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始まる最悪

風が強いですね。今日、傘を広げたら一瞬でひっくり返されました。その光景に笑ってたら、自分も煽られて泥の上に転倒して・・・。

そんな屈辱を張らすためにも、今日は描きます。



『師匠、どうして僕は“氣術”を習うのですか?』


 好奇心に任せて、尊敬する師に質問をした事がある。それは氣術の修行を始めて、まだ間もない頃だった。特異な力の操作を学ぶ過程で、疑問に思ったのは、狩りをした時だ。

 別段、獲物を仕留めるなら武器がなくとも、罠を仕掛けるだけで充分事足りる。何より、氣術など一体どこで使うのか。師との鍛練のみでしか使用する機会のないユウタにとっては、疑念を懐くのが必定とも言える。

 窓の外を見ていた老人は、ゆっくりとユウタに向き直った。純粋で穢れを知らぬ子供の眼差しに、眩しい物をみるように目を細めた。そして優しく少年を引き寄せて胸の内に包むと、頭を撫でる。

 ユウタは、彼との関係が血の繋がり、または祖父であるとしか本人から聞いた事はない。だが、育て親である彼を本物の父も同然に慕う少年にとって、これは至福の時に思えた。邪気のない笑みを溢すユウタの頭上で、老人は囁いた。


『いつか、お前の傍に大切な人が出来た時、その人を守れる為にだよ。──ユウタ、お前は優しい子だ。必ず、良い人間になるだろう』


 老人が離れる。

 その顔は、酷く寂しいものだった。なにかを隠しているようで、でもそれを明かした時にどうなるのか、それに怯えていると、幼子でありながらユウタは表情から読み取った。

 老人は一言、こう言うのだった。



『──頼むから、わしのようにならんでくれよ』







    ×     ×     ×




 夢を見た。

 師との会話で、彼が最も印象深く思っている場面の一つ。床から体を起こし、窓の外を見遣る。まだ薄暗く、日すら出ていない濃闇が森の中に立ち込めている。

 ユウタは睡眠時間が極端に少ない上に、体を休めるのに眠る事すらしない日もある。僅かな休憩で、身を凝らせる疲労すら回復させるのは、師匠と同じであった。それについても尋ねた。


『氣がお前の体を循環し、癒しているのだよ』


 この時、ユウタにとって氣術は遥かに優れた万能の力に思えた。しかし、それを咎めるように老人は包帯を施す。手慣れた手つき、されど緊張感に彼の指が縺れるのである。ごつごつとした彼の手が重ねられた自分の右腕。


『お前とわしの使う氣術は、少し変わっていてな。良薬にもなれば、破壊の一手にもなる。決して使い方を過たなければ、お前を救うだろう』


 師の教えに従って、ユウタはその日以来、氣術に対する考えを改めた。万能であるが故に、及ぼす影響が絶大ならば、使用法に細心の注意を払わなくてはならない。時に盾、時に刃であると認め、使いこなさなくてはいけない。どちらも、己を、そして大切な人を守る為の道具として。


 そう考えると、ユウタは溜め息をついた。この手で、氣術を用いて何かを破壊した事はない。突き放したり、引き寄せたり、押し潰したり、そんな事は出来た。しかし、人を殺せる程の力はない。仮にもし、老人の言う“破壊の一手”が人を殺めることに特化した術ならば……。

 昨晩、この場所を訪れた三人の男。その内の一人が仄めかす“我々”の言葉と、自分と共通する氣術──果たして、それが何を示唆するのかはまだ解らなかった。


 ユウタは床から立ち上がって、体操をする。体を柔らかくして、睡眠直後の硬直を解すと朝餉の準備に取り掛かる。今晩、再び現れると予告した男達に想いを馳せ、囲炉裏の前に立った。


 ──タクマの忘れ形見。


 タイゾウと名乗る外套の男。その発言が妙にユウタの記憶で引っ掛かる。物心付く転がら、老人を師匠と呼び慕っていたユウタは、ここで最大の謎に気づく。

 師匠の名を知らない。彼がタクマなのか、それともその人名に関連する人物なのか。守護者や村人からも彼は、「先生」と称呼される。ユウタは近しい人間ほど、その正体を探らない。ハナエに対しても、その好みや嫌いな物まで。その点を踏まえて、ユウタは一つの了解を得た。

 自分が、人に踏み込むことを無意識に恐れている人間だからだ。何かに傾注した事がなく、打ち込んだ修練とは、己を磨く為に必要なモノであるから。他人が一切関係ないそれへ熱心に身を窶していたのは、きっとそういった心理の下に従っているのだろう。


「…僕は、臆病者だな」


 小さく呟き、完成したのは、山菜の煮汁。椀に注ぎ、一気に飲み干した。体の芯から広がる温かさが消えぬ内に、今度は具も一緒に注ぎ足す。育ち盛りのユウタが、それを完食するのに一時間も掛からなかった。

 食事を終えたところで、外の闇が少しずつ薄れている事に気づく。どうやら、日は昇ってきたらしい。ユウタは春に誕生したと聞かされており、その日はあと四回ほど日が空へ上がった時だ。一五になる時を、此所で過ごしたい。

 ユウタは対策を練る事にした。あの三人を日常から退け、この生活を維持する為に。自分だけでは太刀打ちできない──タイゾウを見て思ってから、守護者に頼る他に思い付かなかった。

 ユウタはハナエの訪問を待って、家の中に居座る。




「君、もう一五だろ?結婚しないの?」


「ユウタもそう言うの?わたしはね、好きな人以外と婚姻する気はないの。それに、まだそんな人物さえ居ないのに、出来ると思う?」


 昼の近づいた時刻に、彼女はやって来た。習慣化したことで、ハナエにも遠慮がない。それに最近は、親から推し進められる縁談に辟易としていた。その不満や恨み言を、ユウタは何度も聞いている。それだけの信頼があると確信した上で、彼女に希望してみた。


「あのさ、ハナエ。守護者全員と話が出来ないか、君から掛け合ってくれないか?」


「良いけど…何で急に?」


 ユウタの真剣な眼差しに、彼女は一瞬目を見開いて驚くと、すぐに顔を逸らした。何か気に障ったと思い、自分の身なりを検める。しかし、それは単なる杞憂で、果たして彼女が何を思ったのかユウタには判らなかった。





   ×       ×      ×



 守護者と会談をしたい。そう希望したユウタの意思を聞き届け、ハナエはその通り、全員を揃えた。

 村の中央付近に位置する一つの小屋に、十人の屈強な人間が集合した。全員が武装を解除して参加した様子に、ユウタは安堵する。武器をちらつかせていれば、緊張感に上手く伝えられない事を危惧したからである。ユウタの所望した通りの状況を設置してくれた彼女に感謝しながら、席に着いた。


 まず、必要な事として、十人を改めて見た。


 ユウタの向かい側に座る緑の頭髪をした男性──フジタ。守護者の棟梁を務めるこの人物は、常に前線で村の警護に当たる最強の武人。潰れた鼻梁に、厳めしく寄せられた眉弓が深々と隆起していて、口元を一文字に引き締めている。その人相だけで獣すら制する威圧を常に纏う彼は、守護者の中でも畏れる者がいる。

 次に、その右隣。

 フジタの一人娘で、レーラ。男性の多い守護者の中で、実力を以て一員にまでなった数少ない女性の守護者。実力は折紙付きで、高い戦闘力と豊富な知識が周囲に一目置かれている。

 ギゼル。この中では、ユウタが最も交流のある人物。左眉の上に斜めにある傷痕と、村には珍しい褐色の肌。短刀使いで知られ、フジタの次に強いとされている。

 その左に、ゴウセンと呼ばれる少年が居た。黄色の髪を後ろで小さく括り、中性的な顔立ちは村でも美少年だと形容される。ハナエに対して好意を抱いている事を公然と口にし、彼女に何度もアプローチしているが、そのすべてが無念の結果となっている。何度も相談を受けるユウタにとって、数少ない同年の知り合いだ。

 続き、藍色の頭髪をした双子の男性。短髪の方がゼーダ。顔を隠すほど長い前髪をしているのがビューダ。どちらも右目を失明しているが、狩りに於いては村で彼等の右に出る者がいないとされ、時折ユウタも教えを乞う。全身に包帯を施して、目鼻と口だけを晒している両者に、少し親近感があった。

 次にこの錚々たる面子の中では、一番親しみやすい雰囲気の持ち主であるニール。長い白髪を垂らした糸目の男。妻と四人の子供と生活を営み、村でも優しい父親だと周囲から認識されている。

 バッカは、白い肌を際立たせるような赤い頭髪をしていて、この中では気性が荒いが仲間に対する信頼や優しさが人一倍とされ、熱血漢とフジタから評されている。主に力で解決しようとする彼は、こういった会談が嫌いなのか、先程から苛立ちを隠さずに頬杖をついて憮然とした態度を取っている。

 そんな彼を横で諫めるのが、その兄であるカンダル。同じ赤い髪だが、体格は彼よりも小さい。しかし、実力に関してはバッカを上回っている故に、カンダルの言動には彼を抑制する力がある。

 最後に、肩まである鳶色の髪を高い位置で結っているバーダ。その顔には大きな火傷があり、それを臆面もなく隠す様子がない。


 ユウタは全員を見渡した後、机の上に身を乗り出した。


「実は昨晩、僕の家を尋ねた三人組がいます。

 一人はタイゾウと名乗っており、僕や師匠と同じ業を使う人間。それともう二人の武装した男は、今晩も僕の家を訪ねます」


「昨晩……それは、私が森を巡回していた時間帯ではないか」


 フジタがきつくユウタを睨む。


「フジタさんでも、存在に気付かなかったのですか。実は僕も気配を悟れず、包囲されてしまいました」


 フジタが唸り声を上げ、席の背凭れに体重をかけて腕を組む。その傍からレーラが空かさず質問を投げ掛けた。


「奴等の目的は判ってんの?」


「…迎えに来た、との事です。強引な連中でした。でも実際、師匠から身内などの話を聞いた事がなく、きっとそう言った人物達ではないのだと思います。

 予定よりも早く・・・つまり、僕を迎える予定が予めあったそうな口振りでした。僕としても、この村や森が好きなので、正体不明の三人組に付いていく気はありません」


 ギゼルが嘆息をついた。


「つまり、お前がそれを拒否した場合、村に攻撃の手が伸びるかもしれない、と?」


「はい。それに、彼等は守護者の警備網にも無粋に踏み込む輩です。貴方たちの敵である事に変わりないと思います」


 ユウタは、自分の発言を反芻した。最後の言葉は、特に意味を持たない。ユウタを迎えに来たとあれば、それは彼のみの問題。ユウタが彼らに付いて行けば、村が被害を被ることもないのだ。

 すると、ゴウセンが立ち上がり、拳を机に打ち鳴らした。全員の注目にも怖じ気付くことなく、決然と言い放つ。


「ユウタは、村の外とはいえ俺らの家族だ!それを強引に連れ出すってのは、筋が通らねぇ!」


 フジタは考えが纏まったのか、机の上に肘を載せて少し声を大きくする。


「ゴウセンの言葉は、村への被害を顧みずに決裂するという事。私としては、村を任されている身として容認は出来ん。

 だが──」


 ギゼルが口端を上げた。フジタの言わんとする事を理解したのだろう。


「私は、ユウタの師に一生を掛けても返礼の出来ぬ恩がある。その彼が遺したユウタを、みすみす合意も無しに引き渡す事には賛同できん」


 フジタの言葉が、既に全員の方針を固めていた。総員が立ち上がって、ユウタを見下ろす。望んでいたといえ、その風景に圧倒されて見上げる他に動けなかった。


「我々は全力を以て、敵を討ち滅ぼす。今宵はその三人組の首を獲る事にしよう」


「あ、ありがとうございます!」







    ×     ×     ×



 日暮れに、茜色の空が神樹と森林の樹冠が途絶えた隙間から覗いていた。風が抜ける。この森を俯瞰する事が出来るのなら、恐らくサクラの絨毯を揺らして駆け抜ける景色が見えるだろう。まだ夏を迎えぬ森は、この時期にだけ咲くサクラに彩られていた。

 無事に会談を終え、一息つくユウタの傍にゴウセンがやって来た。その歩調から、彼の気分が慌ただしい事を推察した。日が完全に落ちてから、守護者は森に出る意向を示している。


「どうした?」


「なあ、ハナエを知らねぇか?」


 またいつものか、とユウタは笑ってハナエの行方を想像した。恐らく村長の館や、その友人の家までゴウセンが訪ねているのは当然だろう。ならば、他に行く場所があるのか。──そう思うと、残りはユウタの自宅だけである。しかし、ユウタが村に居る以上は、彼女もそちらへ外出している筈がない。だが、確かにユウタが村に居る事を彼女は判っていないという可能性もあり得る。


「ごめん、心当たりが無いや」


「そうか。なあ、お前らって恋人なのか?」


 その質問に、ユウタは首を小さく傾げた。ゴウセンの実直な性格から、冗談や嘘などが出てきた覚えがない。彼の本心であろうその問いに、ユウタは首を横へ振る。


「いや、ただの友達。それに、僕はゴウセンを応援してるから、彼女と交際するなんて気持ちが芽生えた事なんて無い」


「まぁ……ハナエの様子からも、お前に対しては友情みたいなのしか感じねぇけど。だとしてもだぜ?口を開けばユウタ、ユウタだぞ」


 少しそれを聞いて、ユウタは恥ずかしくなった。彼女が他人に自分の話をしているとなると嬉しいが、それを素直に受け取れない。一体、どんな話をしているのか気にかかったが、そこは追及せずにおいた。


「大丈夫だよ。僕は二人の結婚式を見るまで、死ぬつもりはないから」


「ユウタ……お前って奴ぁ!!」


 感涙に頬を濡らし、ユウタの首筋に縋り付く彼を苦笑しながら強引に引き離す。悩みが晴れたのか、またハナエを探しに飛び出したゴウセンを見送り、ユウタは家路を辿る。

 村の近辺であの三人組と出会うのは危険である。故に、自宅にて待機し、その場に姿を現したタイゾウ達を袋叩きにする陣形で守護者が一斉攻撃を開始する。その手筈だった。

 ユウタがいつもの──村とユウタの家を線で区切るような川に着いた。

 川を横断する足場となる岩。等間隔で川面から露出した固い表面に、人の靴が擦れた跡がある。それを注意深く眺め、ユウタはそれがハナエの足跡であると悟った。昼頃に訪ねたものなら、既に川の水で洗い流されるはず。それが未だ残っているとなれば、これが新しい形跡である証左。

 ユウタは急いだ。岩の一つ一つを足場に、俊敏な動きで跳ぶ。対岸に着地してすぐに土を蹴って、森の中を馳せる。猛然と草を蹴散らして、自宅に辿り着いた。


「……」


 家からは、人の気配がしない。

 氣術で気配探知を行うが、それにも反応しなかった。焦りが募る。玄関扉の戸板を開けて、中を見回すが、悪戯に隠れている訳でもなく、無人の家は冷たい空気を充満させてユウタを迎えた。

 ユウタは視線の先にある、壁に飾られた木刀を氣術で引き寄せて受け止めた。そして身を翻して、玄関から飛び出た所に、誰何の声が響き渡る。森の木々に反響して、恰も複数人によって同時に呼び掛けられるような錯覚がした。


「少年、私は言った筈だぞ。──ああ、実に残念だよ」


 ユウタは声の主を探し、全方位を睨んだ。


「此所だよ、少年」


 翻弄する声が、背後でする。またしても、その気配を感知できなかった。不覚を取られながらも、背後へと勢いよく振り返ったユウタは、予想していた最悪の事態に歯を食い縛る。

 屋根の上に軽々と立っているタイゾウは、その両腕にハナエを抱えていた。意識を失っているのか、彼の中で眠っている。耳を澄まし、微かに呼吸があるのを確認して、まだ生きていると安心した。


「少し強引な手段を講じる事にしたよ。この子を人質に、君には私達の要件を飲んで貰おう……そうしたのだ」


 何故、家に来たのか。彼女の目的が知れないユウタは、ゴウセンに申し訳が立たなくなった。

 ハナエを人質として捕らえる。──それは、守護者を制する絶対的な一手になる。そうすれば、タイゾウにとっての脅威を抑止する充分な道具と言えよう。また、それがユウタの行動にも影響する事も見透かして。


「今日は、あの二人が居ないんだな」


「彼等には待っていて貰っている。気が短いジンタは怒っているかも知れないから、早目に済まそう」


 飄々とした態度に、ユウタは溢れる憤懣を押し殺し、冷静に彼を見据える。一見、穏やかそうに見えるこの男が、実はあの三人組で誰よりも物騒なのだ。尋常な手段や交渉が通じる筈もない。

 日の落ちた森に、複数人の気配が立った。それにタイゾウは口角を上げて、手刀の形にした手を、ハナエの喉に翳す。


「動くな。仮に私に害をなそうとするなら、娘の命は無いぞ?」


「おい、卑怯だぞッ!」


 茂みから姿を現したゴウセンとギゼル。二人の剣幕にも動じず、淡々とした外套の男は、風に裾を靡かせたままユウタ達を睥睨した。その一瞥で三人が固まった。その挙動だけで、実力を知って冷や汗が滲む。ギゼルも斃せるか判らないと察知してなのか、手元の武器を納めた。


「さて、私の要求だ。娘自体に価値は無いが、どうやらそちら側に重宝されているらしい。これを、この森から連れ出しながら逃げるのは、私達でも難しい。………ふむ、そうだな」


 自分が優位に立っていると、愉悦の滲んだ笑みでユウタを見つめる。ゴウセンが如何にも嫌悪する人間だ。ギゼルとしても容認したくない人種だろう。


「決闘だな。

 こちらの三人と少年が果たし合いをする。仮に全員を斃せば娘を解放して身を退き、森を去る。逆に敗北すれば大人しく私の下へ来るんだ。

 無論、少年への加勢は認めない。私達も全員で強襲したら卑怯だからね、その部分は自重するよ」


「ぬけぬけとよくも……!」


「そうだな、ついでに君も少年と共に戦闘に参加して良いよ」


 今にも飛び掛かりそうなゴウセンを窘めながら、ユウタはタイゾウの瞳を覗く。そこに虚偽がなく、逆にこの状況を楽しんでいる。まだ年端のいかない子供が見せるような笑顔。顔の皺を深くして破顔する男を、全員が不気味に感じた。わざわざ、公平な勝負を臨む必要がないのに。

 ここで、タイゾウが己の自己満足を充たす事を優先する、好戦的な男だと悟った。恐らくは、残りの二人すらも賛成しかねる提案であるのに、それを一切の躊躇も無しに申請している。それを聞き、ユウタは弾丸を撃ち込まれたような衝撃を受けた。


「どうかな?」


 ハナエの首筋を、タイゾウの手が撫でた。それだけで、ユウタの内心は憤然とした感情の濁流に呑まれる。しかし、ギゼルの制止の視線に気付いて、我に返った。

 フジタが木陰から姿を現す。そして悠然とユウタの前に立ち塞がり、タイゾウを一瞥した。


「では、立会人として私が付く。戦闘を阻害せぬ距離、そして二人にも悟られぬ遠距離からの監視だ。場所も指定させて貰うが、異存はあるか?」


 フジタの唐突な要求にも、柳に吹く風とばかりに無感動で首肯した。

 大きな掌が、ユウタの肩を叩く。


「お前に全てが懸かっている。荷が重いかもしれんが、頼んだぞ。ゴウセンも共闘する……絶対に勝て」


「では、そういう手筈で進めましょう。私からも彼等に説明しておく。この娘はこちらで預かるよ。・・・大丈夫ですよ、危害を加えたりはしない。年頃の女子だから、優遇するよ」


 ハナエの所在については、フジタも一瞬だけ顔を歪めたものの、頷いた。その条件を呑まなければ、彼女の命が危うい。

 タイゾウが昨晩と同じように、木々の闇へと消えていった。林立する樹木の隙間に満ちる暗然とした闇に視線を注いでいたゴウセンは、舌打ちをしながら踵を返す。そして、ユウタを一度だけ見て恨めしそうに睨んだ。彼の胸中を察して、押し黙る。守護者の気配が村へと退いていくのが判った。

 ギゼルとフジタも渋々とその場を後にした。残されたユウタは、項垂れて膝を地面に着く。


「ごめん……ごめん、ハナエ」


 届かない言葉。縋るように何度も唱える謝罪は、枝葉を揺らした風に溶けて消えた。



























ハナエ(ヒロイン)を懸けて、二人の少年が大人達に対抗するのは、次回から本格的に動きます。

ちなみに、泥へ倒れた後にシャワーを浴びたのですが、携帯の通知を見てみると・・・


友人『無様に転げてたな』


取り敢えず、恥ずかしくて仕方がなかった。

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