あの時と同じ風/凶星の双子座
運命の春芽吹く時、桜が森の中央部を彩り始める季節の頃である。このすぐ後に、三人の来訪者との邂逅を以て、一人の少年の人生があらゆる狂気の渦に乱される少し前。果たして、彼はその予感すらなく、この森で未来に想いを馳せる事もなく、ただ漫然といつもの日々を過ごしていた。
祭りの準備に取り掛かる村の手伝いに赴き、子供と協力しながら設営を済ませていく。酷く閉鎖的な態勢を徹底する森の住人達は、外界に対する対応は残忍とは雖も、同じ村民に対する心は常に穏やかであった。またその空気の中にはぐれ者である筈のユウタが輪に入れるのは、単に少年が聞いた事は無いが村で成された師の偉業による尊敬と、彼自身の人柄あってである。
ユウタが氣術師である事を把握しているのは、村の守護者と村長の家族のみ。特異な力を持つ者として、いずれは村の警固にあたる戦士として密かに期待されていた。村長は認めていないが、誰もが薄々と次期村長ハナエと彼が番になる未来を予想し、忌諱することはなかった。
人に愛される才があるのか、人望もあり村の子供の中では崇敬されている。あの厳格な守護者に一歩も退かず対話をしてみせる胆力、あらゆる術で見せる高い技量と冷静な判断力、そして分け隔てなく接する優しさが村の娘には特に好評であった。
ユウタが祭りに参加するのは、今年が始めてだった――言わずもがな、春の騒動によって全員から拒絶され空しく終わることとなる。
村の一画で作業を終えたユウタは、中央に根を下ろし厳然と屹立する神樹が伸ばす根に腰掛け、一息ついていた。左右には村長の娘ハナエと最年少の守護者ゴウセンが座を占める。お礼にと昼食をハナエから貰った男子二名は、これを有り難く思いながら飲み込むようにぱくついた。ゴウセンに関しては感涙を禁じ得ないようである。
暫くしてカナエが現れ、ゴウセンを村長の下へと連行する。守護者と村長での会議に出席しなくてはならない身として、渋々と向かっていた。その背を見送ったユウタとハナエが談笑していると、根が翳す影の中から音もなくゼーダが現れる。
「あれ、ゼーダさん。守護者の会議は……?」
「一人出席すれば良い。ビューダに任せ、私は設営に努めるさ。村の警護よりその方が性に合っている。
そういえば最近はあまりにもハナエが縁談を断るものだから、守護者の内の一人から決定する案まで浮上しているぞ。――ハナエ、そろそろ一人と決めたらどうだ?ゴウセン君が積極的に立候補していたが……」
「別に伴侶が居なくたって、村長は務まりますよ!」
「ユウタにしろ、そうすればユウタも晴れて村の一員になれる。それに、この子なら間違いなく君を幸せに出来ると保障しよう」
「ぜ、ゼーダ。嬉しいけど勝手に僕を推薦しないで下さい」
三人での雑談が始まった。大人のゼーダもまるで子供のように会話を楽しみ、その所為あってか話題は尽きなかった。その間も合間を見つけてはユウタを推し進める彼に、ハナエは狼狽えたり嘆息したりと気苦労が絶えない。
流石にその推薦の猛打を躱わさんと、逆に質問を投げ掛けた。
「ゼーダさんは結婚しないの?」
「私が?……そうだな、お前達どちらかが何か夢を見付けるまでは、双子で仲睦まじく過ごす事にする。その後ならば別の半身を求める余裕も生まれよう」
「じゃあ、結婚式は僕も出席するから、約束して下さいね。ハナエは夫を連れて来るように」
「え……うん、判ったよ、もう」
「確約は出来ないが、そうだな。それまでに、君も幸せになってくれ、ユウタ」
ユウタと固い握手を交わす。やや釈然としない顔で、自分の煩悶の正体に気付かず顔を疑問に歪ませながら傍観するハナエ。
ゼーダは自分の握る少年の手に、包帯で隠した相貌が和らいだ。
× × ×
王宮のバルコニーは首都入口を眺められる位置にある。その吹きさらしの場所で、柱に背を預けて座るユウタは、沈鬱な表情で床を見詰めていた。紫檀の杖ではなく、黒檀の鞘に収まった小太刀を胡座をかいて肩に立て掛けたまま、時間をもて余している。
風で舞い降りた降雪が冷たい床のそこかしこに堆積し、また王宮外も街路から屋根に至るまで雪化粧。まるで空気が尖っていると錯覚するのは肌を撫でる冷気、その中でも襟巻きのみの防寒仕様の服装は誰から見ても己を責める修行の一貫としか見えない。
虚ろな瞳のユウタに容赦なく雪が空気を冷たくする。
「此所で何してんの?」
麻の肌着にコートを羽織り、黒のズボンと革の長靴といった格好で現れたマコトへと振り返る事すらせず、黙然としているユウタの様子は戦闘前に集中する武人ではなく、何か生気を抜かれた死人だった。適度に緩んでいる、ではなく明らかに全身から脱力していると思えるほど消沈している。
訝しむマコトは隣に座り、彼の横顔を斜視して雪に染まる街並みを一望する。こうも穏やかに街を見ていられるのは、これが初めてかもしれないと感慨に笑った。誰かに追われる日々、拠点を見付ければ数日で後片付けをして次の寝床を探す始末。廃れた生活ではあったが、懸命に生きてきた甲斐があった。
マコトは矛剴の裏切り者として、逃げずに首都を襲撃すると予測される同族と相対する決意を固めた。自身を受け止めてくれたユウタへの恩や友情もあるが、それ以前にまた自分の宿命として選択したのである。彼は国の開発部と協力し、腰に漆黒の拳銃を二挺提げていた。
一つは銃使いの遺品、もう一方は弾丸を数十発も装填した短機関銃である。連射可能な銃を希望したところ、すぐに出たのはこれだった。これならば、敵を速やかに沈黙させられる、そう期待できる効果を持つ新しい武器。
自慢にユウタを探して王宮内を散策した末に探していた人物を発見したが、その人の纏う雰囲気が異質である事に気概も無く、静かに寄り添うことにした。
「そういや、姐さんの部屋に行ったっきり戻って来なかったけど、どうしたんだよ。杖も部屋に置きっぱだし、その小太刀は?」
一瞬だけ顔を強張らせたユウタは、マコトに笑顔を取り繕って対応する。
「ん、ああ、色々と話をね。これは僕の為にムスビが拵えてくれた物だよ、何か押し付けられてさ」
「ほー……ま、オレはこれ以上訊かない事にする。男女の秘め事には余計に干渉しない方が良いしな」
「……気遣い、痛み入るよ」
ユウタは項垂れて、小太刀を掻き抱く。
起床してすぐ、一糸まとわぬ姿の彼女と己に事の異常を悟ってムスビを問い質した。彼女も狼狽しており、訥々と昨日の事柄について説明していくと、ユウタは恐怖に自分の血の気が引いていくのを感じた。
原因を探るよりも、自分が犯した罪の重さに絶望する。何かの力が作用していたとはいえ、その気配を看取することもせず、悠然と構えていた自分の気構えとムスビを襲った愚挙。許される事ではなく、償える事でも無い。
あまり深刻に捉えていないムスビに対して不安は募り、ただ贖罪だけを求めた。その一つがこの小太刀――前にムスビから一度受け取り、結果として手にしなかった物。
ユウタの胸を穿つのはムスビへの感情のみではない。己の婚約者ハナエに対する途轍も無い罪悪感だった。他の女性に身を預けるという悔恨と悲嘆が尽きない。
「今日にも来るんだな、奴等は」
「うん、双子は必ず来る」
断言するユウタの言葉には、やはり覇気がなく声音は嗄れる寸前の弱々しさだけが感じられた。体力的な問題ではなく、明らかに精神の損耗が激しい。戦いに支障があるとするなら、双子との交戦で劣勢に陥った際、自分を奮起させる為の気力が無いかもしれないという点。
嵐にも耐える巨木を思わせたユウタが、今はあまりにも頼りなく見えた。マコトは痛々しい彼に目を逸らして、曇天から舞い落ちる雪を指で受け止める。
「婚約者の為に頑張るんだろ?一体なにがあったかは知んないけどさ、男なら決意を曲げるなよ。迎えに行く約束なんだろ?」
ユウタがその言葉に顔をあげた。マコトをまじまじと見詰めて、張り詰めていた表情が弛んで笑顔になった。
唐突に笑声を上げ始め、思わず畏怖に身を数歩退いたマコトは、怪訝な眼差しでユウタから距離を置く。
「ど、どうした……オレ恥ずかしい事は言ってないぞ?」
「いや、うん……君はゴウセンに似てるなって」
一頻り笑ったユウタは目尻に浮かんだ涙を指で払った。容姿は似気ないが、性格が記憶の中にある友人を彷彿とさせて、感動と笑いを堪えられなかった。春に永遠の別れとなったゴウセンを前にしたかのように、胸の内側で温かいモノが込み上げる。
「うん、そうだね。絶対に僕はハナエを迎えに行くんだ」
この一人と定めた者に愛を尽くし、その矛と盾になること。それは主ではなく、妻として、愛する人として、己の半身として彼女を守る。例え生まれが不運であろうと、誰よりも重責を担う性を受けようと、抗うと決めたのならば最後まで徹底する。
決した覚悟を今さら取り下げる事などしない。ムスビへの罪が消えることは無いが、何があろうとハナエの傍にいる夢を実現すべくこの場に居るのだ。本当ならば今も隣に居たかった望みに背いてまで、果たさなくてはならない。
ユウタは左の腰紐へ斜に差して佩刀すると、袴の裾を裁つ付けに絞る。髪を改めて結い直し、袷の右袖を短く匕首で切った――五分袖の長さになり、冷気に包帯の巻かれている腕を晒される。
黒衣の少年の姿を眺めるマコトは、ふと疑問に首を傾げた。
「あれ、何で黒装束?」
「うん、ヤミビトの否定とはいえど、やっぱり旅の始めを思い出したいというか」
「成る程な……。オレは始まりも何もよく判らないけど、取りあえずは死なないように努力するかな」
「じゃあ、賭ける?僕は生存に、君は斃死に」
「そりゃきっと、ユウタの勝ちだな」
二人は苦笑して、雪空をもう少し眺めることにした。
× × ×
王宮の図書館にて書物を漁るムスビの隣には、ニーナが腰掛けていた。その周囲を近衛が固めている。王宮の内外を問わず、刺客の来襲を予期した万全の態勢であった。
その面子を鬱陶しく思いながら、ムスビは頁を繰る手を止めない。主に彼女が目を向けるのは魔法と呪術に関する書物、加えて大陸の歴史を仔細に纏めた書誌である。近衛からすれば、歴史を学ぶのは今後の東西に向き直る為の準備かと勘繰るばかりだが、ムスビにその意図はない。
目的とするのは、己を完全なる魔術師に昇華する為の術を見付けること。『擬・魔術』ではなく、真に世界を変革する力を掌中に収めれば、大陸で暗躍する<印>、そしてこれからムスビの障害となるであろう危険分子を確実に排除する切り札となる。
何より――魔術師となれば、強制的にヤミビトとの契約を結ぶことも可能かもしれない。物理的にも、精神的にも、そして魔力さえも当代のヤミビトたるユウタを己に固定させる為の一手。昨晩のユウタの告白で決心が付いた。
戦乱の中に信を置けるのはムスビだけだと、そしてその精神的支柱にいるハナエと自分を置き換え、確実に掌握してみせる。彼の心は未だ不安定なところが多い。その弱点を常に自分が補うことで、真に何が必要であるかを自覚させる。
事が済めば、もう要らない物は……
「何を調べてらっしゃるの?」
「……魔導書とか、史書とかそんなの。あんたら詰まらないと思うから、早く安全な場所に避難したら?」
突き放す言動にニーナはまったく不満の色も見せず、その横で自分は童話や小説を開いて読み始めた。近衛は馴れ馴れしく、ムスビの背後に立って紙面を眺める。後頭部に感じる人の視線に不快を示し、ムスビは振り返って睨め上げた。
近衛の一、バシル。金髪碧眼の二十後半の歳だが、それよりも上だと思わせる彫りの深い面差し。
近衛の二、オーガン。片耳に鼻から両頬へと伸びる一文字の傷が、年若さに似合わぬ修羅場を経験した歴戦の兵の風格を醸し出している。
近衛の三、フルム。色素の薄い茶の長髪を左肩に流す。首筋に火傷の痕が見られ、本人はそれを肌着で隠している。
近衛の四、マリス。眉を刈り上げて薄くし目は柔和な線を描き第一印象は穏やかな人柄であった。顎の無精髭は濃く、近衛の中でも最も偉丈夫であり、一瞬は悪党に見紛う。
オーガンが身を引いて両手を挙げる。
「おっと、魔女殿に怒られた」
「しつこい。これ見たって、あんた達には判んないでしょ」
肩を竦める近衛に苛立ちで机を叩き立ち上がると、ニーナがあわてて肩を掴んで諌める。憤怒に暴走する子を窘めるように、ゆっくりと椅子に引き戻した。
部下の無礼を咎めろとばかりに目で訴えるが、ニーナには届かない。花のように笑み、相手の戦意や敵意を削いでしまうような雰囲気に、ムスビも緩く首を横に振って席についた。
突然、四人の近衛が槍の穂先を傾けた。先端が弧を描き、ムスビとニーナの前方へと差し向けられた。何事かと前に視線を凝らす二人の目前で、東国の白装束に身を包む少年が飄々とこちらに向かって歩いている。腰に太刀を提げて、鼻唄を歌いながらムスビの前に座る。
ニーナは出現した少年に当惑し、ムスビと彼を交互に見遣る。ムスビとしては面識があるため、無視出来ずに剣呑な輝きを放つ眼光だけを向けた。事も無げに笑顔で流す少年は、机に頬杖をつく。
近衛の全員がさらに槍衾の輪を収斂させ、少年に切っ先を近付ける。この一画の空気を冷たく緊張させるのは、姫を守る為に集った荒事に慣れている実力ある兵士だ。誰であろうと威圧してしまう迫力で少年を射る。
しかし、それを片手を上げて制止するムスビに全員が顔を歪ませる。
「魔女殿、こいつは敵か?」
「ええ、そうね」
「では何故止める!?昔の馴染みか?」
「いや、違うわよ。こいつはそんな生易しいモノじゃない……幾らあんた達で突いたって届きはしないわよ」
「説明有り難う、魔術師さん」
飄然とする彼は依然警戒を解かないムスビに笑い手を振った。
「何であんたが此所に?まさか、もう<印>は来てるの?」
「いや、ただの旅行だよ。単身でここに潜入しただけさ……まあ、道端に何人かは躱わしきれなかった奴等が転がってはいるがね」
近衛が槍を突き出して少年を貫かんと一歩を踏み出した時、少年が一瞥した次の瞬間には全員が後方へと体が飛んでいた。鎧を着込んだ彼等では跳躍するにも難しい高さまで跳ね上げられ、盛大に書架を倒して沈む。
驚愕に言葉を失って硬直するニーナの傍で、不敵に笑うムスビと少年。
「職業意識の高い兵士は良い。だが今は手出し無用、何故それを弁えられないのだろうな」
「どうでも良いわ。要件を言いなさい」
「そうだな。此所に来た理由は、忠告だよ。あまり説明する時間は無いからね、『巳』の二人が来る前に立ち去りたい。
君がユウタを欲するほど、それはユウタにとって苦痛にしかならない、永久に。これから先の未来、どんな事があってもだ。
それと、自問自答してみると良いさ……果たして君がユウタを求めているのは、ヤミビトだからか、それとめユウタだからか?」
「……何を言ってるの?」
「いずれ判るよ、後者の方が望ましいけどね……弟を宜しく頼むよ、魔術師さん」
「!?お、弟って……」
白衣の裾を翻し、少年が書架の並ぶ闇の中へと消えて行く。
漸く立ち上がった近衛が追跡しようと走り出すのを、ムスビが大声で止めた。
「待て!」
「な、どうしてだ魔女殿!」
「挑んだ奴から殺されるわよ、あれは正直あたしでも勝てるか不安だわ」
ムスビは少年が去った方向を見据えながら、自己憐憫を含んだ声で言った。ロブディで一戦を交えた経験から判るのは、あの氣術師の力量が計り知れないということ。直接対決となれば、確実とは言えないが今のムスビでは敗北する確率が高い。
弟――彼がそう呼ぶ対象は、話の筋からでも一人しかいない。似た顔付きも含めて、彼がユウタの兄であると感じた。
アカリ・カルデラや<印>のタイガの話でも、氣術師タクマの子供は二人生まれたという。その内の一人がヤミビト、即ちユウタである。
「もう一人、タクマの息子ってわけね」
納得と共に、背筋を悪寒が撫で上げる。
ムスビは席を立って、ニーナと近衛を置いて走り出す。
× × ×
バルコニーにて時間を潰していたユウタとマコトへと歩み寄る人影。長いドレスの裾を床に擦りながら歩くのは王女シェイナ・ヴィルゼストである。曇天を見上げている少年を見付け、悠々とした足取りで傍に寄ると、彼の横に腰を下ろす。
冷たい床に座らせるのは失礼であると思ったマコトが急いでコートを脱ぎ、彼女の下に敷いた。礼を言ってから座り直したシェイナは、ユウタの横顔を見詰める。
「タクマにそっくりだわ」
「え?父さんに、ですか?」
「子として当然だけど、やっぱりそうよ。特に目元なんか、あの憎たらしいタクマよ。他は母親のパーツかしら」
楽しそうにユウタの顔を撫でて遊ぶシェイナに、二人は緊張と困惑でただ身を固めていた。玉座の間で見せたアキラを師事する強い志を目の当たりにしていたため、熱意の強さに避けるほど詰めてくると知って大人しくする。
感触を楽しみ満足にシェイナは手を引くと、ユウタに肩を擦り寄せた。
「タクマの子供、だとまるで私の子に思えるわ。ごめんなさいね」
「い、いえ、光栄というか……あの、父さんがどうして神族を恨んでいたか知っていますか?」
「!……そうね、知らないわよね。
私はベリオン大戦の五年前から、カルデラの館へ長期間滞在し、その過程でアキラ様に修行をつけて貰っていたの。その時、タクマと競っていたわ」
その頃を思い出そうとするように目を細め、虚空を見詰めるその瞳が寂しそうに伏せられた。
「彼が神族を恨んでいるのは、アキラ様の為であり、ヒビキ様の為なの」
「え……?」
「アキラ様には呪いがあるらしくて、その所為でヒビキ様と結ばれなかった。想いは通じていたけれど、アキラ様は彼女の為に身を引いていたの、ただの部下と主として。
それを幼少期から見ていたタクマは、二人に育てられて様々なモノを得てきたの。師からは誰かを守る為の武力、ヒビキ様からは誰かを愛する為の気持ち。願っても成就しない悲運な人生。
そんな二人を隔てる呪いをかけた神族が、断固として許せなかったのね」
マコトは雪の寒さに身を震わせることも忘れ、話に聞き入っていた。タクマという人間が矛剴の中で、如何に重要かは故郷の里でも伝えられていたのである。マコト自身もタクマという人物について親や大人達に教えられた。
類い稀なる氣術の才能と統率力や武力を併せ持つ逸材であると言われる彼の神族に向けた怨恨、その正体だけは誰も知らなかったのだ。
「タクマは、そう……寂しい子。愛する人を失う恐怖に誰よりも敏感で、常に怯えていたわ」
シェイナの瞳が潤んだ。
ユウタは話を聞きながら、辻褄の合わない話に首を捻っていた。タクマは戦時中、カルデラを潰滅させる為に単身でロブディに赴き、アキラに仕留められたとされる。だが、シェイナの口振りからは、タクマからカルデラへの愛を感じる。
何か……違和感がある。タクマの身に何かがあったのか、或いはシェイナが偽っているのか。しかし、彼女が虚偽を伝えている様子や悪意は窺えない。タクマに何らかの力か、或いは避けきれない事情があったのやもしれない。
奇妙な疑問にユウタは眉を寄せた。
思考に集中していたユウタよりも先んじて、マコトが空気の変化を感知した。
バルコニーで柱に身を寄せていた三人を、遽然勢いを強めた風雪が叩き付けられる。雪は雹のごとく礫と化して体を殴り、さらに体を壁に貼り付けるような強風の中、シェイナを支えながら踏ん張るユウタ。
マコトと共に支柱の影に回り、風を凌ぐ。王宮の中に鳴く風の烈声に、シェイナが顔を険しくさせた。
「こ、これは……?」
「……来たみたいです」
ユウタは彼女をその場に座らせ、もう一度バルコニーへと進み出る。マコトも隣に並び、塀から遠くに霞む首都の入口を眺望した。風と雪が二人を避けて床を叩く。氣術師がなせる現象により、進行方向を捻じ曲げられた降雪が二人の近くを擦過して着地する。
あの時と同じ風――神樹の森で起きた異変、そして港町リィテルで陸海を問わず発生した魔物の活発化を運んだ力と同様のモノ。ユウタとしては予想していた通りであり、そして待ち望んだものでもある。
この強風こそ首都に瞬く兆し――各地に禍をもたらしたユウタの怨敵。
この地に訪れる凶星の双子座の脅威を示す標だ。
アクセスして戴き、誠に有り難うございます。
ようやく最終決戦開幕となります。
次回も宜しくお願い致します。




