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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
六章:マコトと射手座の銃
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キスリート襲撃戦(3)/異端の双頭蛇

熱々の戦闘シーンです。



 氣術師の家系、即ち矛剴の血筋で双子は稀有な例とされる。その意味合いとしては、古くから武において卓越した者として、出産の際に二人となれば力の二分、分散を示す。つまり、双子とは矛剴に生まれた弱者だと揶揄され、奇異の目を向けられる。

 里では常に武力として育成される子が互いに切磋琢磨し、自身の腕前を達人の域にまで昇華させる。だからこそ、他者と分け隔てなく純粋な戦闘力の向上のみを望む彼等が、唯一省いて輪の外へとするのは、決まって双子の子供。

 代々十二支の『巳』を担う分家狩首から生まれたトオルとダイゴ――後にゼーダとビューダを名乗る二人の氣術師は、その出生の特異さがあり『双頭蛇』――一つの体に二つの頭を持ち、それぞれの思考を持つために行動が統率できず、自然界では早々に猛禽の餌になる――と渾名され、忌諱の対象となり、他に頼らずに修練を重ねる他になかった。

 だからこそ、手始めに狩猟や氣術の腕を磨き、続けて武術を師範と稽古をしている少年、また大人を遠目で観察し、自分の体と合わせていく事にした。そうした結果、魔物や動物、人の感情や次の行動を先んじて予測する術に長けて行き、誰よりも観察力の著しい慧眼を養った。

 孤独ではなかった。隣には常時、身を分けた半身、片割れの人が在ったから、途中で道を踏み外さずに支え合う強固な相互関係を築き上げた。

 矛剴の中で輪の外で密かに力量を高めた彼等は、最年少でありながら『巳』を継承するに至った。

 しかし、その偉業を成し遂げたが故に周囲から疎まれ、妬まれ、そして双子の出生を笑い種にされ、味方は何処にもいなかった。孤独ではない、だが孤立はしていた。いつも二人の世界は、隣に立つ片割れのみで完結していたのである。

 いつまでも劃然とした境界が他者との間に引かれ、いつまでも消えず、広がらず、不変の摂理として二人を囲い、蝕んだ。

 それを苦痛と感じ始めたのは、幼いながらに里の大人との手合わせをし、部隊に所属するようになってからである。


 『巳』を継承し一年、齢が九つになる頃、二人は里の近くにある山林の中で暇を持て余していた。ベリオン大戦が始まり四年、未だ戦乱の渦が大陸全土を引き込む中、矛剴がタクマという人物を迎え、戦争に駆り出している時期。里の警備を命ぜられたが、二人は矛剴に忠誠を誓っているわけでもなく、人目の付かない場所で適当に過ごしていた。

 タクマという人間は、他者に対し疑い深い人間だった。しかし、本家のカオリとだけは心を通じ合わせたという。妻となったカオリは子を宿し、本家の跡取りの誕生とあって里がさらに警備を強くしようとしている。

 その殺気立つ里を嫌厭し、此所で時間を潰すのが習慣になりつつある。辟易した任務からひととき解放の時間を得た二人が、木々に囲まれる場所で益体もなく動植物を観察していると、そこに訪ねて来る人が居た。


「君達、何してるの?」


 それが後に、双子を救い、そして自ら戦いへと身を投じる切っ掛けとなる邂逅となるとは、まだ当時の二人には判らなかった。その時は、カオリという女性の出現に対する驚きのみ。

 任務を放棄している現場を見咎められた――この後、彼女の言動によっては処罰が待っている。焦燥に双子が狼狽するのを見て小首を傾げるカオリ。自分が何を目撃したか、その意味の重さすら理解していないようだった。

 ただ子を身籠り膨らんだ腹部を抱え、少し息切れを起こしながらも揚々と二人の傍へ歩み寄ると、腰を下ろして休憩を始めた。何の魂胆があって来たのか、運動の厳しい状態でありながらこんな場所を訪ねるとは、明らかに何かの意図があってのこと。

 真意を探らんと、その目を光らせる双子に笑う。


「あれ、何でわたし、睨まれちゃってるの?」


「……貴女はこのような場所に来てはいけない身、早々に屋敷へ戻って下さい」


「嫌、だってあの場所、狭苦しいんだもの。それに、タクマも出張中だし……久し振りに使った氣術で二人を見付けたから来ちゃった!」


 無邪気な彼女に呆れ果てた。同時に、その氣術師としての能力の高さを思い知る。氣術師すら知覚出来ない外、それも地勢からして誰も寄り付かないであろう位置を選んだ筈なのに、この女性は遠い屋敷から二人の所在を氣術で特定したのだ。


「此所に来たって、面白い事なんてないですよ」


「少なくとも屋敷よりは楽だね」


「道程の苦労は?」


「君達が居るとなれば苦になら無い!」


「何ですか、それ……」


 それから双子とカオリの会話は、時間を忘れるほどに続いた。日が傾いて行くことにも気付かず、彼女の自由奔放さに振り回されていつになく慌てながら反応する。

 不気味に思いながら、双子は我知らず顔を綻ばせた。こう人と他愛ない会話をしたことは無かった。

 夕刻に差し掛かり、空が茜色に染まり遠い山蔭の向こう側から夜の気配を感じる時、カオリは独りでに立ち上がって暇乞いを告げて歩く。


「じゃ、君らも任務放棄が露見しない内に里へ帰るんだよ」


「付き添いましょうか」


「それはお互いに面倒でしょ?明日、また此所で集合ね」


 颯爽と杣道に入っていく後ろ姿を半ば放心状態で見送った双子は、お互いに顔を見合って肩を竦める。

 奇妙な訪問者、そこに特に何も考えず、しかし二人が素直に感じたのは、また彼女と会話をする際の話題を拵えなくては、ということだった。







   ×       ×       ×





 王宮の正門――



 夥しい死屍が作り出す静寂の中、正対する二つの人影が弾かれたように前に出る。どちらも空手のまま、相手に向かって迂回もせず肉薄する。

 刃物を使えば、より効率的に敵を狩ることが出来ると知りながら肉弾戦に臨む姿を獣と形容する者もいるだろう。だが、両者の眼差しはひどく落ち着いていて、そこに理性の光を宿していた。単純に武器を手に取る手間を省いてでも、迅速に敵を仕留める為に全身を駆動するわけではない。現状で拳足が最適だと判断した故の行動。

 一〇メートルだった間合いを瞬時に詰めると、最初に攻撃を繰り出したのはゼーダ――『巳』のトオルだった。その場に相手に右半身を晒すように構えながら、右の拳を相手の側頭部目掛けて振る。

 ユウタは迫り来るトオルの右腕、その手首を下から左の掌底を軽く押し上げた。すると、攻撃の角度は斜めに跳ね上がり、頭上を掠めていく。軌道を変えるのに、相手の運動を変えるのに力を加える必要があるのは何処か、また最低限の力で行えるのはどの部位か、それを瞬時に見極められたのは、幼少期から培った特殊な教育の賜物であった。

 内懐に踏み込むと、手刀に変えた左手をトオルの脇へ。短距離かつ急所を捉える正確さを遺憾無く発揮する。狙うは人体で打たれると最も弱くなる、生命活動に不可欠な役割を担う肝臓。肉を穿つほどの剛力は必要ない、骨の隙間から小さな力でも大きな効果を得られる打撃を放つ。

 この至近距離、しかも腕を振った後に出来た隙を衝かれた状態では処し難い。確実な命中を信じたユウタだったが、敵の体が回った事に気付いた。

 空振りした拳の勢いに身を委ね、全身を左へと体を煽りながら、左足を軸に一回転する。ユウタの方へと再び向き直ると同時に擡げた右脚で前方を薙ぐ。トオルの流麗な体捌きは、滞ることなく空振りを次の一手に繋げる。

 ユウタはその回し蹴りを脇に抱く刹那、一緒に横へと飛んで威力を殺す。端から見れば、敵の脚に振り回されているような光景だった。

 しかし、運動の終点になり振り抜かれた脚が止まったところを脇で絞めて固定し、今度は右の拳で背から肩に腕を回すように振り、トオルの顎を打ち抜く。骨を噛み砕く威力は無いが、今片足を持ち上げられ不安定な体勢である人間の脳を揺さぶるには事足りる。

 目眩のような感覚に呻いて前に崩れそうになったトオルを、今度は地に立つ最後の足の踵を払って後ろに転倒させた。背を打つ痛みに顔を歪める彼を、上から草履の足の裏で踏み下ろそうとする。トオルの腕力は岩石を粉砕する剛力を秘めているわけではない、即ち恐れずに対処できる範疇だった。

 顎を狙い打たれ、続けざまに転倒で後頭部をぶつけた衝撃に、脳震盪で平衡感覚が狂わされたトオルは、踵を振り上げたユウタを支える足を掴もうと手を伸ばした。同じ状況に陥れようとしたが、掌に空気を掴むだけだった。

 相手の行動を予測したユウタは飛び上がり、空中で足踏みのように左右の足を入れ替えると、顔面に向かい再度踵を振り下ろした。捕らわれず、受け止めず、膂力を競わず、ユウタの流儀は回避と速やかに息の根を止めること。トオルの手の動きを肩に顕れる微かな予備動作を読み取り、これを躱したのだった。

 トオルが首を回すと、ユウタの草履が空しく地面を叩くだけに終わった。氣術師が生来持つ回復力によって脳震盪から復調し、直ぐ様跳ね起きるとその場で倒立すると、片足で斧のようにユウタの眉間を蹴ろうと足を振る。

 ユウタは体をわずかに後ろへ反らし、彼の足が目の前を通過した刹那、回し蹴りで逆立ちのトオルの腹部を打つ。打撃というよりは突き放す行為に近く、トオルが後ろへと転がるのを見て自身も数メートル後方へと退いた。

 床に転倒したが、すぐにトオルは立ち上がった。腹部に受けた打擲の残響に少し咳き込みながら、ユウタに判らないよう笑む。尋常な格闘では、敵わないらしい。その体に触れられた時というのは、ユウタの攻撃が当たった時だけ。森で手合わせをした記憶からしても、間違いなく技量はあの頃と比較しても遥かに上がったと感じた。


 “――たしかに、成長したな。”


 密かにユウタは両の拳を握り、胸の内に高揚が湧いた。手元に残る実感、そして目の前に立つトオルからわずかながらに窺えるダメージの色。


 “――僕は強くなってる。”


 慢心はしない、だがあの守護者に今度こそ一矢報いることが出来たのだ。以前飯屋では攻撃も当てられず、壁に弾かれた慚愧を払拭する戦い振りである。氣術師シゲルとの戦いから始まり、濃密な戦闘を何度も経て此所に立つ自分の力は、瞭然とした成長の手応えを与える。

 しかし、すぐにその感慨も冷めて行く。今は相手を斃すことに専念しろ、感情は要らない、ただ素早く殺すだけ。


 トオルが腰帯から、あの奇妙な把を抜く。両端にはばきのあることから刀の物と思しきそれは、その全貌がまったく想像では掴めない。尤も、それを手に取るということは、すぐに見られるのだ。余計に推測を重ねる手順を省略するとは、ユウタとしても有り難かった。

 その把を水平にして持ったトオルが持ち手に力を込めると、藍色に輝く二筋の光が出現した。微弱に白を帯びたその刀身に、ユウタは思わず目を見開いた。発動された氣巧剣は怪剣の中の怪剣と称されて何らおかしくない外貌をしていた。全体を見れば、七尺を上回る長い得物、棍棒にも似た武器だがその本質は切断にあり、光の刃には鋼鉄の金属では拮抗も許されずに切り捨てられる。

 今までは絶大な威力を有していながらも、所詮使用法は剣と同じ、刃が自分に触れぬように注意しながら扱えば良いだけだったが、トオルの持つ氣巧剣はそれらの問題が些細に思えるほど、操るのが難しい物である。


 “――あれは……かなり危険だな。”


 ユウタは近くの床に突き立てられた剣を手に執る。握られた途端に、鋼鉄は溶解して翡翠色の光に変じる。刃渡り一メートルの氣巧剣を血でも払うかのように二、三度素振りして中段に構えた。氣術師の駆る異形の武具、それらに対抗し得るのは同じ物。

 ユウタは氣術で高く上に跳躍し、トオルの頭上で回って彼の背後に着地するやいなや、体を半回転あおって横薙ぎに剣を振る。武器からしても今まで見たことの無い形状から、次の手がまったく予測ができない。ならば、相手が行動に出る前に先を取り続け、攻勢に出させない。

 トオルは氣巧剣を受け止めると、把を回してユウタの攻撃を弾き上げた。奇襲で放ったその鋭鋒に即座に反応され、さらに相手の表情には変化がない。恐らく彼には既視感があるのかもしれない、ここに経験の差をありありと見せ付けられたように思えて、ユウタは唇を噛んだ。

 しかし初手を防がれた事実を悔いる暇もなく、トオルの剣が足元に振るわれる。防御から攻撃へ一瞬で転じた――攻撃を許してしまった事にまた己の甘さを自覚させられた。

 ユウタは小さく跳躍して避けながら、大上段から氣巧剣を振りかぶる。それを難なく受け止められた時、半足後ろへと退いてから再度接近する。相手の予想を上回りつつ、殺傷力の高い攻撃を浴びせ続ければ、その武器とて防御態勢から脱することは出来まい。

 後ろへ振り返り、敢えて背を晒してみせながら、ユウタは後ろ手に握った氣巧剣を手中で何周も回旋させる。春の戦い――氣術師タイゾウを再現した猛撃で迫る。

 だがトオルは使用者に高い技術を要求する双刀の氣巧剣を、腕の延長の如く扱い丁寧に斬撃をいなしていく。ユウタは再び前に向いて、左右から斬り付けるが、これも受け流される。悉くを防御し、瞬きの間には攻めに出る戦法が、ユウタの精神と体力を磨耗させる。

 異色の刃によって生まれる異様な剣戟。交錯した点で光が弾け、火花が双方を焦がした。何度目かの踏み込みを中断させられ、ユウタの焦燥が募った。どの角度から来るかも読めない武器との長期戦は危険だと判断して仮借ない攻めを仕掛けるが、何もかもが柳を揺らした風のように流されてしまう。

 二本の剣が五〇合目の交差を果たした時、トオルはユウタの腹部に蹴りを放つ。相手の怪剣に注意を奪われていた隙を狙ったそれは、ユウタにとって痛打である。少年の体は後ろへと飛び、床を転がって半壊した支柱に背を打った。


「ぐあッ!」


「これからが本番だ、ユウタ」


 咳き込んだユウタの目前が、眩い光に包まれた。氣巧法を発動しながら、魔法を並行して使用する積もりか――ただでさえ維持に高い集中力を要する氣術の応用編に、魔法も加えることが可能なのか。己の推測に戦慄したユウタだったが、現実はその想定をさらに上回る脅威を孕んでいた。

 トオルが手に持つ氣巧剣、その双刀が巨大になっていた。把を中心に火を噴いたかのように、刃は丁度町で暴れ人を虐殺する魔物の巨躯を容易く両断し得る長大。大気中の膨大な氣を用いて作られたそれを頭上に掲げて旋転させる。


「これを凌げるか?」


 トオルは一声と共に、その氣巧剣を縦横無尽に振るった。王宮の入口は盛大に破壊され、屍の山は凄まじい熱量を誇る刃に蒸発し、天井を辛うじて支えていた柱までも寸断する。

 手を止めずに振るい、氣巧剣でその場に嵐を巻き起こしたトオルもろとも、天井が瓦礫となって降り注いだが、彼の頭上にある物だけは落下運動を途中で止め、空中に停滞していた。氣巧剣は元の大きさに回帰し、使い手は瓦解した天井に押し潰される死体を眺める。

 直撃は免れたが、わずかに刃が掠めた死体が発火し、周囲へと炎の舌を伸ばして瓦礫を焼く。石の壁と床で構築された王宮の中は、吐息が凍るように冷え切っていた。それを急速に広がる火の手が温めようとしたが、この冬に首都を襲った寒気が熱を発生と共に相殺する。

 トオルはふと、前方の一画の中空で岩が浮遊しているのを発見した。その下ではユウタが頭上に手を掲げ、氣術を行使している姿がある。懸命にも、この空間を満遍に間合いに入れたあの光の剣舞の中、見事に生存していた。それどころか、氣術を即座に展開して瓦礫の雨に圧殺されるのを未然に防いだのである。


「そこか、ユウタ!」


 トオルが前に一歩踏み出し、腕を突き出す所作についで、ユウタの体が後方へと吹き飛んだ。そして落下の途中にあった瓦礫と激突して弾かれ、支柱の残骸の上に倒れる。

 一瞬の不意をつかれ、意識が断絶しかかった。防御のみに専念していた、無防備な状態に陥っていた隙を撃たれる不覚。

 氣巧剣を回しながら悠揚と歩む怨敵を睨み、痛みに動かない体に鞭を打って立ち上がろうとするが、逆に支柱だった物の上から落ちた。痛みに四肢は関節が凍った感覚に命令を聞かない。

 格闘で勝っただけで歓喜していた自分を呪いたくなったユウタの胸中を知ってか、トオルはその顔に笑みを湛えている。


「ユウタ、もう終わりか?」


 その声音が脳髄にまで届く感覚に、痺れて熱を帯びていた手先が冴えてユウタは立ち、相手を見据える。奇怪な氣巧剣と、それを強大にし振り乱された光線。どれもが氣術師としての格の違いを認めさせられる。

 だが負けられない。ここで終われば国が、大切な仲間が、ムスビが、そしてハナエが殺される。

 再度発動させた氣巧剣の切っ先を相手に翳して、ユウタは自身を奮い立たせた。師との家を捨て、リュクリルにハナエを置き去りにしてまで進めた足、あの頃に比べればその背には多くのモノを負っている。それは命であり、また己の責任でもあり、これ以上なくユウタの意識を繋ぎ止める強靭な鎖となっていた。だが決して自分を拘束する負荷ではない。

 人の想いが常に自分を支えている。その有り難みを痛切に思い知らされた旅路である。ユウタは自身の力を、単騎のみの戦闘――即ち何も負わず、守らずに戦うことで最大の力を出せると自負していたのが間違いだったと認識したのだ。

 たとえ相手が計り知れない格上の氣術師であろうとも、挫けて敗走などと断じて許されない。後ろには退けない、皆の命と自分の夢が懸かっている。

 その為にも、あのゼーダを倒さなくてはならない。自分が最初に定めた目標を、忽せには出来ない。

 ユウタは氣巧剣を回旋させながら、積み重なった瓦礫の足場を跳ねて接近する。ゼーダの位置は岩に包囲された窮屈な場所、しかし体勢を変えたりする障害にもならない上に、氣巧剣自体が途轍もない耐熱性のある物質か、それとも同じ武器でない限り刃を阻むには至らない。

 先刻に辺り一帯を斬り刻んだ刃とはまた違う意味で縦横無尽――瓦礫の上を飛んで空中で回り、体勢を入れ換えながら忙しなくゼーダに斬りかかる。絶え間無い連撃を維持し、相手を撹乱するのが今ユウタが導き出せた最善の策だった。

 頭上を跳ね回っては攻撃を見舞う。そんな相手の手を丁寧にいなすゼーダの前に着地し、大上段から振り下ろした。受け止めたゼーダとの鍔迫り、両者の刃が削り合い火花の乱れ咲きとなっている。


「それで良い」


 ゼーダが獰猛な笑顔で少年に囁いた。






  ×       ×       ×





 ユウタと分断されたムスビは、氣術による猛攻を受けて着地すら許されず、常時中空に舞い風を受けてさらに上昇していく枯れ葉のごとく飛ばされていた。あれから何度も壁を貫通し、その度に猛追するビューダによって、後ろへと突き進む体は加速する。

 反撃に出ようにも、魔法を打つ猶予もない連続の氣術。途方もなく続くと思われた飛行は数分続き――王宮入口から遠く離れた広間で終了した。

 また壁を破壊して中に転がり込んだムスビを、足を止めて見下ろすビューダの隻眼が睨め付けている。あれだけ壁面に叩き付けられていながら、まだ立ち上がる相手に素直に感嘆していた。


「氣術師ってのは……本当に厄介ね」


「それもそうだ。その中でも、我々は異端とされていたのだ、今まで通りと安易に考えれば死ぬぞ、魔術師」


 ビューダは外套を脱ぎ捨てた。漸く戦闘開始か、と膝を叩いて立ち上がるムスビは、背後から背筋を撫でる熱風と唸り声に振り返った。

 自分は意味もなく、ただユウタから引き剥がす為に氣術で吹き飛ばされていたのだと感じていたが、その先に更なる罠が仕掛けてあるとは思っておらず、その景観に驚怖して後退りした。


「お前がユウタと共に現れるのは、予め見当がついていた。獣人族殲滅の大部分に繋がる我々を抹殺したいと願う理由も、充分に理解できる。我々はそういった怨恨の感情を常に人々から向けられてきたからこそ、理解できるのだ」


 ムスビの背後に在るのは、死を獣の姿に具現化した物だった。頭を揃えるのは、町で暴走している巨大な魔物と同様の怪物。血に飢え、唾液を床に垂れ流しているが、その目には生気が無い。明らかに正気を失っている。呪術による支配で今はビューダの傀儡、ムスビに差し向けられた兵器へと変貌し、今にも飛び出そうと体を揺すらへる巨体。

 ビューダが双刀の氣巧剣を抜き放つ。空気を焼いて光る凶刃で足元の床を一度薙ぎ払う。前後から強大な敵が距離を詰めてくる。

 何度も振り返って、どちらが動くかを注意するムスビに対して、ビューダの視線はとてと冷たい。


「魔術師、我々はお前を鎮める為の力を持つ一族。つまり、単騎で……それも正統な魔術師にもならない未完成品では勝利も不可能。

 ロブディでは仲間の失態で逃げ遂せたが、今度は違うぞ。ここでお前は死ぬ、それが必定の運命」


「はっ、あたしを殺す?やってみなさい、生憎だけど、相棒とまた城下町の飯屋に行く約束があるのよ、絶対に死なないし、勝つ!」


「よく吼える、それでこそ倒し甲斐がある」


 魔物が地面を蹴ると、激しく屋内が震動した。重量、体格からも判然としているのは生半可な攻撃では通用しないということ。初級攻撃魔法では対処が難しい上に、現在ビューダの支配下にある魔物をムスビの呪術で上塗りにする余裕もこの状況では少しも無い。

 やはり、ここで恃みとなるのは擬・魔術であろう。余人からは凄然とした魔力消費となるが、今のムスビでは長期戦であっても、戦闘に耐え抜く自信がある。彼女の体は既に莫大な魔力を保有する貯蔵庫になっていた。


「擬・魔術《信心の剣》」


 ムスビを中心に輪の陣形を作る白銀に光る七本の刀剣が現れる。それこそ鍛冶を生業とする者を束ねてその技巧を費やしたとしても、決して再現の不可能な神々しさを放っていた。それらが総て、ムスビの魔力のみで純粋に構成されている。彼女の為ならば、何であろうと斬り伏せてしまう忠誠の剣――親愛なる相棒を象徴した魔術。

 彼にとって仇敵である氣術師を前に、そして自分の家族を惨殺した外道の仲間に対する敵愾心が、ムスビの力をさらに高める。怪物達の一足は空気を叩き、反目する二人の体を打つ。


「あんたを斃せば、一先ずは落着する」


「そうか……だが魔術師よ、お前は復讐の果てに何を望む。古くから欲深い人間の傾向がある魔術師だ、お前とて例外ではないだろう。安寧や平和、正直な所は微塵もそんな事に興味が無いはずだ。

 では、何を欲して、いま俺と戦う?」


 魔物の群れはすぐそこまで迫っている。だが、その場で悠然と佇むムスビは、矯めるように少し間を置くと、信心の剣をビューダに向けて発射した。疾風となって、七本の魔剣が地面を抉りながら突進する。


「あいつを手に入れる為よ」


「そうか」


 唸りを上げ、空気を引き裂いていた刃先がビューダの肉体に到達する寸前で、ムスビの命令を拒絶するかのように停止した。

 吃驚するムスビに向け、今度は剣が己の軌道を遡行する。相手の絶命を確約するモノが、主に牙を剥き、ムスビの肢体を切り刻んだ。血煙を上げながらその場に膝を着く。何をされたか、それを瞬間で理解して、相手に対し重要なことを失念していたと歯噛みした。氣術師であるビューダは、万物に存在する氣――魔力を操る。故に、魔力のみで生成された剣を操作するのも容易であるのだ。

 氣術による反射で負った刀痕が治癒していく様子を、ビューダは矯めつ眇めつして、氣巧剣を荒々しく回旋した。


「お前は確か魔族に似た再生能力があるらしいな、この程度では死なんのだろう?悪いが、お前がユウタに手を出す事は看過できない。

 此所で終われ――魔術師」




アクセスして頂き、誠に有り難うございます。

ユウタVSビューダの戦闘、判り難いと思った方は、感想で批判して戴いて構いません。……耐えられるよう頑張ってみます(苦笑)。


次回も宜しくお願い致します。

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