潮時
再開。
次回予告無視して展開進めます。
今回次回で一通り済ませて、そこから一気に動き出します。
焦げ臭い匂いが鼻腔から離れない。
夜の帳が降りたはずのここにあってはならない火の光。
燃え盛り、燃え移り、今まさに燃焼を継続する古よりの恐怖の象徴。
逃げ遅れた子供の声が聞こえる。
痛みに耐え進もうとする男の声が聞こえる。
現状を受け止められず泣く女の声が聞こえる。
あちらこちらで発生する嘆きと怨嗟と絶望。
知った顔も、場所もなんの価値もない炭へと変貌し、どうしようもない虚無感が胸に迫る。
どうしたらいいのだろう。
どうするべきなのだろう。
冷静であろうとし、でも感情で動きたくて…
そんな市民の声が、不安が染み出す街中でしかし兵士は落ち着いて対処していた。
日ごろから命のやり取りをしている彼らにとっては今この時、やるべきことははっきりしている。
ならば迷うことなく動けるというもの。
前線都市としてのこの砦の役割はもとよりそれだったのだから。
既にここではない場所で襲撃してきた魔物相手の部隊が滞りなく配備され、迎撃に出ている。
深夜に行われた襲撃は奇襲ではあったが対処はできているのだ。
”その程度で対処しきれる存在が相手ならば”良かったのだが。
怒号が止む。
鳴き声が収まる。
猛々しく燃え盛っていた焔がその勢いを抑える。
その刹那吹き荒れたのは一陣の風。
豪、と鳴り響いた音と共に発生したそれは立ち尽くしていた人々をまるでボロ雑巾のごとく吹き飛ばす。
焔がより一層燃え盛り、現状を受け止めた人物らから漏れ出た悲鳴が伝搬し、辺り一面に1度引いた恐怖がより強いうねりを持って舞い降りた。
風が吹いた方向から一人の男が姿を見せる。
炎のせいでシルエットしかわからないが背丈が高く、手には大きく反り返った刃を持った大男だ。
その後ろから続々と影が増える。
彼が率いてきた部下だろう。
それがやってきた。
街の中心部に。
何故ここに?
迎撃に出た兵士は?
あの人は?
彼は?
人々の混乱を尻目に絶望が一歩、また一歩と進む。
そんな男の前に一人の人物が躍り出た。
誰だ。
いや、見覚えがある。
何度も見た。
そうだ、あの人は…
「ッ……がぁ!」
布団から飛び起きる。
乱れる呼吸を胸を押さえて沈めようとしながらあたりを見回す。
「はぁ…はぁ…、ゆ……め?」
思考がいまいち繋がらない。
周囲にあるのはこの1週間で既に見慣れた家具が、カーテンから漏れた微かな光の中に見える。
飛び起き、急いで開けて見えるのは燃え盛る町などではなく、寝静まった町だ。
『タクハ?』
ユリアの声に反応する余裕さえない。
今見たものがただの妄想であるという楽観ができるほど甘い異世界生活ではないのだ。
「夢で飛び起きるって…まじであるのか…」
漏れ出たのはそんなふざけた言葉とかすれた笑いだけだった。
**********
朝日が昇り日の光と共に町が活気を帯び始める。
「頃合……かな」
与えられた部屋の中で、読んでいた本から顔を上げ机に置く。
パラパラという微かな音ともに本が自然と閉じられ、窓から刺す朝日がカーテン越しに微かにその様子を照らしていた。
『どうしたの?飛び起きたときから怖い顔してるよ、タクハ』
「ちょっとやなもん見たんだ。この町が魔族的な奴らの侵攻で燃える夢。多分…」
『予知夢…ってこと?』
椅子に腰掛けた状態でぬるくなった茶を飲み、もはや慣れた独特な味を嚥下しつつ念話でのユリアからの疑問に答える。
『今のタクハは時間を自由に操れないけどそんな夢を見たなら楽観もできないってことかな』
「そーいうこと。でもないとこうして起きてからずっと警戒してないだろ」
とにかくそう長い間この町にいるわけにはいかなくなった。
てか早々に退去するべきだ。
この一週間で情報は最低限は集めたし別にこれ以降別の町に入れなくなるわけでもないだろう。
「夢が予知夢なのか、ただの夢なのか、それとも”誰かが見せたもの”なのかはわからないし、だったら危険を冒さずさっさと出るに限る」
『そっか…残念だね』
「…え?」
どういうことだ。
そんな思いが伝わったようでなおも少し寂しそうな声色が帰ってくる。
『だってタクハ、楽しそうだったし。みんなとお話しするの』
「…そうかもな」
自分が思っている以上のことを、彼女は確信を偶についてくる。
わかっているのだ。
ここで逃げ出すということは世話になった人を見捨てる行為だということに。
何も感じずにそれを成そうとしている俺をユリアは逃さない。
残酷な真実から目をそらさせてくれない。
「お前のこと、やっぱり嫌いだよ、ユリア」
『そうなの?私はどうでもいいよ』
そんな返しに一種の心地よさを覚えている辺り、ほんと気持ち悪いな、俺は。
脱出は今日。
日が沈む前。
予知夢が夜の出来事だったなら今夜という可能性も十二分にある。
もはや監視など気にせずユリアと話していたが、さっさと退散するつもりだった故だ。
そんなこんなで…
今俺たちは食堂で飯を食っている。
「うん、やっぱり普通に美味い」
『ん?馬鹿?』
「だろ?ここのばあちゃんは飯は絶品だよな」
対面にはもはや当たり前のように座っているおっさん。
いつもの食堂で朝飯を食ってる次第だ。
「で、今日も図書館か?なんでも歴史書が倉庫から発掘できたとか司書がいってたような…」
「悪い今日で終わりだ」
何でもないように話した。
ユリアが内心おろおろしているのがわかる。
おっさんはこっちを差していた箸をそのままに
「…そうか、寂しくなるな」
「…すまない」
「いいってことよ」
そのまま食事を再開する。
『え?…それだけ?』
なんかユリアが騒いでいるがやはり無視。
そもこの男にだけは俺の思惑はばれていると思っている。
仕事なのでこちらに味方はしないが黙って出ていくなら邪魔はしないという予想があった。
さっさと最後の飯を食って立ち上がる。
「いろいろ大変だと思うけど、まあ頑張れよ」
「なに?先人からのありがたいお言葉ってやつ?」
立ち去る俺に後ろから声がかかる。
「いや、ただの年寄りの戯言だ」
「……」
(ったくかっこいいな、この人)
せめて別れくらいは俺にかっこつけさせてほしいのだが。
「…ありがとう」
もう彼に会うつもりはなかった。
「それ、もってけ」
何件か世話になった店を回って内心で別れを告げていて数件目。
何度か裏で槍を振るわせてもらった武器屋で店主に呼び止められた。
「もってけって、この槍か?」
「てめえが一番扱えてたのを調整しておいた。才能ないぼんくらにもちっとはましなようになってるはずだ」
「…ツンデレ?」
「あ゛?なんか言ったか?」
「なんでもないです」
指差された長槍を受け取る。
大鎌以外にも表だって使えるサブウェポンは欲しかったので普通にありがたい。
「おっ」
何度も握った長槍だがこの一本は明らかに手に馴染んだ。
長さも重さも俺が使える最適な物であろうことは想像できる。
所謂ワンオフのオーダーメイド装備。
一切の派手な装飾は用いておらず素材も一般流通のそれと大差ないだろうがそれゆえの完成度は、この武器屋のジジイの腕がそのまま生かされている。
「なあ、いい…」
のか、とつなげようとした言葉を打ち切る。
既にこちらに背を向け仕事を再開してる彼に何か言うのは無粋に感じられた。
一度、その背中に感謝と共に礼をして店を出た。
「変、おかしいよ」
久々に肉体を持ちすっぽりフードをかぶったユリアが不思議そうにつぶやく。
「何がだよ」
もうここから出るし、じゃあ実体化してもいいだろうということで押し切られたのでこうして久々に共に歩いている。
「タクハはこの町のみんなに干渉しないつもりだし、そうあるべきだと思う。なのにさっきから男同士で何か通じ合ってる空気醸し出してるし、おかしいよ」
「あーそのへんはだな…」
「何より『ふ、かっこいいな俺』みたいな空気を出そうとしてるのが見てて何やってるんだろう、この人たちってなるし」
「あ、はい、すいません」
客観的に男同士の暗黙の”一度はやってみたいお約束シチュエーション”を評定されるとは。
(いや、なんかそういう空気だったし)
「てかお前もなんだかんだ見てるんだな。どうでもよさそうな空気出してること多いくせに」
「どうでもいいよ。でも目の前で茶番をされたら何か言いたくもなるのよ」
「…やっぱわからねえよ、お前のこと」
出会った時よりは遥かに感情が豊かになった。
でもなんか安定しないというか、キャラが定まってないというか。
(個我を感じねえから気持ち悪いんな、こいつ)
空っぽの人形だったのが出会ったばかりなら今は語彙のみ追加されたAIとしゃべってる気分というか。
「で、もうここから出るつもりだけど何かしたいことあるか?」
「なに急に。今までそんなこと聞かなかったじゃん」
「気に食わなくとも旅の仲間だ。ご機嫌取りくらいする」
「手遅れな感じが否めないけどね」
でも、違う。
「…どうしたの?タクハ」
立ち止まった俺にかかるユリアの声を無視して路地裏を見る。
明るい光が差さない細い道に眼を向ける。
(ここ数日で”何かに感化されたように”ユリアが表面上だけ変化してる。そう、まるで教えられたことを素直すぎるほど投影するように)
その路地裏に踏み込む。
今まで、この1週間感じ続けていた気配に向けて。
「お前、誰だ…」
正面にいる少女に声を掛ける。
人通りの多い道から一本離れた路地裏。
溶け込むような黒い髪をした少女はその俺の言葉に特に感情を読ませない顔を返してくる。
騒がしい通りの音がひどく遠くから聞こえてくるようで、相対化された静けさが喧しい。
彼女の存在が、その奇妙な『薄さ』が不気味で、薄ら寒いものが背筋に走る。
余談なく刃を向けながらも、しかし彼女の態度からは何の感情も読み取れない。
好意も、悪意も、興味も何も映さない、映らない薄色の意思。
まるで霞を前にしているような存在感のなさは違和感はないのに、そのなさが恐怖を感じさせる。
おそらく俺と同じ位階の相手であり、注意を払うべきはずなのに払えない。
そのことがひどく自然なものと思ってしまえる。
どうでもいい存在と思えるのだ。
その恰好は袴姿。
肩甲骨辺りまで伸びた見事なまでに艶やかな黒髪と、黒い瞳。
切りそろえられた前髪に、添えるように刺された美しい簪。
この町ではおよそ不可解な姿であり、何より”俺が認識に靄をかけられてる”。
つまるところこいつも俺と同じ位階。
その口が開き、何でもないように言の葉が紡がれる。
「君は、自分が嫌いなんだね」
書き直しはいずれ。
とにかく今は進めます。




