(9) 鬼甲冑
「ニート様、ああニート様ぁ」
『うん? おはようパグ子。どした朝から?』
「ぐす、ぐす、ニート様、いよいよお別れです。パグ子は今日で……」
『何だ! 何があった』
「ぐす、ぐす、最近、聖教会の偉い人がパグ子の様子をチラチラ見に来るようになりました」
『ああそうだな。投獄されて一ヵ月経つのに、パグ子が飢え死にもせずこうしてピンピンしてるからな。あいつら元気なパグ子を見て驚いていやがった』
「ぐす、ぐす、それでその偉い人がドアの向こうで話しているのを、ついさっき聞いてしまったのです」
『その糞野郎が何を言っていた?』
「このまま生かしておいては聖教会の威信に傷がつく、いっそ牢の中に鬼甲冑を放てと」
『鬼甲冑? なんだそれは』
「鬼甲冑は、それはそれは恐ろしい魔物なんです。ああ、パグ子は魔物に食べられてしまうんです」
『ああ? ちくしょうッ、そんなことはさせねえぞッ』
「ニート様ぁ……」
『パグ子、いいかよく聞け。鬼甲冑に喰われたくなかったら、おまえがソイツを倒すしかない』
「そんなあ、無理ですよぅ」
『無理じゃない、やるんだ! おまえは生き残るんだろ? 生き残って、自由になって、幸せになって、馬鹿みたいに笑って暮らして、あいつら糞野郎どものことを見返してやるんだろ?』
「だって、だって鬼甲冑は恐ろしい魔物なんですよ? 大きいツノとか生えているんですよ? パグ子に倒せるはずありませんよぉ」
『うるせえ、泣き言を言うな! 倒せといったら倒せ!』
「だって、だって」
『そうだ、武器だ。何か刃物……包丁……は俺の穴を通らないから渡せないか……錐なら……、そうだ、錐で突けばいい』
「ぐす、ぐす、ニート様ぁ、鬼甲冑は鋼鉄よりも硬いんです。刃物なんて通りませんよ……」
『マジか、くそぅ……そうだ、火だ! 火炎放射器とかで炙れば』
「ぐす、ぐす、ニート様ぁ、鬼甲冑は火山に住んでいるんです。火で焼いたって平気なんですよ」
『なんだよそれ、鋼鉄より硬くて火にも強いとか、まるきり無敵じゃねーか!』
「ニート様ぁぁ、もうダメです、あの人たちがドアの鍵をガチャガチャ開けてます!」
『諦めるな! 俺がこの命に代えてもなんとかしてやる! だから……』
「ニート様ぁぁぁ、ドアが開いて隙間から鬼甲冑が!」
『うおぉぉぉパグ子ぉ……て……あ?』
「ニート様ぁ、一匹でも恐ろしい鬼甲冑が、十三匹も! 十三匹も入って来ましたぁッ!」
『……』
「真っ黒で恐ろしい鬼甲冑がそこまで来ましたッ! ニート様、パグ子は、パグ子はもう……」
『……』
「ニート様ぁ……、パグ子はニート様と出会えてとてもとても……、とてもとてもとても幸せでした……。だけど……、えーん。魔物に食べられて死ぬのはやっぱり怖いですぅ……」
『はぁ、はぁ、パグ子ぉ、ソイツにおまえの紋章をかざせッ!』
「ニート様……」
『いいから、早くソイツに手を向けろッ!』
「は、はいッ」
『これでも食らえッ!』
「え、手からプシューと霧が出てきて鬼甲冑がコテンと……え?」
『ボサッとすんな! 次だ。次のヤツに手をかざせッ』
「はいッニート様」
『よし次ッ、次ッ、次ッ……、次ッ!』
「はいッ、はいッ、はいッ……、はいッニート様!」
『ぜえ、ぜえ、よし、これで最後か』
「はあ、はあ、はい、これで十三匹。鬼甲冑は残らず死にました。だけど……なんで……?」
『馬鹿野郎! 何が無敵の魔物だ。ビビらせやがって』
「鬼甲冑は本当に切っても焼いても倒せない無敵の魔物なんですよぅ?」
『こんなのただのでかいカブトムシじゃねえか! 殺虫剤で死ぬだろ、ふつう』
「ぐす、ぐす、鬼甲冑をあんなに簡単に殺すなんて、ちっともふつうじゃないですよぅ!」
『馬鹿野郎! こんな虫けらなんかでベソかきやがって』
「ぐす、ぐす、パグ子が泣いてるのはニート様のせいですよぅ……」
『ああ? 俺がおまえに何かしたか?』
「ぐす、ぐす、だってパグ子に……、パグ子に……、俺がこの命に代えてもなんとかしてやるって言いましたぁ……」
『……』
「うぅぅ、うえーん」