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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
一章:仁那と襟巻きの龍
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酒場『仲案道堂』




 港湾都市の知荻縄を見下ろすのは、上空を旋回する祐輔である。濃霧が低く滞留した雲のように、港を覆い尽くしていた。俯瞰すれば、町の構造を一部でも把握できるのではないかと考えたが、予想は大いに外れてしまった。

 入り口の山道から、南の港以外を包み隠した霧は意志が宿っているのか、奇妙な気流に乗って町の中で渦を巻いている。それも風とは感じない微風、しかし空気を蟠らせる最低限の風力を保つ。自然よりも人為的な力の作用を疑ってしまう。

 しかし、幾ら目を凝らそうが無駄と断じて、唯一姿を晒した軍港を展望する。その大観を矯めつ眇めつして、より審らかにしようと試みた。二隻の軍艦が停船しているが、船上には動く影も確認できない。

 仁那との別れ際、町内で聞いた人の賑わいは、船を降りた人間が酒場で騒ぎ立てているのだろう。そう考えれば合点いくが、軍艦に入っている紋章を見て、事実がより迷宮の内側にあることを悟る。

 千極には無い、背を合わせた天使の意匠が彫られたそれは、紛れもなく隣国の物。この軍艦はいつからあるのだろうか、まだ合流のあった二年前か、或いは最近か……

 どちらにせよ、この港町に禍々しい邪気が感じられ、祐輔の脳裏にあの能天気な仁那の笑顔が浮上した。普段から大事に巻き込まれる質では無いにしろ、今回は背筋の毛を逆立たせら悪寒が消えない。

 睡眠に扮して会話を盗聴していたが、あの長作務衣――半目は、こんな場所に潜む人物を追って足を運んだという。あの薙刀と手練れの放つ雰囲気、まず思い浮かぶのは追跡し標的を殲滅する刺客。あの装束、何処かで見憶えがあった、だが何処で……?

 何にせよ、一刻も離れた方が良い。だが、仁那は納得の行く返礼を済ませるまで、あの半目への協力を惜しまないだろう。一筋縄ではいかない恐ろしい案件が、この町には霧となって立ち込めている。


 ふと、港に二つの人影を見咎めた。

 黒外套を羽織る大小極端な背丈のもの。漸く発見した人間の姿、だがこの姿容で突然尋ねれば混乱は必至。急いで身を翻し、あの酒場に居ると思われる仁那の下へと急ごうとして、北の山道に新たな影を認めた。

 小さい男児が急ぎ足で霧の中へと駆け入った。たしかあれは、飯屋で出会った小僧ではないか。兎も角、些細な出来事であろうと報告しなくては、後に巡り会う局面の立ち回りも困難となる。

 祐輔は空中で一度その場で背転すると、そのまま急降下して猛然と霧の中へと滑り落ちて行った。





  ×       ×       ×




 仲案道堂という名の建物に意を決して入れば、そこは多数の人間で賑わっていた。先に屋内に居た半目は、その場で直立し全景をその目で確認している。仁那は活気の良さに、町の不気味さを払拭する明るさがあって安堵した。

 長く続く半楕円形の受付の中には、棚に陳列した多種多様な酒。晩酌の嗜みを盛り上げる肴も充実しているのか、客が囲う卓上には皿に盛られた食欲を誘う一品。夕刻とあって、恐らく港の人足も引き上げて、今日の勤労にと皆で楽しんでいるのか。

 店内に入った二人に気付く様子も無く、互いを叩きあって豪笑する。人気と煙草の紫煙、酒の匂いが充満した中を歩いて受付に真っ直ぐ向かう半目。彼の間合い――恐らく一丈と思われる距離が離れないように後に続いて歩く。

 受付に居たのは、煙草を燻らせる半馬族の男。店内では一際異彩放つ優美な服を纏うその人は、突然訪れた無愛想な顔の珍客に対しても鷹揚な態度で接する。波打ち繋がった頭髪と髭を先端で束ねて整え、長い馬の脚を晒した半馬族が身を乗り出す。


「何か用かね」


「人を探している、この街に金色の髪を持つ娘を見なかったか?」


「お客さん、そりゃ変な話でっせ。こんな時に、「西人狩り」に沸き立つ港でそんな姿を見られたら、無事じゃ済まされんでよ。見付けた日の晩には追手が掛かって、数日男の相手をさせられた後にくびられちまうのが目に見えてる」


「ではもう一人、私と同じ装束の男は?」


「そんな珍しい服着てる奴ねぇ……ああでも、数日前にこの店内を何か窺ってる隻眼の男が居たね。そいつも確か同じだった」


「感謝する」


 颯爽と踵を返して店を後にしようとする男を、半馬族の男――店主が慌てて制止した。受付の出入り口の戸を蹴り開けて、俊敏な動きで迫る。身構えた仁那の前に半足だけ前に出て立ち塞がる半目。

 店主は目の前で立ち止まると、半目の脇から仁那の顔を凝視した。青い双眸を見ると、嬉しそうに目を細めて顔を退く。何やら企み顔の彼に、言い表せぬ不快感が催され、仁那は長作務衣に縋り付いた。片腕で抱き寄せられながら、今度こそ店から立ち去る。

 背中を刺す複数の視線に見守れながら敷居を越えようとして、ふと引戸の傍に立つ存在に気付いた。店主と同じく煙草を喫煙する人族。瞳孔は横一文字に伸び、大きな眼球は外に飛び出さんばかりである。指先だけが異様に丸く膨らんだ手、半目に並ぶ長身。

 背丈の高さには驚かなかったが、足元に視線を落とせばその秘密が判明する。腰の位置が異常に高く、身長に於ける脚部の比重が圧倒的にある。その姿はまるで蛙であった。容貌魁偉な人相が声もたてず眼球のみを動かして追っている。

 店内を出て、一体何だったのかを顧みる。


「仁那、これから宿を取るが、一人で出歩くな」


「え、何で?これから散策でもしようかと……」


「警戒しろ、あの酒場……何やら怪しい気配がする。私の目的も、あの中にあるやもしれんが……お前を見る奴の目」


「目が何?」


「獲物を見る目だ」





 口笛を吹くよりも先に、祐輔は帰還した。

 いつもの彼から窺え無い焦りに、仁那は可笑しそうにしていた。後ろでは、薙刀を一周だけ回旋させる半目である。


『港に二人組を見付けた、あとこの町に飯屋で会った小僧も来てる』


「お、偉いぞ祐輔!」


『うるせぇ!良いからこの町を出るぞ、不吉な予感がする』


「襟巻きの判断は正しいが、仁那は恐らく町を出る事は叶わんだろう。出たとして、何処まで逃げ切れるか」


『襟巻きって呼ぶな!次いでコイツに馴れ馴れしくしてんじゃねぇ!』


 頭を撫でる仁那の手を尾で鋭く払い落とし、隣に立つ半目を睨んだ。町の景観について説明すれば、仁那は思案顔で空を見上げる。手を伸ばせば、その指先が霞んでしまう霧の中である。不用意に歩けば怪我をするかもしれないし、何よりあの仲案道堂と半目の忠告。

 半目は屈み込むと、霧の中に何かを地面から持ち上げた。身を低くして覗く仁那と祐輔の目が驚愕に見開かれる。無造作に掴み上げられているのは人間、だったもの。首から上を失って服に血が染み付いていた。

 理由を問えば、半目は仲案道堂の方を顎で示した。


「何やら目を付けられたらしい。お前達の会話中、背後から忍び寄って来た……店内に居た一人だと思うが」


『おいおい、コイツは確かに目を付けられやすいが、初対面でしかも怨みを買う場合は、コイツが何か仕出かした時だけだぞ……ああ、やったのか』


「わっせは何もしてないよ」


『ともあれ、理由が無いわけじゃねぇ。知らぬ間に面倒事を抱えちまったらしいな』


 頭を抱える仁那を傍らに、祐輔は改めて半目を眺める。著しく視覚に疎いこの男は、どうやって後ろから差し迫る危機を察知したのだろう。第三の目でも開眼した異形か、或いはその盲目は虚偽なのか。どちらにせよ、感知と同時に敵を一瞬で撃滅した実力がまた男の印象を暗くさせて行く。

 仁那は首に巻き付いた祐輔を撫でて、半目の手を引いて歩き出す。


「取り敢えず宿に移動だね。それで明日は、祐輔が見た人に会いに行こう」


『都合良く居るか、判んねぇぞ?』


 霧の中に方角を見失わぬよう、地図を頼りに仲案道堂の大体の位置を見て、その場から距離と道を推察する。街路が複雑な地理の港湾都市、道行きの角の数で位置を読もうとすれば、次第に足先は霧の牢獄へと誘われる。

 視力の悪い半目、確定では無いが仲案道堂に狙われる仁那、襟巻きの祐輔。取り敢えずは東の木賃宿まで着けば、そこで大方の整理が付けられる。


「そう言えば、半目さん。この町に居るか訊いていた同じ服装の人と、どんな関係?」


「……旧知の仲だ。共に訓練で互いを鍛え上げたのだが――奴は裏切って野に下り、一人の傭兵として名を馳せて暫し、西国であった騒動を境に忽然と姿を消している。

 だが、新たな情報では……私が探し求める要人の警護に就き、放たれる追手を悉く殺していると聞く」


「その要人って?」


「この大陸で最も高貴な血を持つ一族だ」


「誰の依頼でその人を追ってるの?」


「然るべき時が来れば、自ずと真実は仁那の目前に像を結んで現れよう」


 大事な部分のみが韜晦され、頬を膨らませる仁那の手を握りながら半目は歩き出す。襟巻きの祐輔は港を訪れたその奇妙な目的に納得し、彼が誰であるかも概ね見当が付いた。長作務衣に錫杖を携え、依頼(命令)に忠実な武勇に長けた人の形をした怪物となれば、東国でも限られてくる。

 そしてまた、半目の追う人間が誰であるかも予想が付く。

 祐輔は一人、悪態をつくように呟いた。


『けっ……下らねぇくせに言い当てやがって、あのガキ……』


「ん?どうしたの祐輔」


『聞こえなかったのか?今日の飯はどうすんだっつったんだよ』


「ああ、了解。大丈夫だよ、適当に見繕うから」


『……後でオレ様が捕ってくる』


「襟巻き、後で礼はする。町の物よりも貴様の方が信における」


『了解だ馬鹿野郎。テメェにはオレ様の糞で充分だ』






  ×       ×        ×




 歩いておよそ半刻、漸う宿を見付けた一行は中へと押し入り、手続きを終えてそれぞれ提供された部屋へ。半目と仁那は飄々と同室でも構わないと言うが、それを祐輔が頑なに拒絶し二人は別室になる。彼を邪険に扱う龍の態度にも、理由あっての事だろうと咎めはしない。

 祐輔は種族や血筋に拘らず、誰に対しても高圧的であるが本心で嫌悪しているわけではない。そんな彼がわずかでも譲歩せず嫌厭するのは、その背景に危険なモノを抱える人物に特定される。

 仁那が侠客として半目の任務に助力し、危険な場所まで知らず足を踏み入れないか、それを心配している。そんな屈託が祐輔の胸裏を重くさせていた。

 個室で荷物を下ろし、寝台で横になる。噎せ返るような湿気で寝苦しい夜になるかもしれない。それでも、連日草を枕として過ごして来た日々に比べれば、柔らかい寝床があるだけでも重畳。

 夜に半目の部屋を訪ね、今後の方針について詮議しなくてはならない。どんな底意があって町を訪れた仁那を狙うのか。

 一つ思い当たる節があるとすれば、それは仁那の瞳である。

 東国の血では、灰色、黒、鳶色に限られる。それら以外の色となれば、少なからず西の混血であると判別可能。実質、仁那は父が西国出身である。瞳の色も彼からの遺伝であった。

 港で起こる「西人狩り」の狩猟対象として、仁那は目を付けられたのかもしれない。その中心に居るのが仲案道堂ならば、明確な敵の輪郭は捉えられたとしても、あの場所に匿われている戦力は未知数。特に仁那を脅かすとなれば、本人が最も警戒するのはあの男……本名は知らないが(かわず)とする魁偉な人族である。霧の中から仕掛けて来たのは仲案道堂の客。恐らくは食堂に集っていた面々が、その戦力と判断して間違いない。


 仁那は寝台や荷物を整えてから、部屋を辞して隣室の男を訪ねる。扉を数回叩けば、すぐに向こう側へと開いた。反応の早さに驚くのも束の間、すぐに手を引かれて部屋に導かれれば、開けられた扉を即座に閉める。

 半目は注意深く扉に耳を当て、廊下の気配を窺っている。隠れた者は無いと納得すると、天井に支えんばかりの長身を擡げて仁那を寝台に座るよう促し、自分は床に腰を下ろした。錫杖は部屋の床に寝かせており、彼の傍で手に取れる距離に安置されている。

 祐輔が首を離れ、柔らかい毛布の上に身を伸ばして寝息を立て始めた。やはり、体を充分に安息させるには広い空間が時に必要なのだろう。ただこの龍は気品が高いのか、旅の道中でも汚れた土に横臥を避けて仁那の肩を臥床とする。

 仁那は眠る祐輔の背を撫でて彼の体毛の感触を楽しみつつ、意識は半目へと向ける。


「この木賃宿も、朝に発つ。あれだけ人を匿う仲案道堂、力としては恐らく町の至る所へ連絡網が伸びている筈だ」


「寝込みを襲われたりしない?」


「夜もこの調子だ、如何に地理に慣れていようと所詮は人、自然がもたらした煙幕の中を自由には動けまい。何より闇夜の中、霧が重なれば誰も足を踏み出せまい」


「でも夜半の行動が得意な連中が居るかも。わっせが不寝番するから、半目さんは寝てて良いよ」


「ならば、この部屋で眠れ。その方がいざという時、私の間合いだからだ」


 この狭い室内で錫杖が扱えると豪語しているも同然の発言だった。それを虚勢だと罵り一蹴することを、しかし仁那は頷いて承知した。半目ならばやれる、山道の店でもその技量を見せて貰ったからだ。

 しかし、ここで気に食わないのは、自分が彼の枷になっているということ。一人ならば仲案道堂に狙われる事も無く、満足に追跡の任務を続行できただろう。ただ行き掛けで出会った娘への配慮に、自らも修羅場へ乗り出す必要性も無い。本来ならば侠客としての務めを、恩人の半目に返すべく役立ちたい一心であった。

 その意気で不寝番に立候補したが、その案も棄却され、また彼の間合いの内で静かに過ごさなくてはならない。


「半目さん、わっせは何か役に立ちたいよ。半目さんの為に」


「……嬉しくはあるが今回の件はお前の手に負える範疇を逸している。ただ侮っている訳ではない」


「それでも……」


「……つくづく、頑固な娘だ」


 半目は寝台で眠る龍を一瞥した。


「良かろう、侠客仁那。

 私の追跡する要人の探索、お前とその龍に一任する。私は仲案道堂を探り、お前はその仕事を遂行せよ」


「半目さんが何故その仲案道堂を?」


「言うなれば、その要人の護衛が関わっているやもしれんという可能性が否定出来ぬからであり、一時旅を共にした誼みであるお前を狙う理由を個人的に知りたくなった。何より……仲案道堂も恐らく我が任務に浅からぬ関係がある」


「浅からぬ……?」


「私を救いたいというお前は、利害の一致した者だ。この滞在期間中、共闘しよう。尤も、傍で聞き耳を立てている相棒の承諾を得て、だがな」


 二人の視線が祐輔に集まる。数瞬の間を置いて、気まずそうに片眼を開け、舌打ちした。


『勝手にしろ、オレ様は取り敢えず、安全に旅が出来りゃそれで良い。コイツを捨てるのも吝かじゃねぇが……だがその仲案道堂とやらに殺されるのは気に食わねぇから協力してやる』


「素直じゃないなぁ、わっせが大好きなくせに」


 尾を鞭のように撓らせ、鋭く仁那の臀部を叩く。小さく悲鳴を上げた反応に満足したか、ほくそ笑んでまた眠り始めた。批判の視線も気にせず、今度こそ睡眠を取る自由な相棒には仁那も羞恥と怒りに顔を赤らめながら、渋々引き下がる。

 半目は龍と少女のやり取りを横目に、窓の外へと警戒していた。霧の中に蠢く気配は幾つか感じられる、だが一定の距離を保っているのみ。監視されているのは自分か、それとも共闘関係となった少女かを思索する。





 木賃宿の明かりが灯る一室の窓を眺めるのは二人。傍にある路地の中央に身を隠さず堂々と立って見上げているのである。


「誰だろうな、あそこに泊まってんの」


「さあ……だが、奇妙なモノを連れているらしい。“あそこ”に狙われるとなれば、余程の事なのだろう」


 二人の人影はその後、窓から放たれる殺気を感じ取って、足音を忍ばせて北へと向かっていった。












アクセスして頂き、誠に有難うございます。

猛暑続く中で、水を余分に摂取すると逆に水中毒という症状になる事もあるそうなので、気を付けて下さい。……私の場合は、水中毒ではなく胃の調子が悪いですね、友人からは「貧弱ッ!」と言われます。

 ち、違うし……ちょっと体が繊細なだけだし!

 ……次回も宜しくお願い致します。

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