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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第二章
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ロイデンバルク


「ありがとうございます、助かりました」


 路地の裏で2人の男たちに問い詰められていた金髪の女性は、パンや野菜の入った籠を持ったままぺこりと頭を下げた。


 幸運なことに、彼女はまだ問い詰められていただけで、あの2人から拷問としか言いようがないほどの暴行を受けた形跡はない。傷がないことを確認しつつ、ジャンヌは彼女を無傷で助けることがよかった、と安堵する。


「無事で本当に良かったです」


 隣を歩くジノヴィも微笑んだが、すぐに微笑むのを止めて周囲を警戒し始めた。もしかしたら先ほどの男たちが追ってきたり、彼らの仲間が女性を狙っているかもしれないと思って念のために警戒しているのだろう。


 警戒が彼の役目ならば、彼女から事情を聴き、女性を助けるための手段を考えるのはジャンヌの役目だ。


「ところで…………何があったんです?」


 問いかけると、その金髪の女性は目を細めながらちょっとだけ俯いた。


「…………私、疑われてるんです。アンドレイ様を殺した犯人だって」


「アンドレイ?」


 ジャンヌが首を傾げると、金髪の女性は「失礼、旅の方だったのですね」と言いながら苦笑いし、詳しく説明を始めた。


「このロイデンバルクを統治する貴族の1人です」


 中間地帯であるロイデンバルクは、数名の貴族によって統治されている街である。その数名の貴族たちで議会を開き、大国との貿易や街の予算や法律について話し合うのだ。簡単に言うのであれば、大国の議会に参加する議員の数を大幅に減らし、任期を無制限にしたようなものである。


 基本的にはその貴族たちの手によってあらゆる法律が決められているが、少しだけならば住民たちも要望を聞き入れてもらう事ができる。街を統治する議員の人数が少ないからこそ、そういう意見も通りやすいというわけだ。


 それゆえに、そのうちの1人が殺されるというのがロイデンバルクにとってどれほどの痛手なのかは想像に難くない。


「こ、殺されたのですか?」


「ええ、一昨日の夜だそうです。刃物で無残に殺されていたそうで…………現在も自警団が、犯人を血眼になって探しています」


「そうだったんですか…………」


 街を統治する貴族が1人でも殺されれば、ロイデンバルクにとっては大打撃である。ロイデンバルクを統治するのは貴族である必要があるため、もしその中の1人がいなくなればその空席に新しい貴族を入れておく必要があるのだ。


 基本的にはその貴族の血縁者の中から選ばれる決まりになっているが、後継者がまだ幼い子供だった場合は他の貴族の血縁者をロイデンバルクまで呼び寄せ、後継者に任命することがある。


 あっさりと後継者が決まれば打撃は少ないものの、大半の場合は血縁者と他の貴族たちが衝突し、議会が一時的に停滞してしまう。


 それゆえに自警団は全身全霊で犯人を捜していたのだろう。ジャンヌとジノヴィの2人が助け出したこの女性は、運悪くその自警団に疑われていたのだ。


 もし2人が助けなければ、あのまま自警団の詰所に連行されて拷問のような取り調べを受けるか、犯人だと決めつけられ、冤罪で殺されていたに違いない。


 彼女を救う事ができて良かったと安心したジャンヌは、まだこの女性に自己紹介をしていなかったことを思い出した。大慌てで逃げてきたとはいえ、自分の名前は名乗っておかなければならない。それにこの街の住人である彼女ならば、宿泊するための宿屋を知っている筈だ。


 自己紹介するタイミングを探しているうちに、女性がある建物の前でぴたりと足を止めた。


「ここが私の家です。もしよければ中へどうぞ」


「綺麗な家ですね…………」


 彼女の家もレンガ造りとなっており、アネモスの里にあった家よりもやや大きくなっている。窓の向こうに覗くのはハーブらしき植物が植えられた植木鉢のようだが、どうやらそれは観賞用というわけではないらしく、よく見ると窓の向こうの棚にも別の種類のハーブや他の薬草が植えられた植木鉢が所狭しと並んでいた。


 薬草の調合をしている人なのだろうか、と思っているうちに、女性が木製のドアを開いて2人を中へと招き入れる。中から漂ってきたのはやはりハーブや薬草の香りで、中にはアネモスの里でも嗅いだことのあるハーブの香りが混じっていた。


「ありがとうございます。さあ、ジノヴィ」


「ああ」


 相変わらず周囲を警戒したまま、ジャンヌよりも先に家へと入るジノヴィ。彼はあまりハーブや薬草の匂いを嗅いだことがないのか、それともただ単にこのような香りが苦手だからなのか、ドアを通過した瞬間に一瞬だけ顔をしかめてしまう。


 逆にジャンヌは、ここでどのような薬草を調合しているのかに興味を持ちつつ、静かにドアを閉めて女性の後に続いた。


 玄関のすぐ近くにはリビングがあり、テーブルの上には観賞用の小さな植木鉢がちょこんと置かれている。そこから顔を覗かせているのは、とても小さな緑色のハーブだった。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 席に座るように勧めてくれた女性に礼を言いつつ、ジャンヌは椅子に腰を下ろし、周囲を見渡した。リビングのすぐ隣にある部屋は研究室なのか、フラスコやビーカーがずらりと並んでおり、その脇の小皿にはハーブや薬草の粉末が乗っている。


 本棚には薬草やハーブの図鑑が並んでおり、周囲には何かを作るための調合の手順のメモがびっしりと張り付けられていた。


 興味深そうに隣の部屋をじっと見つめているうちに、女性がティーカップを持ってリビングへと戻ってきた。中身は紅茶のようだが、ハーブを混ぜているらしく、アネモスの里で飲んだ紅茶よりも香りが強くなっている。


 お礼を言いながらそれを受け取ると、金髪の女性は微笑みながら話し始めた。


「私は”コレット”って言います。ここでエリクサーを調合して販売してるんですよ」


「エリクサーですか…………あっ、すいません。私はジャンヌ・ダルク。こちらの方は私の護衛のジノヴィです」


「…………」


 座って腕を組んだまま、ハーブ入りの紅茶を見下ろすジノヴィ。彼の顔を見上げて呆れつつ、ジャンヌはさっそくその紅茶へと手を伸ばす。


 エリクサーは、服用した者の傷を塞いでくれる回復アイテムの1つである。魔術を使う事ができない者でもすぐに治療する事ができる便利なアイテムであり、世界中の傭兵や騎士たちも戦いに行く際は必ずと言っていいほど携行する。


 売店などで試験官のような小さな容器に入った状態で売られており、それを全て飲むことでゆっくりと傷口が塞がっていくのだ。


 素材は基本的に薬草やハーブなどで、調合する薬草などによって効果も変わっていく。中には傷口を塞ぐ効果を二の次にし、体内の毒を分解する事ができるエリクサーもあり、一般的なエリクサーと共に売店などで販売されている。


 エリクサーを作る職人たちは、自分たちの作り出す回復アイテムで騎士たちの戦いを支えているというわけだ。


 飲めば瞬時に傷が塞がるというわけではないが、もっと技術が発達すれば、未来には瞬時に傷を塞いですぐに戦線に復帰できるようなエリクサーも発明されることだろう。


「ジャンヌさんたちは旅をしているんですよね?」


「ええ、ちょっとやるべきことがあって世界中を旅しているんです。…………とはいってもまだアネモスの里から旅立ったばかりですけどね」


「アネモスの里から来たんですか?」


「はい」


 アネモスの里を旅立った目的は、この世界を浄化することだ。目的地があるというわけではないのでこのまま世界中を旅し、少しずつ浄化していく必要がある。


 だからジャンヌは目的地の話をされたら何と答えるべきかと悩んだが、次の瞬間にコレットが始めた話は旅とは全く無関係の話だった。


「あそこのハーブってとっても香りが強いから大好きなんです。それに、粉末にしてから加熱すると治療の効果が上がるんですよ」


「えっ、そうだったんですか?」


 確かに、アネモスの里ではハーブの栽培も行っている。しかしあくまでもアネモスの里はハーブや野菜の栽培よりも木材の方を重視しており、それほど大量に栽培されているというわけではないのだ。それにそのハーブはただ単に料理に使われるか、通常の方法で調合されてエリクサーにされているため、そのような効果があったことは初耳だった。


「そうなんです。でも、アネモスの里に立ち寄ってくれる商人も少ないですからなかなか手に入らないんですよ…………」


 アネモスの里に立ち寄る商人はそれほど多くはない。それに立ち寄る商人たちが仕入れていく品物の大半は、里の周囲にある森で手に入る豊富で上質な木材ばかりであり、里もそれ以外の商品の販売は二の次にしているため、アネモスの里で栽培されたハーブはなかなか手に入らないだろう。


 偶然それを仕入れてくれた商人から購入したのだろうか。


 テーブルの上の植木鉢に植えられている小さなハーブの葉を見下ろしたジャンヌは、もう一口紅茶を飲む事にした。


「ところで、何かお礼をしたいのですが…………」


「えっ? ああ、いえいえ。私たちは当然の事をしたまでですし――――――――」


 ティーカップを置き、椅子から立ち上がろうとするジャンヌ。しかし彼女の華奢な肩の上に何の前触れもなくのしかかってきたジノヴィのがっちりした手が、まだやることがあるだろうと言わんばかりに彼女を止める。


 既に自警団から彼女を救ったのだから、あとは大丈夫なのではないだろうかと思いつつ、ジャンヌは再び席に腰を下ろしながらジノヴィの顔を見上げた。


「また自警団の連中がやってくるかもしれんぞ」


「えっ?」


「確かにコレットを助け出した。だが――――――――こいつが犯人じゃないと分かるまで、自警団の連中はこいつを追いかけ回し続けるだろうな」


「…………!」


 困っていた人を助け出した事に満足し、これで大丈夫だろうと決めつけていたジャンヌは、またしても自分の未熟さを痛感する。


 そう、あくまでもコレットはあそこで拷問のような取り調べを”一時的に”回避したに過ぎない。確かにコレットはそれで助かったかもしれないが、自警団がまだ彼女を疑っている以上、再び彼女を拘束しようとするに違いない。


 しかもジノヴィとジャンヌが彼女を助け出し、そのまま逃走してしまったことで、逆にコレットが更に怪しまれることになってしまったのかもしれない。更に彼女を逃走させたジノヴィとジャンヌも共犯者と見なされてしまった可能性がある。


 つまり、ここで彼女を助けたと決めつけて街を出れば、彼女を再び危険な目に遭わせてしまうという事である。


「あ…………」


「俺たちがやっちまった以上、責任を持って何とかするしかねえぞ。覚悟しとけよジャンヌ」


「ええ…………。安心してください、コレットさん。必ずあなたが無罪だという証拠を探し出して見せます」


「ありがとうございます…………!」


 彼女が無罪だという事を証明できれば、少なくともコレットがあのような取り調べを受けることはなくなる。彼女を助けるために自警団に危害を加えてしまった自分たちはその後も自警団の標的にされるだろうが、最悪の場合はそのままロイデンバルクから逃げてしまえば問題はない。


「では、もう日が沈んでますし、2階の部屋を使ってください」


「え、泊めて下さるんですか?」


「もちろんです。助けていただいたわけですから、お礼もしたかったですし。食事もこちらで用意します」


 コレットの家に止まる事ができるのであれば、宿屋を探す必要はない。それに宿屋に止まればコレットの家を離れている間に自警団が彼女を襲う可能性もある。彼女の家に止まりながら証拠を探せば、彼女を守ることもできるというわけだ。


「ありがとうございます、助かります!」


「いえいえ、こちらこそ助けていただいたんですから」


 椅子から立ち上がり、コレットと握手をするジャンヌ。華奢な彼女の手を握りながら、ジノヴィも安心している事だろうと思いつつちらりと彼の方を見たが――――――――じっとしているジノヴィの表情を見た途端、彼女は違和感を感じてしまう。


 隣に座っていたジノヴィは、全く安心していなかった。


 むしろ、これから進撃してくる敵の軍勢を睨みつけているかのような、鋭い目つきでコレットをじっと見つめていた。












 元々はごく普通の家だったとはいえ、アネモスの里にあるような木造の小さな家と比べれば、ロイデンバルクのレンガ造りの家はちょっとした宿屋のように広い。二階にある部屋の中にはベッドと棚と時計が置かれているだけだったが、床や壁はしっかりと掃除されており、この家に住むコレットが几帳面な人物であることが分かる。


 ロイデンバルクではこのような家が一般的なのだ。宿屋のような場所に住めるのは羨ましいと思いながら部屋の中を見渡したジャンヌは、そのすぐ隣にコレットの寝室らしき部屋があることに気付いて違和感を感じた。


 確かにアネモスの里の家と比べれば大きな家だ。しかし、彼女1人がここに住むにしては少しばかり大きすぎるし、隣に寝室があるのであればその隣にある無人の寝室は不要である筈である。


 元々は数名の家族が住んでいた場所に引っ越してきたのだろうと予測しつつ、ジャンヌは部屋の中に荷物と槍を置き、窓の向こうを見つめながら背伸びをする。


 窓際にはやはり植木鉢が置かれており、薬草が植えられていた。


 そっとその植木鉢の手を伸ばそうとしていると、後ろでツヴァイヘンダーを降ろしたジノヴィが言った。


「ジャンヌ、証拠探しは俺1人でやる」


「えっ? 2人で探すのではないのですか?」


「2人とも出払ったらコレットを守れねえだろ。だからコレットはお前が守れ」


「はい、分かりました」


 外出すれば間違いなく自警団に狙われることになるだろう。ジノヴィもこのロイデンバルクを訪れたことはないらしいが、仮に狙われたとしても彼の実力ならば自警団を返り討ちにするか、逃げ切ることはできる筈である。


 未熟だからコレットの護衛を任されたのだろうと思って落ち込んだジャンヌだったが、ジノヴィは窓の向こうを睨みつけたまま、彼女を家に遺した理由を告げる。


「そしてコレットを見張ってろ」


「なぜです?」


 守るべきコレットを見張れとは、どういうことなのだろうか。彼女が外に出ないように見張れという事なのかと仮説を立てたが、ジノヴィの返事がその仮説を否定した。


「―――――――――怪しいんだ。あの女から血の臭いがする」












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