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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第四章
35/39

獰猛な剣士


 無数の巨大な矢の群れが、立て続けに大地を穿つ。


 草原に次々に突き刺さる矢に貫かれて倒れていくのは、緑色の肌で覆われた小柄なゴブリンたちだ。大型の矢で首から上を吹き飛ばされたり、心臓をそのまま貫かれた哀れなゴブリンたちが、次々に血肉や内臓を草原に撒き散らしながら崩れ落ちていく。


 中には錆び付いた盾――――騎士や冒険者から鹵獲したものだろう――――で身を守ろうとする個体もいたが、騎士団の射手たちが放つ矢はお構いなしに盾を貫通し、身を守ろうとしていたゴブリンも串刺しにしていった。


 やがて、血や千切れ飛んだ内臓の一部で覆われた禍々しい草原へと、白銀の鎧に身を包んだ騎士たちがゆっくりと進撃を始める。


 最前列にいるのは大型の盾とランスを手にした騎士たちだ。彼らが最前列で敵の攻撃を防ぐための巨大な盾となり、剣を手にした突撃部隊や魔術たちを守るのである。騎士たちの生存率を少しでも高めるため、攻撃力だけでなく防御力も重視した戦術が採用されているのだ。


 アートルム帝国であれば、騎士たちをお構いなしに死なせていただろう。最前線で戦う騎士たちの生存率は、一切考慮していない戦術を採用していたに違いない。


 血まみれのゴブリンの群れに、槍を手にした騎士たちが肉薄していく。傷を負ったゴブリンたちが錆び付いた剣や爪で襲い掛かってくるが、魔物や恐ろしい飛竜の攻撃から身を守る事を想定して造られた大型の盾は、ゴブリンの攻撃を片っ端から弾いてしまう。


 ゴーレムの殴打や飛竜の突進を防ぐための盾なのだから、そもそも人間の攻撃や小型の魔物の攻撃など眼中に無いのだ。物理的な攻撃だけでなく、魔術による攻撃もほぼ完璧に防ぐ事ができるという利点があるが、一流の職人による加工や、特殊な魔力による処置を行ってから製造されているため非常にコストが高いという難点がある。


 攻撃を盾で弾かれたゴブリンたちが、騎士たちの持つランスで次々に小ぢんまりとした身体を貫かれていった。


 攻撃しても意味がないという事を悟ったのか、それとも、このままでは殺されてしまうという事を理解したのか、生き残ったゴブリンたちが騎士たちから逃げようとする。それを確認した最前列の騎士たちは一斉に盾を下ろし、後方にいる仲間たちに道を譲った。


 そこから躍り出たのは、剣と小型の盾を持ったアルビオン王国騎士団の突撃部隊だった。最前列のランスと盾で武装した騎士たちが敵の陣形を崩した後に突撃し、敵を徹底的に殲滅するための部隊である。彼らの出番がやってきたという事は、もうこの戦いは終わるという事だ。


 逃げようとするゴブリンの背中を、白銀の刀身が容赦なく切り裂いていく。中には必死に錆び付いた剣で応戦しようとする個体もいたが、数多の戦いを経験してきた百戦錬磨の騎士たちは小型の盾で錆び付いた剣を弾き、ゴブリンの体勢を崩してから、無防備になった首を剣で切り落としていく。


 武器や防具を鹵獲して装備しているゴブリンがいても、騎士たちは意に介さない。振り回してくる剣を淡々と盾で弾いたり、盾でぶん殴ってゴブリンの体勢を崩してから、強烈な反撃をお見舞いして彼らの命を奪っていった。


「敵の増援だ! 第二波が来るぞ!!」


 突撃部隊の隊長が、剣を振るうのを止めながら叫んだ。


 総崩れになったゴブリンの群れの後方から、別の魔物の群れたちが接近してくるのだ。しかも今度はゴブリンだけではない。岩のような外殻に身体を覆われたゴーレムや、鋭い爪と槍のような嘴を持つハーピーも混じっているのが分かる。


 ゴブリンだけならば問題はないが、別の種類の魔物が混じっているだけで掃討作戦の難易度は変化する。


「後退しろ! 魔術師部隊は攻撃の準備を!」


 突撃部隊は、槍と盾を装備した騎士たちと比べると防御力がかなり低い。防具を身に着けていると言っても、金属製の鎧で覆われている部位はそれほど多くはない。盾も金属製のガントレットをそのままやや大型化させた程度の代物であり、ゴーレムの一撃に耐えられる装備ではない。


 それに対し、槍を持った最前列の騎士たちはがっちりとした防具に身を包み、大型の盾を与えられている。もし仮にゴーレムに殴打されたとしても、猛烈な衝撃に襲われる程度で済む事だろう。


 しかも、接近してくるゴーレムの中には棍棒と思われる巨大な岩の塊を手にしている個体も見受けられる。飛竜にすら致命傷を与えられるほどの筋力で巨大な岩の塊を振り回されたら、人間がどうなるかは言うまでもないだろう。


 まだ襲い掛かってくるゴブリンに向かって剣を薙ぎ払い、首を斬りつけてから蹴り飛ばす。突撃部隊の騎士たちが後退したのを確認してから、隊長も剣を腰に収めて走り出した。













「頭の良い個体が紛れ込んでるみたいですね」


 望遠鏡を覗き込みながらランスロットはそう言った。


 魔物の知能は人間よりも低いと言われているが、稀に殺した冒険者や騎士たちから武器などを鹵獲して、それを使って攻撃してくる個体も見受けられるのだ。そのような知能が少しだけ高い個体は変異種の一種ではないかと考えられているという。


 そのような変異種は、以前では大規模な群れの中に数体紛れ込んでいる程度であった。しかし、最近では小規模な群れの中にも紛れ込んでいることが多くなり、騎士団にも被害が出ているらしい。


「関係ない。とっととぶっ殺すぞ」


「ええ、それが一番でしょう。………ジャンヌ、行きますよ」


「は、はい」


 背中に背負っている鞘の中から新しい大剣ツヴァイヘンダーを引き抜きながら、ジノヴィはちらりとジャンヌの方を見た。


 彼女の華奢な手は、少しばかり震えている。


「………」


 元々、彼女は戦士ではない。


 この世界を満たそうとしている人々の怨念や絶望を浄化し、この世界を救うという使命を与えられた存在なのだ。真っ向から魔物と戦うのは本職ではないため、戦闘力はそれほど高くはない。


 しかし、いくらジノヴィが彼女の護衛を務めているとはいえ、彼に頼り切る事は許されない。


「………ジャンヌ」


「行けます、大丈夫です」


「ならいい………行くぞ」


 姿勢を低くしながら、3人は魔物の群れへと後方から近付いていく。


 魔物は血の臭いに刺激されるという習性がある。既に草原のど真ん中には、騎士たちの猛攻で無残な死体と化したゴブリンたちの血肉が転がっており、強烈な血の臭いを放ち続けていた。この濃密な血の臭いであれば、嗅覚による索敵はほぼ機能しないと言っていいだろう。


 第一、魔物たちはもう既にその血の臭いで興奮していて、騎士たちと戦う事に夢中になっている。普段であればもう少し警戒心が高かっただろうが、今の彼らの脳味噌の中を満たしているのは外敵を攻撃せよという攻撃的な命令だけだ。警戒心の優先順位は二の次にされてしまっている。


 それゆえに、奇襲するのは容易かった。


 最後尾のゴーレムに肉薄したジノヴィが、大剣を手にしたまま草むらの中から躍り出る。ジャンプしながら切っ先をゴーレムの外殻の隙間に向けた彼は、全ての体重とジャンプする勢いを使って、ゴーレムの外殻の隙間に大剣ツヴァイヘンダーの切っ先を突き立てた。


 外殻に命中していれば、おそらくこの一撃は弾かれていたに違いない。だが、外殻と外殻の隙間はノーガードだ。外殻よりも遥かに薄い皮膚が、筋肉繊維や骨格を覆っているだけである。


 大剣ツヴァイヘンダーの切っ先が皮膚を貫き、筋肉繊維と骨をズタズタにする。いきなり右足を大剣ツヴァイヘンダーで貫かれたゴーレムが咆哮を発すると同時に剣を引き抜いてからジャンプし、ジノヴィはゴーレムの巨体をよじ登り始めた。


 その直後、巨大な岩で覆われた剛腕が薙ぎ払われる。ドラゴンの外殻を砕くほどの威力がある一撃が直撃していれば、ジノヴィの肉体も木っ端微塵になっていた事だろう。だが、すでに彼はゴーレムの背中に飛び移っており、うなじへと剣の切っ先を向けている。


 剛腕を空振りしている間抜けなゴーレムのうなじに、大剣ツヴァイヘンダーを思い切り突き立てた。外殻の隙間を穿った剣の切っ先が首の骨を貫いたらしく、硬い物体を貫通する感触がする。


 剣を引き抜くと同時に、鉄の臭いがする鮮血が溢れ出た。ジャンプしてゴーレムから飛び降りると、うなじを大剣で貫かれたゴーレムが倒れていく。


 堅牢な外殻を貫くか粉砕する事ができれば、ゴーレムの急所も人間と同じだ。外殻のせいで狙える急所の選択肢が少しばかり減ってしまっているが。


 返り血を浴びながら着地し、そのままゴブリンの群れへと突っ込むジノヴィ。姿勢を低くしてから跳躍し、空中で縦に回転しながら、背を向けているもう1体のゴーレムに強烈な縦回転斬りを叩き込む。


 まるでチェーンソーが岩を直撃するかのような甲高い音が響き、火花が散る。普通の大剣でゴーレムの外殻を切りつければ、きっと逆に剣の方がへし折れている事だろう。


 だが――――――ジノヴィの剣は特別製だ。ドワーフの職人が作り上げた堅牢な大剣に、砕いたサラマンダーの鱗を添加して作り上げられたものである。刀身の強度や切れ味は、従来の大剣の比ではない。


 漆黒の刀身に返り血にも似た模様が浮かび上がっている大剣を引き戻し、今しがた縦回転斬りで切断した外殻の隙間に突き入れる。巨体の中にある太い骨の脇を掠め、ゴーレムの心臓を穿ってから引き抜き、倒れ始めたゴーレムから距離をとる。


 切っ先を地面に擦りつけながら、ジノヴィは更に群れの中へと突っ込んだ。数体のゴブリンがジノヴィに気付いたが、彼らが爪を振り上げたり、錆び付いた剣を振り回すよりも先に漆黒の大剣が薙ぎ払われ、小柄な肉体がバラバラになる。


 血まみれの剣を振るい終えたジノヴィは、身体を大きく右へと傾けた。その直後、彼の頬のすぐ近くを岩で造られた棍棒が掠め、衝撃波を撒き散らしていく。


 棍棒を手にしたゴーレムの変異種だ。


 変異とは言っても、武器を使っているだけだ。知能が他の個体よりも微かに高い程度である。


 地面にめり込んだ棍棒が引き抜かれ、再びジノヴィへと向かって振るわれる。土まみれのそれが地面を再び直撃するよりも先に懐へと肉薄した彼は、まるでゴーレムの脇を通過しようとしているかのように移動しながら、右足の太腿を切りつける。


 またしても甲高い音が響き、血と外殻の破片が舞い上がる。返り血を浴びながら振り向き、大剣ツヴァイヘンダーを地面に擦りつけながら、右斜め下から左斜めへへと振り上げる。


 その途中で、ジノヴィはぴたりと剣を止めた。まるで地面から大剣ツヴァイヘンダーが抜けなくなってしまったかのように剣を途中で止めた彼は、すぐさま身体を捻りながら跳躍しつつ剣を引き抜き、またしても縦回転斬りを首にお見舞いする。


 フェイントだ。


 罪人の首を切断する処刑人のように、ジノヴィは剣を首へと振り下ろす。外殻の隙間を正確に直撃した刀身が、太い首の骨と筋肉繊維を容易く両断して、喉元から血まみれになった状態で姿を現す。


 ドスン、と重い頭が草原へと落下する。大きな断面から鮮血が噴き出して、倒れているゴブリンたちの死体を呑み込んだ。


(やっぱり、悪くないな)


 血の臭いは、悪くない。


 ジノヴィは、こういう戦場で嗅ぐ血の臭いが好きだった。戦いが始まれば確実に血は流れる。血の臭いは、自分が敵と戦っているという事を実感させてくれる香りだ。


 ニヤリと笑いながら姿勢を低くして、ゴブリンの群れへと襲い掛かる。木製の棍棒を振り下ろしてくるゴブリンがいたが、棍棒がジノヴィを直撃するよりも先に、鋭い牙の生えた顔面に彼の左ストレートが直撃していた。ぐしゃっ、と顔面の骨が砕かれたゴブリンが、口、鼻腔、眼球から鮮血を噴き上げて吹き飛んで行く。


 左ストレートを放った勢いを流用し、そのまま時計回りに回転しつつ回転斬りを放つ。2対のゴブリンが巻き込まれ、真っ二つになりながら吹き飛んで行った。


 振り払った大剣の柄を左手で掴み、強引に引き戻してから目の前のゴブリンを串刺しにする。痙攣するゴブリンを放り投げ、血まみれの刀身を地面へと突き立てる。


 ドォン、と衝撃波が産声を上げ、血まみれのジノヴィに向かって飛び掛かろうとしていたゴブリンの群れを一気に吹き飛ばした。


 血まみれになりながら、彼は笑う。


 既に魔物たちは、目の前にいる騎士たちの隊列よりも、群れのど真ん中で暴れ回る1人の剣士を警戒していた。同胞たちの返り血で前進が真っ赤になった1人の男の方が、目の前にいる無数の騎士たちよりも脅威になると判断したのだろう。


 彼らの判断は正しかった。


 だが、その脅威を撃退するためには、物量が足りなかったと言わざるを得ない。


 魔物の群れをたった1人で蹂躙している男は――――――単独でサラマンダーを討伐した、傭兵一族(ランツクネヒト)の生き残りなのだから。


「――――――もっと俺を楽しませろよ、獣共が」


 今の彼は―――――――狂戦士バーサーカーであった。




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