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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第四章
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ドラゴンの正体


 風を纏った一撃が――――――絶望の奔流を、穿つ。


 少女が投擲した風の槍は、屈強な騎士たちをあっという間に焼き尽くしたドラゴンのブレスを貫くと――――――ドラゴンの眉間を、正確に撃ち抜いた。


 風を纏った槍の先端部がドラゴンの頭を覆う鱗と外殻に激突する。バリスタですら撃ち抜くことのできなかったドラゴンの外殻を、華奢な少女が投擲した一撃で撃ち抜くなど、普通では不可能でしかないだろう。その槍が身に纏う運動エネルギーはバリスタの矢に与えられる運動エネルギーとは比べ物にならないほど低く、非力な一撃でしかないのだから。


 しかし―――――騎士たちやジノヴィが戦っている間に限界まで加圧した魔力を込めたその一撃は、非力どころか過剰としか言いようがないほどの貫通力を身に纏い、ドラゴンの眉間を穿った。


 ドリルのように旋回する風がドラゴンの外殻をあっという間に削る。金属を削るかのような甲高い音が響いた頃には、風を纏った槍の先端部が外殻を貫通して肉と骨を穿ち、ドラゴンの脳味噌を木っ端微塵にしていた。


 反対側の頭蓋骨と外殻すら穿って風穴を開けた槍が、ドラゴンの背中から伸びる結晶を何本か撃ち抜いて、緑色の光を纏いながら空へと消えていく。


 砦で戦っていた兵士や騎士たちは、空を見上げながら目を見開いた。


 ――――――それはまるで、流星であった。


 綺麗だ、と、空を見上げていた兵士のうちの1人が呟いた。


 頭を撃ち抜かれたドラゴンの巨体が、ぐらりと揺れる。脳味噌を吹き飛ばされているにもかかわらず、そのドラゴンはまだジャンヌへと向かって大きな口を開けたまま呻き声を発した。


 槍を投げ終えたジャンヌは、そのドラゴンを睨みつけたままゾッとする。


 頭を撃ち抜かれたというのに、まだ自分を襲おうとするドラゴンを目の当たりにして怯えたからではない。


 そのドラゴンの”怒り”が、あまりにも奇妙だったからだ。


 普通の生物であれば、自分自身の本能で行動する。腹が減れば獲物を襲い、眠る時間になれば安全な場所や巣に戻って寝息を立てるものだ。


 しかし――――――砦を襲ったこのドラゴンは、違う気がした。


 このドラゴンそのものの自我が、全く感じられないのである。


 まるで、何者かがこのドラゴンに憑依して操っているかのように思える。


 いや、”何者か”などではない。


 ドラゴンを見上げながら、ジャンヌは確信する。


 鮮血の迸る傷口から覗く、どす黒い怨念の奔流。


 ジャンヌにだけ、その呪詛が聞こえた。


 魔物に我が子を食い殺された母親の悲しみ。


 故郷の村を焼き尽くされ、恋人を失った騎士の怒り。


 戦争で子供を失い、孤独になった老人たちの絶望。


 まるで世界中の人々の怒りや絶望を、このドラゴンの中に詰め込んだかのようだ。ジャンヌの放った槍がドラゴンを穿ったことで、傷口からそれらが溢れ出ているとでも言うのだろうか。


 ぐらり、とまたドラゴンの巨体が大きく揺れた。傷口から頭蓋骨の破片が刺さった脳味噌の一部が眼球と一緒に零れ落ち、べちょっ、と地面に落下する。自分自身の脳味噌すら踏みつけて前進し、ジャンヌを攻撃しようとするドラゴンだったが、大きく開いたままの口腔から業火が迸る事はもうなかった。


 ドラゴンがゆっくりと倒れていく。堅牢な外殻で覆われた巨体が防壁にぶつかり、防壁の一部を倒壊させて大量の土煙を舞い上げた。


 押し寄せてくる土煙の奔流から頭を腕で守りながら、ジャンヌは右手の指を振るった。


 先ほどドラゴンの頭を穿ち、空へと消えていった彼女の槍が、ジャンヌの体内で再び生成された魔力に反応して空の向こうから戻ってくる。真っ暗な空の中で何かが煌いたと思った次の瞬間、アルバノ砦を覆いつつあった土煙の奔流を吹き飛ばしながら落下してきた槍がジャンヌの足元に突き立てられ、キン、と甲高い音を奏でる。


 その音が――――――戦いの終焉を告げた。


 終わったのだ。


 恐ろしいドラゴンの進撃が。


 そのドラゴンとの死闘が。


 アネモスの里という森の中の小さな里から、希望を託されて旅立った少女が――――――戦いを終わらせたのである。


「やるじゃねえか」


「ジノヴィ」


 さっきの土煙を吸ってしまったのか、何度か咳き込みながら近くにやってきたジノヴィが、がっちりした大きな手をジャンヌの頭の上に置いた。子供扱いされているような気がして少し恥ずかしくなった彼女は、ジノヴィの顔を見上げながら苦笑いする。


 勝利できたのは、ジャンヌが魔力を溜める時間をジノヴィたちが稼いでくれたからだ。砦の守備隊やジノヴィたちがドラゴンと戦い、注意をジャンヌから逸らしてくれていなければ、ドラゴンを撃ち抜いた彼女の一撃も放たれる事はなかっただろう。


 消耗戦に突入し、もっと被害が大きくなっていたのは言うまでもない。


「いえ、ジノヴィたちが時間を稼いでくれたから……」


「でも終わらせたのはお前だ。美味しい所をくれてやったんだ、ありがたくもらっておけ」


 彼女の頭から手を離し、大剣ツヴァイヘンダーを背負ったまま守備隊の方へと歩いていくジノヴィ。ジャンヌも息を吐いてから、彼の後についていく。


 既にアルバノ砦の城壁の中は、守備隊の兵士たちの歓声で満たされつつあった。













 身体中に血まみれの包帯を巻かれた兵士たちが、担架で運ばれていく。手の空いている兵士たちに担架で運ばれていった負傷兵たちは大型の馬車の荷台に乗せられ、そのまま一足先にアルビオン王国の首都へと送られていった。


 ドラゴンとの戦いには辛うじて勝利した。だが、全く損害を受けずに勝利したわけではない。あくまでも損害を”最小限に抑えて”勝利したに過ぎないのだ。


 今回の戦いが”いつも通りの魔物掃討作戦”だったことを思い出し、ジャンヌは溜息をつく。そう、あのドラゴンさえ来なければ百戦錬磨のアルビオン王国騎士団の騎士たちと共に魔物を掃討し終え、既に帰還していた事だろう。だが、いきなり牙を向いたあのドラゴンが討伐部隊をブレスで殲滅し、辺境の拠点であったアルバノ砦にもそれなりに大きな損害を与えたのだ。


「失礼します、アイテムは足りていますか」


 包帯を巻いた負傷兵を馬車の方へと連れていき、一息つこうと思っていたジャンヌに若い騎士が声をかける。アルビオン王国騎士団の防具を身に着けているが、他の騎士たちと比べると金属製の鎧で覆われている部分は少なく、防御力よりも動き易さを重視していることが分かる。腰には短剣と一緒に革の大きなカバンも下げていて、その中にはエリクサーなどの回復アイテムがたっぷりと収まっていることが分かった。


 補給部隊の兵士だろう。討伐部隊や遠征軍に同行し、回復アイテムの補給を行ってくれる兵士たちだ。彼らが支えてくれるからこそ討伐部隊や遠征軍は長期間の遠征が可能となるのである。


「いえ、私は大丈夫です。それよりも負傷兵にアイテムを」


「分かりました」


 アイテムは特に減っていない。


 だが、もしかしたらこれから減る事になるかもしれない。


 ドラゴンを撃破し、アルバノ砦での戦いは終わった。


 しかし、ドラゴンが力尽きた際にいくらか怨念が傷口から漏れており、拡散してしまっている。それで魔物が刺激され、このアルバノ砦を襲撃してくる可能性もあるため、まだ砦は戦闘態勢を維持したままだ。


 基本的に討伐した魔物の死体や戦死した兵士の死体は焼くのが一般的である。何故かというと、死体を放置しておくとその死体に怨念が憑依し、ゾンビと化して仲間を襲ってくる可能性もあるからだ。実際にしたいの焼却処分を怠り、かつての戦友たちに食い尽くされて全滅した部隊もあると聞いている。


 既に戦死した守備隊の死体は焼却されているが、砦の中で撃破されたドラゴンの死体はそのままになっている。


 このドラゴンは今まで遭遇したことがない変異種らしく、王都の研究者たちがサンプルとして確保する予定だという。なので、王都から研究者たちがやってきてドラゴンの死体を王都に持ち帰るまで、ドラゴンの死体はもう少し放置されることになるだろう。


 ジャンヌは防壁の上を見上げた。防壁の上では、防壁の外から押し寄せてくるであろう魔物の群れを見張る守備隊と、下手をすれば復活する恐れのあるドラゴンを見張る守備隊の兵士がいる。砦の外と中を見張り続けなければならないのだ。


 ランスロットは早いうちにドラゴンの死体を処分するべきだと主張したそうだが、王都からやってきた騎士団の将校は研究者を派遣するまで焼却処分は禁止すると厳命してから馬で王都に戻ってしまったらしい。


 もしドラゴンが復活したり、予想以上の数の魔物が襲い掛かってきて大きな損害が出たら責任を取れるのだろうか、と思いながらジャンヌは木箱に腰を下ろした。


 今の守備隊の戦力は、戦闘開始前の3分の2。僅かに生き残った討伐部隊の騎士たちを合わせても、魔物の群れを撃退するのが精一杯である。もしその戦闘中にドラゴンまで復活したのであれば、全滅は確定すると言っていいだろう。


「来たぞ!!」


 防壁の上にいる騎士が望遠鏡を覗きながら叫んだ。やはり魔物の群れが来たか、と思いながらジャンヌは立ち上がり、傍らに置いていた自分の槍を手に取る。


 だが、見張りの騎士たちが嬉しそうにしているのを見て、やってきたのが魔物の群れではないという事を悟る。やってきたのは魔物の群れなどではなく、ドラゴンの死体を引き取りに来た研究者たちなのだろう。


 溜息をついたジャンヌはもう一度木箱の上に腰を下ろし、同じように戦う準備をしていたジノヴィの顔を見て苦笑いするのだった。













「2人とも、ここにいましたか」


 ドラゴンの死体を引き取りに来た研究者と共に王都に戻ってきたジャンヌとジノヴィの元へ、防具を身に着けたままランスロットがやってきた。


 また任務か、と悪態をつくジノヴィを睨みつけた彼は、かぶっていた兜を取って脇に抱え、頭を掻いてから言った。


「………例のドラゴンですが、早くも研究結果が」


「もう出たのか? 運び込んだのは昨日だろ?」


「ええ。未知の魔物を目にした研究者たちのストイックさは見習いたいところですよ。不眠不休で研究していたそうです。体内に残留していた魔力のサンプリングと他の魔物の魔力との比較、変異前の遺伝子の予測と最も近い魔物の遺伝子の確認、細胞の汚染度のチェック………同時進行で進めていたそうです」


「………さすが王国だな」


 この国が栄えている理由は、精強な騎士たちがいるからではないのだろう。彼らのようにストイックで優秀な研究者たちがいるからこそ、技術力がどんどん発展していったに違いない。


「それで、結果とやらは?」


「――――――あのドラゴンですが、変異前はごく普通のドラゴンであった可能性が高いとのことです」


「なに?」


 ジノヴィが目を丸くした。


 ごく普通のドラゴンであれば、騎士団でも運用されている。騎士たちを背中に乗せ、上空からのブレス攻撃で航空支援を行うドラゴンたちである。彼らは人間たちからすれば脅威となるが、ドラゴンの中では最も弱い最下位の種族とされており、それ故に人間でも調教が容易い。


 一瞬で討伐部隊を全滅させ、アルバノ砦に大きな損害を与えたドラゴンの正体が――――――最も弱い、最下位のドラゴンが怨念で変異したものだったというのだ。


「そんなバカな話があるか。最下位の飛竜が、変異しただけであんな力を得るだと?」


「ええ、だから前から言っていた筈です。我が騎士団は変異種の魔物の攻撃で大きな損害を受けている、と」


 ランスロットは全く取り乱していなかった。


 前々から予想はしていたのだろう。いずれ、簡単に倒せる弱い魔物ですら変異する事で人類の脅威となる、と。だからこそ、いきなりこの事を告げられて驚愕するジャンヌやジノヴィとは違って、予測していた最悪の未来が段々と形になってきた事に対する危機感で済んでいるのだ。


 彼らは既に、その”最悪の未来”の片鱗を何度も目にしているのだから。


「この事は円卓の騎士たちの会議にも議題として挙げます。もっと対策に本腰を入れなければ」


 踵を返し、拳を握り締めながらランスロットは告げた。








「いずれ人類は、怨念に呑まれる」






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