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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第三章
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ジノヴィVSライノ


 普通の冒険者同士の喧嘩であれば、店の外で殴り合う程度で済む。当たり前の話だが、鍛え上げた冒険者や傭兵同士が店の中で殴り合えば、食事代よりも弁償代が高くなってしまうためである。


 だから、喧嘩をするのであれば店の外で”殴り合う”のが鉄則だった。


 しかし――――――店の外へと出てから街の隅にある空き地へとやってきたジノヴィとライノは、自分の得物へと手を伸ばしながら相手を睨みつけている。ジノヴィが布を巻いた大剣ツヴァイヘンダーの柄を手で握って引き抜くと同時に、ライノもポーチの脇にぶら下げているナックルダスターのグリップを握り、両手に装着しながら構えた。


 そう、普通の喧嘩であれば、”殴り合う”。


 だが、この2人はこれから自分の得物を使って喧嘩を始めようとしているのである。傍から見れば殺し合いにしか見えない事だろう。もし自警団や警備兵に発見されれば、取り押さえられることになるのは言うまでもない。


 自警団はいないだろうかと思いつつ、ジャンヌは周囲を見渡した。もし近くにいたのであればこの2人を止めてもらう事ができただろう。未熟なジャンヌでは、2人を止めようとしても巻き込まれてしまうのが関の山である。


 しかし、街の隅にある空き地の近くには誰もいない。すぐ近くには魔物の侵入を防止するための防壁が屹立しているが、その上に駐留して警戒する警備兵たちは休憩時間の最中なのか、壁の上には誰もいない。


「戦うのは久しぶりだよなぁ、ジノヴィ?」


「ああ、3年ぶりだ。前回は俺の勝利だっけか?」


「バカ、俺がお前をボコボコにしてかったんだろうが」


「ハッ、今回もボコボコにされるんだから調子に乗らん方がいいぞ、ライノ」


「言ってろ」


 トロールの群れを瞬殺してしまう男と、その男と同等の実力を持つ男を未熟なジャンヌが止められるわけがない。この喧嘩が普通の喧嘩よりも熾烈になるだろうと思ったジャンヌは、回復アイテムと治療魔術の準備をしながら、睨み合っている2人を見据えた。


 次の瞬間、前傾姿勢で剣を構えているジノヴィよりも先に、ライノが彼に向かって走り出した。


 ジノヴィの得物は、巨大な金属製の大剣ツヴァイヘンダーである。対人戦では小回りが利かないものの、巨大な魔物との戦いでは大きなダメージを与えられる”対魔物用”の得物だ。ジノヴィの瞬発力や筋力であれば、相手が人間の兵士だったとしても普通の剣のように振り回して殲滅する事ができるだろうが、いくらジノヴィの筋力が普通の人間の兵士を上回っていたとしても、武器の重量は確実に足枷となる。


 それに対し、ライノの得物は軽いナックルダスターだ。軽いとは言っても金属製である上にスパイクまで付いているため、両手に装着している二つを合わせれば確実に普通の剣と同等の重量になるだろう。しかし、二つに分散している状態で持っている上に、その二つのナックルダスターの重量の合計はジノヴィの大剣ツヴァイヘンダーを大きく下回る。


 しかも、その得物を手にしているライノはジノヴィと同等の実力者である。それゆえに、機動力ではライノの方が上なのだ。


 姿勢を低くしながらジノヴィに向かって殴りかかるライノ。前傾姿勢で剣を構えていたジノヴィは、ライノが先制攻撃を仕掛けてくる事を予測していたらしく、構えていた剣を盾代わりに使ってガードする準備を始める。


 ライノの攻撃が予想通りだったからなのか、ジノヴィはニヤリと笑っていた。


 ゴギン、と、ナックルダスターに覆われた右のストレートが大剣ツヴァイヘンダーを直撃する。もしあの右のストレートが顔面を直撃していたのであれば、顔面の骨は木端微塵になった挙句、取り付けられたスパイクが皮膚を串刺しにしていた事だろう。


 ジノヴィはその一撃を剣で受け止めたものの、ライノの右ストレートは魔物の攻撃力を上回っていたらしく、その攻撃を剣で受け止めたジノヴィの巨体が少しばかり後ろへと下がってしまう。


「………!?」


 アネモスの里を襲ったトロールを瞬殺した男が、たった一発の右ストレートで後ろへと下がってしまったのを目の当たりにしたジャンヌは、土まみれになったジノヴィのブーツを凝視しながら目を見開いた。


(じ、ジノヴィが下がった!?)


 おそらく、ライノの瞬発力はジノヴィよりも上なのだろう。その瞬発力をフル活用して一気に加速し、距離を詰めながら突撃した勢いを乗せて右ストレートを放ったことにより、ジノヴィですら踏みとどまれない程の強烈な一撃へと変貌させたのである。


 剣で弾き飛ばされた右の拳を引き戻しつつ、今度は左手でボディブローを放つライノ。瞬発力をフル活用して放たれたライノの左手は今しがた右ストレートを防いだ大剣ツヴァイヘンダーの脇を掠め、ジノヴィのがっちりした胴体に牙を剥こうとしたが――――――スパイクの取り付けられたナックルダスターが牙を剥くよりも先に、ジノヴィの巨体が左へと大きく揺れる。


「!!」


 まるで、先ほどの攻撃を受け止めた衝撃で気を失い、倒れてしまったかのように身体を思い切り傾けてボディブローを回避するジノヴィ。スパイクの付いたナックルダスターが彼の脇腹を掠めて空振りすると同時に、身体を左側へと大きく倒したジノヴィが、大剣ツヴァイヘンダーの柄を握っていた右手を柄から離し、パンチを空振りしたばかりのライノの胸板へと強烈なカウンターを叩き込んだ。


 瞬発力であればライノの方が上だが、ジノヴィはライノのナックルダスターよりもはるかに重い大剣ツヴァイヘンダーを当たり前のように振り回しているのだから、筋力ならばジノヴィの方が上だ。


 ドン、と、強烈なカウンターがライノの胸板を直撃する。ライノのようにナックルダスターを装備しているわけではないため、殺傷力は彼の一撃を下回るが、大剣ツヴァイヘンダーを当たり前のように振り回す事ができるほどの筋力でぶん殴られれば、確実に大ダメージを受けることになる。


「ガフッ―――――」


 ジノヴィのカウンターで殴り飛ばされたライノは、くるりと回転しながら地面の上に着地する。普通ならば呼吸を整えながら次の攻撃の準備をするのだが――――――彼は着地した直後に姿勢を低くすると、ジノヴィに先制攻撃をお見舞いした時のようにまた突撃し、カウンターで彼を殴り飛ばしたばかりのジノヴィに反撃した。


 スパイク付きのナックルダスターがジノヴィの右肩を直撃する。まるで鋼鉄製のハンマーが魔物を打ち据えたかのような鈍い音が響き渡り、その一撃をお見舞いされることになったジノヴィが歯を食いしばる。


 まるで防御という概念を知らないかのような猛攻であった。


 普通の剣士であれば、敵の攻撃で吹き飛ばされれば距離をとって呼吸を整え、相手の様子を確認してから再び攻撃するものである。様子を確認しながら呼吸を整えれば体力を回復させられるうえに、敵が追撃してくるのを察知して回避する事ができるからである。


 だが、ライノの戦い方にはそのような”慎重さ”がなかった。


 それゆえに、ジノヴィはその一撃を察知する事ができなかったのである。


 歯を食いしばりながら大剣ツヴァイヘンダーを薙ぎ払うジノヴィ。ライノは姿勢を低くして大剣ツヴァイヘンダーの攻撃を回避すると、ジノヴィの懐に飛び込んだまま、今度は立て続けにボディブローを放った。


 先ほどのような鈍い音が連なり、金属製のナックルダスターが立て続けにジノヴィの腹に牙を剥く。


「じっ、ジノヴィ!」


「どうしたジノヴィ!? お前、弱くなったんじゃねえのかぁ!?」


 何度も彼の腹をナックルダスターで殴り続けながら、ライノが叫んだ。


 ナックルダスターを得物に選んでいる以上、ライノの攻撃のリーチは非常に短い。鋼鉄製のナックルダスターとはいえ、リーチはナイフとそれほど変わらないのだ。そのため、敵との距離が空いていれば不利になるが――――――懐に入ってしまえば、どんな得物よりも有利になる。


 だが―――――ライノの熾烈なボディブローに耐え続けていたジノヴィの反撃が、彼の独壇場を強制終了させることになった。


 ライノの右のボディブローが直撃する直前に、ジノヴィの右の足払いがライノに牙を剥いたのである。


 強烈なパンチを放つためには、体重移動が必要不可欠だ。パンチを放つと同時に体重を前方へと移動させなければ貧弱なパンチになってしまうため、強烈な一撃を放つためには必然的に前傾姿勢となる。


 つまり、前方へと移動させた体重を支えていた足を、ジノヴィは足払いで狙ったのである。


 前傾姿勢になっている状態で足を払われたライノは、まるで踏み台を取り除かれてしまったかのように体勢を崩すと、そのまま転倒して背中を地面に叩きつける羽目になった。


 足払いは蹴りのように相手にダメージを与えるための物ではなく、相手の体勢を崩すための技である。それゆえに、体勢を崩すことになってしまったとしてもダメージは全く受けない。だが―――――敵の至近距離で体勢を崩し、隙を晒す事がどれほど致命的な事かは言うまでもないだろう。


 両腕と両足を切断された状態で、猛獣の目の前に放り投げられるようなものなのだから。


「!」


 ぎょっとしたライノが体を起こすよりも先に、ジノヴィが手にしていた大剣ツヴァイヘンダーの切っ先が地面に倒れているライノへと向けられる。漆黒に塗装されたがっちりとした剣を目の当たりにしたライノが目を見開くと同時に、ジノヴィの体重を乗せた強烈な一撃が無防備なライノへと放たれる。


 しかし、リーチの短い得物を使って敵の懐へと飛び込む事を得意としているライノの動体視力と反応速度は、熟練の剣士を凌駕していると言っても過言ではない。咄嗟に横へと転がった直後、ジノヴィが放った大剣ツヴァイヘンダーの切っ先がライノの頬を掠め、まるでゴーレムが地面を思い切り殴りつけたかのような鈍い音を響かせながら地面に突き刺さった。


 そのまま横へと転がって距離をとってから、ライノはまたしても距離を詰める。地面に刺さった剣を引き抜こうとしている間に右のストレートで思い切り殴りつけるつもりだったのだろうが、剣を引き抜こうとすればライノの一撃を叩き込まれるという事を察知していたジノヴィは、愛用の得物を地面から引き抜くことを諦め――――――左腕を横へと薙ぎ払って、ライノの右ストレートを打ち据える。


「なっ!?」


 肘から先を裏拳で打ち据えられたライノの腕が、大きく横へと逸れる。


 そのまま薙ぎ払った腕でライノの右手を掴んだジノヴィは、大剣の柄から離したもう片方の手を伸ばしてライノの胸倉を掴んだかと思うと、姿勢を低くしながら踵を返し、ライノにそのまま背負い投げをお見舞いした。


 またしても背中を地面に叩きつける羽目になったライノ。彼は大慌てで起き上がろうとしたが、剣で反撃することを諦めたジノヴィの攻撃は、先ほどよりもかなり素早くなっていた。


 起き上がるよりも先に、がっちりとした強烈な拳がライノの頬に牙を剥く。がくん、と頭が大きく横に揺れ、一瞬だけ何も考えられなくなってしまう。常人であれば脳震盪を起こしていてもおかしくないほどの一撃を叩き込まれたライノに、ジノヴィのパンチが容赦なく叩き込まれる。


 ナックルダスターを握っていた手から力が抜けてしまったのか、鋼鉄製のナックルダスターが地面に落下した。


「終わりだ、ライノぉっ!!」


 止めを刺すために右の拳を思い切り振り上げ、ライノの顔面へと放つジノヴィ。しかし、その拳が牙を剥くよりも先に拳を握り締めていたライノは、歯を食いしばりながらジノヴィの顔面へと向かって拳を振り上げていた。


 次の瞬間、ジノヴィとライノの顔面に、強烈なパンチが直撃した。


「ふっ、2人とも………!!」


 お互いのパンチを喰らったジノヴィとライノに駆け寄りながら、回復用のエリクサーの準備をするジャンヌ。現時点ならばまだ回復アイテムで治療できるレベルのダメージだが、このまま戦いを続ければ回復アイテムを使ったとしても確実に後遺症が残ってしまう。


 是が非でもここで止めるべきだと思いながら駆け寄ると、殴り合っていたジノヴィとライノが同時にジャンヌを睨みつけた。


「ひぃっ!?」


「「おい!」」


「は、はいっ!?」


「「どっちの勝ちだ!?」」


 2人の戦いは、甲乙つけがたい戦いであった。ジノヴィは圧倒的な瞬発力とスピードで突っ込んできたライノを見事に迎撃しているし、足払いで隙を作って反撃することに成功している。ライノは瞬発力をフル活用してジノヴィの懐へと潜り込む事に成功しており、猛攻で彼に大きなダメージを与えている。


 凄まじい戦いだったが、どちらが勝利したのか決めることはできない。


 それゆえに、ジャンヌは苦笑いしながら告げた。


「え、ええと………………引き分けで」





 

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