始動
決着
火力と技量。
二つの圧倒的、かつ相対的な能力の激突。
開戦から数十分しかたっていなかったが、周囲の環境は不可逆なまでに蹂躙されていた。
中心にあるは二つの『異世界』。
くせ毛の青年が展開するは『過去と未来を渇望する』世界。
和服の青年が展開するは『理不尽を乗り越える不可能な技量を渇望する』世界。
互いの世界がぶつかり、混ざり合い、火花を散らしながら自己主張をする。
元々の世界など今はただの傍観者でしかなく、二つの世界は削りあいながら相対者を斬るその瞬間を求めている。
その衝突を眺める姫はそこから濁流のような感情の流れを感じ、影は遥か遠くからその姿を見て大爆笑している。
観客は二人。
相対するは二人。
だが、この衝突はこの『シルヴィ』で、多くの人物がその気配を感じていた。
人、魔物、亜人、そして自称神。
今まで感じたことのない気配に、彼らは行動を開始する。
停滞した現状を打破する一陣の風。
この戦いが開戦の号砲だったと、未来の歴史家は偉そうに語るだろう。
あらゆる人物の思惑が始まる。
もしくはすでに始まっていたのかもしれない。
爆笑していた影は目元を拭いながら腰を上げる。
「ふふふ……ははははははははは!……、っとそろそろ仕事するか」
愉快で仕方ないというように手から影を伸ばし、そのまま地に沈むようにそこから消えた。
ついに起こった二人の衝突。
無限速の託羽に超技量の宗介。
一瞬にして決まる。
互いの全身全霊、渾身の一閃。
音を、空間を、そして時間を切り裂いて鎌の刃が走る。
当然、防御は不可能。
時間ごと切り裂くその一閃は、少なくとも宗介の理で対抗することはできない。
そのため、宗介が狙うはカウンター。
紙一重で彼の刃をかわし、一撃。
一刀のもとに沈めようと、下段から刀を跳ね上げる。
技量の問題なら、託羽は宗介のそれにはるかに及ばず赤子の手をひねるように切りふせられるだろう。
それが、たとえ無限速だろうとどこを狙ってくるかわかるならよけることも返し技を打つこともできる。
できてしまう。
それが今、宗介が展開している理。
彼の詠唱能力。
だから、この戦い。
一貫して、託羽にかつ可能性はない。
はずだった。
「ったああああ!!!!」
「っ!」
だが、この時点では託羽は有利だった。
8秒経過から0.5秒
つまり最高速度のその瞬間
当然宗介は警戒していたし、制御も怪しい託羽も全力で能力を使っていた。
背後にスキを作らないように。
この理は宗介にとっては初見。
思考加速がない彼はこの9秒で集めた情報に対応してくるだろう。
その数秒の情報からでも必殺の行動を取れるからこの男は恐ろしいのだが、
こと、今回に関しては宗介は間違えた
勘違いした
この詠唱が『加速』を本質としたものでは無く、『減速』いや『停止』のその瞬間こそを本質とした理だということに、気がついてない。
それが唯一
託羽が彼から逃げられるチャンスだった。
(こんな不思議能力覚醒イベに頼ってられるか!いつ切れるかもしれん正体不明の覚醒なんて胡散臭すぎるだろうが!)
そういうこと
詠唱したら今までにないような能力に覚醒して強くなった?
やった!これで相手を倒せる!
バカじゃないの?
頭沸騰してるのもいい加減にしろ。
そんな正体不明なものに頼る奴の気が知れない。
なに?
自分を主人公か何かだと勘違いしてるの?
異世界やってきて、自称神に摩訶不思議な神通力をもらって?
やったあ!これで強くなった俺はすごいぃ?
(そんなご都合主義な夢はなぁ!
もうここ三年で見飽きたんだよ!!)
彼は他人を信用しない。
自分を信用しない。
常に全力で。
自分は無努力天才覚醒系主人公の目の前の敵だと。
そう思って生きている。
そうでもしないと、自分程度生き残れないと知っているから。
だから…
(さあ!逃げるぞ!)
交錯する刃。
当然のように無限速は回避され、背後に白の刃が迫る。
もう、時間は過ぎた。
最高速度まではあと一秒近くかかる。
今は減速するのみ。
その様は下が奈落だとわかっていながら、失墜していくようだと。
(思ってるのかね!)
理の展開から9秒。
完全停止の瞬間。
自分の腹をその鎌で突き刺した。
「っ!?」
(ごっふっ…っこれでぇっ!)
託羽は自分がこいつに攻撃を当てられないことはわかっていた。
だから、相手が自分に攻撃するその瞬間。
その瞬間に、自分自身を武器にしようとした。
カウンターへのカウンター。
相手が自分のどこを狙ってくるのかはわからない。
当然、先読みもできない。
だが、その瞬間
相手の刃が、体が、自分に触れるとわかっているのなら
その瞬間を、詠唱能力の『停止』の瞬間に合わせることができるなら
「時間停止」の理を自分の体ごと相手に叩きつけることができる
「…!?」
宗介は自分がその理にとらえられることを、停止の瞬間に察知したようだが…
(遅い!)
既に理は展開した。
文字道理、宗介は体感時間も含め存在の時間を停止させられた。
宙に縫い付けられたその姿を託羽は落下しながら確認する。
鎌は、あくまで『時間操作』のための補助器具でしかなく、鎌だけに『時間操作』ができるわけではない。
計8回、踏みしてた空は空間を『時間停止』させていたことで行われていた。
ならば、この『時間振動』での停止の理は当然体のどこだろうが発動できる。
(まあ、それでも全身ってのはきついから腹斬って何とかできたって感じだが…)
幸い、時間停止は傷口にも適応されている。
流血は最小限で済んでいるため、こちらの被害は少ない。
(とはいえ、こいつならサクッと解除してきそうだし早いとこ逃げるか…っ!?)
視界が揺らぐ。
自分の中のすべてを出し切ってしまったかのような感覚。
それは詠唱による理の展開が解除された瞬間起こった。
(え?え?)
託羽にはわからない。
今すぐにでも逃げないといけないのに。
襲撃者の攻撃?それともほかの敵が?
疑問は沸くがそれを思いついたところで対処することはできない。
まるで糸の切れた人形のように膝をつき、地面にその体を叩きつける。
意識はあるのに、脳から電気信号が走らない。
(駄目だ!ここで…!?)
抗おうとするのに、反比例するかのように体は眠ろうとする。
「まったく、詰めが甘いな。処刻人よ…」
頭上からあきれるような男の声がする。
「9秒のみ展開できる理を9秒展開したんだ。
ならば、何もかも使い切ってるのは当然だろう?」
今倒れ伏してる地面はいつの間にか黒く染まっている。
そういえば、えぐれた地面に叩きつけられたはずなのに衝撃をかんじなかった、と思い至る。
「まだ故郷(地球)の創作を無意識に参照していたのか?
時間制限ものの能力がなぜ時間制限があるのか考えろ。
当然、それが押さえつけられる限界だから、だ。」
なにか話しているようだが、ほとんど何も聞こえない。
「まあいい。上出来だ。
たとえ浄化者だろうが、あの停止の理を抜け出すには数十秒はかかるだろう。
まあ、それも今回限りの話、だろうがね…」
ねっとりとした話し方。
聞く側をあおるような不快な声色だった。
「貴様らの意地の張り合い、自己主張の押し付け合い。
実に見事だ。笑いが抑えられなかったよ。本当に、素晴らしかった…」
聞いたことがあるような、ないような
そんな声。
「此度の勝負、及第点。
一見するとお前の勝ちだが、まあ実際は惨敗だろうな…。
襲撃を許し、相手の掌からついぞ抜け出せず、不確定要素に頼った戦闘。
見苦しいし、最終的には私が来なければ普通に殺されていただろうしな」
ユリアのこと。
自分のこと。
今回もこうして
何も守れなかった。
「いい見世物のは間違いないがな。
これでこの世界も動き出すだろう。」
意識を失うのは二回目だ。
あんなに気を付けたのに、頑張ったのに
何も、何も変わらなかった。
変われなかった。
「ゆえに、今回は、今回だけは手を貸そう。
ここで終わられてもつまらない。
まだ、私に君の続きを見せてほしい…」
後悔を覚えながらも意識さえ闇に沈む。
「そうだ。
今はただ、眠るがいい…
君の物語(地獄)は、まだ序章なのだから…」
意識は暗転する。
世界は黒に染まる。
**********
「…」
「…帝王、どうかなさいましたか?」
ある大国。
この世界で知らぬものはいないある国の長。
人類の代表。
長いきらめく金髪に、長身。
がっしりとした体つきは、玉座で頬杖をしているだけで目の前の人物をすくませるだけの威圧感がある。
「…動いた、か」
「はい?」
帝王が立ち上がる。
近衛がいつの間にか彼のそばに控える。
「会議を開く。すぐに招集を掛けろ」
「っ!は!」
目の前の男はその一動作に圧倒され、一瞬意識を失うが王のまえで無様はさらせない。
すぐに踵を返し部屋を後にする。
「…」
王も動き出すが、すぐに立ち止まり先ほど気配のした方角を見据え足を止める。
その口元は笑みをたたえており、それを目にした近衛は主の歓喜に背筋を凍らせ、そして自らこの完璧な王の役に立つことができる。そう予感し、歓喜に震えた。
**********
「ちょっと!どうしたのよ、急に立ち止まって」
同行者である少女に話かけられた金髪の少年はその口を三日月型にゆがめ、秘境と、背後にある帝国から感じる見知った気配を感じていた。
「いや?面白い奴がいるみたいだな…」
「はあ?」
「あの爺が歓喜を隠しきれてない。これは嵐が来るぞ」
そういうと抑えきれないというように、秘境の方向へ走り出す。
「フハハハハハハハハ!!!!」
「って!まちなさいよ、この問題児!」
**********
「はあ…はあ…、もう、時間がない…」
今にも死にそうな老人の目の前にあるのは巨大な魔方陣。
「これがあれば、あの帝国なんぞ…!」
その声は、まるで自分に言い聞かせるように発せられているようだった。
その足元に押している書物。
舞い散る書類に書かれた言葉。
この世界の言葉で描かれたその文字の意味は
『異世界勇者召喚魔方陣』
**********
「あのやろう、どこほっつき歩いてんだよ…!」
人型でありながら異形の生物は、まさに『魔族』
周りの人物も主の怒りにふれ戦々恐々としている。
「おい!さっさとあの職務放棄野郎を見つけてこい!」
「は、はい!」
ドカッと座り直した異形の王が思うは、ここにいない自分と同格の風来坊。
(あの気配…どの勢力も動き出す…)
「ったくよぉ!面白くなってきたじゃねえかぁ…」
次回、説明回