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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第四章
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竜の怨念、人の怨念


「バカな………我が騎士団が一瞬で………ッ!?」


 隣にいるランスロットはぎょっとしながら、空にいる一体のドラゴンを見上げていた。


 アルビオン王国騎士団の錬度は、他の騎士団と比べると非常に高いと言えるだろう。実戦を経験する機会が多いから、未熟な騎士でもあっという間に熟練の騎士に育ってしまう。更にランスロットやアーサーのような”切り札”もいるのだから、その軍事力は世界最強クラスと言っても良い。


 その熟練の騎士たちの大半が――――――たった一発のブレスで、壊滅する羽目になってしまったのである。


 ドラゴンのブレスは強力だが、いくら密集していた状態とは言え、今回の掃討作戦に参加していた騎士たちの隊列を一撃で焼き尽くせるほどの攻撃範囲はない。サラマンダーやエンシェントドラゴンのように強力な種類の竜であれば一撃で騎士たちを壊滅させることは容易いだろうが、上空にいるドラゴンはそのような強力なドラゴンとは姿が異なる。


 ――――――見たことのない竜だった。


 大剣を思わせる巨大な角はサラマンダーを彷彿とさせる。確かに、サラマンダーの頭からもあのように巨大な角が生えている。だが、サラマンダーは炎属性のドラゴンであり、生息地は火山とされている。このような草原に飛んでくる事は殆どない。


 それに、サラマンダーの身体を覆う外殻や鱗の色は赤黒い。だが、上空にいるあのドラゴンの巨体を包み込んでいる外殻と鱗は漆黒だ。


(新種か………!?)


「う、撃て!」


「!」


 生き残っていた騎士たちが剣を鞘に納め、背負っていた折り畳み式の弓を手にして矢を番える。隊列を組んだ彼らの番える矢が雷を纏ったかと思うと、隊長の号令で一斉にそのドラゴンへと向かって放たれた。


 雷を纏った矢の群れは、上空に居座るドラゴンの巨体を次々に打ち据える。矢が纏っていた電撃がドラゴンの外殻を侵食していくが、上空で火の海と化した大地を見下ろすドラゴンは、呻き声すらあげなかった。


 ――――――効いていない。


「おのれ、ならば魔術なら――――――」


「バカ、止せ! 逃げるんだ!!」


 間違いなく、魔術も効かない。


 今の雷を纏った矢による一斉射撃も全く効果がなかったのである。一旦退却して作戦を考えるべきだ。


 しかし、ジノヴィが逃げるように叫んだ頃には、既に騎士たちは弓を投げ捨てて魔術の詠唱を始めてしまっていた。強烈な魔力が周囲に放射され、魔法陣からスパークが十重二十重に迸る。


 上空にいるドラゴンは、その魔力反応を見て唸り声をあげた。鋭い牙がいくつも生えている口から漆黒の炎が一瞬だけ噴き出したかと思いきや、その口を大きく開け、既に火の海と化している大地へと向かってブレスを吐き出す準備を始めたのである。


 しかも、先ほどの騎士たちを焼き尽くした一撃よりもさらに強力な一撃を放つつもりなのか、口の前には紫色の魔法陣が出現しており、ぐるぐるとガトリング砲のように回転を始めている。


 あの魔法陣に含まれている術式で、そこを通過するブレスに干渉して破壊力を増幅させるつもりなのだろう。もしあの一撃が放たれれば、あそこで詠唱している騎士たちは間違いなく全滅する。


 肩に担いでいた血まみれの剣を背中の鞘に納め、ジノヴィは走った。詠唱をしている騎士たちを蹴り飛ばして魔術の詠唱を強制的に中断させる。


「死にたくねえなら逃げろ!」


「逃げるだと!? 我らは栄えあるアルビオン王国の―――――」


「バーカ! 効かねえ攻撃ぶっ放して無駄死にするなって言ってんだよ!」


 ランスロットも駆け寄ってきて、生き残っている騎士たちに向かって叫んだ。


「アルバノ谷の砦まで後退するんだ! あのドラゴンはそこで迎撃する!」


「りょ、了解!」


「総司令部にも伝令を向かわせろ!」


「ほら、急げ! 馬に乗れ!!」


 ブレスの発射までにはまだ時間はかかる。魔術による反撃を中断して逃げれば、被害を受ける事はない筈だ。


 騎士たちを馬に乗せ、谷にある砦まで向かうように指示してから、ジノヴィもジャンヌを連れて傍らに待機している馬に跨って手綱を握った。


「さあ、早く!」


「行くぞ!」


「ええ!」


 ランスロットと共に馬を走らせてから、ジノヴィはちらりと後ろを振り向いた。


 ドォン、と火の海が激震する。火の海の真っ只中からまるで太陽のフレアを思わせる火柱が噴き上がっていた。だが、その火柱は赤くはない。漆黒の禍々しい火柱だった。


 今の一撃が眼下の標的に全く損害を与えられていない事を知ったのか、ドラゴンが咆哮してゆっくりと移動を始める。


 それを見たジノヴィがニヤリと笑っていることに気付いたジャンヌは、ぞっとしていた。


 彼はまた、あの怪物との戦いを楽しむつもりなのだ。















 かつて、アルバノ谷の周囲には無数の魔物の巣があった。


 大昔にはこの谷に橋を造り、住民や商人たちの通行をより容易にしようという計画があった。ここに橋を造る事ができれば、谷を迂回する時間が省けるからである。


 しかし、その計画は実現しなかった。騎士団がどれだけ魔物の巣を攻撃して焼き払っても、すぐに別の場所に魔物たちが巣を作ってしまうため、橋の建設に向かう工兵隊の脅威を排除できなかったのである。


 そこで、魔物たちの討伐と巣穴の殲滅を行うために、アルバノ谷に小規模な砦が建設された。傍から見れば谷のど真ん中に造られたダムの上に、小さな城を建てたような形状をしている。城壁の上には巨大なバリスタがいくつも配備されており、射手たちがそのバリスタから放つための矢を運んでいるところだった。


 結果的に、別の場所に橋を造る事になってしまった事と、騎士団の討伐部隊による本格的な掃討作戦を繰り返したことで谷の魔物の数が激減したことで、アルバノ谷の砦の存在意義は殆どない状態であった。


 それゆえに、円卓の騎士の1人であるランスロットが砦を訪れた事と、彼が今からここに変異種と思われる新種のドラゴンを誘い込んで防衛戦を行うと告げた時、砦の司令官は目を丸くしていた。騎士たちも魔物の襲撃を警戒して谷の底を見張り続けていたが、ドラゴンの変異種がやって来ることは想定していなかったらしく、司令官が防衛戦の準備を命じると大慌てでバリスタの準備を始めた。


 巨大な矢を運ぶのを手伝いながら、ジャンヌは草原で目にしたドラゴンの姿を思い出す。


 巨大な角と、背中から無数の結晶が生えた漆黒のドラゴン。外殻には、紫色の古代文字のような記号が点滅していた異形の変異種。


 彼女は、そのドラゴンから強烈な怨念を感じ取っていた。


 人間に対する怒りだけではない。


 魔物たちにも感情はある。同胞を殺されれば怒り狂うし、怯えて逃げ出すこともある。


 だが、彼女が感じ取った怨念はドラゴンのものだけではなかった。


 その中には――――――人間のものと思われる感情も、いくつか混じっていたのである。


 ドラゴンたちの怨念だけであれば、ジャンヌは違和感を感じる事はなかっただろう。今まで人間たちに殺されてきたドラゴンたちの怨念があのドラゴンを変異させてしまったというのであれば、違和感はない。


 しかし、なぜ人間の怨念まで混じっているのか。


 家族を盗賊に殺された男の憎しみ。


 婚約者を戦争で失った女性の悲しみ。


 目の前で母親を殺された子供たちの絶望。


 息子を魔物の襲撃で失った老人たちの怒り。


(ドラゴンが人間の魂を取り込んだ………?)


 当たり前だが、普通のドラゴンどころか変異種ですら有り得ない事である。確かに他人の魂を取り込むことは可能ではあるが、そのような魔術は教会によって禁術に指定されているため、使うどころか学ぼうとすれば教会によって異端者扱いされ、火炙りにされてしまうだろう。


 ドラゴンがそのような魔術を使い、人間の絶望まで取り込んだのは考えられない事である。


 では、なぜあのドラゴンから人間の怨念を感じ取ってしまったのだろうか。


 バリスタの傍らに装填用の矢を置いてから、後ろの樽に腰を下ろしているジノヴィの方をちらりと見た。彼は先ほどの草原での戦闘で血まみれになった大剣を取り出し、刀身に付着した血を拭き取ってから、雑貨店で購入してきた砥石で刀身を研いでいる。


「いいか、ドラゴンが来たら翼を狙え。翼に攻撃を集中させて撃墜した後、突撃隊による白兵戦に移行する」


「かしこまりました、ランスロット様」


「ランスロットさん」


「おお、ジャンヌ」


 騎士たちに指示を出していたランスロットに声をかけると、彼は微笑みながら彼女の所へと駆け寄ってきた。


「王都へはあのドラゴンの情報は伝わったのでしょうか?」


「伝令はそろそろ到着している頃です。万が一に備え、王都の守りを固めるように命じておきました。なので、心配は無用です。我らはここでドラゴンを倒さなければ」


「ええ。………それと」


「何です?」


「あの時………あのドラゴンから変な感じがしたんです」


「変な感じ?」


 ランスロットが問いかけると、砥石で大剣ツヴァイヘンダーを研いでいたジノヴィはぴたりと手を止めた。


「………あのドラゴンから、人間の怨念も感じ取ったんです」


「人間の? なぜ?」


「分かりません。ですが………あのドラゴンの中には、様々な人間の怨念が詰まっているように思えました。戦争で子供を失ったお年寄りたちの絶望や、目の前で母親を殺された子供たちの怒りが………流れ込んできたのです、私の中に」


「………そんな事が」


 認められないのだろう。


 彼も、今までに何度かドラゴンの変異種と戦っている筈だ。だが、先ほどの草原で遭遇したようなドラゴンと戦った事はないらしい。


 つまり、あのドラゴンは新種なのだ。


 人間たちの絶望まで混ざり合って生まれた、禍々しい怪物なのだ。


 人間が戦争で生み出した絶望が、人間に牙を剥いたのである。


「敵襲、敵襲!」


 見張り台の上で望遠鏡を持っていた見張り員が、南方を指差しながら叫んだ。


 ぎょっとしながらランスロットとジャンヌは空を見上げ、大剣ツヴァイヘンダーを研いでいたジノヴィがニヤリと笑いながら立ち上がる。


 空の向こうに、怪物がいた。

 

 血のように紅い眼球で大地を見下ろしながら、巨大なドラゴンがアルバノ砦へと向かってゆっくりと接近してくる。


「奴をここで止めるんだ! 戦闘用意!!」


 ランスロットの号令で、騎士たちがバリスタの座席へと座って発射準備を始める。照準を合わせるためのレンズを調整し始めた彼らは、傍らにあるレバーを引いて巨大な鉄製の矢を番え、息を呑みながらドラゴンへと照準を合わせた。


 ついに、戦いが始まる。


 人類の怨念から生まれた怪物と、人類の死闘が。




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