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案内

男ばっか

一息に踏み込み、体重と遠心力を最大限意識して手にした獲物(長槍)を振り下ろす。

空気を切り裂く心地よい音を聞きながら残心し、いまの感触をかみしめるように確認する。


「…やっぱり使いやすいなぁ、これ」


頭の後ろに手をやり頭を掻きながらいつもの獲物(大鎌)との相違点、共通点を考える。

同じ長物、棒術が効くものであり、こと防御面での使用方法はそう変わらない。

盾をよけて刃を走らせることができる鎌は、遠心力の使いかたが重要であり、攻撃、防御、その他体術、体運びに大きな制限がかかる。

それに比べたら長槍は究極的には『突く』『薙ぐ』しか攻撃手段がないがそれらを行うことがほかの武器に比べて容易な部類に入る。

剣などに比べリーチに優れ、長物であることを生かした棒術を用いれば防御力も高い。

突きは盾などの面防御でない限り対処が難しい。

薙刀のような刃に重心を置いたものもあるが、基本的には重心が極端ではなく武器に振り回されることが少ない。

攻撃、防御にある程度優れ、何より最低限の習熟が容易(・・・・・・・・・)という利点が存在する。

西洋剣などが初期武装のように思われているが、実際は長槍は初心者の武装としてこれ以上ない獲物だ。

事実、拘束されていた時に見た兵士?軍人?は大体槍を持っていた。


(まあ、品ぞろえがおかしかったしな…)


武器屋に入った直後そこいらに重量、長さが異なる長槍が所せましと陳列されているのは圧巻だった。


(ふぅ……)


軽く手に持った長槍を振りながら感触を確かめる。

1.5Mほどあるグリップの様々な部分を握り振った時の手ごたえ、硬直や可動範囲を頭と体に叩き込む。


「…よし!」


両手で長槍を持ちながら右手を引き、刃先を正面に向ける。

武術の心得などないし、そういったものを補うために時間加速をしていたので構えなんてものはあってないものだが気合を入れるのはよく使う。


(……っ!)


想定するのはあの男。

連撃でこちらの行動を誘導し対処不可能の一撃を行った浄化者。

思考加速のおかげで体感時間では数時間を超えたあの戦闘は強く心に残っている。

軽く彼の動きを夢想しイメージトレーニングをする。

右へ左へ。

体術をフルに使ってあいつがやりそうないやらしい軌道に対応するように、予測される斬撃線に沿えるように槍を置く。

同時に思考加速を起動する。

数百倍に加速した思考時間の中で実戦でも何度も使った棒術での防御術を行う。

一度目は3手で死を感じた。

二度目は5手。

三度目は8手耐えたがそれまでで一番ひどい受け方で死んだ。

その後頭と体を最大限使って空想の相手に対応する。

ここ数日続けているがそうそう成果は上がらず、どれも自分が斬られるイメージで終わっている。


(イメトレでの思考加速はやっぱ有効だな。普通より何倍も速く習熟している感覚がある。あとは…)


(タクハ…タクハ。見られてるよ!)


「お?」


ユリアからの念話でようやく辺りの状況に気が付く。

試し振り用に使わせてもらった武器屋裏の道場的な建物。

その入り口におっさんが背を預けながらこちらを見ていた。


(あぁ…悪い。周囲警戒頼んでたのこっちなのに気が付かなくて…)


(いいよ、タクハはいつも気を張ってるからね。こういう時ぐらいは役に立たせてよ)


久々に自分に集中していたので思ったよりのめりこんでしまったらしい。

ため息をつきながらおっさんに歩み寄る。

おっさんは持っていた清潔なタオルを放り投げながら笑みを浮かべている。


「悪いな、邪魔しちまったか」


「そう思うなら話かけてください。無言で見られるほうが不快ですよ」


「そうか。でも真剣だったし、下手に声かけて怪我されてもたまらんしな」


軽く汗を拭って首にタオルをかけておく。


「で、なんの用ですか?」


「お前が頼んでいた資料、用意できたって司書が言ってたから伝えに来たんだよ」


「あ、そうでしたね。すいませんすぐ身支度します」


「店の人にあいさつして来いよ」


「わかってますよ」


武器屋に戻りながら置いておいた鞄にタオルを入れつつ店主にあいさつする。


「貸してくださってありがとうございます。また来ます」


「…ああ」


愛想はないがいつものことなので慣れた。

店の前に待っていたおっさんに合流し何度目かもわからない図書館への歩を進める。


「まだ監視は取れなくてな。悪いな、おっさんが四六時中ついてくるなんて気味が悪いだろうに」


「気にしないでください。衣食住を保証してもらっているのが当たりまえと思うほど厚かましくはないです」


「そうか…お前さんも随分この砦になれたな」


「まあ、流石にね…」


もうこの砦にきて1週間たつ。

間違いなくこのおっさんがそばにいてくれたおかげではあるが、決して広くはないこの砦だしそこそこ顔も知られてきた。

人間案外すぐになれるもので、自分の中でルーチンワークが確率しつつある。

やっていることはニートであり、おそらくいずれは帝国首都に連行されることは目に見えているがしばらくは腰を据えていられるだろう。

数週間、長くて1カ月でここを脱出するつもりであったがいかんせん居心地がいい。

年単位でまともに人とかかわっていなかったこともあるだろう。

生まれた人間関係のしがらみ、情や恩が影響しここを出たくないと思ってしまう。

そうしてここ1週間の出来事について思いを巡らす。

珍しく平和に過ごした数日の記憶を。


**********


釈放(俺主観)初日は図書館にいって情報を集めた。

当然時間は足りないため次の日も来ようということになる。

で、そうなると宿が必要。

まあそのへんはおっさんが手を回してくれたようで適当な借家を用意してくれた。

当然のように一人部屋であり、腕にいるユリアはどうしようかという問題が発生する。

ここまで来て彼女の存在を知られるとまた檻の中に戻されることが確定のため、彼女を表に出すわけにはいかない。

ずっと隠れていろ、といえばユリアはしたがってくれるのだろうが、仮にも仲間である以上そういったほころびは生まないに限る。

が、聴取を受けた建物の1Kの一室に案内されたため、部屋の中でも彼女を人型にするわけにもいかない。

吸血鬼が、そもそも彼女の姿がすさまじく目立つことは間違いないので初めから彼女を引き連れて砦に入ることもできなかったのだ。

ユリアはそう言った意味で影が薄い。

念話はできるし、常に一緒にいるがここ最近出番が少ないのはこのせいだ。

彼女が隠れられずに過ごせる環境を取り戻す意味でもこの砦の脱出は急務であるのだが、調べもの、情報


収集は宿で起きて図書館に通って、を3日繰り返しても終わらなかった。

昼は情報収集、夜は部屋でユリアに情報共有と今後の相談。

幸い図書館というか資料室は牢屋や俺の止まらせてもらっている建物、おそらくこの集落の中心である建物の中にあるので監視はされていたが特に不自由なく行動できた。

だが、その生活が一時ストップする。


「すみませんがその資料は保管庫にあってすぐに用意できないんです」


「あ、そうですか。すいません」


資料室を見せてもらっていたがそもそもあまり広くはないし、この世界の常識がない俺が読める資料は限られている。

そうすると知りたい資料が見れないものだったりして、すこし行き詰りだした。

そうすると


「なんだ、資料が見たいのか?」


「え、あ、はい。でも閲覧禁止って」


「ほう…ちょっと待ってろ」


「え…?」


足りない資料でうんうんうなって加速した頭の中で整理し始めていた俺を見かけたおっさんが司書さんに話しかけて、何度かやり取りしたかと思うと司書さんはあきれたようにため息をついて頷いた。

俺も何となく事情を察して苦笑しながら戻ってくるおっさんを迎えると案の定。


「お前が見たがってた資料、見れるように図っといたからよ。」


「ほんと…何から何まですいません…」


「いいってことよ。お前も知りたいことがあるなら早く知ってここになれてもらったほうが嬉しいしな」


この人がかなり地位のある人物だということは何となくわかっている。

しかし、こちらが嘘をついている以上、彼の善意100%の笑顔に俺は内心罪悪感に潰されそうになりながら返答するのだ。


「ありがとうございます」


そうして資料回覧制限がなくなったが、しかし保管されている資料を探し出すのには時間がかかる。

つまり暇になる。

が、こっちは事実上この役所的な建物に軟禁され、かなり温情を掛けてもらっている、というかおっさんが便宜を図ってくれている現状「外に出たい」なんて言えるはずもなく午後どうしようかと食堂でから揚げ的な何かを食いながら考えていると『ガタッ』という音と同時に目の前に誰かが座るのを感じた。


「っよ!タクハ」


「……」


この人は暇なのだろうか。

地位のある人だ、という自分の仮説を真剣に疑った。


「…何ですかおっさん」


「そのおっさんっていうのよしてくれよ。俺の名前はケンジって教えただろ?」


「いや、おっさんでしょ」


食い終わった食器を手にして立ち上がろうとする、が。


「まあまて、お前暇なんだろ?この砦案内してやるよ」


「…いいんですか?」


その疑問は二つの意味を持っていた。

まず、軟禁されている俺を外に出していいのかというもの。

そして、あんたはそんなことしていいのかという疑問。

そんな俺の内心を知ってか知らずか彼は気にしなくていいと、むしろ若いのにそう小難しく考えるなといって話を進めていく。


「なにか見たいところあるか?おれは大体に顔は効くからな。狭い砦だがおおよそは案内できるぞ」


「…なんでもいいですよ。適当に案内してもらったならその中で気になるやつに入ります」


「うし、わかった!」


そういうとおっさんは俺を連れて砦の案内を始めた。

町の地図や門や商店、おすすめの飯屋や武器屋、この砦のいろいろな施設を巡り、一つずつ解説してくる。

そんななか、俺は内心かなり驚いていた。

この砦の地理、どの場所にどういった建物がありどういった人物がいるのか、というのは仮にも敵かもと疑われている人物には間違っても教えてはいけないのは俺でもわかる。

事実、そういった意味合いも含めて俺はいままで軟禁されていたのだろう。

そして俺はこの砦から脱走を画策しているのでそういった情報は欲しかった。

まあ、いつも通りといえばいつも通りのおっさんだったので途中から考えなくなったが。

そうして武器屋やその裏にある試し振り場に入り浸るようになり、資料を探してもらっている最中はそこに行って武器を見繕ったり軽い素振り、イメトレをするようになった。

そうして過ごしていくうちに一週間が経過し、俺はこの砦の生活に慣れ始めていた。


次回

役場に帰るまでの会話

英雄と覇者の戦闘の続き

の予定

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