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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
二章:幹太と審美眼の虎
145/302

薄く微笑んでいた



 四方に立ち、森の中にある神殿を囲うのは巨大な獣。その瞳孔は憎悪に鋭く縦に尖り、全身から発する敵意は物理的な威力を含んで地響きを森林一帯に起こす。糧となる肉を見た飢餓状態ではなく、純然たる感情を視線を下ろす先に在る人間に集中させていた。

 神殿と呼ぶには風化が激しく、林立する柱の所々が欠損し、今にも崩れそうな風体。本殿と思われる場所は、既に何十年も昔に崩落して歴史を語るにはあまりに寂莫としている。来訪者の足も途絶えて長い跡地に、黒衣の男性が立っていた。

 全身を黒衣で包み、片手に杖を携えている。癖が強く毛先が跳ね、前は左の面相を隠す漆黒の長髪。暁闇の空に射す黎明の光を灯したかのような琥珀の瞳は、周囲に屹立する小山ほどの巨躯をした獣たちに対して恐怖の色すら無い。

 獣の中でも中空で強い眼光を突きつけている巨龍は、威嚇に咆哮を上げる。風圧を伴って、上空の雲を一掃し、神殿の瓦礫が森へ飛散した。如何なる強者でも戦慄させる圧倒的な威容から放った惜しみ無い敵対心。だが、神殿の男は周囲を殴る轟風にも動じず、その場で静かに龍を見上げた。

 四体の獣が口腔から緋色、縹色、銀色、鶸色の粒子――濃密に練り上げられた氣を球状に収縮してそれぞれ構える。巨大な力の躍動に、森林では地割れと川が逆流した。

 一斉に、球体の形に固定されていた氣が光線となって神殿に放たれる。地表に存在する物体を総て薙ぎ払い、太陽を霞ませるほど天地を照らす。四色の閃光が迫る中心地に、泰然と佇んでいた男が四方を一瞥する――その途端、蹂躙の光は屈折し遥か雲上で線は交わり、終端にて空を劈く耀躍を溢れさせて爆裂する。

 空を白く染め上げた爆発、数秒遅れて世界を揺るがす音が全身を叩いた。瞬間的に森林に限らず東の土地に颶風が吹き荒れる。仮に空を見上げる余裕がある者なら――これを天災、または生命の終焉をもたらす神の裁定と表現しただろう。

 男が両の掌を打ち合わせると、獣の頭上で巨大な漆黒の怪剣が出現した。一体に対して四本、それを察知し、面を上げるよりも先に四肢を貫き地面に固定する。痛みはない、だが振り解けない拘束力だった。全身の氣を剣が吸い上げて肥大化し、暫くして光を撒き散らし爆散する。至近距離で爆撃を受けた獣の体は力を失い、ただ眼前の男を見据えるのみだった。

 空から睨んでいた龍も、今では地上に臥している。

 四体の内で、白銀の体毛をした獣が怨嗟の声を上げた。


『何をしに戻って来た、まさか我々を飼い慣らすつもりか!?許さない、貴様もろとも人間どもを皆殺しにしてやる!』


「今日、この場を訪れた目的は他でもない。報告と決意表明、そして協力要請だ」


『はぁん!!?』


 男は至極淡々とした様子で、腕を組んだまま獣達を見回す。あれほどの威厳を放ちながら、弱小な人間一人を前に平伏する姿。その無様に対する愉悦も、それを為した己の力に何ら感慨も無い冷然とした眼差しだ。

 背後の瓦礫に杖を抱くよう座る。その悠然とした態度が、獣にとって甚だ腹立たしい無礼であると弁えながらであった。


「私は主を得た、彼女を命に代えても守る所存。それと同時に、彼女が築きたいとする世界の為、幼少の頃に視た未来を実現する第一歩としてお前達に協力を依頼したい」


『はっ、ここまでやっといてお願いします、だぁ!?ちゃんちゃら可笑しいぜ、イカれてらテメェは!』


「お前達の憎しみを晴らし、幸福へ導く存在がいずれ現れる……その未来を確約しよう。延々と刺客を屠る苦辛も無くなる」


『ソイツは何をすんだよ』


「それは、まだ明かすべき事柄ではない」


 獣達は回復して立ち上がり、神殿へと歩み寄る。直近に迫る人ならざる者の瞳に視線を返しながら、男が杖の石突きで床を打ち鳴らした。


「名で呼び合い、苦楽を共にし、互いを愛する存在ができるだろう。

 そこで、お前達に名を授ける。以降、名告るか否かは任せる」


 白銀の怪物を見る。


(べん)()――見極めし者」


 鶸色の怪物を見る。


(しょう)(りょう)――明瞭にする者」


 緋色の怪物を見る。


()(けい)――支え運ぶ者」


 縹色の怪物を見る。


(ゆう)()――助け合う者」


 髪が風に靡き、男の隠れた左目が露になる。真紅の瞳を見開く。


「未来を視るこの瞳が告げる――これが始まりだ」


 この日、祐輔と名付けられた龍は誕生し、また神殿に立つ男の狂気に初めて畏怖した。







  ×       ×       ×




『――ッ!』


 祐輔が目を覚ました。部屋を出て温泉へ向かう廊下を歩く足音は二つ、鈴音と仁那である。相棒の肩で眠っていたが、瞼の裏に映った過去の景色に全身が震える。呼吸が苦しくなるほどの圧迫感覚、眠り体を休ませる筈が悪化していた。

 眉間の間を刺されたような痛みに、祐輔は呻いて力を失い、仁那の上から動かない。脱衣場に到着し、二人が衣服を脱ぎ始める時に回復し、慌てて扉を開けて先行する。

 見送った仁那は訝り、湯気の中に消え行く翡翠の尾を神妙に見詰めた。


「どうしたんだろう、様子が変だね」


「うん、何かあったのかも」


 祐輔の様子に異変があったのは、町に入ってからである。主に北側を目指し歩く際には、苦々しい顔をし、若干の嫌厭を示していた。過去に何らかの事故でもあったのかと推測しているが、不躾に踏み込む訳にもいかず、相手が話すのを待つと考えはしたが、切り込まなければ始まらないのかもしれない。

 現在の関係を意図も容易く破壊するほど、祐輔が忌避する事実なのだとすれば、仁那も不用意に触れることに気が引ける。手懸かりとなるのは、祐輔の独り言――度々気掛かりになるため、然り気無く訊こうとする為に耳に届かなかった演技をしているが、頑なに話そうとしないその内容。常に彼の口から出る『アイツ』とは、何者なのか。

 弁覩ならば、何かを知っているかもしれない。口振りから、祐輔とは旧知の仲であると判る。さらに左手の『刻印』についても、何やら事情を察して審らかにせず、冗談で誤魔化されてしまった。

 訊ねる機会は何度もあった、それを甘んじて先送りにしてきたのは己だと自覚がある。知荻縄の案件でもそうであったように、予断が許されない理不尽な事態は、いつどこにあるかは誰も把捉していない。後回しにするほど、事は次第に責任などを積み重なり、一人では処し遂せない大事にまで成長する。

 布一枚を携えて、温泉への引き戸を開ける。ふと取手を掴んだ左の手の甲に注目して固まった。縹色の花弁が一枚、その他は漆黒であった筈の『刻印』に変化があった。有色の花弁と対になる位置にあるそれが、微弱に白い光を放つ。目を眩ませる程の強さではなくとも、瞭然とした兆しが現れている。

 自身の左手を鼻先まで寄せ、至近距離で見る。背後で戸の前で立ち尽くす仁那に阻まれ、困惑している鈴音が居ることも意中に無く、未知の光に唸るような声を上げる。


「……おい、いつになったら退く」


「――えっ?」


 突然、高圧的な声を聞いて意識が引き戻された。鈴音の態度が急変したかと驚愕したが、正体は別の者だった。仁那の眼前で戸を開け、向こう側から今しがた戻った客である。

 水に濡れた漆黒の長髪が艶やかに光り、精緻な人形のような面差しの女性。好奇心と警戒とガフマンに似た強者の自負を宿す灰色の双眸で仁那を睨みつつ、戸に片手を付いて立つ姿は凛々しく感じる。先程まで湯に浸かっていたのか、薄く赤みを帯びて上気した肌が、男性を一目で魅了するほど蠱惑的であった。

 長い手拭いを肩に掛け、仁那からその左手へと視線を落とす。興味深そうに観察し、鈴音が静観する中で嘲りとも半じれない薄笑いを残し、長襦袢を羽織って脱衣場を去った。

 茫然と振り返り、その後ろ姿を見送ってまた硬直している仁那を、開け放たれたままの戸の向こうへと鈴音が押して促す。

 去り際に仁那は見ていた。あの女性の腰に刻まれていた。それは、知己である隻腕の透ことゼーダの包帯の下にあったモノと同様。

 ――二体の白蛇が絡み合い、短刀によって束ねられた奇妙な刻印であった。




『遅ぇぞ、汚ぇままじゃ駄目なんだろ?オレ様も早く入りてぇんだ、洗うならさっさとしろ』


「おおお!」


 仁那は入って、驚嘆に思わず大声を上げた。

 渓谷を流れる河川の上流のごとく、切通の崖が佇む間に温水が湯気を上げて穏やかに流れる。形成された段差では、小さな滝が生まれて水面を騒がせており、川が滞留した部分に小さな池のような浴槽が設えられていた。端正に敷き詰められた石堤の床は、既に入浴した人間によって溢れた水に現れて灯籠の光を反射している。

 岸の部分にも源泉があるのか、その傍に桶が幾つも置かれている。仁那は手招きで祐輔を呼び寄せ、桶に満たした湯に浸けた手拭いを使って鱗を磨く。体毛も濡らした手で丁寧に梳いていき、尾の部分は丹念に洗う。途中で擽ったさに身を捩る祐輔を見て、町でのお返しとばかりに悪戯を仕掛けると尾で顔を叩かれた。

 身を清めた祐輔は先に浴槽へ向けて弧を描いて飛び、小さな水柱を上げて着水する。水面を掻き分けて泳ぐ様は、龍ではなく蛇であった。

 続けて仁那と鈴音も体を流した後に、爪先からゆっくりと湯に入る。水底に腰を下ろした途端、下から体内を襲う浮遊感と共に、全身の筋肉が緩んで情けない声が口から出た。疲労感が和らぎ、体の節々に固着していた痼が融解していく感覚に目元まで沈める。この為に眠る時間を削って歩いた甲斐があったと、湯の暖かさがもたらす達成感と幸福に陶酔した。

 鈴音は抱えた膝の上に顎を乗せて瞑目する。表情は判り難いが、幹太ならば微笑んでいる事に気付いただろう。互いに相手を意識せぬまま、独自の世界に浸って温泉を楽しむ。

 仁那の傍には、いつの間にか岸に頭を預けて眠っている。所構わず睡眠を取る祐輔だが、ここまで心地よさそうな様子は今まで見たことがなく、改めて白壕を訪ねたことが成功であると仁那は嬉しくなった。


「祐輔、来て良かったね」


『……おう』


 素っ気なくだが、返答した祐輔に満面の笑みを咲かせて、仁那は相棒の長い肢体を抱き寄せる。

 彼女からすれば喜びを分かち合う為の抱擁だったが、祐輔は自身の体に密着した柔らかい感触に刮目し、雄叫びを上げながら暴れて振り払う。自分が感知しない内に負った傷に障ったのかと、仁那は慌てて放した。

 やや離れた場所へと緩やかに泳ぎ、顔を埋めて水面下で咆哮する。煩慮を払拭しようとし、あらん限りで叫ぶと泡が立つ。着衣時は然程見分けが付かないが、仁那の肢体は女性としては艶麗で豊かとされる。旅の道中も、彼女を誘う男もそれを判じた者ばかりであり、大抵は祐輔は手練れの色事師と抗戦することが多々あった。仁那本人は、自身がどうして目を付けられたかも釈然としておらず、祐輔は内容が口外し難い故に諭すのも無理だったのだ。

 少し俗世に慣れてしまったかと、己の失態を恥じる祐輔が水中で溜め息を溢すと、背後から悲鳴が聞こえて跳ね上がり、仁那の方へ向く。


『仁那、将来が有望ニャね』


「ちょ、弁覩やめてよ」


 そこには、男湯に居た筈が知らぬ内に侵入した弁覩が半身を浴槽に沈めている。何故居るのかを問う前に、祐輔は目前の景色に脳内が白く染め上げられた。

 弁覩が仁那の胸元に飛び付き、擽ったり触ったりという、看過できない蛮行を遠慮無く行っていること。


『き……貴様ァァァァァア!!』


『うニャ!バレたニャ!』


『殺す、今度こそ蒸発させてやる!!』


『何ニャ?抱き着かれて焦ってた(うぶ)なお前に代わって堪能してるだけニャよ?もしかして妬いてるのかニャ?』


『遺言はそれだけか?大人しくくたばれ!』


『ミャ、グッ!?』


 弁覩を尾で絡め取り、仁那から離すと同時に空中へと躍り出る。拘束された白毛の猫をそのまま、湯の滝が形成された段差へと叩き付けた。


『グビャ!!な、何するんだよ!』


『猫語が出ねぇほど痛かったみてぇだな。だがこれだけじゃあ済まさねぇ、今度こそ』


「祐輔、ちょっと吃驚しただけだから。大丈夫だよ」


 間に割って入った仁那が笑顔で言うと、祐輔は気勢を失って不満げに嘆息すると、顔を逸らした。


「きゃっ!」


『おお、良い形ニャね』


『んのクソ虎がぁぁぁぁあああ!!』


 懲りず背後から臀部を触る弁覩に、今度こそ祐輔は歯止めが利かなくなり、二人には仁那の制止も届かず龍と猫による闘争が繰り広げられた。

 鈴音は我関せずと湯の滝に当たりながら、銀の髪を手で水の上に払う。

 この騒々しさは、垣を越えた向こう側で聞き耳を立てる男性達にも響いていた。








  ×       ×       ×





 長襦袢を着た仁那達は、南棟のガフマン達のいる一室に集まる約束があり、吹きさらしの廊下を歩く。未だ鈴音に抱えられる弁覩と、仁那の肩に座る祐輔の喧嘩は続いていた。もはや温泉を楽しむどころではなくなり、渋々迷惑をかける前に二人は退出したのだ。

 仁那が必死に窘めるのも耳にすら入らない。


「鈴音、どうしようか……」


「生き残った方が正しい……それで良いと思う」


「あ、あれ?思ったより残酷」


 平坦な声で応える鈴音からは諧謔を一切感じられない。

 仁那が苦笑して南棟に辿り着くと、通路の前で集まって談笑する男性二人組が居た。彼等の場所は遮るような立ち位置となっており、仁那は立ち止まって声を掛けるか躊躇う。

 すると、二人が気づいて振り返ると笑みを浮かべて歩み寄る。無言で見詰める鈴音は、胸元の弁覩と遊んでいるが、ふと肩に乗せられた男性の手に顔を上げた。仁那は肩を抱き寄せられて戸惑っている。


「何だ、嬢ちゃん達これから飯か?なら一緒に行こうぜ。勿論、角の()も」


「いえ、わっせ達はもう約束があるので……」


「あれ、青い瞳の君可愛いね~、もしかして西国出身かな?」


 肩に回した手に力を込めて、仁那をさらに深く抱き寄せると耳元に口を寄せる。


「この町にも「西人狩り」の運動団体はあるんだぜ?俺らが()()ったら、どうなるかな~?」


 牙を剥き出しにし、憤怒する祐輔の凶相も意に介さず誘い続ける。鈴音に関しては無言で取り合わず、弁覩が爪を出して今にも斬りかからんと腕の中から乗り出していた。

 仁那は西国出身の血統、今まで「西人狩り」の歯牙に掛からなかったのは僥倖であり、偶然の重なりに過ぎない。「白き魔女」率いる組織【太陽】の一部が入国しているとあって、一年前よりも勢力は減少しているが、各地ではまだ行われている場所も多数存在する。

 密告後に自分がどうなるか、それを想像して顔が険しくなる。仁那はどう対処するかと考えていた時、男性二人が引き剥がされた。

 驚いた仁那が振り仰げば、そこに男性二人の襟首を掴んでいる幹太が居た。鈴音の表情が喜色に染まり、弁覩が爪を納める。


「悪いな、そこの二人は俺の連れなんだ」


「んだよ、冴えない面してる癖に、この偽善者が。カッコつけたいなら他所でやれ」


「何言ってんだ、娘の前では格好良くいたいのが父親だろ。悪い虫を付けない為に体張ってんだよ」


「意味判んねぇ嘘つくなよ」


「ちなみに言っておくが、下心満載だぞ俺は。この後、鈴音が「ありがとう」っつって抱き着いてくる未来が欲しくてやってる。気安く俺の家族に触りやがって、ただじゃおかねぇぞ!

 あ、武力行使は無しな?そうだなぁ、花札で決着を付けようぜ。でもあんま判んないから、解説を混ぜて頼むわ」


『流石ニャ、心強いのかどうかも判んニャい』


 飄々としている幹太に掴み掛かろうと二人が踏み込んだ時、彼の背後に現れた赤色の巨人――ガフマンに硬直する。泰然と佇み見下ろすその面貌から発せられる威圧に気圧され、二人は悪態をつきながら去って行く。

 仁那が一礼する横を高速で鈴音の残像が過る。次の瞬間、胴に飛び込んだ鈴音と共に後方の壁まで飛んだ幹太は、壁へ強かに体を打ち付けて苦しみ喘ぐ。二人に挟まれた弁覩は悲鳴をあげていた。


「ガフマンさん、有り難う」


「礼には及ばん。我は身内には優しくし、敵は蹂躙する。冒険者ガフマンとして、当然の行動をしたまでよ」


「あの、この町に「西人狩り」の運動があると聞いたんです……わっせとガフマンさん、それから……鈴音も容姿からしても危険じゃ」


「む、そうか。ならば迎撃とは言わん、こちらから攻めるまでよ。西の血を蔑み、貶め、侮る連中には、その認識を改めさせる他にあるまい」


『オレ様も同意だな』


 好戦的なガフマンに苦笑した仁那だったが、祐輔は賛成らしい。


「そういえば娘、お前さんは西国出身か?」


「うん。両親は物心付く前から居なかったんだけど、生き方を教えてくれた先生ならいる」


「ほう……その出自は、『あの坊主』にも似とるな」


 仁那が首を傾げた。


「そうなんですか?自分で言うのもアレなんだけど、珍しいですね」


「ユウタという名の冒険者だ。以前、我が指導してやったんだが、今じゃかなり名を上げたらしくてな。やはり、我の見込み通りだったわい!

 黒い二体の蛇の刻印に、琥珀色の目をした心優しき男だ」


 聞き憶えのある名に仁那も反応した。花衣の婚約者であり、度々知荻縄で共闘した仲間も仁那と性格が似通っていると言う。行く先々で「ユウタ」の知人に巡り会う旅に、酷く運命じみた何かを感じ取った。

 弁覩と祐輔が顔を顰めるのを、誰も知らない。


「ユウタ……といえば、婚約者の花衣と友達になったんですよ」


「ほう、ハナエか!あれから一度も顔を見ておらんが、息災か?」


「元気ですよ、ユウタさんとも文通をしているので」


「まさか婚約しとったのか。坊主も隅に置けんな、他の男に盗られると焦ったか」


 豪笑するガフマンの背後で、鈴音に担がれた幹太に仁那は黙礼した。彼が居なければ、脅迫に負けて顔を縦に振り、男性達に付き合わされていたかもしれない。その前に祐輔と弁覩が動けば殺人沙汰となっていた所を救ってくれた恩人である。

 幹太は未だ痛む胴を鈴音に捕まれて苦しみながらも、気丈に手を振って応える。


「と、取り敢えず飯食おうぜ?」


「幹太、さっきの人達みたいに女を誘わないでね」


「ふっ……この俺にそんな度胸は無い!何なら話し掛けられただけでも詐欺師かと思って逃げ出しちゃうくらいだぜ?」


『清々しいほどのヘタレっぷりニャ』


「それでは、我々も晩餐と行こう!!」


 ガフマンが引率する一行は、繁華街へと向かう。落ち着きを取り戻した祐輔が首で襟巻きになった。先程の事に、祐輔に感謝を込めて鱗を撫でると、首筋に吐息をかけられ再び仁那は奇声を上げて飛ぶ。どうやら新たな対処法を心得たようだ。

 一行が玄関を出て行く前に、仁那は横を過ぎる二人を意識した。一人はガフマンと同じく赤髪をした黒衣の男性と、先程浴場で出会った白い刻印の女性。彼女は仁那の視線に気付き、小さく笑って振り返らず奥へと消えて行く。

 奇妙な女性を見送って、仁那はガフマン達の後を追った。








アクセスして頂き、誠に有り難うございます。

最近、水分で腹を満たす所為なのか空腹感を忘れて食事を取らずに過ごしてしまう時があり、最近は貧血で倒れてしまいました。……その後に食べた味噌汁と野菜炒めが身に沁みて、泣きそうになった……!

皆さん、暑さも厳しくなるので水……だけでなく栄養摂取を欠かさないよう注意して下さい、人間は健康第一ですよね。


次回も宜しくお願い致します。




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