救わんと奮起し、ただ一介の旅人でありながら解決に貢献し、皆を繋いだ不思議な少女。問題事や諍いに遭遇する質というのは、花衣が愛する少年に似通った共通点があった。

 他人からの恩には、如何に劣勢にあろうと返礼を尽くす義侠心、予想を上回る苦難に対峙してなお折れない根性、絶望に苛まれても唾棄せぬ鋼鉄の信念。

 それらを抱える人物は、余人が持つ一般的な要素と引き替えに入手した天性であり、或いは一種の呪いとも呼べる。境遇が特殊である故に培い成長した性格は、やはりその人物が身を置くにはあまりに不当――状況と本人の印象が大きく隔たっていると思ってしまう。

 仁那に、そして(ユウ)()はそういった運命の下に生まれた。一言で片付けるのは容易いが、それを傍に居る人間は否認したくなる。彼等は人並みの幸福を得る為に動けば、必ず付きまとう宿運の枷に蝕まれて、その手から取り溢してしまうのだ。


「願わくば、貴女にも祝福を」


 既に消えたその姿に想いを馳せ、両手を胸前で握り合わせて瞑目する。何の因果か、優太には右の黒印、仁那には左の紋章。自身が関わった人間には、特別な宿命を背負う者の証が刻まれている。

 それが己の身を侵食する邪な呪いではなく、幸を引き寄せる邪悪とは程遠いモノであって欲しい。そうでなくては、誰かの為に戦うその人間の人生が報われない。

 花衣は自身で選び皇族の末裔になった訳ではない。優太は己の意志で闇人になったのではない。それでも出生を不幸と断ずることはせず、抗い戦う道を選んだ自分の人生がそうならぬよう努める行動こそ、初めてその人間の自己を形作る要素となる。

 仁那もまた、世界の内に循環する大いなる円環――運命とも呼べる(しがらみ)に囚われる事が無い旅であれと願う。


「彼女は町を出た、私もそろそろ動く」


 部屋の扉から身を滑り込ませた透――ゼーダが半外套を纏った旅装束で居る。室内の空気を引き締める厳格な雰囲気。その背後では助手の是手が満面の笑顔で寄り添う。

 独りでは戦えない。ゼーダや優太、そして仁那もそうであり、花衣もまた自分の現状を改めて見て痛感する。


「いってらっしゃい。気を付けて」


「今度は火乃聿で会うだろう、それまで達者で」


 一礼して去ろうとするゼーダを慌てて呼び止める。


「仁那に会ったんでしょう、何を話したの?」


「……ただ再会を約束しただけだ」


 今度こそ退室したゼーダを見送った。

 廊下を歩く跫が遠退いて行くのを感じながら、再び窓辺に寄って外を眺める。ゼーダが意味もなく、誰かに暇乞いを告げに赴く筈がない。必要事項は予め済ませて、別れも颯爽と終わらせるのが彼だ。仁那に何を伝えたか、それを察するほどまだ花衣は暗鬱な界隈に触れていない。

 終の別れでは無いと信じて、花衣はふと婚約者への返信を思い付き、机に向き直って書をしたためた。まずはゼーダと再会したこと、仁那という人物と接するまでの経緯、そして宛先の人物と似た人の愉快な話を。

 室内に入った綯伊が躄ってそばに寄ると、書面を覗いた。花衣の横顔は楽しげで目を輝かせている。柔らかい日差しが窓から差し込み始め、室内が明るくなると少女の柔らかい金色の髪がふわりと風に靡く。

 筆を置いて文章を推敲するかを検分し、やや修正するかを悩んだ末に妥協すると、己の氣と共に送り先の人の顔を思い浮かべて空へ放つ。宙で鳥形に変容した手紙は、陽光の中へと小さくなっていった。







  ×       ×       ×



 雁木屋根の連なる道に往来する人の足は絶えず、提灯の内側より射す光に淡く照らされた場所は湯の熱気と人口密度によって、人間達に様々な印象を与える。それはどこか淫靡でもあり、或いは郷愁に駆られる感情も湧き立たせる。


 繁華街に佇む一軒の飯屋、その中の一画が声こそ上げなかったが愕然となった。机を囲う者の様子を厨房の人間が見守る中、卓上で後肢で立ち胸を張った姿勢で語る猫の姿は、誰から見ても奇怪である。周囲からは、憮然として猫に集中する彼等と同じく驚愕しているが、視点はまったく異なった。

 猫が人語を流暢に操る点に関して、もう疑問を呈するまでもなく、卓に身を寄せる者にとっては、そんな些末な事よりも重要視すべき事柄が語られた故の反応。

 仁那を救った羽衣の貴人――それは中央大陸と南大陸に住まう種族が、その生涯をもってしても一見すら叶わない天上の存在。所縁ある血族のみが足を踏み入れられる北大陸の住人にして、世界の頂上に君臨する一族。

 見た者はおらず、だが実在はしていると確信される神族――また異称を天使とする至高。

 仁那は記憶を遡り、その顔を想起した。

 確かにあの雨の中、まったく濡れずに空から現れた異様な力と存在感。容貌は人族に似て、しかし浮世離れした玲瓏な美貌の中に、相手を絶対的に見下ろす傲然としながらそれを不遜と思わせぬ高貴さを湛えている。

 そこには一種の理想を体現した姿があった。


「わっせは、神族から血を分けてもらった?」


『そうニャる。でも……一体、どんな目的ニャ……?』


 仁那の体には、いま後天的に得た二つの力が混在している。一つは『四片』の力、次に神族の血である。どちらも起源を辿れば、主神に帰結する共通点を持っているが、問題は何故ただの人であるはずの仁那がその両方を手にしたのか。

 運命の巡り合わせだとしても、あまりに信じ難い神話じみた話。

 弁覩の見解によれば、神族の血を持つ人族は過去に一人のみ。それは主神の息子と結ばれた矛剴の棟梁の子供――初めて世に誕生した氣術師その人のみ。半身は人であるが、片や神通の境地に達したのが唯一の例。

 今の仁那は、後天的にそれと身を同じくする。姿形に変化は無くとも、内側では明らかに人の理を逸した力が宿っている。


『つまり、神族の血があるからこそ、能力の保持が可能だったってことニャ。だから力を使用しても、生命活動に支障が無かったニャね』


「俄に信じられんが、この小娘にそんな大層なモノが納められておるとはな」


 ガフマンの賛嘆についた言葉に誰もが頷く。

 しかし、現状を受け止められていないのは、意外にも仁那本人であった。自分には主神の力と、その子孫の血が流れている。これは完全な例外(イレギュラー)だ、これを誰かが見逃す筈がない。監視の目は付いているだろう、恐らく血を分けた当人である恩人にも。

 最後に残された言葉も、きっとそれを意味している。


「しっかし、白猫。一体なんの為に、『器』とやらが必要なのだ」


『判らニャい。ただ世界に大きな変革をもたらす、そういう予言ニャ。力の一部を一人に集中させれば、『器』は擬似的な主神になり得るニャけど……ニャーはきっと世界を良くする存在だと思ってるニャ。

 いまの国の情勢を鑑みても、絶対に『器』は予言者の弟子、戦乱の中で活躍していると聞くユウタだと確信があるニャ』


 祐輔が苦々しげに顔を歪める一方で、仁那は納得していた。地獄と化した中央大陸を平和にすべく奔走している彼こそ、正しく予言にある『四片』を導く“指導者”の役に適する。何の展望も無く、世界の平和とはかけ離れ、気儘に旅をする仁那には到底手に負えない。

 しかし、頬杖をついて掌に顎を乗せたガフマンが至近距離で弁覩を見る。その光景があたかも卓上に餌さとして置かれた猫を見る赤い獅子に見えて、一瞬だけ弁覩が食われると錯覚した。


「白猫、先刻だが貴様は龍の選定を間違いと申したな。それはまだ早計と思うぞ、……予言の内容を思い返しても、一体何者が『器』に相応しいか、それすらも開示しとらん。

 それに『四片』に選択を任せると……これは、『器』が神族やその関係者であろうがなかろうが、適任と思われ選ばれた人間こそ資格があるのだろう。予言者は仁那が神の血を得て、真に『器』としての資格を手にする事すら見通していたやもしれん」


 そう返されると、弁覩も押し黙った。

 祐輔が意外だとやや目を瞠って、ガフマンを見遣ると彼は片方の口端だけを上げて小癪な笑みを浮かべている。仁那は不相応だと思う反面、自分を選んでくれた祐輔の選択が間違いであると否定された時の悲しさが、いま晴れたように感じた。


「それに人は見掛けに依らんだろ。……な?」


 ガフマンが鈴音を一瞥すると、彼女はうなずいた。


「幹太は見掛けに依らず、強い」


「いや、そっちじゃないんだがなぁ……」


 通じていないと呆れるガフマン。当の本人が未だ机に顔を下げて眠っているとなれば、説得力に欠けてしまう。それでも胸を張る仁那の様子には彼への愛情を感じて、話題の所為でもあるが張り詰めた空気が幾らか弛緩した。

 仁那が弁覩の脇に手を入れて持ち上げると、膝の上に移動させた。厨房の視線を気取って、卓上に動物を置く状態をいつまでも看過するのは不作法かと黙礼して謝る。

 弁覩は香箱座りで、猫特有の笑みとも無表情とも捉えられる菩薩顔になっていた。心なしか、太腿の柔らかい感触を楽しむように足踏みしている。祐輔が勘づいたなら、またここで銭湯の延長となる小さな戦争に発展していただろう。


「して、小娘。お前さんの出生に興味が湧いた。辛いならば口外せんでも構わん」


「いえ、話しますよ」


 気遣いに止めようとする祐輔を制して、仁那は記憶の糸を手繰り寄せた。仁那という人間の生まれを、辿ってきた道程まで遡行する。




   ×         ×




 北の孤児院は、親を亡くした子供が殺到していた。大戦による被害で孤独となった者は少なく無い。故に、独力で生き抜くにはまだ難しい幼児は、頼れる場として孤児院を求めるのは必然。

 仁那もまたその一人。だが、東国の孤児院は慈愛の下に子供の健やかな成長と巣立ちを見守るものとは、些か異なる様相を呈していた。

 子供もいずれ兵士となる――千極の風土は、武器を握れば子も立派な戦力と見なし、戦場に投与するのも惑わぬ修羅の道を歩むことを流儀とする。故に、助けを求めて駆け込んだ先で苦行を強いられて斃死する者もいた。

 孤児院を運営する男――皆からは「師範」と呼ばれる者は、一切の容赦なく技を叩き込む。一人、またひとりと脱落者が現れる中で仁那は残った。彼女は逞しく生き延びた、それは他の子には無い強さを持って。

 師範から能力の高さを認められ、特殊な訓練を受けもしたが、その裏では西人の混血とあって他の孤児から虐待を受ける不遇にも不満を言わず、耐えて修養に明け暮れた。その時の仁那は、ただ空虚な感情しか持ち合わせていない。

 ただ敵を殲滅する、その一転にのみ趣をおいた戦術を設定された機械であった。いずれは入隊するかと期待を掛けられても、全力で応える気概もないほど心は壊死している。


 しかし、二年前――国境神城にて諍う人間達の争乱に巻き込まれ、孤児院は焼け落ちてしまった。近辺にあったためか、西国の勢力の手が襲いかかるのも早かったのである。外貌はただの孤児院ではあるが、地下に修練場を設けた異質な構造。

 上階が燃え盛っているとも知らず、日々の訓練を続けていた子供達や師範は上から迫る火の手に焼死し、丁度水を汲みに外出していた仁那が帰還すれば、そこは火の海になっていた。寝食を過ごした仲間や師範の惨たらしい死にも無感動に、仁那はそのまま北を離れる。

 次の塒を求めて彷徨した仁那は、一人の男と知り合う。町の路地裏で腹を空かせて疲労していた少女を救ったその人は、己を侠客と呼んだ。それから数ヶ月も行動を共にした仁那は、旅の心得を彼から伝授した。その侠客が恩返しに誰かを救おうと動けば、相手から笑顔が咲く。

 仁那としては、初めてみた光景であった。自分の前に立てば、誰しも肉体を破壊されて事切れて人形のように草臥れる筈なのに。孤児院の皆は誰しも笑顔の火を点してはいなかった。誰かを喜ばせる術が、このようにあったとはまだ知らなかったのだ。

 自分に返礼と命の尊さを教授した人物から命名される。

 仁那――多くの仁義を尽くす意を与えられた。

 それから暫くして、その男は流れ矢によって死んだ。彼を弔い、仁那は旅を続ける。生き方を学んで、そのやり方を踏襲した。この日から侠客仁那が誕生する。





  ×       ×       ×






「その一年後に、祐輔と出会ったのかな」


『山んなかでぶっ倒れてる無様をな』


「それを助けてくれたんだよね~」


『うるせぇっ!』


 仁那の遍歴を聞いて、ガフマンが腕を組ながら後ろに身を引く。その顔は憫笑を浮かべていた。

 ガフマンは一度、西国の軍勢に傭兵として雇われ、一時期戦場でその猛威を振るった過去がある。千極を侵略する為の部隊にも派遣され、東の地に向けた遠征を行った。部隊は壊滅して目的の達成は果たされなかったが、それでも異国の風習や実情を感じる機会となったのである。

 そこは戦役にすべてを注ぎ、戦場にこそ安息があると信じてやまない、ある意味では西国と同じ狂信者の集団。ガフマンも基本は、神頼みではなく己の目で確かめた事を真実とし、その解明の為に必要な力は己で勝ち取るという、千極に近しい思想の持ち主。人に祝福を授けるかも定かではない、姿も見せない神という呪縛から逃れた東の国に一種の羨望すらあった。

 だが、実態はそれをより追及したものだった。一見、独自で己の存在価値を昇華する自由に溢れていると考えていたものだったが、ガフマンの認識と千極では相違がある。修身の苦行は自らで生み出したのではなく、誰かに強いられていた。戦力として育成する、ここは命すべてを兵士として錬磨する生粋の戦争至上主義国家。

 仁那もその被害者である。まだ千極は休戦協定を認めながら、いまだに水面下で戦力増大を図っていた。何より、仁那の話から得た南大陸の介入と今回の戦争における総督の判断からしても、戦争を助長することのみに趣があるようだ。

 いつからか、そこかしこで血に飢えた凶刃が隠れ、身辺に危害を及ぼす剣呑な時代になった。これは二十二年前ではなく、より前に行われた大陸同盟戦争を彷彿とさせる。ガフマンすらも知らない、だが大陸規模で勃発した後世に語り継がれ、知らぬ者は誰もいない過去の惨劇。


「うむ……だが小娘、今お前が幸せならば、過去の苦しみも気にならんだろう?」


「はい。……まあ、故郷(孤児院)には戻りたいと思いませんが」


「なはは!それは我も同感だ」


 ガフマンが酒の注いだ最後の一杯を煽って、杯を卓に叩きつけた。


「ガフマンさんの故郷は?」


「ん?……そうさなぁ、もう無いというのが正しいのか、判らん状態だ」


「……え……?」


「一年半も前、我が東国で魔娘と出会った頃より少し後に……壊滅した。此度の戦を巻き起こした連中に襲撃されてな、奴等は森を出て暮らしてた花衣を狙い、それを庇った町人は住処ごと焼き払われた。

 親父もお袋も、安らかな最期とはいかんかっただろう」


 ガフマンの言葉に息を飲んだ。

 故郷を失う――元より親の愛情も知らずに育った仁那にとって、想像も絶する苦しみがあるのだ。笑顔や今の幸福で誤魔化しても、両親を失った辛さが付きまとう。


「ガフマンさん……」


「哀れむな、小娘。戦争ならば致し方無し、故郷に居らず守れなかった辛苦はある。彼等を悼み、涙も流した……だがなおさら、この旅を悔やむのは止めた。

 花衣を守るべく、最後まで強く在ろうとした……その命よりも、他人を優先した尊く美しい死に様を選んだ彼等の下で生まれ育った者として、我もまた揺るぎ無く最期まで我流を貫く。このガフマンが未知の探求を断念した時、それは我の旅を見送ってくれた町の皆に対する侮辱にもなろう」


「……故郷には戻らないんですね?」


「いや、我は手柄を挙げれば、それを報告しに凱旋する。この戦争を終わらせた暁には、親父とお袋、町の皆に挨拶しに往く」


 破顔したガフマンによって、暗い雰囲気を一掃する。彼は本心から旅を愛し、そして故郷を想い遣っていた。そして強く、戦争が終わるまでは帰らないと。以前から凱旋するにあたって自らが強いた原則を変えない積もりでいる。

 ガフマンは現在、追手に狙われている身であると説明した。以前、今回の戦争でも裏で周到に工作する矛剴の里を訪ね、ある情報を持ち帰った。その内容が彼等にとって重要機密である故に、命を脅かされているという。

 仁那は旅の中で、この逆境にも挫けず、逃避すら考えないガフマンが誰よりも強く見えた。いや、故郷を焼き払われ刺客に迫られる花衣にしても同様のことが言える。


「……じゃあ、わっせも頑張ります」


「む?」


「まだ一ヶ月ですが、その間に出会った人達はみんな、戦争の中でも倒れずに立ち向かっていました。強い人ばかりで、自分は背中を押されてきた……なら、そんな皆に恩返しがしたいです。

 祐輔が選んでくれたから、わっせも『器』として、頑張れる事をしようと思います。ガフマンさんに協力するよ」


『……ま、もうニャーの力も託してしまったから、何も言わニャいけどニャ』


 膝の弁覩が言うと、祐輔がふっと嗤笑を浮かべる。


『ニャんだよ……文句があるならはっきり言うニャ!』


『いや、別に。仁那が正解、すなわちオレ様が間違いであるというテメェの前言を撤回させるべく、ガフマンに力を貸してやるかな』


『腹立つニャ、このクソ龍め』


 火花を散らす二体を諫める。

 漸く酒酔いから回復した幹太が顔を上げ、一座の表情を見回した。


「お、おう……どうしたんだ皆。気持ち悪い笑顔浮かべて……」


「気持ち悪い……?」


「いやぁっ!鈴音さん、あなたは素晴らしい!」


 剽軽な幹太の対応に仁那も苦笑する。

 自由な旅、無計画な散歩、そんな方針も目的も無い道に、初めて出来た夢。『器』として見合うよう、祐輔の期待に応え、自分を助けてくれた皆が立ち向かう敵に自分も戦う。その決意が定まった。

 一座は会話を終え、勘定を済ませて店を後にする。幹太が引き戸を開けて退店しようとした時、鈴音の本能が何かを察知した。


「幹太、下がって!」


「ん?どうしたんだ鈴――うぉうっ!?」


 足下に矢が突き刺さる。理解が追い付かぬまま、反射神経に従って後方へと大きく飛び退いた幹太の目の前――店の閾を越える複数の足。

 ガフマンが腰の剣の把に手を掛けると、一座も身を引き締めて対する。

 仁那も左手の手套を取った。翡翠色の線で作られた唐草模様が左腕全体に表れ、肩に中心へ収斂していく波紋のような円が描かれる。『刻印』の力をわずかに発動した状態で待機した。

 茫然とする幹太に詰め寄るように、集団が全貌を晒す。

 白い狐を模した仮面、鮮やかな青色の羽織袴を着た武装集団である。厨房の人間は既に逃げており、店内には仁那達と謎の集団が取り残された。

 仮面の奥から放たれる鋭い眼光が、仁那と鈴音、そしてガフマンを見回す。

 先頭の一人が腕を振り掲げると、刃を擦り合わせた音と共に、その手中で扇子が展げられた。折り畳まれていた金属製の骨の先端が鋭利に尖り照明を反射した。その異様な凶器は、紙の部分が光沢を見せる。仁那にはそれがどのような使用法で扱うのか、皆目見当も付かない。

 口許を隠しながら、“狐”が高い声で囁く。


「白壕に紛れ込んだ汚れた血を、今ここで浄化する。我らは「月狐(げっこ)」――白壕を守護する者なり」


「ははーん、つまりは「西人狩り」だろ?密告はいつかされると考えておったが、都合が良いわい。方針も定まって、一段落ついたところだ」


「え、()るのか、おっさん?さっき風呂入ったばかりだぞ?」


「貴様も戦わねば死ぬぞ、魔娘を匿う輩なのだからな」


「おっしゃ来いや!鈴音は渡さねぇぞ、ちなみにその扇子、センスねぇな!……ごめん、忘れて」


「幹太、面白かった」


「気遣いの出来る娘が居て、俺泣いちゃうよ!!二重の意味で!!」


 先頭の狐が合図をすると、背後に控えていた者が一斉に前へ躍り出る。ガフマンが腰から中途半端な刃渡りの長剣を抜き放ち、轟然と彼等に向けて直進した。


「我に続けぇ!!」


 祐輔が首から離れて天井を這うように進む。

 仁那は能力を全解放する。一対の角に縹色の火を灯した姿に変貌する。


「……試し撃ちさせてもらうよ」









アクセスして頂き、誠に有り難うございます。

今日は横断歩道で立ち止まっている所に、目の前でバイクが転倒して凄く怖かったです。大丈夫かと声を掛ける前に、その人は何事もなく立ち上がってバイクを押して何処かへ……。

バイクに乗る人の装備が強いからなのか、或いは乗車する人自体が強靭な肉体をしているのか、些か判じかねる出来事でしたね。

……はい、オチはありません!


次回も宜しくお願い致します。

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