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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
六章:マコトと射手座の銃
105/302

凶弾は再び市街に放たれる

日間ランキング54位、応援して頂き本当に有難うございます。

応えられるように頑張っていきますので、これからもお願い致します。



 西の塔に腰を据える賢者――バーティは、恐らく勃発するであろう国の交戦に備えていた。その中でも、その目が捉えている明確な敵影は二つ。

 この戦役を推し進めるセンゴク総督アカヒゲと、その周囲を堅牢に固める宦官。かの戦争を凄絶なものへ加速させたこの者達は、その旧態依然とした体制を常に守り、今日まで生き抜いてきた。それは大陸に燻る火種を、再び大いなる戦火へと育てる為。表面上で西国が対敵するのは、この面子だろう。

 そして、もう一方。脆弱なれど穏やかに維持されていた平和を、国境で狼煙を上げて動乱へと導いた諸悪の根源。武装した黒衣の集団――通称を<印>と知ったのは、東への視察団を組織して山頂より発ったカルデラ一族の当主、彼女から届けられた書簡に記された文より。そこには、彼等が北大陸より航り、神代より長く東国の北東にある秘境にある里の出身だとも綴られていた。

 西国の怨敵センゴク、そしてカルデラ当主が示唆する武装集団。

 これに対する対抗策、なんとカルデラが東を抑えると進言し、武装集団への処断は西の裁量に任せると言う。突然の委任に、国家は騒然となったが賢者と王だけは動じなかった。

 また、当主が示したのは混乱の元、黒衣の連中だけではない。

 いま、国賊として追われる二代目ヤミビト・梟の所在であった。総督より平和条約維持の為の条件として、その存在を排除せよとの申請があった人物。

 ヤミビト――王族や彼等に携わる者、そして賢者にはその名の意味することが判る。前回の争乱でこの国の姫が兵を治癒しようと直々に戦場へ推参せんとした時、提供された手練れの随身。カルデラが抱える追随を許さぬ無類の刺客は、総督アカヒゲを脅かし姫の身を守り抜いた救世主である。

 それが現カルデラ当主によれば、二代目に害意はなく、寧ろその力は国に貢献できる、と。

 これについて激しい論争が行われ、国王も判断を下し倦ねていた。カルデラは勇者を、信仰心の象徴、何よりも強大な武力を披露することで総督の考えを改めさせるという名目で伴っている。果たしてそれは真か。

 それらも交えて混乱する国の中、カルデラの書簡の通り、ヤミビトは首都を訪れた。賢者の魔法により、その登場を察知できたのだ。そして国が驚いた。本当にこんな少年が、あの伝説の殺し屋の弟子だと……?

 一見は穏やかそうで、話し合いの余地も幾分かあるようだった。懐柔するか、或いは排斥するか。


 「白き魔女」が何としても欲しい、そう願う賢者には、この事態があまり芳しくないものに思えた。悉く自分が見初めた女性に逃げられた好色家のバーティには、何とも甘美な獲物である。彼女を手にするなら、やはり梟の存在は邪魔なのではないか。現在、何の意図があってか二代目ヤミビト・梟は「白き魔女」の随身。

 彼女の力は、いずれ政治的にも強くなるだろう。カルデラの使者ではないが、それでもこの動乱の全貌に繋がる何かを持っている。いずれその言葉を求め、国の議論が交わされる卓に参加する権利が与えられる。

 その時、「白き魔女」を手中に収めれば、己の欲望を、そして権力を同時に満たせるだろう。あの随身は邪魔だ、手駒に加えるのも癪に障る。

 彼女の味方を装って接近し、そして新たにその隣に立つ者として成り代わってやろう。


 賢者バーティの悪意は、梟へと照準を定めた。






   ×       ×       ×





 木枯らしの風が吹き抜け、新雪が堆積して道を白い絨毯で覆う。だが、それも活気に充ち溢れる首都の中央道は、轍や人の往来に踏み荒らされる。残された足跡は水気を含んで、時折人の足を滑らせる狡猾な罠になっていた。

 足袋を重ねた草履に、外套を羽織るだけの風体で首都の中央道、その路傍に立つユウタは目の前を通過する行商人の様子を望洋と眺めていた。特に寒がって首を竦めたりする様子はなく、寒風に撫でられる頬をわずかに紅潮させるのみ。

 その隣で、彼の手を握って暖をとるのは白髪で人目惹く麗しの少女。襟巻きに厚手のコート、ズボンを穿いて長靴で足元の防寒を徹底した姿。それでも寒さは隙間を見付けては少女を責める。相棒の熱い手だけが、唯一の救いであった。

 二人が外出した理由――それは刺客を誘き出す為の作戦。遠距離からの狙撃を主に行う手口を知って、敢えて見晴らしの良い中央道に出た。屋敷に残した戦力は、まだ鍛練の最中とあって連れ出す訳にはいかなかった。

 今日の二人は、純粋に首都で逢瀬を楽しむ男女一組の設定だ。身を寄せ合って寒さに耐える姿を、時折見掛けた人々が冷やかしに黄色い声を上げる。

 少女は恥ずかしそうに襟巻きに鼻を埋めて、顔を隠した。それでも、飄々と横で遠くを見るように虚空に視線をぼーっと見つめる相手を睨め上げた。


「あんたは、寒くないの?」


「森の中に居た頃と比べれば。でも、あの時はハナエと囲炉裏で火を焚いて暖まるのが楽しみだったな」


「実家が恋しくなるってこと?」


「これだけ忙しいとね」


 少年の溜め息が白く空気に溶ける。

 今日も雪は降っている。それも昨日のような霙ではなく、大きな粒。柔らかく、しかし嵩を増して、道に貼り付く雪をより深くしていく。こんな道に、足袋を履いただけの草履――ほぼ素足も同然の格好で、よく悲鳴も上げずにいられるものだ。

 少女は呆れ半ばに感嘆の念に笑った。


「でも、あんたとゆっくり町を回るなんて、これ初めてじゃない?」


「事情があれだけど、確かにそうだね」


 少年は手中で冷えた相手の手を引いて、人波の中へ躊躇いなく入る。少女が雪に足を取られぬように配慮して、ゆっくりとした歩調で進んでいた。

 少女は俯いて、足許の雪を見下ろしながら続く。本当ならば、こうこそこそと身分を隠さず、自由気儘に彼と首都の散策を楽しみたかった。だが、今回は警戒を怠らぬ陽動作戦という物騒な現状、楽しみたくとも思う存分とはいかない。


「ムスビ、見てよあれ」


 そんな少女の不満も知らず、楽しそうにしている少年。お前こそ目的を忘れているんじゃないか、と問いたくなる屈託の無い笑顔。自分が苦悩しているのも愚かしく思えて、彼を怨みたくなった。

 少年が指差したのは、煉瓦を重ねて建てた木の屋根の露店。大きな鍋が奥の竈でことことと音を立て、中の煮汁から煙が立つ。受付の男は鬱陶しそうに手で払いながら、店に立ち寄った者に汁を椀に注いで提供する。片手で代金を受けとりながら、何の不都合もないように手元の汁に満たされた椀を取り零さず渡す。

 感心して顔を綻ばせる少年、いや彼はどちらかと言うと美味しそうな香りを漂わせる汁にこそ関心を置いていたのだろう。その証拠に、椀を受け取って露店の近くにある場所で堪能する客を羨望の眼差しで見詰めていた。

 相変わらず食欲を隠そうともしない少年に笑い、少女は財布の紐を解いた。


「あんた、金はあるの?」


「…………美味しそうだなぁ」


「仕方無いわね」


 一ヶ月と半月以上も人々に追われる生活をしていた少年が、路銀を充分に稼いでいるなど考える必要もなかった。昨晩、屋敷で出された給食を有り難がっておきながら、お代わりを何度も求めて平らげてしまったほどである。彼の窮状を知って、誰も咎めはしなかった。

 少年の手を放すのは名残惜しいが、露店の受付まで駆け寄って件の汁を求める。間を置かずに遠目で見て確認していた代金をさっと差し出せば、それと同じように二つの椀が出てきた。中では惣菜まで付いた煮汁が、蠱惑的に揺れて少女も思わず生唾を飲んだ。

 急いで少年の元へと戻る。

 顔を輝かせて受け取った彼は、一口だけ啜ると大きく幸福感に満ちた吐息を漏らす。暖かい飲み物を口に含んだため、息の白さはさっきよりも濃かった。

 少女も続いて飲めば、舌の上を滑り口の乾きを癒しながら喉へと流れる汁の味に驚く。最初は口内を針で小さく突かれたような刺激があったが、その暖かさと後に脳髄を痺れさせる汁に滲み出した惣菜の甘味が中和する。

 癖になる味に、すぐ虜となった二人は饒舌になり、先程よりも会話をしながら食事を楽しんだ。尤も、すぐに完食して物寂しそうに肩を落とす少年を笑いながら椀を店に返し、次の場所へと歩を進める。


「あそこ、今度また行くわよ、二人で」


「うーん、でも冬の間だけだと思うし、いつまた行けるかも……まぁ、でもいつかね」


 少年は曖昧な返事をして笑った。それを見て、少女は不安になった。

 いつまで、彼と旅が出来るだろうか。敵を殲滅し、納得のいく終末を見届けたら、もう旅人を止めて、何処かに居を据えるのではないか。そこに自分が居るかもわからない。脳裏で、一つの家に二人笑い合う少年と……その幼馴染。自分の姿を思い描くよりも、そちらの方が鮮明に映る。まるで必定の未来だと自分で語っていた。


「あんたはさ、<印>を根絶やしにしたら、どうするの?」


「ガフマンさんの手紙にあった矛剴の里、それもヒビキさんと……師匠の故郷を観光したら、何処かに暮らすつもり」


「森の中?」


「外の世界が楽しいし、老後にはそっちに戻るつもりだよ」


 少年は自分の未来を既に決めていた。

 そう、戦いが終われば旅も終わる。彼は剣を振るう理由もなく、また足を何処かへ運ぶ予定も一切無いと考える。つまり、少女との別れもその時なのだろう。

 半月前、暫しの別れ――再会を約束した一時の別行動でも、ひどく心が痛んだというのに、確実に道を分かつとなると、その時の痛みは想像に絶する。もし、旅の後にも彼の隣で歩めるなら、話は別だが。


「あんた、結婚とかするの?」


 その一言に、少年の足が止まった。地下より手を伸ばす亡者に足首を掴まれたような急停止。不自然な挙動に、少女がその顔を覗き込む。

 彼の顔は冷静であったが、瞳の奥には当惑の色がある。訊いてはならない、いや訊かれたくなかった事を、自分は口にしたのか。振り向いた少年は顔を緊張させて、視線を右往左往させていた。掌を見るが如く判り易い動揺に、少女は不安と微かな期待を懐いた。なにか、自分に対する告白があるんじゃないか。

 怪訝な視線を投げ掛ける相棒に、少年は何度か口の開閉を繰り返して逡巡した。寒気の中に汗を滲ませているのは、先刻の煮汁で体が暖められたからか、或いは……秘してきた思いを吐露する畏れによるものか。

 意を決したのか、少年は顔を上げた。


「うん、そうだね」


 胸の奥が震えていたが、その声音は決然としていた。

 驚愕に目を見開いた少女は、少しして顔を彼から逸らし、興味の無い素振りをして更に問う。今その心の大半を期待が占めていた。恐らく、この後にくる彼の決意の告白が、自分に向けられたものと信じて。


「ふーん……誰との予定?」


「……もう、心に決めてるんだ。僕は――」


 眦を決して、言葉を紡ごうとした時だった。

 運命の徒か、その声を掻き消すほどの歓声が中央道を埋め尽くす。道を往く行商人や農夫も、足を止めて頭上に両手を掲げて声を上げていた。二人の進行方向、そこにその正体がある。

 折角の告白、それが民衆の歓呼の声に阻害されて、少女は首を傾げた。


「何て言った?」


「あ……いや、別に良いんだ」


 再質問に気後れして、少年は口を閉ざした。

 そして欣然とした国民の輪の外側から、中を見透かすように視線を鋭くする少年。既に意識はそちらへ傾注されていると判って、少女は残念そうに諦める。

 彼と同じ方向へと向き直った。道を塞いでいる人の輪が内側から拡張され、次第にこちらに接近している。そして少年と少女の前で別れて、内側が曝された。

 周囲からの声を浴び、緩やかに手を振って応える青年。薄化粧をしたやや奇抜な身嗜みだが、どうやら人望を集めるだけの何かがある。片手に五尺の樫の杖を握って、雪の上に長いローブの裾を擦っていた。

 道脇へ避けようとした二人だったが、青年の視線がこちらを射抜いているのを理解して足を止める。敵意を感じない優しい瞳に、少年は無性に警戒心を懐いて少女を庇うように立つ。

 青年の顔がわずかに強張ったが、すぐに表情を戻して二人の前に立つと、小さく会釈した。


「首都キスリートへようこそ、「白き魔女」。私は当代の『賢者』バーティです。以後お見知り置きを」








   ×       ×       ×





 「白き魔女」――そう呼ばれた少女ムスビを見て、賢者を囲っていた人民の顔が蒼白になる。じりじりと輪が後退して行く。既に西国では大きな問題の一つとされる存在の登場が、周囲一帯の空気を緊迫したものに変える。

 そのなかで涼しい顔をしているのは、賢者と前に立ってムスビを隠す少年ユウタ。


「賢者……?」


 ムスビは目の前の人物を目を眇めて観察する。ユウタの背から顔を出してはいたが、突拍子もない出現に警戒して身を隠していた。

 男ではなく、高位な娘が唇に施す口紅、顔は薄く白に塗っている。ムスビとしては、それがラングルスで遭遇した魔族の敵アレオな重なった。顔に貼りつけたような笑顔がさらに記憶を呼び覚まして、小さく悲鳴を上げてユウタの背に戻る。

 ユウタは懐に呑んでいる匕首に手をかけた。昨日頭に浮上した疑問――なぜ国直属の刺客が、こうも自分の侵入を感知して即座に奇襲を仕掛けてきたか。国全体を俯瞰するどころか、あらゆる場所にまで視野に捉えるほどの力、魔法を使える者しかいない。

 そして目前に飄然と姿を見せた彼は、その力量を再現できるほどの人物だ。賢者は聖女、勇者よりも強い魔力を持つ。聖女は人の心を理解する神聖さ、勇者は邪悪を打ち払う武力、そして賢者は知識と強力な魔法を使える。

 国から刺客を寄越しておきながら、こうして二人に接触してきた底意は一体何だ?ユウタは訝って、剣も同然の冷然とした視線を返す。

 対する賢者は肩を竦めて苦笑する。


「我々はあなた方を迎えに来ただけです」


「な、何の理由があってよ」


 人の背に隠れながら、態度とは反して強い声音である。ユウタは思わず笑ってしまい、それを咎めるムスビの蹴りが腰を強かに打つ。痛みに呻きながら、依然険相を崩さずに賢者と正対する。

 バーティと名乗る青年の賢者は、一瞬だけ眉を顰めて、また笑顔を取り繕う。


「先日、カルデラ当主カリーナ様の書状に君達を迎えるように申請があったのです」


「それが刺客を向けて来ているのは、話が違うでしょ。あんたら大丈夫?」


「それは貴女の相棒……そちらの少年が、世に畏れられる暗殺者の弟子とあれば、排斥しようとする者の動きもあるでしょう」


「他人事みたいに言ってるけど、本当はあんたの仕業じゃないの?」


「そんな……私は寧ろ、二人が脅威に晒されている事態に心を痛めておりました」


 ユウタは密かに賢者の表情を見て得心する。

 この首都に至るまでの道中で、潜伏先に自分を密告した人間がいたが、彼等の顔や口振りとバーティの言動が酷似している。嘘を隠す人間は自然な笑顔を作ろうと、言葉に感情を作ろうという際に、わずかな波がある。

 先程は顔を顰めても、すぐに笑顔に戻した。次に「心を痛めておりました」と話す口調、喉から発声する際に人は最初の音をはっきりと対象に伝える為に動く。そこに感情が伴うことで、喉の震えや音程で機微が読み取れる。

 ユウタの耳が、バーティの言葉の初動に込められた真意と虚偽の入り混じる音を聞き分けていた。無感情に、紙面の上の文字を滔々と読み進めたような声で始まり、即座に悲哀の色に上塗りされている。

 今まで沈黙を守っていたユウタが口を開く。


「そうですか、では貴方の部下の銃使いを下げてくれるんですね?」


「……銃使い?誰でしょう、それは」


「何を狙ってムスビに近寄るのかは知りませんが、貴方が未だ刺客を秘匿するならば、僕らはこれで失礼します」


 端から見れば、少年が一方的に決め付けている比例としか見受けられない。困惑する賢者を置いて、少女の手を引きながら去ろうとする。

 ユウタは賢者が背後から襲撃しないか注意して振り返りながら、ムスビを強引に連れた。今は引き返して身を引いた方が良い。彼の態度、そして噂に聞く力、銃使いがこちらの居場所を即座に把握する謎、それらを勘案して合点がいく。――今回の敵は賢者だと。

 衆目を浴びる中で攻撃を開始するほど浅薄な判断を下すほど単純では無いが、それでも銃使いの使役を中止することも無いだろう。カリーナの名が出た時、少なからず信じようと試みたが虚しく相手の悪意をその前に読み取ってしまった。

 敵は銃使いのみならず、国の象徴『御三家』の一角。よもや二人目と敵対することになるとは、ユウタもこの奇縁に嘆息をつくしかなかった。

 背を向けて歩き、賢者の姿が少し遠くなる。まだ二人を見送るように立つ彼を訝り、ユウタは足を止めた。


「何を狙って……」


「ユウタ!!」


 突然、路地裏からの強い誰何の声。

 ユウタがそちらに顔を巡らせるよりも早く、飛び出して来たのは屋敷に残してきた筈のマコトであった。氣術師同士は、互いに気配を察知できない。刹那に不覚を覚って焦慮に身構えたユウタだったが、仲間だと知って安堵する。

 だが、様子がおかしい。マコトは変装もせずに中央道へと現れた。

 猛然とこちらに駆け寄る様に当惑した二人は、マコトによって突き飛ばされた。胴を叩いた彼の手に押され、踏鞴を踏むユウタと尻餅をつくムスビ。

 理解が追い付かずにマコトを見遣ると、視界に鮮血が迸った。墨を垂らしたように黒く滲み、新雪を汚す真紅に二人は呆然とする。目の前で頭部から血を噴いて、雪上に倒れ付した彼を見詰めた。目を閉じて動かない……死体のようである。勢いは無いが、まだ流血は止まる気配を見せない。

 ユウタは慌てて彼の体を抱き上げる。


「マコト、しっかりしろ!」


「うっ……ぐ……!」


「なに、何があったのよ!?」


 マコトが指で示す、その先を二人は目で追った。

 東の塔に目を凝らし、ユウタは氣巧眼で遠景にある頂上の詳細を探った。翼を得たように、塔へと近付いていく視覚――そこに、黒光りする奇形の得物、銃とそれに身を寄せてこちらを睨む白スーツの男を見咎める。

 ユウタは概ね察した。賢者の登場で二人の意識がそちらへ向けられる中、静かに銃使いは照準を定めて待ち伏せていたのだ。それをどうしてか、マコトが把握して二人を救おうと身を呈して庇った。向こうで佇む賢者が混乱する人民に何かを言っている。

 ムスビが治癒魔法で回復させる。深くこめかみを抉った銃痕が塞がっていく。淡い光には熱があり、痛みに歪んでいたマコトの相貌が緩む。東の塔から隠れる為に、ユウタは物陰へと二人を誘う。快癒したマコトは蹌踉めきながら、建物の壁に身を寄せた。


「くっ……やばいな……!」


「どうすんのよ」


「仕方ない、このまま奴を仕留める!」


「どうやって!?」


「僕が追う!君は賢者が何を仕出かすか見張っててくれ!」


「こいつ、どうすんの!?」


「オレも後からユウタに続く……先に行ってくれ。あいつを仕留めるのは、オレだ」


 ユウタは頷くと、塔に向かって雪を蹴った。後ろ姿を見送ると、ムスビもまた立ち上がり、身を乗り出して中央道の賢者を見る。民衆が恐怖に退散し、避難の完了を確認した彼が王宮に向けて歩き出した。

 東の方角を一瞥して、ムスビもまた駆け出す。

 一人、路地の冷たい床に座るマコトは狙撃された箇所を手で撫でる。危うかった、あと少し遅れていれば……。

 試行し、目指していた技が完成した。マコトは二人の助言から着想して、その理想像を実現するにまで達した。すぐに外出して、無防備な二人を見た時に脊椎を舐められたような恐怖に身を震わせる。昨晩の記憶を想起し、塔の方角を氣巧眼で探れば、そこにあの銃使いがいた。二人を庇えたのは紙一重、あと踏み出すことが、そして()()()()()()()()いたなら、ユウタかマコトのどちらかが亡き者になっていただろう。

 まだ民衆の注視が募る中でも、堂々と暗殺を実行した。ユウタを狙う賢者と銃使いの覚悟は紛れもなく本物だ。彼等が動いたなら、マコトが動かぬ道理はない。

 早くも、再び相見える時が来た。前回の雪辱を張らす為に戦う。

 萎縮した体に鞭打ち、壁に手をつきながら、マコトは歩き出した。



「今度こそ、勝つ」






今回アクセスして頂き、誠に有り難うございます。ムスビとユウタのデート回が酷く短いものになってしまいましたが、話を進めたいと思います。

次回も宜しくお願い致します。

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