プロローグ
プロローグです。
「先生、お話して下さい」
普段は表情の希薄な少年が言う。無邪気な微笑みを浮かべて、その目は期待に輝いていた。平生寡黙で大人びている少年が、唯一年相応の一面を見せる時間だ。
囲炉裏の火で鍋に投じた具材を煮込んでいた老人――先生は振り返らずに、自分の隣の床を軽く叩いて招く。
少年はすぐに横へと滑り込むように座った。先生の話を聞くのが待ちきれないとばかりに、彼へと身を乗り出す。先生は音もなく、湯の入った椀を少年の前に置いた。
「しかし、話は完結した筈だったが」
「では、最初からお願いします」
「この話がそんなに好きか?」
「はい!」
横目で見た少年の姿がふと、ある人物と重なって先生は目を伏せた。囲炉裏の火が揺れる度に、その双眸が光を灯したように揺らめく。涼風が窓より吹き抜ける。此所はいつまで経っても変わらない。外から聞こえる鳥の囀りに耳を傾けながら、先生は目を閉じる。この静かに心を落ち着かせる環境も好きだった。
「先生?」
「いや、何でもない」
先生は気を取り直して、自分用に一杯注いだ碗の湯を一口だけ含んで舌を湿らせると、記憶の糸を手繰った。聞かせた話は、もうこれで何回目になるだろうか。飽きもせず、繰り返し話聞かせているのに、まるで鮮烈な衝撃を受けたかのように少年の反応は豊かだった。語り手としても、これには語り甲斐がある。
単衣の袖を絞っていた襷を解いて、少年の方へと向き直る。
「昔むかし、ある所に一人の少年が居た。森の中に暮らす、奇妙な少年の話だ――」
次から本編です。