祝勝会
「信じられん………1人だけでドラゴンを倒すなんて」
解体され、大型の荷馬車に乗せて村の中へと運び込まれていくドラゴンを見つめていた自警団の男性が、ちらりとジャンヌの方を見てから言った。長大な槍と防具を身に纏っているとはいえ、鍛え上げられた戦士たちからすれば遥かに華奢で未熟そうな少女である。
ジノヴィから罠やアイテムの差し入れとアドバイスがあったとはいえ、討伐を行ったのはジャンヌ1人だけであった。
ジャンヌによって討伐されたドラゴンは、自警団たちに護衛された職人によって草原で解体されてから、村の中へと運び込まれていった。ドラゴンは討伐が難しい魔物であり、素材も貴重であるため、販売すればかなりの金額になるのは想像に難くない。その素材を使った武器や防具を支給すれば、自警団の戦力の向上にもつながる事だろう。
馬車で運び込まれていくドラゴンを見つめていると、ジャンヌの華奢な肩をやけに大きな手が掴んだ。自警団の男性たちよりもがっちりした手に触れられた彼女は、その手が誰の手なのかすぐに察しながら顔を上げる。
案の定、ジャンヌの肩を掴んでいたのはジノヴィだった。
「やるじゃねえか」
「ジノヴィのアドバイスのおかげですよ」
ジノヴィは、ドラゴンの討伐を行う前日にジャンヌのためにトラバサミと火炎瓶を購入し、彼女に差し入れをしていたのである。トラバサミはドラゴンやゴーレムの動きを封じることが可能な対魔物用のトラバサミであり、ドラゴンとの戦いで非常に有効な罠だ。対人用のトラバサミよりも一回り大きく、スパイクも更に鋭利になっているため、ドラゴンやゴーレムの外殻を貫いて肉を串刺しにし、ダメージを与えつつ足止めする事ができる。人間がその対魔物用のトラバサミの餌食になれば、人類の中でも屈強な身体を持つハーフエルフでも真っ二つに噛み千切られてしまうだろう。
しかし、彼がジャンヌに支給した火炎瓶は、ドラゴンには効果が薄いアイテムであった。
ドラゴンの種類にもよるが、ジャンヌが戦うことになったドラゴンの外殻と鱗は非常に高い耐火性と耐熱性を誇る。そのため、火をつけた火炎瓶で攻撃しても、ドラゴンにダメージを与える事は不可能である。
だが、ジノヴィがその火炎瓶を渡したのは、攻撃のためではなかった。
草原に火を放ち、その炎でドラゴンの視界を遮るためだったのである。
それに気付いたジャンヌは草原に火を放ち、ドラゴンに奇襲をお見舞いして勝利したのだ。
「あの火炎瓶、炎を遮蔽物代わりにするために渡してくれたんですよね」
「気付いたか。さすがだな」
「ふふふっ♪」
ジャンヌの頭を撫でながら、ジノヴィは自警団の男性に問いかけた。
「これで草原を通ってもいいよな?」
「あ、ああ………構わん」
「よし、じゃあ明日の朝に出発する。今日は彼女も疲れてるだろうしな」
そう言いながら、ジノヴィは片手に持っていた革の袋を持ち上げた。中から金属音が聞こえたのを聞いたジャンヌは、その革の袋の中にぎっしりと入っているのが銀貨であることをすぐに見抜いた。おそらく、ジャンヌが討伐に成功したドラゴンの素材を村に販売したのだろう。
「今夜はたっぷり飯を食ってゆっくり休もう。祝勝会だ」
「ええ、そうしましょう」
微笑みながら首を縦に振ったジャンヌは、ジノヴィと共に踵を返す。ドラゴンとの戦いではそれほどアイテムを消費したわけではないが、疲労は感じている。このまま草原を超えるのは危険なのは火を見るよりも明らかだ。
だからこそ彼は、旅立つ前にジャンヌを休ませるべきだと判断したのだろう。
休ませてくれた彼に感謝しつつ、ジャンヌはジノヴィと一緒に村へと向かうのだった。
ごとん、と目の前に巨大な肉の乗った皿が置かれる。皿の上に乗った肉の上にはソースがかけられており、皿の上には零れ落ちたソースと混ざり合った肉汁が溜まってスープのようになっている。巨大な肉の断面から突き出ている焦げ目の付いた白い物体は、おそらく骨なのだろう。
テーブルの上に置かれた巨大なステーキを目にしたジャンヌは、目を丸くしながら凍り付いてしまった。
向かいの席に座っているジノヴィは、傍らにフォークとナイフが置かれているにもかかわらず、手がソースと肉汁で汚れても意に介さずに骨を掴んで、巨大な肉を噛み千切って咀嚼している。フォークとナイフを使って食べるよりも、ああやって肉に噛みついて食べる方が彼には似合っていた。
フォークとナイフではなく、傍らの皿の上に乗っているライ麦パンへと手を伸ばすジャンヌ。すると、咀嚼していた肉を飲み込んだジノヴィが尋ねた。
「ん? 食わねえのか?」
「い、いえ………その、これは何の肉なんですか?」
「お前が倒したドラゴン」
「ど、ドラゴンの肉ぅ!?」
目の前の皿の上に乗っているのは、ジャンヌが討伐してきたドラゴンの肉であった。そう、死闘を繰り広げていた恐ろしい相手が、美味しそうなステーキになってしまったのである。
ドラゴンの外殻などは防具や武器の素材に使われるが、ドラゴンは基本的に食用の魔物ではない。討伐に成功することが少ない上に、食用の魔物にされることもあるハーピーと比べると肉が硬いため、あまり美味しくないからだ。
しかし、ジノヴィはその硬いドラゴンの肉をお構いなしに噛み砕いてから飲み込み、酒場の女性の店員が持って来てくれたライ麦パンを口へと運ぶ。木製のコップに注がれたブドウ酒を飲み干してから再び骨を掴み、残っていた肉を全て食べてしまった。
「食わねえのか?」
「い、いえ、ドラゴンって食用の魔物では………」
「ああ、調理してくれって依頼したんだよ。肉を捨てるのは勿体ねえだろ?」
そう言いながらライ麦パンを口に放り込んでいると、ジノヴィの傍らに別の店員がまた大きな肉の乗った皿を置いた。先ほどとは違う部位の肉なのか、肉の断面から露出している骨の形状が違うのが分かる。
「お、ありがとよ」
礼を言ってから再び肉に喰らい付くジノヴィ。ジャンヌはライ麦パンを手でちぎってから口へと運び、ドレッシングがかけられたサラダをフォークで口に運びながら、周囲に座っている他の客を見渡した。
酒場の他のテーブルには、巡回を終えた自警団の団員たちや、この村に立ち寄った冒険者や傭兵らしき男性たちが座って食事をしている。大半の客が普通のメニューを注文しているが、中にはジノヴィと同じようにドラゴンのステーキを注文し、それに噛みついている客も見受けられる。
他の客もドラゴンの肉を食べていることに驚きながら、ジャンヌは天井にぶら下がっている大きな看板を見上げた。
《ドラゴンのステーキ、本日限定!》
ドラゴンは食用の魔物ではないため、外殻、鱗、骨などは防具や武器の加工に使われるが、肉はあまり食べられることがない。それゆえにドラゴンの肉は生ゴミにされるか、切ってから草原に放り投げられ、魔物たちを引き寄せるための餌にされてしまう。
以前にジノヴィがゴブリンを大剣で串刺しにし、丸焼きにしていたことを思い出したジャンヌは、溜息をつきながらスプーンを拾い上げ、スープの皿へと近付けた。
(はぁ………野蛮です)
スープの中に浮かんでいたジャガイモを一緒にスプーンに乗せ、口へと運ぶ。
「食わないなら貰うぞ?」
「どうぞ」
嬉しそうな顔をしながら、ジノヴィはソースや肉汁がこびり付いた手を伸ばし、ドラゴンの肉が乗った大きな皿を自分の方へと引っ張っていった。
硬い肉を噛み千切る彼を見つめながら、皿の上に残っていたライ麦パンを口へと運ぶジャンヌ。彼女は肉を全く食べないというわけではない。里にいた頃は屋台で売られていたハーピーの串焼きを訓練帰りに買ってよく食べていたし、近所に住んでいた狩人が分けてくれた肉を友人たちと一緒に食べる事も多かった。
里に残った仲間たちは無事だろうかと思いながら、彼女もミルクの入ったコップを拾い上げる。
「ねえ、お嬢ちゃん」
「はい?」
ミルクを飲もうとしていると、近くにやってきた冒険者の男性が声をかけてきた。腰には金属製の剣を下げており、アイテム用のホルダーが付いた革の防具に身を包んでいる。防具にはエンブレムらしきものは描かれていないため、ギルドには入団せずに単独で活動している冒険者か傭兵なのだろう。
装備を見て彼が何者なのかを見抜いたジャンヌは、ミルクを飲みながらもう片方の手を空けておく。このような場所で声をかけてくるのは、自分のパーティーへの勧誘か単なるナンパのどちらかだ。しかも、どちらも断ればここでこの冒険者と戦いを繰り広げる羽目になるかもしれない。
だからこそ、もし断られて逆上した冒険者が剣を抜いても反撃できるように、片手を空けておいたのである。
「ドラゴンを単独で倒したのは君なんだよね? 自警団の人が言ってたよ」
「そうですか」
「うん。すごいよねぇ、可愛い上に良い腕なんだからさ」
「それはどうも」
淡々と答えながら、ジャンヌはサラダを食べるためにフォークへと手を伸ばす。すると冒険者の若い男性は、フォークを掴もうとしていたジャンヌの手を握りながら彼女の顔を覗き込んできた。
「ねえ、俺たちのパーティーに入らない? あっちのテーブルに仲間がいるんだけどさ、男ばっかりなんだよ」
冒険者の仲間がいるテーブルではなく、ジャンヌはちらりとジノヴィの方を見た。彼は目の前で護衛することになっている少女が勧誘されているというのに、ジャンヌから貰ったドラゴンの肉を美味しそうに食べている。
ジャンヌが勧誘されているのに気付いていないのを知った冒険者の男は、面倒なことにジノヴィがジャンヌの仲間ではなく、同じテーブルで食事をして頂けの赤の他人だと思い込んだらしく、更に強引にジャンヌを仲間に入れようとし始めた。
「あの、食事中なので後にしてくれませんか?」
「いいじゃないか。食事代だったら俺たちが出すからさ。まずあっちで仲間と話をしようよ」
「ちょ、ちょっと――――――」
強引に手を引っ張られたジャンヌは、手にしていたフォークを床の上に落としてしまう。しかも強引に引っ張られたせいで膝がテーブルに当たり、ガタン、と大きな音を立てた。
その時、ジャンヌを連れて行こうとしていた若い冒険者の肩を、ソースと肉汁で汚れた大きな手が掴んだ。
「え?」
やっとジノヴィが気付いてくれたらしい。
安堵しながらその肩を掴んでいる巨漢の顔を見上げたジャンヌは―――――――肩を掴まれている冒険者の男と共に、凍り付く羽目になった。
彼女を連れて行こうとする冒険者の肩を掴んでいたのは、やはり毛皮の服に身を包んだジノヴィだった。彼はジャンヌが使命を果たすまで彼女を守るという依頼を受けているため、勝手に別のパーティーへと勧誘されて連れていかれれば、彼の仕事が失敗することを意味する。
それに、ジノヴィにとってジャンヌは大切な仲間である。勝手に連れていかれるのを止めないわけがない。
猛烈な威圧感を発し、冒険者の顔を見下ろしていたジノヴィは――――――どういうわけか、肉汁とソースがたっぷりと付いたドラゴンの肉を口に咥えたまま、冒険者を睨みつけ、このまま骨を粉砕してやると言わんばかりに肩を思い切り握りしめていた。
もう片方の手で骨を持ち、残っている肉を全て食べるジノヴィ。口の周りに付着したソースと肉汁を拭い去った彼は、肩の骨が粉砕されかかっている激痛と、ジノヴィが発する強烈な威圧感を感じ取って涙目になっている若い冒険者に言った。
「―――――――喰っちまうぞ、若造がッ!!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
大慌てでジャンヌから手を離し、逃げ去っていく冒険者。彼が仲間たちのいるテーブルに戻ってガタガタと震え始めたのを見たジノヴィは、呆然としているジャンヌに「ほら、座りな」と言ってから、店員が運んできたサラダを口へと運び始めた。
椅子に再び腰を下ろしてから、フォークを拾い上げてサラダを食べ始めるジャンヌ。あっという間にサラダを食べてしまったジノヴィを見つめながら、彼女は問いかけた。
「あ、あの、ありがとうございます。………ところで、喰っちまうぞって……に、人間を食べるわけじゃありませんよね?」
「………多分な」
ニヤニヤしながら答えるジノヴィを見て呆れたジャンヌは、苦笑いしながらコップを拾い上げるのだった。




