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(39) ミケ子

『お久しぶりね。少し痩せた?』


『はい。いいえ、その……お久しぶりです』


『私はどう? 以前と比べて太く見えないかしら?』


『はい。いいえ、その……全然変わっていないです』


『ここね、風が気持ちいいでしょ? 今が一番いい季節よね』


『はい……』


『今日はこのまま少しお散歩したいわね。車椅子を押してくださるかしら』


『はい……』


『ああ、こうしてキミとふたり。なんかとても久しぶり。とてもとても久しぶり』


『はい』


『どうしたの? 私と一緒にいて、やっぱり退屈なのかしら?』


『はい。いや、そうでなくてその……』


『以前はもっと楽しそうに、いろいろお話ししてくれたのに。新作のアニメのお話とか、絶対に観ておかなきゃいけない名作アニメのお話とか、逆に観てガッカリしたアニメのお話とか』


『あの……あの……』


『なあに?』


『その脚……あなたのその脚……』


『……』


『治るんです。ちゃんと元どおりに治るんです!』


『……』


『こんなことを言って、信じてもらえないかもしれないけど、俺のことをいっぱい恨んでるかもしれないけど……』


『……』


『どうか、このとおりです! あなたのその脚を、治療させてください!』


『……』


『本当です、本当なんです! 必ず、必ず元どおりに治しますから! 俺に、あなたのその脚を、治療させてください!』


『……』


『お願いします! どうか、お願いします!』


『……』


『どうか……どうか……』


『嫌よ』


『信じてください! 本当に!』


『私ね、キミのことを恨んでるの』


『ううぅ……すみません、申し訳ありません!』


『どうしてか、分かる?』


『ごめんなさい、本当にごめんなさい! 償いならなんでもします! お金で済むとは思っていませんけど、幾らでもお渡しします。この俺の脚を切れと言うなら切ってお渡しします。だから、だから……』


『……』


『どうか、どうか、あなたのその脚を俺に治療させてください!』


『お金なんていらない。キミの脚もいらない。私はね、ただ側にいてほしかったの』


『……』


『あれは事故よ?ただの事故だった』


『……』


『この脚が駄目になって、入院して、もう歩けないって言われて、悲しくて、心細くて、毎日泣いて』


『……』


『なのにキミは一緒にいてくれなかった……』


『……』


『キミは仕事を辞めちゃって、どっかに行っちゃって』


『……』


『私にだって、私にだって分かってたわよ! キミが苦しんでることぐらい! キミが責任を感じすぎて潰されそうになってることぐらい! なのに……なのに!』


『……』


『私はキミを慰めてあげることもできなかった。そんなに気にしないでって言ってあげることもできなかった! だから……』


『……』


『私は、キミのことを恨んでるの! どうしてもっと早く来てくれなかったのよ! こんなに待たせて、こんなに心配させて!』


『ごめん……なさい……』


『許さないんだから……』


『本当にごめんなさい。今さら許してくれとは言いません。でも、でも、この俺にできることなら何でもしますから! どうか、どうか、あなたのその脚を治療させてください。お願いします……』


『……』


『どうか、どうか……』


『ひとつだけ』


『はい』


『私のお願い事をひとつだけ聞いてくれるのなら、治療させてあげてもいい』


『本当ですか、何でもします!』


『どんなことでも叶えてくれる?』


『はい。全財産を差し出せと言われても。この命を差し出せと言われても。必ず』


『約束よ?』


『はい』


『私のお願いは』


『はい』


『何でも叶えてくれるお願い事を、百個に増やして頂戴』


『は、はい?』


『できるわよね? できないとは言わせないわよ? だってお願い事をなんでも叶えてくれるんでしょ?』


『いや、それは構わないんですけど……』


『やった。あのね、私ね、ランプの精霊とかのお話を聞くたびにいつも思っていたの。こうやってお願い事を増やせばいいのにって』


『あ、あの……脚の治療は』


『もちろんやって貰うわよ? 私のお願いとは別枠でね』


『は、はい。え? あの、俺の話を信じてくれるんですか? ふつう、そんなのできるワケないとか……』


『できないの?』


『いや、できますけど』


『でしょ? こんな脚をちょちょいと治すことくらいランプの精霊にだってできるわよ。ましてキミはランプの精霊よりもずっとずっと凄い聖霊王様でしょ? 最強にして至高なる大聖霊様でしょ?』


『なんでそれを!』


『逆になんで私が知らないと思うのよ?』


『え? え?』


『キミさ、ちょっとはニュースとか見た方がいいよ? キミって今や世界一の有名人じゃない』


『はああぁ? 俺、身バレしてんの?』


『バラしたのはパグ子ちゃんだけどね』


『はあぁぁ? パグ子が?』


『パグ子ちゃんね、毎日毎日、こっちの世界にメッセージをくれるのよ。キミ、気付いていなかったでしょ?』


『……』


『その内容はあっちの世界のこと、こっちの人たちへの感謝、それとキミのこと』


『……』


『毎日毎日苦しんでいるキミのことを、意固地になって幸せになることを拒んでいるキミのことを、どうか皆さんで助けてくださいって』


『あいつ……』


『パグ子ちゃんにそんなことを頼まれたら、誰だって協力しちゃうわよ』


『あいつ……』


『それくらい皆、パグ子ちゃんには感謝してるのよ?』


『感謝? あいつに?』


『パグ子ちゃんの世界ね、たしかにこっちより文明は遅れているんだけど、数学や基礎科学の分野ではこっちより進んだ部分もあるんだって』


『……』


『それになんでも治療できる石。それも詳しく調べられていて、そのうちこっちでも人工的に作られるようになるとか』


『ちょ! 結晶石のことまで、なんで知ってるの!』


『あら、あなたに分かったことが、パグ子ちゃんに分からないワケないじゃない?』


『そんな……、あいつ全部知ってて……、じゃあ今まで俺は……』


『パグ子ちゃんを叱らないであげてね。私がパグ子ちゃんに口止めしてたの。このことはキミが自分で気付くまで黙っておいてって』


『な……、パグ子に口止め? 何が、え? どうして? え?』


『どうして? 私がパグ子ちゃんと文通していたこと? ああ口止めの理由なら、私のことを今まで放っておいた罰よ』


『……』


『でもキミはちゃんと気付いてくれた。勇気を出して私に会いに来てくれた』


『はい』


『だから許してあげる。ちょっと時間は掛かったけど、ちゃんと会いに来てくれたから、許してあげる』


『はい』


『あ、でもそれとさっきのお願い事百個は別枠だからね』


『はい』


『ええと。お願い事のひとつ目はねえ、これから毎日私に会いに来ること』


『はい』


『私のリハビリにもちゃんと付き合うのよ?』


『はい』


『私が弱音を吐いたら優しく励ましてくれるのよ?』


『はい』


『あと身だしなみ! ほらここヒゲの剃り残しがあるし』


『はい』


『焼うどん、私にも作ってね。熱々のやつよ?』


『はい』


『私の脚が治ったら、またドライブに誘ってね?』


『はい』


『ええとこれでいくつかしら? まあいいわ。聖霊王さん、私の願いごとを千個に増やして頂戴』


『はい』


『まあ本当に便利な聖霊王さんね。今度はもう逃がさないんだから』


『はい』


『ずっと捕まえておいて、一生扱き使ってやるんだから』


『はい』


『いいこと? もう変な夢なんて見ちゃダメよ?』


『はい』


『ちょっと、いい加減に私の手くらい握りなさいよ。気が利かないわね』


『はい』


『抱きしめたりキスしたくなったら、キミの方から私にお願いするのよ?』


『はい』


『それとね、それとね……』


『はい……』





「えーん、ニート様ぁ、ミケ子さん、よかった、よかったですぅ。うえーん」


「わわ、わわわ、婚約者殿、ハナが垂れて、ハンカチ、ハンカチを!」


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