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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第二章
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中間地帯の街


 実質的に、この世界は列強国が支配している状態である。ジャンヌが生まれ育ったアネモスの里は、周辺の国と同盟を結び、敵国を侵略して領土や技術を奪い取って成長していった3つの大国に囲まれている状態である。


 しかし、アネモスの里以外の場所がすべてその大国たちの勢力圏というわけではない。


 その土地で採掘する事ができる豊富な資源を優先的に大国へと販売したり、大国に利益が出るような条約を結ぶことと引き換えに、大国の介入を拒んで独立を維持することに成功した”小国”や”都市”はいくつも存在するのである。


 そのように大国からの介入を拒むことに成功した地域は”中間地帯”と呼ばれている。


 ジノヴィとジャンヌの2人が手始めに目指したロイデンバルクも、その中間地帯の内の1つに分類される。


「ここがロイデンバルクですか…………」


 周囲にずらりと並ぶレンガ造りの建物を見渡したジャンヌは、アネモスの里と他国の技術の差を痛感しつつ、様々な色のレンガで丁寧に建設された建物たちがずらりと並ぶ光景を見据えた。


 ロイデンバルクの周囲の草原にはよく魔物が出没すると言われている。何の前触れもなく姿を現した魔物たちが、群れを形成して人間たちの住む街や村を襲撃する事件は非常に多く、その襲撃を防ぎ切れずに壊滅した街は少なくない。


 列強国の領内であれば騎士を駐留させて防衛することができるが、大国の介入を拒んでいることで兵力に限りがある中間地帯の街は、自力で街を守る切ることが難しい。そこで中間死体の街の大半は住民たちで守備隊を設立して訓練しつつ、周囲に分厚い防壁を作って街を取り囲む”城郭都市”となっているのである。


 ロイデンバルクの周囲にも、やはり分厚い防壁があった。アネモスの里にあった防壁よりも巨大で、使われている材料も大型のレンガや鉄である。いくら豊富だったとはいえ、分厚い木材で防壁や門を作っていたアネモスの里よりも防御力が高いのは想像に難くない。


 大国の要塞にも見えるほど巨大な防壁の上には、鉄製の弓矢や剣を装備し、同じく金属製の防具に身を包んだ兵士たちが立っているのが見える。大国の騎士にしては身に纏う鎧のデザインやサイズがあまりにもバラバラであるため、彼らは大国の騎士団ではなくこの街の守備隊の一員であるという事が分かる。


 そして兵士たちが駐留する防壁の内側に広がっているのは、アネモスの里にある木造の家よりも大きく、がっちりしたレンガ造りの建物たちだった。二階建ての建物が当たり前となっており、建物の前にある道もしっかりと舗装されている。


 建物の中には様々な店も紛れ込んでおり、店先で若い店員たちが大きな声を出している。レストランや喫茶店も見受けられるが、最も多いのは鍛冶屋らしい。


 里の鍛冶屋を思い出しつつ、ジノヴィの隣を歩くジャンヌ。ちらりと鍛冶屋の中にある工房を覗き込むと、頭に布を巻いた小柄な男性が巨大なハンマーを振り下ろし、弟子と思われる若い男性が汗を流しながら重そうな鉄板を運んでいるところだった。


(ドワーフ…………初めて見ました)


 ハンマーを振るっていた男性は、人間ではなくドワーフだろう。ドワーフは人間よりも小柄で、あらゆる種族の中で最も鍛冶が得意だと言われている。彼らが作る武器は非常に頑丈で信頼性が高いため、ドワーフの職人が作った武器を正式採用する騎士団も多い。


 そのため、奴隷扱いされることの多い種族の中でもドワーフは優遇されているのだ。中には活躍して人権を獲得し、大きな工房を経営することに成功したドワーフもいるという。


「なんだ、得物でも買うのか?」


「えっ? い、いえ。ドワーフの職人さんを見るのは初めてでしたので…………?」


「ん? ああ、ドワーフのおっさんが経営する鍛冶屋は多いぞ。というか、鍛冶屋の店主の大半はドワーフだ」


「そ、そんなにいっぱいいるんですか?」


「おう、ドワーフの技術は最高だからな」


 店内で仕事をしているドワーフの職人に手を振ってから再び歩き始めるジノヴィ。ジャンヌも慌てて歩き出し、彼の隣を歩きながら街の中を見渡す。


 舗装された道の上を歩いているのは、様々な服に身を包んだ住民たちだ。中には剣や盾を手にして武装している傭兵らしき男性もおり、すれ違う度に大通りを歩く2人を睨みつけてくる。ジャンヌは睨まれる度に目を細め、いつ他の傭兵たちが襲い掛かってきても対処できるように背負っている槍へと手を伸ばすが、ジノヴィは他の傭兵たちの鋭い目つきをものともしない。


 慣れているのだろう、と呑気そうにも見える彼の顔を見上げて理解したジャンヌは、自分もいちいち警戒するのを止めてしまった。


 ジノヴィは以前から世界中で依頼を受け、様々な激戦を経験してきた百戦錬磨の傭兵である。あらゆる戦いを経験しているからこそ、他の傭兵たちに睨まれてもなんとも思わないのだろう。


 自分の未熟さをもう一度痛感して溜息をつきつつ、ジャンヌは周囲を見渡した。


 このままロイデンバルクを見物するのも悪くないが、その前に宿屋を探さなければならない。周囲の草原で野宿するのであれば街に入る意味がないし、大通りの隅で眠ろうとすれば守備隊に不審者と思われるか、先ほどからすれ違う度に睨みつけてくる傭兵たちに荷物を盗まれてしまうおそれもある。


 それゆえに、宿屋を探す必要があった。部屋にちゃんと鍵があり、街の中に魔物が入ってくる可能性も低いのであれば、どちらかが起きたまま警戒をする必要はない。金はかかってしまうが、しっかりと休む事ができるのだ。


 それに、早いうちに宿屋を見つけられれば街を見物する余裕もできるだろう。旅を始めたばかりなのだから極力資金の無駄使いは避けるつもりだが、殆ど里の外に出ることを許されず、この使命を果たすために大切に育てられたジャンヌにとっては、生まれて初めてやってきたアネモスの里以外の街は非常に興味深い場所だったのである。


 どのような品物が売られているのだろうか。この街にはどのような文化があるのだろうか。


 アネモスの里と違う部分を見つける度に、彼女は今まで住んでいた場所とは違う場所にいるという事を実感していった。


 ジノヴィに質問したり、雑談しながら宿を探すために街中を歩き続けるジャンヌとジノヴィ。隣を歩くジノヴィが「そろそろ街の真ん中を探してみるか」と言い、ジャンヌの手を引きながら大通りを突き進んでいく。


 ロイデンバルクは数名の貴族が統治する街である。街を統治する貴族たちは街の中心部にある立派な屋敷に住んでいるため、あらゆる店や設備は街の中心部の方が充実しているのである。


 このような街を何度も訪れたことがあるからこそ、なかなか宿屋を見つけられない時はどこを探せばいいのか分かるのだろう。


 感心しつつ、段々と豪華になっていく建物を見上げたジャンヌは―――――――通過した小さな路地の向こうから聞こえてきた女性の絶叫を耳にし、ぎょっとしながら槍に手を伸ばした。


「ジノヴィ、今のは…………?」


「…………トラブルみてえだな」


 歩くのを止め、目を細めながら路地の向こうを睨みつけるジノヴィ。彼がいつもの大剣ツヴァイヘンダーへと手を伸ばさないのを目にしたジャンヌは、槍を掴もうとしていた手を離し、いつでも魔術の詠唱を始められるように準備をする。


 路地の幅は狭い。ごく普通のサイズの剣を振るえば、斬撃を放つ前に切っ先が両脇の壁を掠め、斬撃の軌道が台無しになってしまうだろう。普通のロングソードで壁に接触する恐れがあるのだから、ジノヴィの大剣は使い物にならない。


 ジャンヌの槍ならば辛うじて使えるかもしれないが、ジノヴィが前に出る以上は槍を突き出すわけにはいかない。しかもその長さを利用して左右に薙ぎ払うこともできないのだから、彼女の槍も役には立たないだろう。


 短剣を持っておけばよかった、と後悔しているうちに、ジノヴィは姿勢を低くしながら走り出す。全力疾走しているというのにそれほど足音を立てずに走って行く彼を見てぎょっとしながら、ジャンヌは体内の魔力の加圧を始めた。


 先ほどの女性の悲鳴が聞こえてきた場所は遠くはない。このまま全力疾走していれば、10秒以内にその現場に駆け付ける事ができる筈だ。


 路地に積み上げられている木箱や樽に激突して音を立てないように細心の注意を払いつつ、2人は奥へと進んでいく。


 長い間放置されていたせいで表面が変色している樽の脇を通過したジノヴィが、唐突に足を止めて背中を左側の壁に近づける。すぐ目の前に敵がいるのだという事を察したジャンヌは、魔力の加圧を中断して息を殺しつつ、ジノヴィの巨躯の脇からちらりと路地の向こうを確認する。


 その先の路地は、少しばかり幅が広くなっていた。奥には木製のゴミ箱が居座っており、開けっ放しにされたゴミ箱の中からは生ゴミの悪臭が這い出している。その近くには、建物の裏口と思われる木製のドアがあり、そのドアにバンダナを身に着けた私服姿の男性が寄りかかっているのが見えた。太腿や腰に投擲用の小型ナイフのホルダーを身に着けており、腰の後ろにはやや大型のナイフが収まった鞘が見える。


 その傍らには、肩に金属製のメイスを担いだ巨漢が立っていた。こちらも私服姿だが、腰には回復アイテムらしきものが収まったホルダーが下げられており、ただの市民ではないという事が分かる。


 ゴブリンを殴り殺せそうな巨漢が威圧感を発しながら見下ろしているのは―――――――ブルブルと震えながら怯えている、金髪の女性だった。買い物の帰りにあの2人にここへと連れて来られて問い詰められているらしく、彼女の傍らには野菜やパンの入った籠が落ちていた。


 おそらくあの2人は傭兵なのだろう。守備隊なのであれば、防具のデザインや規格がバラバラとは言え制服は身に着けている筈である。しかしその2人は私服姿のままである上に、女性に対する質問のやり方が街を守る守備隊とは思えないほど荒々しい。街の治安を守るために情報を提供してもらおうとしているのではなく、情報を吐かないのであればあのメイスで頭を叩き潰すことも辞さないと言わんばかりの強引な”取り調べ”である。


「ジノヴィ、彼女を」


「落ち着け」


 すぐさま飛び出そうとしたジャンヌを、ジノヴィは片手で押さえた。


 もしかしたら3人目がいるかもしれない、と言ってから路地の向こうを覗き込むジノヴィ。しかし、女性を問い詰めているのはその2人だけらしい。


「おい、いい加減話せよ。お前がやったんだろぉ!?」


「話さねえと指を切り落としちまうぜ?」


「い、嫌…………違うんです、私は何もやってません…………!」


「嘘ついてんじゃねえ!」


「ひぃっ!」


 目を細めつつ、ジノヴィはすぐ後ろの建物の壁へと手を伸ばす。しっかりと磨かれているのは大通りの方だけらしく、路地裏を区切っている建物の壁のレンガはボロボロであった。亀裂の入ったレンガの隙間に爪の先を差し込み、そのレンガが外れることを確認したジノヴィは、音を立てないように注意しながら器用にレンガを壁から取り出し―――――――メイスを担いでいる巨漢の後頭部へと、正確に投擲した。


 唐突に後方から飛来したレンガに、取り調べに集中していた巨漢が反応できるわけがない。


 木造の家よりも頑丈な家を作るのに欠かせない良質なレンガは、ジノヴィの腕力によってちょっとした武器と化した。回転しながら飛来したレンガの破片が巨漢の後頭部を直撃し、猛烈な衝撃と鈍い痛みを男の脳へと強制的に伝達させる。


 男の頭がぐらりと前に大きく揺れた隙に、路地から飛び出したジャンヌが加圧していた風属性の魔力を解き放った。


「ウインドカノン!」


「なっ―――――――ぐおぉ!?」


 中途半端な加圧だったとはいえ、彼女の手のひらから最低限度の圧力で放たれた風の砲弾はドアに寄り掛かっていた男のすぐ目の前に着弾すると、ちょっとした爆風を生み出して地面を抉りつつ、ナイフを装備した男の身体を舞い上げる。


 本気で放っていたのならば、あの男は高圧の風の爆風を浴びて身体中の骨を砕かれていた事だろう。


 男が舞い上げられ、硬いレンガの壁に背中を叩きつけているうちに走ったジャンヌは、怯えていた女性の側へと駆け寄って籠を拾い上げると、微笑みながら彼女の手を握った。


「もう大丈夫。さあ、逃げましょう」


「あ、あなたは―――――――」


「ほら、早く!」


 彼女の手を引き、路地の出口へと急ぐジャンヌ。後ろではジノヴィが放り投げたレンガに打ち据えられた巨漢が起き上がろうとしていたが、逃げようとするジャンヌとすれ違ったジノヴィが容赦なく男の後頭部に拳を振り下ろす。


 殴られた挙句、地面に顔面を叩きつけられた男の首を掴み、ゴミ箱の方へと歩いていくジノヴィ。彼はニヤリと笑いながら男を見下ろすと、これでもかというほど生ゴミが詰め込まれているゴミ箱の中へと、その男の頭を押し付けた。


「むぐぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」


「ディナーだ、たっぷり食え」


 住人たちが残した残飯や腐った動物の内臓の悪臭が舞い上がり、周囲を待っていたハエたちが一目散に逃げていく。濃縮された腐臭が鼻や口にまとわりつけば、しばらくはその悪臭が取れることはないだろう。もちろん、食事も喉を通らない筈である。


 予想以上の悪臭にジノヴィも吐きそうになりつつ、もがく巨漢を放置して路地の出口でその光景を見つめながらドン引きしていたジャンヌと女性の元へと駆け寄った。


「よし、俺たちは普通の飯を食いに行こう」


 そう言いながら自分の服にも悪臭が付いていないか確認し、素早く路地の出口へと走って行くジノヴィ。呆然としている女性の手を引きながら走り始めたジャンヌは、まだ後ろから聞こえてくる巨漢の呻き声を耳にしつつ、苦笑いしながら呟いた。


「ふ、不潔です…………」





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