超越
戦闘描写楽しい
『くっ!』
戦闘開始から数十分。
予想どうり黒龍の強さは先ほどのドラゴンの比にならないほどのものだった。
それが動けば地震が起き、それが吐息を吐けば火災となり、それが見れば相手はすくみ上る。存在、一挙一動が災害になる別格の生物。
間違いなく異世界に来てから数日で相対する相手ではない。
『グアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
『くそったれ!』
咆哮とともに振り下ろされた足が地鳴りを起こし洞窟の天井から落石が起こる。どうやらこいつが洞窟の構造を変化させられるという予想は当たっていたらしく、彼の上にのみこの空洞の一部を埋め立てる勢いで落石が起きている。
時間加速をしても長時間の発動ができないためこういった広範囲攻撃はよけるのに苦労する。
『シッ!』
鎌を利用して三次元軌道でその攻撃をよけつつ黒龍へ鎌を振り下ろす。
そうするとなんの手ごたえもなく鎌は虚空を切り裂いた。
(どこだ!どこにいる!)
そう、この黒龍、存在が災害級で基本能力がおかしいくせにこと『隠れる』ことにしては別格の特性を持っているらしく、幻覚といえばよいのか先から攻撃がことごとく当たらないのだ。
空洞に入って彼の姿を見た瞬間、すぐに時間加速を発動して首を落としに行ったのだがそれも空振りに終わりそこから本体のようなものを見つけることができないまま時間だけが経っていた。
(このままじゃジリ貧だな…)
相手はその存在感に反さず継戦能力が高いだろうがこちらはそうはいかない。
何より…
(薬が切れる!)
一錠摂取して30分経つ。そろそろ効果が切れてくる時間だ。
この数十分で相手に付け入るスキをみつけようと思ったが一切攻撃を充てる方法が見つからない。
このまま薬が切れたらいよいよもってゲームオーバーだ。
(無理なのか?)
いくら数年間の闘争を経験したところで、機械にその半身をゆだねたとしても決して届かぬ、生物としての格差。
(無理?)
自分を薬で騙しても、しょせんただの青年。地球でなら高校二年生に該当する年齢しか齢を重ねていない彼が超えられるわけがない。
(無理だ)
『優先度』が違う。『世界』という絶対法則においてなりより優先される判断基準が彼の勝利を不可能だと断言する。
この青年は知らないがこの『世界』においては何も重ねていない存在は上位の『優先度』を持つ存在には絶対にかなわない。
そこいらの自称神に能力をもらった存在は所詮その程度でしかない。
この世界に万を超える時と億を超える功績を積み、兆を超える命を超えたこの龍はこの異世界でも最上級の『優先度』を持っている。
(無理に決まってる!)
無理だ、という思考は叫びは正しい。
(無…理…)
だが、それは一部違う。
彼は所詮人畜生の一人。
何も重ねてない。何も持っていない。
元の世界で英雄気取れていたのもそうできるだけの用意がされていたから。
意識が途切れ途切れになる。
接触不良を起こしたプラグのように元の精神状態、恐怖を持ち、強大な存在にただおびえることしかできない小心者に戻りかけている。
そんな思考のラグが目の前の絶対上位存在に見とがめられないわけがない。
今までまともに食らっていいなかった攻撃をよけきれずに食らってしまう。
致命傷は避けたが体を吹き飛ばされる感覚はとえられるものではない。
もし薬が十全に働いていたなら痛覚を封じられ、痛みに気を掛けることはなかっただろう。
しかし今、その頼みの綱は切れかけている。
この状態で完全に切れたら間違いなく彼の心は折れ、その舌をかみ切るだろう。
となるともう残された手段は一つしかない。
先に説明したように彼の存在自体の『優先度』はまだ低い。
だが、彼の能力。
それを行使させているもの。前の世界で彼に与えられ、今は左眼に埋め込まれたその機械、『星遺物』は彼には不相応、そして不可思議なほど『超越』している。
当然彼の技量、精神でその性能を発揮できるわけではない。
その能力の一部を利用できるのは…
(死に…たくない…)
朦朧とする意識の中で彼はその能力を使用できる状態へと自分を持っていく。
彼がそれを行ったのは決して勝ちたいから、ではない。
生きたい、それだけの理由で彼はそのスイッチを押してしまう。
前の世界では鎌を介する形での使用だった。
彼の存在への負荷を軽減し、その異常なまでの『星遺物』を適合させるため、少しずつならされていた。
いま、この時。直接操作へと切り替わったその『能力』を使用する。
『世界』のどこかで誰かが笑った。
『まずは超えろ。俺のため、その力を使え。まだ主演の登場直後のプロローグだ。カーテンコールは先に用意してある。それがお前の一歩目だ。』
宙に数錠の薬が舞う。
連続使用。複数使用。そのどれもが初めてだ。
管理された鳥かごの中にしかいなかった彼は、危険に会うことがなく制約通りの薬物投与しかしていなかった。
薬が彼の口の中に入る。
怖さはある。だがいまだに少し壊れている彼は死ぬことよりはましだと、深淵に手を伸ばす。
錠剤の砕ける音と共に、世界が砕ける音がした。
その瞬間、黒龍は火炎を吐いていた。
彼が何をしようが助からない、はずであった。
明るい。眼前に迫っていた彼の身を焼くはずだった炎が彼の身を燃やすことなくあたりに広がっている。
『時間障壁』
常に彼の周りを覆う絶対障壁。時間軸を隔絶する膜が覆い、あらゆる現象を彼に届かせることがない。
彼から見たら勝手に火が自分を避けているようだった。
黒龍も起きている現象を理解したのかその覇気がより一層重厚なものとなる。
だが彼のほうも正常な状態ではなかった。
『くっ…あぁ…!!!』
眼の前がチカチカする。不相応な力が精神を崩壊させようとしているのだ。
今までの自分の精神を壊すことを目的とした薬物接種の結果とは明らかに違う。
限界を超えてしまった。
今までは見えなかったものが見える。
感じれなかったものが感じられる。
ふらつきながらも彼は自分の現状を本能で理解していた。
こんな状況になった原因。自分の命を脅かす存在の排除に動いた。
先ほどとは違う数千倍の時間加速。
薙いだ鎌は再び影を切ったが影は先ほどと違い、靄のように消えるのではなく紙をくしゃくしゃにするように消えていった。
『グギャアア……!!!!』
もう先ほどの鎌とは違う。
時間切断を付与したその斬撃は相手の隠蔽能力を打ち破り、エネルギーの逆流を起こしたのだ。
姿を現した黒龍の本体はその翼を広げ、こちらを睥睨してくる。
『アアァアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!!!!』
青年のほうも暴走しながら時間加速を続けながら黒龍に向かって疾走する。
黒龍が発生させた黒い球体が数万個、彼に迫ってくる。
逃げ場もないその面制圧は必中の攻撃。
一部の隙間のないこの攻撃は触れた存在を世界から『隠蔽』する終末魔法。
この異世界にいて伝説クラスの魔法が迫りくるが、その中に速度を緩めることなく突撃する。
この加速についてこられる眼と、反応速度は確かにキチガイ生物といえる。
この黒龍も全く本気を出していなかったということだろう。
青年は時間障壁を足場にしながら空中を駆け抜け、終末魔法数万に丁寧に一つずつ時間切断を叩き込んで消滅させた。
『アア嗚呼ああああああああああああああ 嗚呼あ
嗚呼あああ あアアああああアアアアアアアアア アアアアアア!!!!!』
横に一閃した鎌の斬撃が洞窟の空洞を崩壊させた。
本気を出した黒龍も行使する魔法の余波で洞窟を崩壊させてゆく。
隠れる、ことに関しては卓越した能力を持つ黒龍は何とか彼の超加速と必断の斬撃を躱し続けた。
だが彼が世界の裏側に隠れようとも、存在を青年の意識から隔絶しようと彼の一撃はそんなものを根底から崩し切り裂いてゆく。
彼らの戦闘は空洞を完全に崩落させ、崩れた地面からさらに地中深くへ落下してゆく。
その中でも彼らの戦闘は終わらない。
戦闘そのものは続いていてもその近郊は初めから崩れていた。
攻撃を続ける青年とかわし続ける黒龍。
天秤が傾き切るのも時間の問題だろうと、だれもが思うような状態。
もし青年がその意識を保ち、行使していたなら初撃で決着はついていた。
彼には部相応な能力を薬物の異常接種という形で無理やり実現しているうえ、彼は能力の一部しか発揮できていない。
それでも、その力は強大すぎた。
だからこうして。
『アアああ aaaaaaaaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAA
アアあああああああああ ぁアアああああ!!!!!』
決着がつく。
落下中に決着が付き黒龍は勢いよく地面に叩きつけられた。
決着の一撃により首が切り落とされたため勢いよく血液をまき散らしながら地面を赤く染めてゆく。
そしてその巨体が倒れ伏し、辺りにこれまで以上の地響きが起きた後、静寂が訪れた。
暴走していた青年も糸が切れたように倒れ、荒い呼吸を行っている。
彼もその能力の行使が限界だったのだ。
上から落ちてきたため周囲に瓦礫が散乱し、砂埃が待っている。
朦朧とする意識の中で青年は正気を少しずつであるが取り戻していた。
その中で彼は不思議な言葉を聞いた気がした。
『貴様になら…任せられる…。
後は…任せたぞ…』
その声の出どころを確認しようとするがそこまで気力が持たず、青年の意識はここで途絶えた。
竜の死体は粒子となって消え、そこには黒い宝石が残されていた。
数分後、砂煙がなくなった。
そこには倒れ伏した青年と、宝石、そして大切に保管されていたであろう一つの棺が存在していた。
次回、ヒロイン登場
暴走〇〇は中二のロマン
疑似、強制も同じく