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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第四章
32/39

アーサーの提案


「うっ………!」


「ジノヴィ!」


 瞼を開けると同時に牙を剥いた激痛を感じながら起き上がろうとしたジノヴィを、傍らにいたジャンヌが支えた。


 歯を食いしばりながら、ジノヴィは周囲を見渡す。先ほどまでアーサーと戦っていた城の中庭ではない。彼が育てている様々な種類の花たちが所狭しと並ぶあの中庭のように華やかな空間ではなく、真っ白な壁に囲まれた小さな部屋の中だった。その狭い部屋の中には本棚が置かれており、中には薬草の図鑑やエリクサーの調合方法に関する教本がぎっしりと並んでいるのが分かる。


 その隣に置かれているのはビーカーや試験管で、中には様々な色の液体や粉末が入っているのが見える。調合途中のエリクサーなのだろう。回復アイテムを販売している売店を包み込んでいるような薬草の匂いが、うっすらと部屋の中を覆っていた。


 自分は負傷したのだという事を自覚してしまう空間だった。ベッドの上に横になったまま胸を押さえたジノヴィは、いつの間にか胸元に血まみれの包帯が巻き付けられている事と、明らかに負傷した形跡があるというのに、その包帯の下には負傷した形跡が全くない綺麗な肌がある事に気付き、身体から力を抜いた。


「負けたのか、俺は」


「………ええ」


 自分の胸元を、アーサーの持っていた訓練用の木製の剣が貫いた直後から思い出せない。あの後、致命傷を負って気を失った彼を騎士団の騎士たちがここまで運び、ここで調合したエリクサーで治療したのだという事は予測できる。だが、気を失ってからどれくらい時間が経っているのかは全く予想できなかった。

 

 無意識のうちに外を見ようとしたジノヴィは、この部屋に窓すらない事に気付いて舌打ちする。ベッドの近くに愛用の大剣ツヴァイヘンダーが鞘に収まった状態で置かれていることに気付いたジノヴィは、看病してくれていたジャンヌに咎められるだろうな、と思いながらそれへと手を伸ばし、歯を食いしばりながらベッドから起き上がろうとする。


「ちょ、ちょっと、ジノヴィ! 何をしているのですか!」


「………もう一度あのジジイと戦う」


「無理です! まだ傷が塞がったばかりなんですから!」


 ジャンヌの小さな腕が、数多の魔物たちを薙ぎ倒してきたジノヴィの巨体を必死に押さえつける。だが、幼少の頃から傭兵になるために何度も死にかけながら鍛え上げられてきた彼を、非力なハーフエルフの少女が止められるわけがない。


 止めようとするジャンヌを無視し、ジノヴィは愛用の件を掴んだ。薄汚れた布が巻き付けられている柄をしっかりと掴み、鞘の中から漆黒の刀身を引っ張り出そうとする。


 大剣の中ではすらりとしているが、ドワーフが作り上げた頑丈な剣の刀身があらわになる。


 次の瞬間、パキン、と金属音が部屋の中に響いたと思いきや、漆黒の刀身がぐらりと揺れた。刀身はそのままくるくると回転して真っ白な床の上に落下し、キン、と甲高い音を奏でる。


「え………」


 床に落ちた大剣ツヴァイヘンダーの刀身を見下ろしてから、彼の手が未だに握っている柄をまじまじと見つめたジノヴィは、唇を噛み締めながら柄を思い切り握りしめた。


 今まで、彼は強敵との戦いでかなり無茶な戦いを繰り返してきた。もちろん、傭兵となることを認められて強敵との戦いを楽しむために戦場へと向かってからは、何度も敵の攻撃を喰らって傷ついたし、使っていた得物も当たり前のように壊してきた。だから、ジノヴィはドワーフの職人に依頼し、耐久性を限界まで重視した頑丈な剣を造ってもらっていたのである。


 その剣が――――――折れた。


「じ、ジノヴィ………剣が………」


「………」


 いつもジャンヌが眠っている間に、見張りをしながら愛用の大剣の手入れを行っていたから、この愛用の剣がそろそろ限界だという事は以前から理解していた。ジャンヌと共にアネモスの里から旅を始めるよりも前から、強敵との戦闘で刀身にはかなりの負荷がかかっていたのである。


 折れた刀身を拾い上げ、溜息をついてから部屋の壁に立てかける。


 気を失う直前まで戦っていたアーサーは、予想以上に手強い剣士であった。相手は殺傷力を極力落とした訓練用の得物であったにもかかわらず、一撃でも攻撃を喰らえば致命傷になるような強烈な攻撃ばかりを連発してきた挙句、それから斬撃を飛ばして中庭の壁を切断してしまったのである。もし彼が訓練用の得物ではなく本来の得物を使って戦っていたのならば、胸を貫かれて気を失った”程度”では済まなかっただろう。


 攻撃力だけでなく、反射速度も素早いとしか言いようがなかった。相手の攻撃を回避し、アーサーが攻撃を空振りしている隙に放った攻撃や、これならば当たると確信していた攻撃が全て回避されてしまったのである。


 戦いを楽しむことはできたものの、遥かに格上の相手の実力を知ってしまった事で、ジノヴィは自分がまだまだ未熟である事を痛感することになった。


「………もう少し休んでいてください。スープ貰ってきますから」


「だが………」


「ジノヴィ、あなたは無茶をし過ぎです。ちゃんと傷を癒さないと死んじゃいますよ?」


「………すまん」


 部屋を出ていったジャンヌを見送ってから、ジノヴィはもう一度ベッドの上に横になった。胸元が発する激痛が、アーサーに惨敗した事を何度も彼に告げる。


 相手を殺すのは当たり前だが、ジノヴィは自分が楽しむために戦っている。だが、その楽しむための戦いにも強さは必要だ。自分と同等の実力の相手を薙ぎ倒す事ができる力や、格上の相手すら打ち破る力がなければならない。


 未熟なのはジャンヌだけではないという事を理解しながら、ジノヴィは天井を見上げて溜息をついた。




















「失礼するよ」


 低い声が響くと同時に部屋の扉が開いた途端、スープを口へと運んでいたジノヴィとジャンヌは同時にぴたりと手を止めた。


 部屋を訪れたのは、傍から見れば貴族に雇われている執事か、中庭に咲いている花たちの世話係にも見えた事だろう。だが、部屋を訪れた老人は先ほど中庭でジノヴィと戦った時とは異なり、灰色の鎧を身に纏い、腰に剣を下げている。あの剣が彼の本来の得物なのだろう。


 一緒についてきた2人の護衛の騎士を部屋の外で待機させたアーサーは、ベッドの近くで食事を摂っていた2人を見つめながらニッコリと微笑んだ。


「ふむ、殺してしまったかと思ったが、何とか回復してくれたようだ」


「ああ。やることがあるんでな。まだ死ねない」


「それはいい。目的があれば、生きようとする意志もその分強くなるさ」


 ベッドの近くにあった椅子を引っ張り、アーサーはその上に腰を下ろした。傍から見ればただの老人に見えるが、肉体は他の若い騎士たちに匹敵するほどがっちりした筋肉で覆われているのが分かる。歳をとったせいである程度は衰えているだろう。全盛期の頃の彼がどれほど強かったのかは想像に難くない。


 彼に敵意を向けているわけではないが、ジャンヌは警戒していた。下手をすればスープを飲んでいたジノヴィが折れた大剣を拾い上げてベッドから飛び出し、再びアーサーに戦いを挑もうとするかもしれないと考えていたからである。


 だが、意外なことにジノヴィはベッドに腰を下ろしたまま、残っていたパンを口の中へと放り込んで咀嚼していた。


「で、何の用だ?」


「いや、君と話がしたくてね。昼間の戦いは久しぶりに楽しかったよ」


「それはどうも」


「だが、まだまだ未熟だ」


 未熟さは、ジノヴィも痛感している。


 だが、兵士たちの未熟さは実戦を経験することでどんどん薄れていき、未熟さの希釈に反比例して徐々にベテランとなっていく。ジノヴィは強力な傭兵と言っても過言ではないが、まだ未熟さが残っていたのだ。


「………それでな、私は君を育ててみたくなった」


「なに?」


 目を丸くしながら、ジャンヌとジノヴィは微笑みながら言ったアーサーの顔を見上げた。


「私の所で修行していかないかね? もちろん、ハーフエルフのお嬢さんも一緒に」


「ありがたいが、俺たちは旅をしているんだ」


 もしジャンヌの護衛という依頼を受けていなかったならば、ジノヴィは大喜びでアーサーの提案を受け入れていただろう。戦いを楽しむのにも力が必要になる以上、強くならなければならない。あれほど圧倒的な実力を持つ男が自分を鍛え上げてくれるというのであれば、彼の元で修行して強くなれるのは最高の条件と言っていいだろう。


 しかし、ジノヴィは傭兵であり、今のクライアントはアネモスの里の長老だ。


 提案を受け入れるのであればジャンヌの護衛を終えた後だ、と考えていたジノヴィが断るよりも先に、アーサーはジャンヌの瞳を見つめながら言った。


「――――――世界の浄化による救済、か」


「………なぜ知っている?」


「さっき、食堂までスープとパンを取りに来たお嬢さんが教えてくれたのだよ」


「ジャンヌ………」


「す、すみません………アーサーさんは悪い人ではないと思ったので、つい」


 旅の目的を秘密にする必要はないが、赤の他人に話すのも好ましくはない。基本的に単独でクライアントからの依頼を引き受けていたジノヴィは赤の他人を殆ど信用しないため、自分たちの情報を他人に話すことを好まない。


 顔をしかめながらジャンヌを見ていると、アーサーは「素晴らしい使命ではないか」と言ってから息を吐いた。


「だがな、はっきりとした目的がない」


「………」


「世界の救済は素晴らしい。だが、どうやって世界を救済する? 人々の魂を浄化して成仏させることで、怨念による世界の浸食を防ぐつもりか? ハーフエルフの寿命ならば可能かもしれないが、その救済を成し遂げる前に世界は終わるだろうな」


 世界を浄化して救済するという目的はある。だが、その目的を果たすためのはっきりとした目的が存在しないのだ。


「どれだけパンを大切に保管しても、最終的にはカビが生えて食べられなくなる。はっきりとした目的がなければ、その使命は果たせないと思うぞ」


「で、では、どうすればいいのですか?」


 ジャンヌが問いかけると、アーサーは護衛の騎士に目配せしてから言った。


「――――――我が騎士団が最近遭遇する魔物の変異種は、世界の汚染が原因で発生したものである可能性がある」


「「!!」」


 絶望した人間が死ぬことによって、その絶望や怨念は世界に浸透していき、世界そのものをゆっくりと汚染していく。そのため、大規模な戦闘が発生した戦場の跡地などでは魔物の変異種などが発生し易いと言われており、教会の神父やシスターたちがその地域の浄化を行う事は珍しい事ではない。


 ランスロットが、この本部へとやってくる前に「魔物の変異種と戦う事が増えた」と言っていた事を思い出したジャンヌは、ぎょっとしながらジノヴィの方を見た。もしその魔物の変異種が、本当に世界の汚染によって変異した魔物なのであれば、その原因を調査すればより効率的に世界を浄化する事ができる。


「どうだね? 効率的な世界の浄化ができるし、ジノヴィは修行を受けて強くなることもできる。2人の目的を同時に達成する事ができると思うのだが」


「………俺は悪くないと思うね」


「ええ、私も」


 世界の浄化が目的である以上、無視する事は許されない。


 2人が首を縦に振ったのを見たアーサーは、満足しながら笑った。


「よろしい。では、君たちの部屋を用意させよう。しばらくそこで生活するといい」


 ゆっくりと椅子から立ち上がり、アーサーは病室を後にした。


 汚染は、是が非でも浄化しなければならない。


 それに、ジャンヌも強くなる必要があった。


 強敵と戦う事になるジノヴィの、足を引っ張らないように。







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