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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第三章
26/39

ジノヴィの変化


「あれは俺の勝ちだと思うんだけどなぁ。結構攻撃当ててたし」


「いや、転倒した状態で俺の攻撃が当たってたら終わりだっただろ。だから俺の勝ちだ」


「………………」


 カイザーポテトのスープやツァーリトマトのパスタを次々に口へと運ぶ男たちを見て苦笑いしながら、ジャンヌは紅茶を口へと運ぶ。周囲の席に座っている他の冒険者たちも、ジャンヌの判定はおかしいと悪態をつきながら大盛りの料理を口へと運び、エルフのウェイトレスに次々に高級食材を使った料理を注文する2人の巨漢を見つめて目を丸くしていた。


 2時間ほど前に口論をして店の外へと喧嘩に行った2人の巨漢が、悪態をつきながらまた戻ってきて大盛りの料理を口へと運んでいるのだ。普通の冒険者同士の喧嘩であれば、喧嘩から戻ってくるのは片割れである。


 もしパーティーを組んでいる冒険者同士の喧嘩であれば、敗北はパーティーからの追放を意味するのだから。


 それゆえに、喧嘩をするために出ていった2人の巨漢が、悪態をつきながら一緒に戻ってくるのは異例としか言いようがなかったのである。


 今度は”どちらが勝っていたのか”という議論が原因で、喧嘩の第2ラウンドが始まるのではないかと思いながら、ジャンヌはドレッシングのかかったレタスをフォークで口へと運ぶ。おそらく、もしまた第2ラウンドが始まったとしても、先ほどの2人の戦闘のように引き分けになるに違いない。


「それにしてもよぉ、お前が護衛の依頼を受けるってのは珍しいじゃねえか」


 スープの中に入っていた大きなカイザーポテトをフォークで串刺しにしながら尋ねるライノ。ミノタウロスのステーキを口へと運ぼうとしていたジノヴィは、目を丸くしながらぴたりと手を止めた。


「お前が好むのは敵をぶっ殺すような依頼ばかりだろ?」


「………………そういう民族で育ったからな、俺は」


 ジノヴィの一族はランツクネヒトと呼ばれる一族である。一族の大半が傭兵であり、高額の報酬よりも強敵と死闘を繰り広げることを優先すると言われているのである。彼もその一族の内の1人なのだから、凶暴なドラゴンの討伐を引き受けるのではなく、まだ未熟な少女の度の護衛を引き受けるのは考えられない事であった。


 カイザーポテトを噛み砕きながら、ジノヴィの隣でサラダを口へと運ぶジャンヌを凝視するライノ。もし昔のジノヴィであれば、彼女を護衛するという依頼は決して引き受けなかった筈だ。第一、ジノヴィはクライアントが強制的にパーティーを組ませた時以外は1人で行動する。弓矢を持った仲間の援護射撃や、治療魔術師ヒーラーの回復は全くあてにしていない。


 自分自身の剣術や技術だけで戦っているのだ。力押しではなく、相手に合わせて作戦を立て、1人で戦っているのである。


(こいつが変わっちまったってことか)


 もし魔物の討伐の依頼がなくなり、護衛の依頼ばかりになってしまったとしても、ジノヴィがそのような依頼を引き受けるとは思えない。もしその護衛の最中に強力な敵が襲い掛かってくる可能性があるのであれば引き受けるだろうが、ジャンヌを護衛しながら旅をするという依頼は間違いなく長期間の仕事になる。彼が好まない護衛の仕事を長期間も続けることになるが、その最中に強敵と戦う可能性があるからこそ引き受けたのだろうか。


 それとも、彼女を守らなければならないという使命感を感じているとでもいうのだろうか?


 ステーキを咀嚼しているジノヴィをちらりと見て目を細めたライノは、スープの皿を持って一気にスープを呑み込んだ。


「で、お前はこれからどうするんだ、ジノヴィ? お嬢ちゃんと旅を続けんのか?」


「ああ、そのつもりだ」


「昔のお前だったら、そんな依頼は引き受けなかっただろうに」


「確かに。………………だが、気になっちまってな」


「気になった?」


「ああ」


 そう言いながら、ジノヴィはジャンヌの頭の上にがっちりとした手を置いた。


「彼女の旅の終着点がさ」


「………………変わったんだな」


 ジノヴィと一緒に仕事をした時の事を思い出しながら、ライノは微笑んだ。


 かつては、ランツクネヒトの一族は世界中で仕事をしていた。あらゆる貴族や騎士団からの依頼を受けて強力な魔物や盗賊団を打ち破り、世界最強の傭兵一族と呼ばれていたのである。しかし、その力がどんどん肥大化していく事を恐れた各国の精鋭部隊によって滅ぼされてしまった事により、ジノヴィ以外にランツクネヒトの一族は殆ど生き残っていない。


 孤独だからこそ、彼は自分の一族の仲間たちと同じように生きようとした。


 もしかすると、彼は変わったというよりは理想的な仕事を見つけたのかもしれない。


 ライノであれば、ジャンヌの護衛は絶対に引き受けないだろう。ジャンヌが戦っているところは見たことがないが、彼女の実力が自分やジノヴィよりもはるかに未熟で、魔物との戦闘で足手まといになるのは察知している。


 彼の戦い方はジノヴィのような慎重な戦い方ではない。防御は殆ど行わず、相手の攻撃を回避し、相手が空振りしている隙に強烈な一撃をお見舞いするような戦い方だ。場合によっては、相手の剣にわざと切られたり、魔術にわざと直撃して強引に攻撃する事もある。


 それゆえに、護衛には全く向いていない戦い方である。


「この街を出たら、俺たちは王都『キャメロット』に行くつもりだ」


「キャメロット? ”あの爺さん”がいる場所か」


「ああ。お前も一緒に来ないか?」


「おいおい、パーティーへの勧誘かよ」


 フォークから手を離し、ライノは肩をすくめた。ドラゴンの討伐や魔物の掃討であれば大喜びで参加しただろうが、人間を護衛するような依頼は苦手だし、ライノの戦い方は護衛に向いている戦い方ではない。彼もジノヴィのように戦闘を楽しむ事が多いため、戦いに夢中になっている間にジャンヌが敵に殺されてしまうかもしれない。


 だからこそ、ライノは首を横に振った。


「悪いが、俺は却下だ」


「そりゃ残念だ。お前も一緒なら戦力アップだったんだが」


「すまないねぇ。俺はお嬢ちゃんを守るよりも、敵をぶん殴ってる方が性に合うんでね」


 ポケットの中へと手を突っ込み、中から金貨と銀貨の入った袋を取り出したライノは、それをテーブルの上に置いた。ゆっくりと席から立ち上がって2人の顔を見た彼は、踵を返して店の出口へと歩き始める。


「………また会おうぜ、ジノヴィ」


「おう」


 テーブルの上に食事代の入った袋を置き、酒場の出口へと歩いて行くライノ。彼をじっと見つめながら、ジノヴィは微笑んだ。


 ジノヴィは変わってしまったかもしれないが、ライノは昔から変わっていない。戦い方はジノヴィとは比べ物にならないほど荒々しいし、護衛の仕事は絶対に引き受けない攻撃的な男。


 もし知り合いの中から何人か選んでパーティーを組めと言われたら、ジノヴィは真っ先にライノを指名することだろう。荒々しすぎる男だが、ジノヴィはそれほど彼の事を信頼している。


 彼ならば仕事中に命を落とすこともないだろう。きっと、旅をしている内にきっとどこかで再開するに違いない。


 だから死ぬなよ、と思ったジノヴィは、ステーキの皿の上に乗っているポテトを口へと運ぶのだった。












「アイテムは大丈夫だな?」


「ええ」


 翌日の朝、宿屋の部屋の中で装備のチェックを済ませたジノヴィは、愛用のツヴァイヘンダーの刀身を見つめながらジャンヌに尋ねる。彼の戦い方はライノと比べれば慎重な方だが、普通の剣士から比べれば少しばかりは荒々しい。場合によっては、ライノ並みの荒々しい戦い方をする事もある。


 そのため、今まで何本か使っていた剣を戦闘中に折ってしまった事があった。今使っている剣は3代目であり、ドワーフの職人に『絶対に折れない大剣を作ってくれ』と注文して製作してもらった特注品なのである。


(良かった、亀裂は入っていないようだ)


 ライノの拳をこのツヴァイヘンダーで受け止めた時の事を思い出しながら安堵する。ライノのパンチであれば、剣で受け止めていたとしても問答無用で剣ごと粉砕してしまう事だろう。その一撃に耐えた挙句、亀裂すら入っていないのは、彼が依頼したドワーフの職人が優秀な職人だったからに違いない。


 ドワーフの作る武器は極めて信頼性が高いと言われており、奴隷だったドワーフが騎士団に武器や防具を納品し続けて人権を与えられたこともあると言われている。ハーフエルフの作る武器のような装飾は一切ないが、そのような装飾には全く興味がないため、ジノヴィからすれば安価で壊れにくいドワーフ製の武器は本当にありがたい存在であった。


「では行きましょうか、ジノヴィ」


「おう」


 次の目的地は、王都キャメロット。


 最強の男たちがいる、騎士の街である。


 


 



 第三章 完


 第四章へ続く



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