信頼
約二カ月のおはなし
信頼関係の最低限の構築のためにこの期間は必須でしたが、こいつらコミュ障と記憶喪失なのでほとんど話しません。
ご了承ください。
あの日から4日。
彼女に出してもらった魔法の炎を火種にしてまとめた死体を、そして彼らの営みを灰燼に帰した。
位相空間にしまうだけでも良かったのに、彼らをしまっていつの日か開放するだけでよかったのに殺して燃やした。
その事実と、腐臭とは違った独特な肉の焼けるにおいと煙は自分がいかに畜生であるのかを教えてくれる。
それを受け止めて自分の何かを壊して前に進むことを決めたんだから、ここで止まることはできない。
どこまでも自分のために他人を貶める。
今後も、何度もこういったことを行い自分の心を鍛え、殺すことになるだろう。
人間、その気になれば徹夜で行動できる。
地球にいたときはテスト前に徹夜をすると翌日ふわふわとしたハイテンションになっていたが、ここ数年は徹夜になれたのだろう。
俺が召喚された世界、『機界』から位相空間に入れてきた寝むけ覚ましを使って、なお『寝ないことでの危険性』と『寝てしまうことでの危険性』を今の体調を参照して導いた徹夜行動時間は4日であった。
疲れを極力ためないように最優先すべきことを片っ端から片付けていった。
寝落ちなんてしたら目も当てられないため、あまり疲労は残せないのだ。
一度は崩落させた奪った空洞からつながる道を一度床に位相空間を作り撤去。
その後外側から岩で再び道をふさぎ辺りを探索する。
頭に辺りすら見えないこの暗い洞窟の構造を刻み付ける作業を行った。
戻れないなんてことにはならないように少しづつ少しづつ範囲を渦を巻くように拡大させ、2日かけて仮拠点の周囲の構造は把握できた。
その途中で出会った魔物を惨殺して自分の心を鍛えることも忘れない。
今欲しいのは『寝てもいい』という空間と時間だ。
寝ながらの時間加速ができたら睡眠時間の短縮ができるのに、なんて考えながら周辺の構造からふさいでおくべき空間を選定し埋め立てておく。
その行動に丸一日。
何重にも崩落した通路を突破しないと仮拠点にたどり着かないようにすることができた。
後は囲ったなかを残りの一日で入念に見回り簡易的な音の出る罠をしかけつつクリアリングを行った。
この世界で俺が鍛えなければならない項目は精神性だけではない。
最低限、寝ているときに音が少しでもしたら起きれるようにしなければならない。
オカルトのような『殺気』、『気配』感知もできるようになる必要がある。
もちろん零から習熟しようというわけではなく時間操作を活用したものだがいつかはできるようにならないといけない。
ただこの『時間操作』。
すごい能力なのだがすごい使いずらい。
今の使い方はスパコンを鈍器にしているようなもので、応用や細かい使い方がまるでできないため、今後の課題といえる。
気配探知なんてこの世界の住人は魔法で何とかするのかもしれないが俺にそんなことはできない。
何より『魔法』や『ステータス』なんて
自分の上位存在を証明するもの
に自分の命を預けるなんて正気の沙汰ではない。
彼女、ユリアはこの四日間ずっと俺の後をついてこさせた。
眼を離したら何をするか分かったものではないし、死なれても困る。
魔法発動が他者に感知される可能性もあると、地球での創作物から考えたため彼女の魔法には頼らないようにした。
自分の時間操作も同様に極力使わないようにした。
彼女を信頼することはできない。
信頼するに足るものがない。
気絶した俺を放置した、黒龍に託されたのだから俺に危害は加えない。
理屈はいくらでも付けられるがそれにしたって彼女が黒龍の仇討を狙っている可能性だってないわけではない。
通路を崩して、トラップを仕掛けて、空間的安全はできうる限り確保した。
完璧は無理でこれが四日の限界だった。
あとは彼女が問題である。
どうしても、『彼女を横に置きながら寝る』ことは避けられない。
そこは今後もおそらく継続する問題になるだろうし、早期に自分の中で決着をつけることとした。
理屈をいくら並べても安心はできない。
物理的干渉はできない。
だから俺が取った行動は『あきらめる』ということだった。
というかこれ以外の選択肢がなかった。
この問題の本質は『俺が彼女がそばにいると不安で眠くてもまともに寝れない』というものだ。
というわけで持ってきた睡眠薬で不安とか関係なく肉体を眠りに誘うことになった。
起きた時の生きてることへの安堵は今でも忘れない。
それから二週間。
現状維持をしつつ探索、マッピング、生態調査を進めた。
その中で食料問題が表面化することになった。
周辺を見回った中でまともに食べれそうな動植物が存在しなかったのである。
(さすがに結晶から生えたキノコとかゴブリンの死骸は食えないよな…心情的にも衛生的にも…)
そうなると位相空間に入れてきた食料が頼りになるのだが、一度全部引っ張り出して確認したところ、一日一食として約二が月。
それが、俺がこの洞窟で安定した食料にありつける最大期間になった。
そしてこれがこの洞窟探索のタイムリミットでもある。
それまでに出口を見つけ、できるならその先で仮拠点を製作したのちゆっくりそちらに移るのが理想である。
ぶっちゃけ人里を見つけたいのだが、黒龍がいたこの洞窟の周辺に人間がいるとは考えにくい。
そして食糧問題となるとどうしても同行者に気を遣うことになる。
自称吸血鬼の彼女なら食べなくてもいいとか、血をあげればいいとかだとありがたかったのだが
「……おい」
「…何?」
「お前、食事は必要なのか?」
「…食べる」
「あっそう」
会話終了
一度食うか聞いて食うといわれた。
なら食わせないわけにはいかない。
あとぞんざいに扱うと後が怖い。
彼女との関係は、とりあえず睡眠薬なしでも同じ空間で寝れる、程度には進展した。
ただ、彼女もしゃべらないし記憶喪失。
俺はコミュ障で彼女に深くかかわりたくない。
結果必要最低限の会話しかしないのでなかなか関係は進展しなかった。
彼女との信頼関係の構築は今後のために重要だとはわかっているのだが、彼女とかかわるとろくなことがないのも確定しているのだ。
そのため踏み出せない。
俺は一度だって、彼女を自主的に名前で呼んだことさえないのだ。
二週間かけての探索で周囲のゴブリンをはじめとした集落は7つ壊滅させた。
その後見かけたことがないため、おそらく全滅させたのだと思われる。
当然そのたび心を鍛えたのだが、後半になってくると自分が人型の知性体を殺害することに抵抗がなくなってきたと自覚してきた。
(ゴブリンなら知性がなければよかったのにな)
だが彼らには誇りがあった。
営みがあった。
ただの畜生ではなく、努力し、考え、幸せになろうという心意気があった。
それを俺はこれ以上なく凄惨に踏みにじったのである。
そして俺はその後、洞窟内の生態系の変化を感じ取った。
ある日、初めて入った空洞にて巨大な黒い2つ首のトカゲを発見した。
別の日には黒い羽虫の大群とその親玉を見つけた。
他にも、黒い個体を数体発見するようになったのである。
はじめは俺が原住民たる魔物を全滅させたからだと思った。
だが、それでもこのスピード、ここまで成長した個体が現れるのはおかしい。
彼らの周りには俺が手を下してない魔物の死体があったのだ。
明らかに最近この生態系に出現した強力な黒い個体。
思い当たるふしが一つあった。
『黒龍』である。
彼らの急激な成長、そして黒い体は黒龍の影響ではと考えた。
あいつのエネルギーを使ったのならあそこまで強力な個体が生まれるのも納得だ。
彼ら、『黒龍個体』と呼ぶことにした奴らは日に日にここの生態系を壊していった。
『黒龍個体』同時の衝突や暴走。
それで仮拠点が被害を受ける可能性が出てきたのである。
それがなくとも洞窟探索にはあいつらの存在は邪魔だった。
あいつらは早期に殺さなくてはならない。
それが食料問題とは別のタイムリミットになった。
二週間で出た様々な問題を拠点で考えているとき、俺は『好都合』だと思った。
同行者との関係。
自分自身の能力の使い方。
二つのタイムリミット。
どれも俺を殺すに足る重大な問題。
だがそれは『発破』になる。
タイムリミットは俺に行動を起こすきっかけになるのだ。
吹っ切れたともいう。
暫く悩んだ末、露見した数々の問題を解決する方法が思いついた。
拠点の隅で無表情でレーションをかじっている少女に目を向ける。
彼女もそれに気が付きこちらを見返してきた。
俺は視線で彼女を呼びこれからの行動について話すことにした。
「お前、戦えるか?」
「…多分」
「殺せるか?」
「…できる、と思う」
「よし、なら明日から戦闘訓練だ。黒龍個体を殺しに行くぞ」
「ん、わかった…」
名付けて『黒龍個体サンドバック計画』。
いまだ不明な彼女の詳細、戦闘能力を把握したい。
そして自分も能力を薬物なしで使用できるだけの経験が欲しい。
で、駆除したい『黒龍個体』。
ならやることは決まっている。
あいつらをサンドバックにしていろいろ試そうじゃないか、といった次第だ。
そしてこの計画には副産物がある。
こっちが本命といってもよい。
『彼女との信頼関係の構築』
吊り橋効果ではないが、死線を共にすればいやでも信頼関係が出来るだろうという試みである。
その後、この計画は結構思い通りに進行した。
黒龍を相手したうえで、その下位個体ともいえるこいつらに手間取ることもなかった。
しかもこちらが襲撃する側だったのもありがたい。
逃げるのは時間加速で容易だったため、彼女が使える魔法や身体能力などを余裕をもって調べることができた。
ただ彼女は記憶がないため詠唱ができない。
魔法も感覚で無詠唱でしか使えないしそれ以外は小柄な割に力があり、運動神経が優れているということくらい。
ただ彼女が近づくと魔物がおびえるような行動をとることがあった。
どうやらこいつが訳ありであることは確定のようだ。
勘弁してほしい。
さらに俺と彼女に信頼関係がそこそこ構築されてしまった。
思惑通りとはいえ彼女がヤバい存在であることとがわかるのと同時だったためあまり喜べない。
だが、さすがに一か月以上生活を共にすれば『情』くらいは生まれる。
それは俺の意志ではない。
だが、信頼関係としてはそれで十分だ。
彼女からの依存も心なしか強くなっている気がする。
本当に勘弁してほしい。
俺自身も時間操作の新しい使い方は習得できなかったものの、少しは星遺物の直接操作になれた、とは思う。
多分。
この短期間での成長なんてたかが知れてるので期待はしていなかったが、現実は甘くはないようだ。
二か月まであと一週間を切った頃。
焦りが生じだしたその時、とうとう俺は外への出口を発見した。
裏設定
・本人は自覚してないが『時間操作』を持っているため、洞窟内でも正確に日にち、時間を数えられています。
・頑なに一人称を『俺たち』にせず、彼女を『ユリア』と呼ばないのは信頼関係からくる仕様です。