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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
六章:マコトと射手座の銃
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幕間:年越し蕎麦~キスリート~

幕間、一号です。



 王宮の厨房の一画で、何やら準備に急ぐユウタ。怪我から復帰してというもの、王宮内で手伝いを積極的に行う少年が、突然訪れたと思えば厨房を貸して欲しいとのことであった。

 怪訝に思ったが、使用人は少年が悪事を働くわけでも無さそうだと信頼し、暫し厨房を独占することを許した。


 ムスビは通り掛かりで、何かを刻むユウタの姿を物陰から窺っていた。真剣な彼の面差しを見て、事が深刻であるのを察して遂に声を掛けてみる。


「あんた、何してるの?何なら手伝うわよ」


「重要な事だ、今は邪魔しないで欲しい!」


 きっぱりと拒むユウタの足を蹴ってその場を後にする。そして同時に悟ったのだ、手元を見て彼がこれから起こす行動を、今作っている物を。ムスビからすれば、下らないと一蹴できるそれに少しでも協力しようとして、否定された事がなお腹立たしい。

 憤りを隠さず、廊下を闊歩する様子を見たカナエは彼女と入れ代わりで厨房に忍び込んだ。幼馴染の忙しい姿を見守りながら、傍にある机の上に腰掛けた。使用人が見れば激しく止めただろうが、今は彼しかいない。

 人や獣の気配に敏いユウタは、振り返らずに存在を察知していた。


「カナエ、どうしたの?」


「何をしてるのか、気になった」


「君なら判るだろう、年越しの時にいつも村でやってたじゃないか」


 滔々と応えるユウタに、彼女は苦笑する。


「それ、たまにしかやらないよ」


「え゛、それ本当に?」


「西国なら尚更だよ。お姉ちゃんも、帰って来て初めてだったって言っていたから」


「うぅ……!」




   ×       ×       ×





 暦が変わる前夜、次に照らされた雪を溶かした「離れ」はやはり寒さに息が白くなる。

 突如、王族と姫の近衛、マコトとムスビ、カナエを招集したユウタ。全員が少年の意図を推し測れず、ただ外に置かれた机達と睨み合うのみだった。

 待つこと数分、王宮の中から複数の使用人と共に湯気立つ盆を持って現れたユウタは、既に食欲で情けない顔になっていた。彼の真意を勘繰っていた面々は、それに気抜けして盆から広がる芳香に鼻をひくつかせる。


「お待たせしましたー、年越し蕎麦です!」


「「「「は?」」」」


「まぁ!なんと、久し振りですわ!」


 カナエは長嘆、歓喜する王女を除いて全員が当惑する。その反応にユウタは肩を落とし、机にそれらを並べて行く。細木りにされた麺が汁の中に浮かび、軽く振り撒かれた薬味が水面をゆっくりと揺れる。香り立ち、空腹を誘う甘美な食べ物を前にしても、やはり全員の困惑は消えない。

 盆を抱えて落ち込むユウタを励ますのは、知っていた王女とカナエだけだった。


「毎年アキラ様が作って下さったのを憶えています!まさか弟弟子にも作られるなんて、これはまた奇妙な巡り合わせですわね」


「私もたまにですが、故郷の村で食べていました。お気に召さない方は、遠慮なくユウタに言って下さい。一人で何人分も片付けますから」


「カナエ、僕を都合の良い残飯処理みたいに言わないで」


 一番最初に卓上の物に手を伸ばしたのは近衛である。普段はフォークやスプーンで食事を取る彼等は、ユウタによる指導で箸を使いながら口にした。慣れずに何度も落とし、汁を飛び散らす者もいたが、口に含んだ途端に柔らかくなるその表情を信じて、次々に真似て食べる一同。

 ユウタは味の感想を待って、忙しなく全員を見回す。


「旨い……これは東国の文化か?中々に捨て難い一品」


「箸を使うということは、多分そうですわね。アキラ様は何も仰らなかったけれど……」


 国王ギュゼナからの称賛を耳にして、邪気の無い笑顔を咲かせた。箸の手を止めず、更にはお代わりを求める者まで続出し、ユウタは満足する。





   ×       ×       ×




 あと数分で年が明ける夜、碗を片手にその時を待つユウタとムスビ。流石に王室の人間をその時間まで付き合わせるのも気が引けた故に、早い催しではあった。

 仕方なく二人でその時を楽しむ。


「年越し蕎麦って、村で食べてたの?」


「師匠とずっとね。それからはハナエかな」


 毎年、森を密かに出た師匠が蕎麦の材料を買い、二人で作って新年の願掛けとしてするのが恒例であった。彼が亡くなってからは、知り合ったハナエが家を抜け出し(ゼーダ達によって見守られながら)、ユウタの家で共に過ごす時に年越し蕎麦を食べる。

 今年はどちらも不在であるため、一番近しいムスビとするのが彼の中では当然であった。


「ま、お互いに苦労してきた仲だしね、これは必要な儀式だよ」


「寝て良い?」


「じゃあ睡眠中、その時間になったら鼻の穴に注ぐから」


 二人で黙って月を見上げ、もうすぐというところで手を動かす。碗の中を颯爽と空にして床に置く音が夜の王宮に響く。合掌して食後の礼を済ませると、二人は相手の方へと向き直った。


 お互いが出会った年に終の別れを心の中で済ませ、頭を下げた。出会って半年、これからもこの絆が続くことを祈って。


「明けましておめでとうございます」


「今年も宜しく」


「あ、蕎麦残ってる!?」


「もう良いでしょ、別に」


「今日の昼間、こっそり抜け出して町で買い食いしてるのが悪いんだよ!」


「あんたも一緒じゃない!てか、旅の最初はあたしの食欲見て引いてたのに、今じゃあんたの方が量多いでしょ!」


 二人の騒々しい声が一晩中続いた。








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