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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第四章
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騎士団の力の象徴


「お、おのれっ…………盗賊などにこの私が敗北するとは…………!」


「だから盗賊じゃねえって言ってんだろうが」


 悔しそうに言った騎士にそう言いながら、ジノヴィは騎士の背中を突き飛ばす。


 騎士が身に着けていた剣と盾を抱えながら、ジャンヌは苦笑いしていた。先ほどの勝負でジノヴィに敗北した騎士は、身に着けていた剣と盾を没収されてしまった挙句、両腕を縄で縛られた状態で歩かされている。傍から見れば本物の盗賊との戦いに敗北して捕虜となってしまった敗残兵のように見えてしまう事だろう。


 騎士からすれば、これ以上ないほどの屈辱に違いない。


 ここまでする必要はないのではないかと言いたいところであったが、いくらジノヴィの方が戦いに勝利したとはいえ、彼の事を未だに盗賊だと決めつけている騎士に武器を身に付けさせたままの状態では、目的地に到着する前に再び牙を剥くのは想像に難くない。それゆえに、彼の両手を縄で縛った挙句、装備を没収することになったのだ。


「あの、彼は本当に盗賊ではないんです。私が依頼して護衛してもらってるだけなんですよ」


「お嬢さん、無理はしなくていいんですよ。この野蛮人に脅されているだけなのでしょう? ご安心ください、このランスロットが必ずこの男からあなたを救って差し上げ―――――うぐぅ!?」


「黙って案内しろ、負け犬」


 容赦なく蹴りを叩き込んだジノヴィは、ポーチから取り出した小さなランタンに灯りをつけた。


 もう既に先ほどの森は通過していた。草原の向こうには村の明かりも見えるため、このまま歩いて行けばすぐに宿屋で休憩する事ができるだろう。しかし、さすがにこの騎士の両腕を縄で縛ったまま宿屋に入れば、宿屋の店主に騎士団に通報されてしまうのが関の山である。下手をすれば村の住民たちも、この騎士と同じようにジノヴィの事を盗賊と勘違いしてしまうに違いない。


 そのため、残念ながら宿屋のベッドでぐっすりと眠ることは諦めなければならなかった。


 先ほどから騎士を何度も蹴飛ばしたり突き飛ばしているのは、今夜は村のすぐ近くで野宿せざるを得なくなってしまった事の八つ当たりなのだろうか。


 とはいえ、アルビオン王国では定期的に騎士団による魔物の大規模な掃討作戦が実施されているため、少なくとも草原で野宿している最中に魔物に襲われることはないと言っていい。さすがに森の中や洞窟の中の魔物までは殲滅できていないものの、草原を移動する際に護衛を傭兵たちに依頼したり、武装する必要が殆どないほど安全だというのは、旅人や商人たちからすれば喜ばしい事であった。


 今夜はどちらかが眠らずに見張りをする必要もないのではないかと思いながらジャンヌはジノヴィを見上げたが、彼は渋々先頭を歩く騎士を見てから肩をすくめた。


 魔物を警戒する必要はないが、未だにジノヴィに強烈な敵意を向けるこの騎士は見張る必要があるらしい。


 村から少し離れてから、ジノヴィは草原の上に腰を下ろした。ジャンヌも背負っていた槍や荷物を草原の上に下ろし、ポーチの中からランタンを取り出して明かりをつける。


 すると、ジノヴィは背負っていた大剣を唐突に引き抜き、それの刀身を地面に思い切り突き立てた。布が巻かれている柄に騎士の両手に縛り付けられている縄を結び付けて固定した彼は、騎士に向かって「今夜は野宿だ」と言ってから、荷物の中から薪を取り出し始めた。


「ジャンヌ、肉余ってるか?」


「ええ、ハーピーの肉がいくつか」


「じゃあそれ全部焼くぞ。王都に行く途中で何度か森を通過する筈だから、肉はその時に補充しよう」


「分かりました。それと、今夜は私が見張りをしますよ」


 肉を取り出しながらそう言うと、ジノヴィは目を丸くしながら彼女の方を見た。


 確かに、今夜は魔物が襲てくる可能性は殆どないため彼女に見張りを担当させても問題はないだろう。だが、もしこの騎士が縄を自力で解いて暴れ出したら、ジャンヌだけでは間違いなく食い止められない。ジノヴィならばあっさりと倒せる相手だが、さすがにまだ未熟なジャンヌでこの男を倒すのは極めて困難である。


「いや、俺がやる。お前は休んでろ」


「いえ、私に任せてくださいよ。ジノヴィはいつも見張りしてくれてますし、疲れてるでしょうから」


 その話を聞いていた若い騎士は、ジノヴィの方を見つめながら目を丸くしていた。


「…………彼、本当に盗賊ではないんです。私の事を護衛してくれている傭兵なんですよ」


「…………」


「…………分かった、今夜の見張りはお前に任せる。そいつとおしゃべりでもしてな」


 そう言いながら、ジノヴィは薪に火をつけるのだった。












 ハンカチで口元を拭いてから、串に使っていた木の枝を焚火の炎の中へと放り投げる。ハーピーの肉の油で覆われた枝はあっさりと燃え上がり、薪の下に沈殿する灰の一部と化していく。


 ポーチの中から取り出したパンを口へと運びながら、ジャンヌはちらりとジノヴィの方を見た。今夜の見張りはジノヴィではなくジャンヌが担当することになっているが、もし眠っている最中に襲撃されても即座に反撃できるようにするためなのか、座ったまま寝息を立てている彼は、既に右手でトマホークを握ったまま眠っている。


 少しでも殺意を向ければ目を覚まし、あのトマホークで反撃してくる事だろう。眠っているというのに、全くと言っていいほど隙が無い。


 今までは、彼は1人で戦ってきた。クライアントが強引に傭兵同士でパーティーを組ませることもあったというが、基本的に戦場では彼に味方は1人もいなかったし、クライアントが用意した味方に裏切られることも多かったという。


 だからこそ、ジノヴィは味方を信用しない。


 でも、今夜の見張りをジャンヌに任せてくれたという事は、少しだけジャンヌの事を信用しつつあるという事なのだろう。


 パンを千切った彼女は、それを両腕を縄で縛られている若い騎士の口へと運んだ。彼は顔を赤くしてぎょっとしながら口を開け、彼女が差し出したパンを咀嚼する。


「…………私、ジャンヌ・ダルクっていいます。アネモスの里から来ました」


「アネモスの里? 遠いじゃないですか」


「ええ。今まで里からこんなに離れたところまで来たことはなかったので、とても緊張してます」


 アネモスの里は、最近ではアートルム帝国による侵略を受けている。強靭な戦士たちだけでは帝国軍の侵攻を食い止める事ができないため、傭兵を雇ってアートルム帝国軍を辛うじて退けたという。


 しかも、周囲の森には魔物も生息しているため、アネモスの里に住むエルフたちの大半は里から離れた事が無いのだ。正確に言うと、周囲に魔物がいる上に侵略を受けているため、迂闊に里から離れることが許されない状況である。


「旅をしているのは、どこかに助けを求めに行くためなのですか?」


「いえ、私はこの世界を浄化するために旅に出ました。彼はその際に雇った私の護衛なんです」


「世界の浄化…………確かに、最近では怨嗟による世界の汚染は深刻化していますからね…………。ご存知ですか? 最近では、怨嗟や怨念による浸食の影響で魔物が突然変異を起こしているという話は」


「いえ………初耳です」


 絶望しながら死んでいった人々は、死ぬ瞬間に強烈な怨念や怨嗟を放出しながら死んでいく。それがどんどん肥大化していく事によって世界は浸食されていくのだ。特に、大規模な戦争が勃発した後は大量の怨嗟や怨念が放出されるため、それの影響を受けた凶暴な魔物が姿を現すと言われている。


「………我が騎士団にも、その変異種による襲撃で被害が出始めています。今は辛うじて掃討作戦を継続できていますが、もし変異種がこれ以上増えるのであれば、こうやって草原で野宿することも難しくなるでしょう」


「…………もう、そんなに深刻なんですね」


「ええ………申し訳ありません、我々の力不足です。あなたのような女性を、世界の浄化のために旅立たせてしまうなんて…………」


 魔物の変異種は、変異を起こす前とは比べ物にならないほど危険な魔物と化す。


 魔物の中では最も討伐が容易いといわれるゴブリンですら、怨念や怨嗟の浸食による影響を受けることで、翼が生えて空を飛びまわったり、強力な魔術を連発できるほどの魔力を持つことがある。ドラゴンやトロールのように強力な魔物がそのような変異を起こせば、騎士団や傭兵たちにとってどれほどの脅威になるかは言うまでもないだろう。


 実際に、アルビオン王国騎士団も変異種の魔物によって大きな損害を出していた。


「そういえば、あなたの名前は『ランスロット』というのですか? 先ほど名乗っていましたが」


「ええ、私の名はランスロットです。申し訳ありません、自己紹介をしていませんでしたね」


 恥ずかしそうに言ったランスロットは、苦笑いしながら焚火を見つめた。


「では、あの人は本当に盗賊ではなく、あなたの護衛なのですね?」


「は、はい。荒々しい服装なので、盗賊みたいに見えてしまいますが」


「そうでしたか…………先ほどは、本当に失礼いたしました」


「い、いえ、気にしないでください。とても立派でしたよ、ランスロットさんは。あんなに真っ直ぐな正義感を持っている騎士は初めて見ました」


 最近では、どの国の騎士団でも腐敗が始まりつつあるという。剣と防具を身に纏い、凶暴な魔物や凶悪な盗賊団と激闘を繰り広げる騎士たちは人々からすれば英雄だが、中には盗賊団や麻薬カルテルと手を組んで私腹を肥やしている騎士も少なくない。


 それゆえに、最近ではランスロットのような真っ直ぐな騎士は殆ど目にする事ができなくなっていた。


「では、後は私が見張っていますから、ランスロットさんも休んでください」


「し、しかし、女性に見張りを任せて騎士が眠るなど…………!」


「いいから、しっかり休んでください。今日は任務の帰りだったのでしょう?」


「…………で、では、お言葉に甘えさせていただきます」


 顔を赤くしながら草原の上に横になり、瞼を閉じるランスロット。ジャンヌは彼を見下ろして微笑みながら、傍らにある小さな薪を焚火の中へと放り込んだ。













「ところで、ジノヴィはその”アーサー”という人に何の用があるのです?」


 草原を歩きながら、ジャンヌはジノヴィに尋ねた。昨日は両腕を縛られていたランスロットは、ジャンヌがジノヴィは自分の護衛であり、盗賊ではないという事を教えてくれたおかげで縄は外されている。しかし、ジノヴィはまだ誤解されていた事を許していないらしく、自分の前を歩くランスロットを睨みつけながら歩いていた。


 尋ねられたジノヴィは、大きな手で自分の頭を掻きながら答える。


「”腕試し”がしたい」


「腕試し?」


「ああ。王都キャメロットには、アルビオン王国騎士団の中でも最強の騎士たちと言われている”円卓の騎士”という連中がいる。そいつらのリーダーがアーサーという爺さんだ」


 すると、前を歩いていたランスロットがニヤリと笑った。


「それなら、きっとあのお方も喜ぶでしょう」


「?」


「あのお方は退屈している。でも、あなたのような実力者が戦いを挑んでくれるのであれば、きっと喜んでくださるはずだ」


「ほう。アーサーの爺さんはそんなに強いのか」


「ええ、私では手も足も出ません。まさに、アルビオン王国騎士団の”力の象徴”です」


 ランスロットの話を聞きながら、ジノヴィはニヤリと笑った。


 彼の一族は、クライアントから支払ってもらう報酬の金額よりも、強敵との死闘を楽しむことを最優先にする一族である。強敵と戦う事ができるのであれば、無償で依頼を受けても構わないと考える者もいるほど好戦的な戦士が多い一族だ。


 だからこそ、ジノヴィは楽しみにしていた。


 強過ぎて退屈しているほどの男と戦い、自分がどれほど強くなったのかを試すのが、楽しみでたまらなかった。


 


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