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自分が何かを知るお話

周りは安全ではない。

自分がどういった状況になっているのかわかっていない。

同行者は自称吸血鬼(無知)。

そんな状況で起こす行動とは何か。

「さあ!全力で安全確保だ!」

「おーーーお?」

黒龍戦までは彼に導かれ安全地帯もなく一直線にここまで来ざるを得なかった。

(だが今あいつは倒し終わった。今この洞窟は比較的普通のはず…)

つまり安全地帯を探し、仮拠点を作って生活することができる…はずである。

こんな今自分がどこにいるのかすらわからない状況で脱出に動くわけがない。

現状を客観視、俯瞰し、自身の安全、現実的な問題を頭に並べて自分が今後行う行動を導き出す。


(まあなんにせよ、情報が足りないな…)

現状がとても良いとは言えないがこのまま脱出を目指すことは、四方を海に囲まれたなか地図を持たずに筏をこぐことに等しい。

さっき拾った(ついてきた)少女というと

『で、この世界について、場所について、何でもいいから教えてくれないか?』

『…?知らない』

『いや、伝わらないならかみ砕くと…』

『知らない』

『あの?ユリアさん?』

『名前とあなたについていかないと死ぬことしか知らない』

『…』

そんなこんなで会話可能の人物(人外)からの情報は一切なし。

魔物、吸血鬼という亜人の存在、黒龍が使っていた魔法のようなものがあること。

以上が今、俺が保有する全情報である。

ならば別の手段で情報を集めるしかない。

(ひとまずは人里探しかな…人類なんてものがこの世界にあるかはしらんけど)


彼女は棺の空間から棺を引きずりながら俺の後ろをついて歩いている。

こちらにしたらいつ後ろから刺されるかわかったもんじゃないものの、彼女をここで殺すことはできなかった。

「絶対こいつ殺すとゲームオーバーだろ…」

「…ん?」

「や、なんでも」

軽く手を振りつつ首を傾げた彼女に適当に対応しながら思考する。

(黒龍を殺したらこいつが出てきた)

つまり、『黒龍が死んだ』もしくは『黒龍が死ぬ間際何かした』ことがトリガーになって彼女は出現した、と考えるのが自然である。

(あのレベルの生物が守っていたもの。託してきたもの。それが軽いものであるはずがないんだよなぁ…)

知識なんてなくとも上層(初期位置)の魔物との対比すらなくとも、生物として、魂が軽傷をガンガン鳴らしてきた手合いだった。

格としてはこの世界ですら最上位なのは間違いない。

もうお前が殺しただろって?

いや、あいつが死んだからって殺しきれた保証も、あいつに仲間がいない保証もないんだぞ?

あのレベルの生物を怒らせるなんて想像したくもない。

なにより自分がわかっている。

薬で意識を曖昧にしようと


黒龍が殺す気を出していなかったことぐらいわかる


そのため、目下、上位存在のご機嫌をうかがいながら承った(押し付けられた)姫君を丁重に扱っているのである。


(というかあのレベルが複数いることがヤバいんだよなぁ)

実は起きてから龍の存在は感じている。

さすがに数まではわからないが黒龍と似た気配、時間を持った奴がこの世界には複数体存在する。

俺が知ってる異世界転生ものに比べて明らかにインフレしているキチガイ生物がだ。

誰か異世界転生ものの勇者様をどれでもいいから龍にぶつけてみてくれ、と言いたくなる。

絶対勝てない。

俺の相対した黒龍でさえ『世界からの存在そのものの隠蔽』という何言ってるかわからん攻撃を複数個大規模連続常時逃げ場所なしで展開していて、それさえあいつのもつ技の一つでしかなかった。

龍なんだからもっとつつましく適当な強キャラ感と勇者に倒されるつつましさを持ってほしいのだが、黒龍のやつこっちを初見でハメ殺しにきやがった。

安置で遠距離攻撃する手合いである。

冗談じゃない。さっさと運営修正しろよ。


暗い洞窟を二人(とりあえず人としてカウントすることにした)で歩きながらいくらか時間がたったころ、俺が世界に文句をいっていたころ。

それは訪れた。

内心考えていたふざけた言動は、今から行わなければならないことがわかっていたから。

予想できた現実を自分の意志で受け止めよう。


今まで『殺したくない』と思っていた。

どこか自分を『被害者扱い』していた。

そんな俺が、『自分が一体何者であるのが』、それを自覚することになった。

そんな出来事。




(俺は招かれた勇者ではない)

わかっていた。

(現状は誰も殺さず生きれるものではない)

知っていたのに。

(結局は自分で踏み出す勇気なんてなくて)

きっと一人だったら先に進めなかった

(逃げの理由でしか足を前に出せない)

怖かったから。

どちらにいっても苦しいからと、その時やっと目をそらしていた選択肢に向き合ったんだ。

(だからごめんなさい)

切り離したその人間性は戻ってこないのかもしれないけど。

(だって、まだ死にたくないんだ)

自分の安全と、他の明るい生活を天秤にかけたときいとも簡単にその天秤は振り切れた。

(さあ、自分のために、まずは挨拶から)

こんにちは

きょうもいいてんきですね

まあ、どうくつだからてんきもないんですけどね

あはははは

みなさんかぞくでかんだんですか?

へえ、おとうさんがえものをとらえてくれたんですか

きょうはきみたちのたんじょうじだからと

しょうらいはおとうさんみたいになりたいですって

ところでひとついいたいことがあったんですよ

すみませんがきいてくれませんか?



「俺のために死んでくれ」


**********


強烈な死臭に思わずその場にうずくまる。

周囲には自分が殺したゴブリンもどきの死体が散乱している。

生肉なんて地球では料理くらいでしか見たことがなかった。

目の前にあるのはそんな綺麗なものではない。

自分が自分のためだけに殺して生まれた、生き物だったものだ。

屠殺ですらない、命への敬意もなくモノへと変貌したそれは

赤黒く艶めくみずみずしい断面図と

むせかえるような血の匂いと

どろりとした感触と

ネチャネチャと音と

生活感を訴えかける衣服の残骸が、自分の行ったことを否応のないものとして教えてくれる。


「…」

ごめんなさい、はもうしない。

切り捨てなければならないものだったから。

今まで自分のしたくないことは薬を使って行ってきた。

今回それを行わなかったのはひとえにこのままでは生きていけないと悟ったから。

あの薬は今まで使ってきたような使い方をし続けるといつか何もできなくなる。


殺害のために使っていたらすぐに在庫がなくなるという現実的な問題。

そして、生き残るために今までの方法では足りないと考えたから。


だからどこかで『俺自身の意志で俺自身のための殺害』に忌避感に慣れてゆく必要があった。

それはこの世界に来た時点、来る前からわかっていたこと。

目の前に転がる肉片の原型だったものはたまたま、それを実行しようとする俺の前に最初に現れただけ。

そんな理不尽を行使してでも自分のため行動できる豪胆さはどうしても身につけなければならなかった。


彼らは安全地帯を探す俺の目の前に初めに現れただけだ。

数人が入れて、攻めるに難く守るに易い。

そんな立地、自分で探すより誰かが使っているものから取り上げるのが一番手っ取り早い。

そして今、速さは安全確保に最も重要だった。


だから彼らには悪いが強制退去を願ったのだ。

奇襲をもって圧倒的な能力差で蹂躙した。

彼らの日常に押し入り目についた奴らから切り刻んでいった。

時間加速の使い方を試すようにいたぶるように殺害した。

あえて残酷に、過剰なほど執拗に彼らをねじ伏せた。

おそらく夕食だったのであろう肉も、今となってはそれを調理していたものと見分けがつかない。


背後には吸血鬼の少女がいて、何を考えているかわからないその紅い瞳でこの惨劇を見ていた。


彼女を殺すわけにはいかない。

彼女を殺すと自分が殺されるかもしれないから。

その言い訳を得たことでやっと俺は、自分のためだけに他者を踏みにじることができた。

彼女の存在を免罪符として自分を納得させたのだ。

ここまでやって結局他人のせいにする自分に嫌気がさす。


でもこうしないと自分はいつまでも先に進めないと思ったから。

自分の心さえ騙して、あったばかりの少女すら利用して


俺は人の道を順調に踏み外した。

人間性を意図的に殺した。


一度は見逃した彼ら。

意図的に見逃した。

後で殺すために。


自分の罪悪感を必要にあおって、それを乗り越えて得る糞みたいな経験値を今は貪欲に吸収する必要があったから。

そうして精神のパワーレベリングをする必要があった。

だから行った。


でもそれを行ったのは結局俺だ。

どんなに理由を並べようと何も変わらない。


俺は冒険者でもましてや勇者でもない。


今の俺はただの生存者サバイバーだ。

自分の意志でこの道に歩みを始めたのだ。

将来的に邪魔になる感情を今のうちになくしておく計画性をもって、自分のために今日を生きていこう。


**********


いつまでもうずくまっていられない。

自分の行動を振り返るの重要だがそれは後でもできる。

(今真っ先に行うのは…)


気合を入れて起き上がる。

彼女のほうを振り返りながら、頭は今行うことを残酷に提示してくれる。


「死体を焼くぞ」

「…」

「あと外に出てるここの住人の殺害、ここを知っているほかの集落の殲滅。

最悪食料になるかもしれないからそいつらは殺しても焼かないようにして。

周囲の道を一時的に崩落させていったんここを孤立されて無理に安全確保をして、休んでからそれをやるから…」

「…顔」

「あ?」

「ひどい顔してる…」

そんなことわかってる。

誰のせいでこんなことになったと…

「って、俺のせいだよな」

全部自分の責任。

だからこそ、そうでないと、俺は前に進めないから。

誰にも渡してはならない。己のものだ。

貪欲に自分を追い込んで成長していかないとこの先生きてはいけない。

「私…火は使えると思う…」

「…ああ、魔法か?ならよろしく頼む。俺では難しそうだ」


こうして俺は転移してきた異世界で拠点を確保した。


そして多くのモノを失った。

生き残るために人間性を意図的に殺しました


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