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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第三章
24/39

ジノヴィの戦友


「ジノヴィ………?」


 クライアントを殴り飛ばし、街灯に八つ当たりしていた荒々しい男は、立ち去ろうとしていた彼に声をかけたジノヴィの顔を見ながら目を見開いた。この街でジノヴィと再会したことが、先ほどまで彼が感じていた怒りを消し飛ばしてしまったらしく、もう怒り狂っている様子はない。


 ジャンヌは警戒しながら、ゆっくりと近付いてくるもう1人の巨漢を凝視した。だが、彼女が警戒しつつキンジャールを鞘から引っ張り出すよりも先に、すぐ近くまでやってきた巨漢がジノヴィの肩にがっちりとした手を置く。


 様々な物をその拳で殴り飛ばしてきたらしく、その巨漢の拳には大量の傷や古傷が残っていた。殴った際に擦り剥いた傷だけでなく、棘のようなものが刺さった傷や、剣で斬られたような傷跡もある。


「お前、まだ生き残ってたのかよ!」


「お前こそ」


「し、知り合いですか? ジノヴィ」


 楽しそうに笑う巨漢を見てから、ジャンヌはジノヴィの顔を見上げた。


 ジノヴィはクライアントからの依頼を1人で引き受ける事が多いという。稀にクライアントが複数の傭兵を雇ってパーティーを組ませることもあるらしいが、基本的に彼は”仲間と共に戦う”事はあまり好まない。


 ドラゴンの中でも最強クラスと言われているサラマンダーを、単独で討伐できるほどの実力者なのだから、彼に仲間など不要なのだ。


 だからこそ、ジャンヌは違和感を感じていた。クライアントが強引にパーティーを組ませた時以外は仲間と共闘する筈のない男が、なぜこの巨漢を見つめながら嬉しそうに微笑んでいるのだろうか。


「こいつの名前は”ライノ”。俺のライバルだよ」


「何だ、ジノヴィ。パーティーを組んでるなんて珍しいじゃねえか」


 すると、ライノはジノヴィの隣にいるジャンヌの方を見下ろしてきた。やはり、単独で戦っていた男がジャンヌと一緒に旅をしているのは珍しい事なのだろう。当たり前だが、単独で戦う事を好むジノヴィが

パーティーを”組んだ”わけではない。アネモスの里のクライアントによって”強引にパーティーを組まされた”護衛対象でしかないのだ。


 だから、ジノヴィは苦笑いしながら首を横に振った。


「いやいや、依頼の最中でな。こいつを護衛してるんだ」


「へえ、お嬢ちゃんの護衛か。………とりあえず、近くにレストランがあるからそこに入ろうぜ」


「おう。お前の奢りだろ?」


「ふざけんな、はっはっは」


 そう言いながら歩き出そうとしたライノは、先ほど自分が殴り飛ばしたクライアントが近くにいた自警団の団員に助け起こされているのを見てニヤリと笑った。


 先ほど彼がクライアントを殴り飛ばした理由は、アラクネ討伐の最中にアラクネの中でも最強と言われているキングアラクネが襲い掛かってきたからだった。アラクネは顔面以外を堅牢な外殻で覆われている魔物で、両腕の鋭い爪で斬りつけたり、糸で拘束してくる厄介な魔物である。森や洞窟の中に生息することが多く、近くの村の人々や家畜を糸で拘束して巣に連れ帰って捕食することが多いため、アラクネ討伐の依頼の件数は非常に多い。


 ライノもその仕事を引き受けていたのだが、森に生息しているのは通常のアラクネのみであり、変異種やキングアラクネは確認されていないとクライアントから説明されていたのである。


 キングアラクネは、通常のアラクネよりもはるかに手強い魔物だ。昆虫のような外殻ではなく、まるで騎士が身に纏う白銀の防具にも似た外殻に覆われており、外殻の防御力もアラクネとは比べ物にならないほど高い。魔術師が強力な魔力を撃ち込んでも、それほど大きなダメージを与えることは難しいと言われるほどである。


 更に、キングアラクネが生み出す糸も通常のアラクネよりもはるかに強力である。普通のアラクネは糸を獲物の拘束や巣の構築に使うが、キングアラクネの糸は獲物を拘束するのではなく、獲物を”切り刻む”事に特化した糸を放出し、標的を切り刻んでから捕食するのだ。


 キングアラクネに率いられたアラクネの群れが、バラバラになったドラゴンの肉を巣へと運んで行ったり、捕食するのは珍しい事ではない。


 ドラゴンすらバラバラにして捕食する危険な魔物に襲われたにも関わらず、彼のクライアントは報酬を増額しようとしなかったから、ライノは激昂してクライアントを殴り飛ばしていたのである。


 助け起こされていたクライアントに歩み寄ったライノは、ニヤニヤ笑いながらクライアントの肩を掴んだ。


「おっさん、報酬くれよ」


「え、今すぐに………!?」


 ぎょっとするクライアントを見つめたまま、ライノは右の拳をこれ見よがしに握り締める。


「わ、分かった! すぐ払うからっ!!」


 ライノにもう一度殴られる前に素早く内ポケットへと手を伸ばしたクライアントは、大量の銀貨の入った革製の袋を彼に手渡す。その袋を受け取ったライノは、袋の中に入っている銀貨の枚数を確認してからニッコリと笑うと、クライアントに「悪いな」と言ってからエリクサーを1本渡し、脅迫して強引に報酬を受け取った彼を見つめていた2人の方へと駆け寄って、受け取った袋を見せながら微笑んだ。


「食事代ゲット」




 









 ライノと共に入った店は、やはり周囲の森で確保できる豊富な木材を使って建てられた大きな建物だった。アネモスの里にあった酒場の雰囲気に似ているが、建物の中はアネモスの里の酒場とは比べ物にならないほど広い。


 円形のテーブルがいくつも置かれていて、防具や武器を身に着けた冒険者たちが食事をしたり、傭兵たちが引き受けた依頼の自慢話をしている。2階と3階は宿泊用の部屋になっているらしく、奥にあるカウンターで鍵を受け取った数人の冒険者たちが階段を上っていった。


 何人も客がいるせいで、レストランの中はかなり騒がしい。注文を聞くウェイトレスたちは注文を聞き違えたりしないのだろうかと思いつつ、ジャンヌは2人と共に空いている席へと腰を下ろす。


 すると、すぐにウェイトレスがやってきた。長い銀髪の左右からは真っ白な長い耳が伸びており、彼女の種族が人間ではなくエルフだという事が分かる。


 エルフには、エルフ、ハーフエルフ、ハイエルフ、ダークエルフの4種類がある。肌の色や耳が伸びる方向で、どのエルフなのかを見分ける事ができるのだ。


「ご注文は?」


「トロールの唐揚げを1人分と、カイザーポテトのスープを2人分。あと、ツァーリトマトのパスタを1人分頼む」


「かしこまりました」


 ぺこりと頭を下げてから、厨房の方へと歩いていくウェイトレスを見ている内に、席に座っているライノとジノヴィが話を始めた。


「で、キングアラクネは倒したのか?」


「おう。外殻が硬いせいで苦戦したが、顔面に右ストレートをぶち込んだら脳震盪を起こしたらしくてな。ふらついてるうちに顔面を殴りまくったら、顔面の骨が砕け散る音が聞こえてきたんだ。何だろうなと思って殴るのを止めたら、もう動かなくなってた」


 ジノヴィが使う武器は、ツヴァイヘンダーとトマホークである。敵の外殻や防具もろとも両断できるほどの重い斬撃で、アネモスの里に攻撃を仕掛けてきたトロールたちを瞬殺している。


 彼が背中に背負っている大剣ツヴァイヘンダーを見てから、ジャンヌはちらりとライノの腰を見下ろした。上着は動き易さを重視したらしく、身に着けているのはタンクトップのみだ。アイテムのホルダーや得物は腰に下げているポーチに収めているのだろう。


 よく見ると、アイテムが収まっているホルダーやポーチの隣に、黒い金属製のナックルダスターが2つぶら下がっていた。殺傷力を底上げするために、ミートハンマーを彷彿とさせるスパイクがいくつか取り付けられているのが分かる。


 あれがライノの得物なのだろう。


 当たり前だが、ナックルダスターで魔物と戦うのは非常に難しい。対人戦ですら、剣やナイフよりもさらに短い射程距離が大きな欠点となるにも拘らず、攻撃力どころか攻撃範囲が人間をはるかに上回る魔物との戦いには、最も向いていない武器と言っても過言ではない。


 剣ならば、腕力が足りなくても剣の切れ味で補うことはできる。しかし、ナックルダスターのように直接殴る必要がある得物の破壊力は、武器そのものの殺傷力で誤魔化すことはできない。使い手の腕力が貧弱ならば、使いこなすことはできないだろう。


 難易度が高いナックルダスターを敢えて愛用しているという事は、ライノは腕力や格闘術にかなり自信があるという事なのだろう。


「あの、ライノさんは剣を使わないのですか?」


「ん? 悪いが、剣術は下手くそなんだ」


「ああ。昔にこいつが剣で素振りしてるところを見たんだが、何回も空振りしてたぞ」


「うるせえぞジノヴィ。ドラゴン討伐で巣まで連れ去られそうになったくせに」


「やかましい。お前こそ、自分で仕掛けたトラバサミに引っかかりそうになったことがあったじゃねえか」


「それ傭兵始めたばっかりの頃の話じゃねえか! お前こそ、洞窟の中で迷子になっただろうが!」


「は、初めて洞窟の調査の依頼を受けたんだから仕方ないだろ!?」


 2人が今まで引き受けた依頼の話を始めている内に、先ほど注文を聞いたウェイトレスが木製のトレイの上に料理を乗せて席の近くへとやってきた。注文した料理をテーブルの上にそっと置いたウェイトレスは、失敗談の言い合いをしている2人を見て苦笑いしているジャンヌに向かって微笑んでから、踵を返して別のテーブルへと歩き出す。


「あの、2人とも。料理が冷めちゃいますよ………?」


「お前が洞窟の中で叫んだせいで、大量のアラクネが目を覚ましやがったんだぞ!?」


「仕方ねえじゃねえか! 松明を落としちまったんだぞ!? お前こそ、ゴブリンをドラゴンの巣まで殴り飛ばしてドラゴンを目覚めさせたことあったじゃねえか!」


「あんなにゴブリンの体重が軽いとは思わなかったんだよバカ! お前こそ、こっちが助けを求めてるのに子猫と遊んでた事があったよなぁ!?」


「子猫可愛いじゃねえか!」


「パーティーメンバーよりも子猫の方が大事なのかァ!?」


「お前なら大丈夫だと思ったから子猫を保護してたんだよ!」


「保護!? 肉球を触って幸せそうな顔してたよな、お前!?」


「さ、さっ、触ってねえよ!!」


「ふ、2人とも………?」


 ジノヴィとライノの顔を見つめた直後、2人が同時に立ち上がった。ジノヴィはニヤニヤ笑いつつ背中に背負っているツヴァイヘンダーを引き抜き、ライノは楽しそうに笑いながら腰に下げているスパイク付きのナックルダスターのグリップを握る。


 2人とも笑っているが、久しぶりに再会した戦友との会話を楽しむような笑みではなく――――――まるで戦場のど真ん中で自分を満足させてくれる強敵と出会った時に浮かべるような笑みである。


 食事をしていた他の冒険者たちが、いきなり得物を引き抜いて立ち上がった2人を見つめ始める。このような場所では、よく冒険者や傭兵同士の喧嘩が勃発する。もちろん、ウェイトレスや店主たちは止めようとするが、そのような喧嘩を止めようとする冒険者はいない。


 彼らにとって、他人の喧嘩は格闘技の試合を観戦するようなものなのだ。


「ライノ、久しぶりに戦おうぜ」


「悪くねえな。お前とは何回も引き分けになってるし、そろそろ決着を付けたかったところだ」


 おそらく、この2人を止めることはできないだろう。仮にジャンヌがジノヴィと同等の実力を持っていても、2人の喧嘩に巻き込まれて重傷を負うのが関の山である。


 得物を手にしたまま、2人はレストランの出口へと向かって歩き始めた。さすがに店内で本気で戦えば、店に弁償しなければならない金額が食事代をはるかに上回るのは想像に難くない。それゆえに、冒険者や傭兵同士の喧嘩は店の外で行うのが鉄則である。


 ジャンヌは湯気の量が少なくなっていくパスタを見つめて溜息をついてから、2人の後について行った。



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