殺害
前回、前々回といろいろ至らない内容で消そうか悩みましたがとりあえず続きを書きます。
一章からいろいろ実験しながら書いているので見苦しいところも多いと思います。
描写が軽くて薄いし、伝えたいキャラが伝ってない自覚はあります。
改善は続けていくつもりなのでどうかお付き合いください。
自分でも見返せない話はいずれ書き直したいとは考えてます。
瞬く間。
天から闇が舞い降りた。
突如として空を覆った闇幕が、どうしようもなく夜の帳の現れを認識させる。
環境の転換。
訪れるはずのない夜の到来。
黄昏にすらなっていなかった世界が、まるで場面切替の如く急速にその長針を進めた。
人々は屋外から屋内に。
草木は静かな呼吸のみを行い、日は水平線へ沈む。
世界が書き換わる瞬間。
それは異能の本質であり、それが広範囲て行われたことを示唆している。幾人もの営みを連れて訪れた夜の世界に誰も違和感を覚えない。
当たり前のように、そう今ここに一つの世界が顕現した。
「は?」
「え?」
俺とユリア、共に口にしたのは困惑の吐息。互いに現状を理解できておらず、そしてそれを受け止められてもいない。自己という世界を持つ超越者の成りそこないゆえに自分が別の世界に飲み込めれることを体験していない。自分が『呑まれた』ことを理解できなかった。
目の前に広がるのは火と瓦礫。いつ倒壊するかわからない家屋が正面に。自己の加速をもって空に踏み出したはずの足はしっかりと地面に着いており、しかし発動した異能は止まらず景観の変化を介さず発動する。
『加速』
音川託羽という歪な異能者のもつ『時間操作』の異能の中での最も汎用性があり最も頼りにしてきたそれが今、素面での最高精度で現れる。
倍率は15倍。洞窟での生活から和服の襲撃者との戦闘経験によってか、いくらかましにはなっているがまだまだ児戯に等しい。量子コンピュータを鈍器として使っているかのような感覚と共に久方ぶりの超加速の感覚が周囲を覆う。
問題なのは…
「ちょっ…」
「んっ…」
その速度と方向が予定と違っていること。高い場所から一度の踏み込みで跳躍するつもりが今は平地であり、間違っても直進などしてはいけない。
「悪い!」
咄嗟にユリアを抱きかかえ急制動を掛ける。『加速』はついでに思考も加速するので対処そのものは簡単のはずだ。つまるところ加速前進と同じ感覚で加速減速を行うのだから。とはいえ目の前にはすでに家屋があり、制御をミスればその速度より生まれた運動エネルギーによりまず間違いなく体が破裂する。
加速のせいで危ないのに加速しながら対処しなければいけない。異能をいまここで解除したらそれこそ超速で激突する。
(辺りに掴むもの…ない!鎌を出して突き立てて支えに…位相空間から引っ張り出してる余裕なんてっ…)
ならばと肩に下げた長槍を取る。というかこれしかない。
「ユリア!槍を血液で補助しろ!」
まず間違いなく強度が足りないため同行者の力を借りる。何とか伝わったようで彼女の紅い眼球から血液が吹き出し槍に纏わりつき強化してくれる。
進行方向に背を向け、右手でユリアを抱きかかえ左手で槍を思いっきり地面に突き立てた。石畳を義手の膂力で無理やり破壊しようと振り下ろされた穂先は嫌な音を立てながらも一撃で槍の中ほどまで地面に刺さる。
突然の急停止に大きなGがかかり、とっさに手を放して両脚を地面に着け制動を試みる。
フリーとなった右手でもしっかりユリアを抱きかかえ、なんとか地面を掴もうとするが整備された道ゆえに二本足ではどうもうまくできない。
槍によるかなりの急ブレーキは成功を見たがしかしまだ停止には足りない、が。
(でもまあ、これなら死にはしないかな)
ここで薬物を使用しようと思うほどの危機ではない。
危険ではない程度には減速できたため、そのまま迫る衝撃に備えた。
「あら?」
が、思ったような衝撃は来なかった。腰掛けるように静かに倒壊した瓦礫に触れた背中は全くの無傷であり、そしてその理由はすぐに分かった。
「だい…じょうぶ?」
彼女だ。あたりには血の茨が何本も展開されその一つ一つが地面にめり込んでいる。血の蝕手による制動。それこそ形状自由の血液操作だからこそなせる技であり、そしてそれを成したはずのユリアの眼球に一瞬で血は戻ってくる。
「便利なものだなっと。最初から頼めばよかったか」
抱き寄せた彼女を解放し、『加速』を解除しながら煤汚れた服をはたきつつ立ち上がる。
「ううん…最初の速さだと多分間に合ってなかった」
「なるほど…だとしても十分便利だな、それ」
なんせ形状自由とは体積も自由であるということ彼女の血液総量は不明だが数十L程度ではない。なんせ一度彼女が血の結界を作ったのを見ている。リーチに手数、形状何かもいくらでも改変できればその汎用性はすさまじい。
何より自分の『時間操作』なんていう由来も知れない気持ち悪い異能なんかに比べたら種族特性といっていいそれはなんとも使いやすそうで羨ましい。
「タクハ…これ」
「お?ああ、ありがと」
血液のついでに回収してくれた槍をユリアより受け取りとりあえずの危機は脱したため、改めて辺りを見回す。
思考加速を使いつつ目にしたそれはかの『機界』で見てきたそれと酷似した繁栄の残骸。金属、木、コンクリなどが求められた形を放棄し打ち捨てられている。経験としては震災後の地域をテレビ越しに見たことしかなかったはずの光景も機界で随分見慣れてしまった。
つまりは蹂躙された後に残るゴミ。誰かの思い出の場所だっかもしれない景観も、誰かの宝物だったかもしれない物体も全て全て蹂躙されて燃やされる。
それこそ当人にとっては地獄のような光景だ。
そして、その地獄はまだ終わっていないようだ。
「ユリア」
「ん」
互いに”それ”を認識する。瓦礫を踏みしめる複数の足音が近づいてくる。
「ん?なんだまだ人がいたのか」
現れたのは異形の人だ。二足歩行で二本の腕を持つが肌は赤黒く、筋肉は肥大しだそれはまさしく『亜人』。人間という種族とは全く別の亜種。
金属の鎧を纏い、いまだ燃える瓦礫を大きな足で踏み越えながらも当たり前のようにしている辺り基礎身体能力も人間を凌駕しているのだろう。
「逃げ遅れたか?悪いがついてきてもらうぞ」
そう言いつつ、手に鉈とも剣ともつかない武器を持ったその異形は徐々にこちらに向かってくる。
「タクハ……?」
判断を聞くかのように小声でユリアが声を掛けてくるが、しかし今の託羽は返事ができる状況ではない。
(人…人だ…喋ったし考えてる。彼らは生きているっ…!)
形相など問題ではない。託羽にとっての問題は彼が明確な意思をもって話しかけてきたといいうこと。いままでゴブリンのようなものを屠ってはきた。しかしそれは少なくとも自分に理解できる言語では話していなかった。
しかし今は違う。翻訳機はいまだに機能し目の前の亜人の意思を伝えてきた。伝えられてしまった。
ならば動きが止まる。止まってしまう。
『殺人への忌避感』
異世界転移直後より覚悟していたし図書館で亜人が人と同じく知性を持った存在であるとは知っていた。それがどうしようもなく託羽の心理を揺さぶるのだ。現代日本によって培われたそれは機界による無自覚の大量殺人により彼に消えないトラウマを植え付けている。この事態を予想して行ってきた洞窟でのメンタル強化についても、『彼らの言葉がわからなかっただけではないか。俺はまた機界と同じことをしてただけではないか』。そんな考えが浮かんでしまう。
自分の命を奪うような相手ならいい。薬物使用時ならおそらく問答無用で殺している。だが、眼前の相手は凶器こそ手にしているが今すぐに自分を殺そうとしているわけではない。
洞窟での襲撃者のような問答無用かつ同格の手合いでもない。
酷く矮小。どう見ても覚醒者ではないおそらく斥候の一人。
現状何が起こっているかは不明だがおそらくここを襲撃した一派の一兵士。
(いやだ…もう…)
仮面がはがれかける。超然とした態度ですかした態度の『主人公』の仮面があっけなく。
自分に少なくとも害を与えようとしている相手に、すでに血で染まった凶器の手が振るえない。どうしても、その一挙動ができない。
そんな様子にユリアは不思議そうな顔をし、目の前の亜人はこちらが怖がっていると思ったのか気にせず歩いてくる。すでに彼我の距離は5mをきった。
すぐに動かなきゃいけない。
解決策は、実はある。またいつものように薬物を投与すればいい。感情の欠落を起こすあの薬を利用すればまたこの苦悩を先送りできる。
(それでいいじゃないか)
そんな思考がよぎる。
(いまはユリアもいる。自分だけの問題じゃない。そうだよ。仕方ない。仕方ないんだ)
(逃げたい。逃げたい。でもいずれ直面する問題だ。なら背けてばかりもいられないんじゃ…)
思考加速をしつつ何度も考えては否定する。甘い考えが侵すように少しずつ思考を染めていくのを託羽自身自覚してはいるがそばにいる『依存対象』を理由にその場しのぎの言い訳は沸くように出てくる。
(あ…あ…)
答えは出ない。そして時は残酷である。いくら加速しようともそれは停止ではない。
一人悩んで思考のループに入ったなら加速は加速ではない。加速しながらも停滞してしかいないのだから。
(何でそうやって悪役になってくれないんだよ…)
それなら殺せた。断つ命の背景すら気にかけずに自分のために、そして隣の彼女のために。
この世界は残酷だ。単純な善悪二元ではなく、ゆえに大義名分は意味をなさない。
「悪いな、小僧ども」
もう目の前に亜人はやってきていた。
(決めろ…決めろっ!動け…動けっ!)
どんなに内心で叫ぼうが凍り付いたように指先は動かない。この世に奇跡なんてない。ご都合主義も何もかも。自分で自分を見られない愚図は何もできないのだ。
だから、結局”音川託羽”は何もできなかった。
「なに、してるの?早くいこ」
赤の噴水ができていた。亜人だったそれはこちらを掴むよう手を伸ばしたそのまま、首から上が現れた血の刃で切断されていた。そして次の瞬間内部から破裂したようにその巨体は破裂する。吹き出る血しぶきが嫌な生暖かさと柔らかな肉片と共に顔にかかる。
当然ユリアにも降り注いでいるが彼女は一切気にした様子もなく、ただ何もしなかった託羽を不思議そうな顔で見ているのだった。
いまだにあとがきに何を書こうか定まってない…
ギャグ時空茶番とかやったほうがいいですかね
仮面は剥がされた
明るみになる二人の違い
ただ依存しているだけの二人に互いを変える力などない
ならば…
次回「逃避」