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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
六章:マコトと射手座の銃
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キスリート襲撃戦(6)/愛の共鳴



 荒廃した神殿のように、瓦解した支柱の残骸が降り積もるのは、洗練された純白の床があった筈の場所。そこには直径十丈にも及ぶ窪地が生まれており、その中心点で一人の男が仰臥している。

 四肢を地面に固定するのは、輝きを放つ刀剣。男の墓標を表したような剣は、魔力で組成された物体である。手足を突き刺された男では、振り払うことの出来ない桎梏である。抵抗する度に傷口は広がり、血が所々で飛沫を上げる。

 破壊された壁面の穴から強い冷風が中に吹き荒ぶ。窪地の周囲には、頽れた魔物の死体が立ち並び、生気の無い瞳が男を鈍く映し出す。その一頭の上で脚を組み、優雅に座しているのは王宮には似合えど、この場においては不相応な穢れを知らぬ白いドレス。

 冷悧な瞳が男を見詰めて、愉悦に口許の口角を上げる。その人が指先を軽く振るえば、剣が男の皮膚をさらに深く貫く。激痛に身を捩り、顔を歪める様を嗤いながら、それでも目は冷戦としていて相手を蔑んでいた。


「く……ここまで、とは……!」


「確かに氣術師って厄介ね。魔法の軌道も変えられたり、反射されたり、流石はあいつの力とだけ言える」


 膝の上に頬杖をついて、悠々と眼下の景色にある苦悶する男に言い放った。氣術師は敵が体外へと発散し、規定の操作によって形作られた魔力の塊を支配することが可能である。人体の氣の流れに干渉するには直接的な接触のみだが、大気中にあるモノならば造作もない。

 魔導師にとって、氣術師は天敵である筈だ。少なくとも、魔法を主流とし、それに近しい擬・魔術も例外ではない。本来ならば優勢に立っていたビューダ――本名をダイゴとする氣術師は、その力を惜しみ無く発揮して魔術師のムスビを攻めた。

 だが、ムスビはそれを破る奇策を講じるわけでもなく、強引な力業で氣術による難点を克服して見せた。いや、実際にはその場凌ぎでもある荒業とも言える。

 相手が操れる魔力()の総量、それを凌駕する力を放ち、氣術を打ち破った。人体が貯蔵する総魔力量を大いに逸脱したそれは、相手を如何に不完全と雖も魔術師と弁えていたダイゴでさえ予想しておらず、劣勢を覆すに加えて双子の氣術師の半身を完封した。

 今、剣によって体内を掻き回され、本来氣術師の心得とされる集中力は散逸し、氣術は愚か行動すらままならない。元より一筋縄で行く相手ではないと予測していたが、この「白き魔女」はたった数ヵ月、魔法も知らなかった状態から大魔導師を上回る領域に在る。

 ここで彼女を止めなくては、双子が危惧する最悪の未来に繋がる――それを阻止すべく、ユウタと分断させ、この場で仕留める算段であった。


「あんた達に訊きたいんだけど、<印>のボスって誰?あの白衣の……ユウタの兄弟とか?」


「それを訊いた所で無駄だ。我々でも棟梁の所在は把握していない」


「何それ……場合によっては、あんた達(スティグマ)に悪い話じゃないのに」


「なに……?」


 如何なる事情があろうとも、ムスビは矛剴の敵勢力の要だ。それが、場合に拠れば力にもなるという口振りである。彼女の意図は理解できない、ただその底意が底知れぬ暗い感情を秘めていることだけは判る。


「ユウタを手に入れると言ったな?あの子をどうする積もりだ」


「それはあんた達に離しても野暮よ。でも、知らないなら仕方ないわね」


 四肢を展げて倒れるダイゴの直上に、新たに白銀の怪剣が生まれた。先端は妖しく光り、中空で待機している。


「片割れは安心しなさい、直に相棒が殺すから。それでも無理なら……あたしが始末するけど」


「ユウタは結ばれるべき相手がいる。お前でもなく、神の意思でもなく、ただ愛の形として……」


「ハナエでしょ?ダメダメ、あたしがいるから」


 剣が振り下ろされた。

 腹腔を切り裂く刃に、全身が発火したかのような激痛に苛まれ、大量の吐血を撒き散らした。刃先は体を完全には貫かず、体内を撹拌し蠢いていた。内臓を触れる鋭利な凶器の感触が脳髄まで鮮烈に伝達され、何度も意識が明滅する。絶叫を上げることも、喉を駆け上がる体内の血が妨げた。

 この魔女の真意は理解した――その狂恋が叶うか否か、兎も角この娘は如何なる手段も是とし、ユウタを掌中に収めんという魂胆である。現に、今あの一族の仇たる矛剴との協力も惜しまないという狂言まで口にした。

 ダイゴは揺さぶられる意識を保ち、その隻眼を満悦の表情でいる魔女に向けた。氣術師すら斃す脅威的な能力を持つ少女、いずれは敵視される幅が矛剴だけに留まるのだろうか。現在の彼女は一時的な協力手して、矛剴を倒すべく国と連動しているが、仮にその終末を迎えた時に彼女の立ち位置によって、世界が敵になりかねない。

 だが、今のムスビは、それすらも許容して有り余る余裕と狂気を孕んでいる。


「魔術師……ユウタは、渡さない……あの子は……」


「しぶといわね」


 四肢を刺していた剣が空中に浮かぶ。それら総てを使用し、ダイゴを仕留める所存だ。

 この隙を待っていたダイゴは、上体を跳ね起こすと同時に今にも千切れそうな右腕を氣術で強引に駆動させ、ムスビの首を鷲掴みにする。握力を強くし、その頸椎を押し潰そうとするが、まだ足りない、重傷を負った状態で発揮できる腕力では足りないのだ。

 ムスビが操作する五本の剣を氣術で奪い、主の胴を自分もろとも貫かせた。心臓付近、胴を集中的に与えられた刀剣による刺突が命中し、二人の人間の肉体を破壊する。

 暗くなって行く視界の中、手応えと共に頸椎を折った感触。ムスビの首が不自然に曲がり、両目を見開いたまま凝然としている。

 相討ち――想定していた通りの結果には、持ち込めたようだった。如何に強力な再生能力を有するとしても、この再起不能の傷は癒せはしない。

 そもそも、獣人族は生命力が高く自然治癒力も人間より秀逸しているが、魔族と同様に致命傷を最低でも十数分程度で快癒するまでは無いはずだった。幾ら魔術師とてそれは同じこと、例外など断じてない。最初から、ムスビは異質だった、何か根本から違っていた。

 絶命寸前の命で、ダイゴは離れた片割れを想い、瞑目して床にムスビと共に倒れ込んだ。


 “――先に逝くぞ、ゼーダ”



「痛いわね」


 ムスビの曲がった首が正され、不満に満ちた声音で呟いた。ダイゴの死体を蹴って突き放せば、剣から体を引き抜く。ドレスは血を吸ったにも拘わらず、次第に白の輝きを取り戻していく。傷は跡形もなく消失し、戦闘の形跡さえも無かったかの如く完全に回復してしまった。

 孤独にその空間で立ち上がると、周囲に倒れる魔物を一瞥して独りごちた。


「使えそうね」






 ×        ×        ×





 途絶えた意識が繋いだ夢の中――ユウタに施された黒印に宿る師の記憶、それによって作られた矛剴の里の景観を一望する場所。そこで現れた少女は、幼少期の師から彼女が最期に見た彼の姿まで、語っていた。ユウタとすれば、後半部分には聞き憶えがある。そこから推察すれば、いま共にいる少女の正体が誰であるかも、容易に察することができた。

 烏の濡れ羽色をした髪の毛先を指に辛め、やや照れ臭そうに笑う表情に、ユウタは何も言えずその場に固まっていた。会える筈は無い、いずれは自身の手で矛剴の里に赴くか、或いはその人に関連する人物に尋ねて解明する以外に手段はないと談じていた。その相手が、よもや己の中にずっと在ったとは微塵も知らなかったのだ。

 そう、彼女の名を知っている。ユウタの師の人生の中、最も彼を理解し傍で支え、彼が愛していた人物。


「……ヒビキ、さん……?」


 朗らかに微笑むが、それでも首肯しない。

 憮然と正座して動かないユウタを見て、切り株から腰を上げて傍に立つ。目の前に膝をついて上体を前に出し、少年の後頭部と背に優しく手を回して抱き寄せた。その抱擁にある含意を推し量れず、当惑に無言のまま彼女が離れるのを待った。

 「隈」が内包していた意志、師の黒印の一部であり、どんな意図で託されたのかは知らなかった、それは今でも変わらない。彼女が此処に在る理由が、まだ明かされていないのだ。


「見ていたよ、全部。まるで、わたしと彼の焼き直しのようで、でも最初から少しずつ違っていた。

 本来は引き裂かれる筈だったのに、また相手を結び付けた」


 ユウタは記憶を遡行した。

 神樹の森で出会った少女と、村を焼いた裏切り者と果たし合い、別の場所へ移住して旅に出たこと。師と重なる境遇も、だが最初から微妙に違い、ユウタだけの人生を歩み始めていた。

 暗殺者集団【猟犬】と出会い、領主の息子が持つ権威の元に強敵に一度は敗れ、それでも周囲の人間との協力でこれを討った。それは港町でも変わらず、ユウタの周囲には常に仲間が居た、孤独では無かった。独りですべて為し遂げていた師と違い、ユウタは誰かと手を取り合って勝利している。

 確かに、ロブディでの出会いも似通う点は多々ある、だがそれでも主従関係ではなく、対等に愛し合う関係を築いた。クェンデル山岳部のドン爺でも、鍛えられた剣を手にした時の誓いは、彼と別の意味を与えられている。

 ユウタの周りには常に人が居た。

 いつかのハナエの言葉を思い出す。


 “――それでも、きっと良いモノも引き付ける。それで、色々な人があなたの優しさに気付く。”


 黒印を呪いだと、害悪を呼び寄せるモノであると語った時に掛けられた優しい言葉。そこに虚飾はなく、真意で告げるハナエの想いがあった。

 挫折をしそうな時、それでも立ち直らせた予言。我知らずユウタは、その通りに旅をし、戦っていた。


「大丈夫、呪いなんかじゃないよ。あなたの師の言葉を、疑わないで。いずれ解る、その黒印が本当に追放者に捺された在任の証だったかも」


「……はい」


「だって、あなたは生まれる前から愛されていたんだもの。少なくとも、わたしが保証する。わたしはあなたを愛してる」


 両親の愛情、その有無はユウタにも判らない。だが、それでも自分を“ヤミビト”としてでなく、一人の人間として育てる為に人生を擲った師と、その傍で恋慕を抑えてまでその夢の成就を祈ったヒビキ。二人の愛が今のユウタを形作っている。


「師匠は、貴女の約束を守りましたよ」


「うん、良かった」


「嬉しいです。だって、二人から同じ言葉を貰えたから」


 目の前のヒビキも、死に際のアキラも、ただ一言――愛していると言ってくれた。


 少女は離れて、ユウタの右腕に触れた。手の甲から肩まで伸びる黒印を見詰め、懐かしげに眇められた瞳が潤む。その胸裏に犇めく感情を一つずつ噛み締めて、静かに嚥下している。誰にも共感し得ない苦労が報われた形を目の前に、彼女にしかわからないモノがあるのだ。

 ユウタはその様子を見て、今度は否定することなく納得した。先程から重なるヒビキとハナエの雰囲気の正体を改めて認識する。辛い境遇にも耐え、自身の胸懐を吐露するよりも相手の真意を悟って、導き促す為に手を引いてくれる存在だと。

 アキラが彼女によって、“ヤミビト”ではなくアキラで在ろうと決意させ、その不変の歴史に終止符を打ち、愛するという感情を与えたのもヒビキが居たからこそなのだ。


 “――わしはな、幸せになったらいかん人種なんだよ。”


 得られた筈の幸福を自分に余さず注いでくれた師。彼の傍には誰も居ないようで、ずっとヒビキが在った。たとえ死んでも繋がる思慕があったからこそ、彼は彼女の居ない世界でも約束を守り抜いた。

 ならば、二人の夢を叶える為に現実から逃げてはいられない。


「もう大丈夫そうだね」


「はい、現実でも戦えそうです」


「でもぼろぼろよ?」


「う……」


 確かに、トオルによる強烈な連撃で意識を断たれたとは悟っている。それも恐らく、自身の総てを出し惜しまずに発動して完封された。どの状況に於いても実力では敵わないというのは明白だ。

 たとえ改心し、現実に新たな志で挑んだとて同じである。能力の差を埋めるには、思いの強さだけでは届かない残酷な現実に、いま戻ろうとしていた。

 出端を挫かれたと消沈するユウタの右手を、ヒビキのそれが包み込む。掌に伝わる体温に安堵したユウタを立ち上がらせ、里を見下ろした。


「大丈夫だよ、今回はわたしがいる。途中までは一緒、でもこれはあなたの戦いだから、そこからは自分で決着を付けて」


「はい!」


 孤独な戦いではない。


「もう、そのゼーダという人に対して、自分が何をしたいかは決まった?」


「……ええ、もう迷いません」


 決然と応えたユウタに、彼女はそれ以上問わずに頷く。


 その時、世界が変転した。










   ×       ×       ×





 倒れ伏したユウタに歩み寄る。

 全身は魔力の過剰摂取により、肉体は麻痺している筈である。仮に意識があったとしても動けまい、無理矢理にでも氣を加速させての行動に出るならば、人体にどんな影響を及ぼすかは想像するのも容易い。ヤミビトとて、体内構造は人間と差異は無い。「黒貌」はある意味、自滅の策でもある。

 兎も角、これ以上の戦闘は不可能。続行を望むのなら、それは人間の体を捨て別のモノに生まれ変わることと同意義である。だがユウタにその能力はなく、頭髪を掴んで顔を上げさせれば眠っていた。


「これが全力なのか、ユウタ」


 胸の内側を占める失望に嘆息し、トオルは地面に下ろした。自分を討ち滅ぼすと息巻いて現れたかつての教え子は、今は気絶しているとなると寂寥感がある。途中から切っ先に相手を殺めようという気迫が欠けており、自身の骨を断つほどの意気を失っていた。それが甘さなのだとしたら、甚だ不思議でなら無い。

 仲間に炎を放たせ、故郷を焼いた悪人。春先に婚約者の身に迫った危機も重ねて、自分達を害する理由は足りている。躊躇う要素など皆無だ。

 何が彼を戸惑わせているのか、その優しさなのだとしたら、何故仇を前にして甘くなれる?

 思考するほど迷宮と化していくユウタの真意に、トオルは頭を振って考察を中断する。どんな情念があれど、ここは戦場――立ったなら最後、例え如何なる感情を相手に懐いていようと敵対者に相違無い。個人の想いで複雑化させてはならない、それこそ戦場に於いて許された数少ない戒律の一つである。


 ユウタの腕が動く。意識を回復し、疲労に自由の利かない体で苦慮しながらも立ち上がった。戦闘中に見せた様々な葛藤を抱え迷いに揺れる瞳とは違い、渾然とした強さを帯びた目。

 トオルは氣巧剣を作動させ、緩慢な歩調で進み寄る。相手の得物は金属、対してこちらは高熱の刃であり、硬質な物体も一刀で断つ。ユウタも武器を変えてくるかと推測したが、依然として小太刀を構えた状態でいる。


 ユウタは内側から語りかける声に心を澄ましていた。


『良い?制御の無い力は、冷静な判断の前には効果を失う。あなた一人で不可能なら、わたしが掩護するから』


 “――お願いします。”


『これは体内魔力を消費するけど、構わないよね?』


 “――寧ろ助かりますよ。”


『じゃあ、始めるよ』


 ユウタは小太刀を握り締める右手に、未だ仄かに残る体温を感じていた。まだ夢の続きでもあるかのように錯覚し、自嘲の笑みを溢してから深呼吸する。彼女の言葉通り、体内の魔力が散逸して行く脱力感が生じた。しかし、今のユウタにとっては好都合である。「黒貌」によって溜まりすぎたそれらが使用されることで、手足に付けられた枷が消える海宝館を味わう。

 自分のモノのは別のモノに干渉する為には、それ相応に多量の魔力を消費する。吸収した以上のモノを搾取され、体内の血管が蠕動する苦痛に堪えた。

 ユウタの目元にある漆黒の「隈」が広がり、顔に模様を作り出す。呼応した黒印が皮膚を再び上塗りし始め、顔面を除いた右半身と刀を瞬く間に染め上げた。

 変容を遂げるユウタに足を止めて凝視する。「黒貌」とは異と思わせる氣の波動を感じ、進めていた足を今度は後退させる。


「何だそれは……?」


「黒貌――共鳴」


 ユウタの第一印象を常に決定していたものが目元が、「(くま)(どり)」となっていた。奇妙な模様を作り出したそれにトオルも顔を顰める。


『注意してね、始めての共鳴で長くは保てない。持続時間はおよそ五分と見積もって行動して』


 “――短い、ですね……。”


『でも、強いから安心して。これなら、普段の何倍も力を増やせるよ』


 脳内に強く響く彼女の声に苦笑し、小太刀を鞘に収めた。


「邪念は断ち切ったようだな。だが、お前は何に迷っていた?」


「同郷の、それも親しかった相手を前に、やはり僕は全力を出すかどうか、そして殺してしまうのかと」


「何故だ、村の復讐が達成されるのだぞ?」


「ハナエの前に、生き残りの守護者をまた殺して、平然と顔向けが出来るか不安だったんだ」


 その一言にトオルは身を固くしたが、ユウタの言葉を嘲るように飄々とした態度に変わる。


「お前が言った筈だ。守護者ゼーダは死んだと」


「うん、だから貴方を殺して彼を弔う血とする。それで蘇らせるんだ、彼を!」


 その時、トオルの顔が悲痛に歪んだ。過去の怨恨、最早夢にも出てしまう燃えた村の惨憺たる光景を脳裏に焼き付けられていながら、それでもまだ裏切り者を救済する余地を少年は持っていた。何を以てして、築いた友情も、生まれた友愛も、炎と共に破棄した大罪人にも身を尽くすのか。

 改めるべきその決意を、しかしトオルは一蹴することが出来ず、紛糾の声を殺して歯軋りする。


「確かに僕の腕の黒印には、昔から定めた人生を背負わせる神様の呪いがあるのかもしれない。でも、これは僕にとっては、全く嫌なモノじゃなかったんだ!

 師匠が愛の形だと諭してくれて、ハナエが良い物を引き寄せるって励ましてくれた。お蔭で挫けず前に進めたし、周囲に僕を信じてくれる仲間が集った。離れても彼らとの絆は消えない、この黒印が引き付けてくれたんだって信じてる!」


「……愚かな、そんな筈が」


「あるさ、絶対!それに、僕は根幹から間違っていた。

 師匠は“ヤミビト”を、神に拘らず主を、誰か大切な者を守れる剣になると証明していた、ただその人の為に。

 たとえ名を継いでいなくとも、僕は“ヤミビト”だ。その現実からは逃れられない。黒印がある限り、それは絶対に覆せないんだ。

 なら僕が証明すべきなのは――」


 ユウタが前に踏み込む。

 身構えたトオルは反応が出遅れた。未知の力を発動したユウタの初手を先読み出来ず、咄嗟に氣巧剣を前にして防御体勢に入る。

 抜刀と同時に振り上げられた小太刀は、空中に閃きを永遠に固定したかのごとく、漆黒の刃の軌道がその場に残っていた。寸断された氣巧剣の把を捨て、後ろへの飛んで距離を置こうとするトオル目掛け、“黒い跡”が数瞬遅れて追尾する。

 横へと転身し、それを回避したトオルの背後で大気中の氣を吸収し拡大すると、壁に到達する直前で爆散した。


「――誰の為でもなく、己が為に剣を振る。神意の剣だった“ヤミビト”が、ただ我欲に動く一人の人間であること。

 師匠が真に僕の代で証明したかったのは、これだったんだ」


 刃先を小さく振るって下に差し向ける。

 ただ一人の愛する人の為だけでなく、己を愛してくれた仲間を守るべく戦う。強欲に一つに拘泥しない剣。

 トオルは彼が激しい葛藤との苦闘な中、自問自答の末に得た解答を聞き、敵意も無い純粋な笑みを湛えて正対する。両手を打ち合わせ、再び自身に青い炎を装備し、彼が誇る最大の氣巧法を使う。

 ユウタは再び現れた双頭蛇の威容を前に、前とは違い怯えもせず昂然と立ちはだかる。彼を象徴するこの技を打破せぬ限り、一片たりとも勝機は無いだろう。厳然と佇立する氣の怪物を目前に、小太刀の切っ先を掲げた。


 対峙する人影と怪物。本来ならば、捕食者を前に諦観する弱者が身を捧げようと意を決して前に立つ光景に見えるが、両者から発せられる威圧がそれらを否定して拮抗し、弾けた氣が辺りに竜巻を生まんばかりであった。


「守るか、挑むか。その自己問答の終点に、倒すべき相手と救うべき存在を見出だしたようだな。

 ならば、俺は氣術師トオル――お前の壁として立つ。その先にいるゼーダを救おうというのならば、やってみろ!」


「決着をつける。氣術師ユウタとして!」




 ここに氣術師同士の最終決戦の火蓋が切って落とされた。





アクセスして頂き、誠に有り難うございます。

次回、ユウタVSトオル(ゼーダ)、遂に決着!……すると思います。

互いに切り札を出しての最終戦のユウタ、王宮内を彼を求めて走るマコト、そして何を仕出かすか不明のムスビ。キスリート襲撃戦終盤突入です。


次回も宜しくお願い致します。



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