味方と最悪の誕生日
更新遅れました。
引き続きお楽しみください。た、楽しんで頂いているのか、判りませんけど・・・!
ユウタにとっても、フジタは尊敬に価する。物の価値を、外貌で認めたりしない。純粋な本質のみに観点をおき、その真価を見いだす。言葉よりも行動で示す──そういう人間である。だからこそ、誰よりも強い戦士や優秀な人材をその手で生み出し、村の警備のみならず貢献してきた。
その慧眼は、村長よりも偉大かもしれない。最初は、ユウタは「先生」の弟子であるからと、優遇されていた。だが、フジタだけは違う。「先生」に恩があるからといって、一切の容赦や贔屓は無い。正面から、ユウタという人間を見詰め、その本質だけに視点を向けた。そして──紛れもなく、「先生」を受け継ぐ者として認めた。
今回の氣術師襲来においても、口にはしなかったが、ユウタが「先生」の形見であるという理由のみならず、いつしかこの村を導く逸材になると確信していたからである。
ユウタにとって、フジタとは厳格な師の面影を持つ、“もう一人の父親”に等しい人間だった。例え、彼が自分をどのように思っていようと、それだけは変わらなかった。その厳しい指導も、時に見せる固い表情からは思えない不器用な優しさも、親愛を感じたのだ。
今、眼前で空を仰ぎ倒れているのは、その人。
傷の数は少ない──だから、信じられなかった。彼が負けるなんて、彼が倒れるなんて、彼が死ぬなんて。あの飄軽な氣術師を前に、あの偉大なフジタが敗北を喫したことが、ユウタにとって何よりも受け止め難い、嘘のような現実だった。
× × ×
ユウタは恐る恐る、彼に近付いた。失った両腕の断面は、焼かれたように焦げている。顔は眠っているように安らかだが、呼吸がない。彼を後頭部から支えて抱き上げて何度確認しても、無情にも彼の死亡を繰り返し確認する苦行となった。あの攻守において万能とされ、何人の攻撃も退け、また滅してきた彼が斃れるなんて。
ユウタはフジタを地面に再び置いて、頭上で構える外套の老人を見咎める。愉悦に歪んだその相貌に、少年の胸の中で憎悪が湧き立つ。かつて、ここまで相手に対して憎しみを覚えたことがあっただろうか。──いや、あった。それはつい、先刻のこと。師に罵声を浴びせた敵に対し、途轍もない感情の奔流に抑えられなくなった。
「この人、なかなかタフだったよ。でも、やはり私の氣巧法の前には、無力に等しいけどね」
「アンタも、氣巧法の使い手なのか」
「当然だろう。おや?もしや、君にはまだ、使えないのかな?」
そう言うと、タイゾウが把だけの剣を抜く。腰の帯から取り出された途端、そこに光りを灯す一メートルほどの刃が出現した。ユウタは白く発光する刀身が、純粋な氣のみで構成されたものだと一目で理解した。その剣の纏う熱気が、小さくタイゾウの周囲が陽炎に揺れている。フジタの両腕を切断した正体。あのシゲルの氣巧拳よりも威力はないが、それでも危機感はそれを圧倒的に凌駕している。
身に迫る強力な力の気配に、ユウタは身構えた。氣によって、体力が回復しているとは言え、シゲルとの死闘に立て続く連戦は厳しい。いま見ても、勝機は無い。相手は閃光の如し剣の斬撃をこれでもか、とばかりにユウタに見せつける。いま、ゴウセンとフジタの死を知り、絶望する自分を追い詰め、自ら投降させようとしている。
しかし、タイゾウは氣巧剣を腰に納めると、外套の裾を翻して、ユウタから視線を逸らしながら、別の方角へと歩み始めた。老人の乾いた笑声が響いた。
「私も少し、体力を消耗したのでね。互いに全力で戦えるように、体調を整えなくては。。我々、氣術師にとって仲間を悼む時間も、回復に数日も必要ないだろうし。
明日、村の付近にある川辺で待っているよ」
その一言を残して、タイゾウは姿を消した。
× × ×
二人の遺体と共に帰還してから、ユウタへの態度は以前とは反転したように冷然としたものになった。村長の激しい叱責、守護者からの怒声、村人からの怨嗟。あの優しかった村の面影は、何処かへ消えていったのだ。何よりも、その時、習慣で常に施していた包帯を失念したいた所為で、返り血を浴びたそれがなお嫌悪と恐怖を呼び寄せた。だが、それもすべて己の責任だと自負し、ユウタは不満の声を何一つ上げることなく、自宅へと戻って静かに決戦を待った。
深夜。床に伏せたままのユウタは、沈痛な心身のダメージに晒されている。幾ら自業自得と弁えたところで、やはり親しかった人々からの恨みは堪える。明日の怨敵タイゾウとの果たし合いに戦意すら持てない。これでは、あの氣巧剣を前にフジタと同じ末路を辿る。自分の勝敗を問わず、ハナエは此所へ帰ってくるのだ。ならば、居場所の無いこの村ではなく、タイゾウの言う場所へと向かった方が良いのではないか。
そんな事が頭に思い浮かんだ時、玄関の戸板を叩く音がした。すでに闘争心も勇気も喪失していたユウタは、何の確認もなしに扉を開ける。
すると、そこに立っていたのは、藍色の頭髪をした二人の男だった。守護者の一員たる、ゼーダとビューダだった。思わぬ来訪者に、ユウタは数歩退いてしまう。だが、彼らには負の念があるわけでもなく、守護者の中でも唯一ユウタを責めなかった二人だ。
二人を上げ、ユウタは彼らの正面に座った。
包帯の下から覗く隻眼は、傷付いたユウタの姿を優しく映している。
「夜分遅くに済まない。次期守護者候補についての会議で、遅れてしまった」
「薄情なものだ。フジタ殿とゴウセン君が斃れたと思った直後にこれだ。少しは間を空けてでもやるのが、体裁も保たれるというのに」
「フジタ殿も了承の下、実行された末の結果ならば、仕方がないと納得しなくてはならない」
「如何に己が無責任なことを申しておるか。それを皆が自覚すべきなのだ。傷心に何かを攻撃対象として求めてしまうのも道理だが、それを死闘を潜り抜け、皆と同じく傷付いた君に敵意が向けては我々としても看過できない」
先程から彼等の言動に驚きを隠せない。本来ならば責め立てられる筈のユウタに、寧ろ悪いのは村の方だとばかりだと言っている。寧ろ、二人が訪ねに来たのは、村では言い難かった苦言を直接伝えに来たのだと思い、覚悟の上で二人の前に正座した。
「とは言え、我ら二人は大人。思ったより、君を庇護することで自分達にも矛先が向けられるのではないか、という危機感に負けてしまった」
「情けない話だ。どうか笑ってくれ」
二人が同時に、頭を項垂れる。挙動から所作まで、すべてが連動しているかのように、二人の行動はぴったりだった。ユウタは二人に対し、自分も低く頭を下げる。
「い、いえ。元はと言えば、フジタさんや皆の優しさに甘えた僕が悪かったんです。僕自身の問題だと言うのに。
それにこうして、二人が僕を気遣ってくれただけで、とても救われました。ありがとうございます」
ユウタには、包帯の下で彼らが微笑んだような気がした。まだ自分には味方がいるという事実に、先程までの重く苦しい思いが消えている。霧散した負の感情の分だけ、体も調子を取り戻してきたかのように思えた。
ハナエが帰って来たとき、ゴウセンに会わせる約束でいる。村では、きっと今彼を葬っている頃だろう。戦いに勝利した後、必ず彼女と二人で彼の下に行かなくてはならない。これは自分の為だけでなく、ゴウセンの為でもある。
「うむ……事が上手く進めばの話だったが」
「何です?」
ビューダが顔を伏せながら、小さく呟いた声に反応する。少し躊躇いがちな態度が、事の深刻さを物語っているようだった。
「フジタ殿は、君に期待していた。一五になれば、守護者に話を通し、君を加える気でいた。まぁ、村があの状態なら帳消しなのだが」
「……僕を、守護者に?」
「そのつもりだった。それ程の信頼があったのだよ。だから頑張れ」
少しぶっきらぼうに、照れの混じったような感じで、ゼーダが答えた。ビューダは黙っている。二人は本人から伝えられる事を望んで、自分達が口にするのを照れ臭く思っているのだろう。
ユウタはそれを聞いて、フジタに改めて感謝した。彼は結果的に、ユウタの経歴も外貌も気にせず、一人の人間として、しっかり見ていてくれた。
「ありがとうございま……あ、一五って」
ユウタは日数を数え、忘れかけていた事に気付いた。タイゾウとの決戦日は、自身の生誕した日と重なっている。事態が切迫しているだけに、喜べないのが残念だ。ユウタは深く溜め息をついて、項垂れた。ビューダとゼーダは、腰を上げて玄関に向かう。
慌てて見送りに出たユウタを一瞥で制し、戸板を押した。
「明日にはハナエ様が帰還する。彼女と祝うといい」
そう言って、二人は家を出ていった。
取り残されたユウタは、奇妙な訪問に終始驚かされながらも、最後には勇気付けられている事を察して、傍の床に置いていた剣の把を握る。損傷してなお、フジタの武器はユウタに力を与えているようだった。
ゴウセン、フジタ、ゼーダとビューダ……彼等の期待に応えられるよう、そしてハナエを救う為にも全力でタイゾウの氣巧剣に応じてみせる。
「やってみせるさ」
ユウタは剣の把を、強く握り締めた。
× × ×
その日は、雨だった。
露に濡れた枝葉が、度々森の中に落ちてくる。湿気で湧き立つ水気に、森の中は鬱屈とした空気が漂っていた。高木の樹冠より遥か上の空は、厚い雲で覆われている。時間と共に増える雷雲が、天候の悪化を予感させた。村人たちも、今日は家から出ない。ただじっと、次の日の晴天を待って堪えている。──尤も、木々に囚われたこの地で、空を仰ぐのも難しい話だ。
村と外れの家の間を流れる川。その両岸に、二つの人影が春雨に打たれて佇んでいた。村の方に立つのは、黒髪に琥珀色の瞳をした少年である。その腕の刻印を露にし、その腰に佩いた剣に刀身はない。対する黒装束に、かなり高齢と思われる男にも同様の武器が見られる。
目線だけで、互いを牽制し合う。
「少年、回復はできたかな?私は快調だよ」
「アンタを討つ為に、僕も準備してきたからな」
ユウタは腰から武器を引き抜いた。一瞬、タイゾウはそれに目を見張ったが、すぐに笑みを湛える。それは、目の前に大きな好奇心を擽らせる玩具を得た子供のようなものだった。
ユウタの持つ把から、光の剣が現れた。いや、光とは言えない。それと対極な、邪気や怨念を収束させたモノ、闇を象ったかのような黒々とした刃だった。一度軽く振った剣先が掠める岩に、焼き焦げた痕が付く。それを確認して、タイゾウもまた抜刀した。彼と相対する神々しい刃を出現させる。
「面白いね。まさか、一度見ただけで真似たのかい?」
「睡眠を取らずに動き続ける生活には慣れてる。だから夜が空けるまで練習したさ。少し変わってるけど」
川の流れが激しい。雨で増水し、今にも氾濫を起こしそうなほどの強い流れだった。川岸に立つ二人の足を濡らすが、その手に持つ氣巧剣に触れた途端に蒸発する。凄まじい熱量を防ぐ術は、もはや同等の威力を有する武器しかない。
絶対攻撃を誇る矛を携えた両名は、その切っ先を翳して、戦闘の合図を待つ。監視役はいない。どちらも開始の挨拶すらなかった。
川の音、雨の音が消えた。
氣巧剣を維持する集中力と、眼前に立つ敵を斃すこと。ただそれだけに絞られた意識が、周囲の煩わしいものを掻き消す。心臓の鼓動と、呼吸音だけが微かに鼓膜を震わせる。
熱意が、敵意が、殺意が、手元へと集積する。
「ホント……最悪の誕生日だよ」
轟音が轟いた。
森のどこかで、落雷があったのかもしれない。空が光り輝いた刹那、それを合図として二つの影が同時に跳躍した。踵から柔く濡れた土の緒を引いて、川の上で交差する。
次回、最終決戦と共に前日譚もラストスパートです(自分への応援)。なお、この回を執筆中の私は体調不良で倒れています(なのに書ける!?)。
これを読んで頂いていた方、健康に気をつけて下さいね。




