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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第三章
20/39

ジャンヌVSドラゴン


 草原に着地したドラゴンは、先ほどジャンヌが置いた肉がある方向を見つめながら、人間を容易く引き裂けるような鋭い爪の生えた脚でゆっくりと歩き始める。人間の胴体とあまり変わらない太さの脚は外殻と鱗で覆われており、鍛え上げた剣士よりも強靭な筋肉で覆われているのが分かる。


 魔力を抑え込みながら、ジャンヌは息を呑んだ。


 あのまま真っ直ぐにドラゴンが前進すれば、ジャンヌが用意した肉を目にすることになるだろう。しかし、それを口にするよりも先に――――――設置したトラバサミがある。


 強靭な外殻と鱗で覆われているとはいえ、対魔物用のトラバサミを使えばダメージを与えつつ拘束する事ができる筈である。しかし、ゴーレムよりも堅牢な外殻に覆われている上に、筋力も他の魔物とは比べ物にならないほど発達しているのだから、トラバサミがドラゴンを拘束できる時間はそれほど長くは無い筈だ。


 槍の柄を握り締めながら、ジャンヌは物音を極力立てないように接近する。草むらの中にいる以上は物音を立てる羽目になってしまうものの、風で揺れた草が発する程度の音で済むように細心の注意を払いながら、彼女は奇襲の準備をする。


 槍に魔力を集中させて攻撃したとしても、このドラゴンを一撃で倒すことはできないだろう。拘束されている間に強烈な一撃をお見舞いするか、戦闘に悪影響を与えかねないダメージを与え、そこから追撃することになるだろう。


 ジャンヌが倒そうとしているドラゴンは、他のドラゴンと戦えばあっさりと蹂躙されてしまう最下位のドラゴンである。ジノヴィが火山で死闘を繰り広げたサラマンダーは、このドラゴンとは比べ物にならないほどの力を誇る難敵なのだ。


 このドラゴンを超えない限り、一人前になることはできない。


 ジノヴィがジャンヌを護衛してくれるとはいえ、世界を救済するために世界中を旅する以上、ジャンヌも強くならなければならない。


 力を付けるために、このドラゴンを超えるのだ。


 次の瞬間、ガチン、と鉄板同士が激突するような金属音が草原に響き渡った。草むらの向こうで一瞬だけ火花が散ったかと思うと、ドラゴンの咆哮が金属音の残響を瞬く間に蹂躙してしまう。


『グオォォォォォォッ!?』


(よし!)


 肉を食べようとしていたドラゴンが、ジャンヌが用意していた対魔物用のトラバサミに引っかかったのだ。対人用のトラバサミよりもはるかに強力な大型のトラバサミは、仮に人間が引っかかれば脚や胴体を食い千切ってしまうほどの殺傷力を誇る。ゴーレムやドラゴンのような魔物の脚を食い千切ることは不可能だが、搭載されたスパイクは外殻や鱗を穿つ事ができるほどの威力があるのだ。


 ダメージを与えつつ足止めできるため、大型の魔物と戦う際にこれを購入していく傭兵や冒険者も多い。


 ドラゴンが咆哮を発しながら暴れ始めると同時に、ジャンヌは魔力を急激に加圧しながら立ち上がった。加圧した魔力を槍へと流し込みながら走り出し、左手で槍の長い柄を握る。風属性の魔力が緑色の光を発しながら槍の周囲で小型の魔法陣を形成し始めたかと思うと、複雑な古代文字で形成された無数の記号たちがぐるぐると回転を始めた。


 風属性の魔術は、標的を両断したり、風圧で押し潰してしまうものが多い。それゆえに炎属性や氷属性のように、効果が標的の防御力に左右されることはない。


 やがて、回転する魔法陣の周囲に風が集まり始める。高圧の魔力で強引に集中させた風を纏った槍をドラゴンへと向けながら突っ走ったジャンヌは、トラバサミに喰らい付かれた足を引き抜こうとしているドラゴンへと槍を突き出した。


 ジャンヌが狙いを定めたのは、ドラゴンの首だった。頭はドラゴンの急所でもあるのだが、ドラゴンの頭を覆っている外殻は他の部位とは比べ物にならないほど堅牢であり、その外殻の下には同じく堅牢な頭蓋骨がある。この2つを貫通する事ができれば致命傷を与えることはできるものの、ジャンヌの攻撃力では外殻もろとも頭蓋骨を貫通することは不可能だろう。


 そこで彼女は、頭の外殻と頭蓋骨を貫通させて一撃で仕留める事を諦め、急所である首に狙いを定めたのである。


「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 雄叫びを上げながら、ジャンヌは高圧の風を纏った槍をドラゴンの首に叩き込んだ。高圧の風で貫通力を底上げしたことによって、ゴーレムの外殻を易々と貫く事ができるほどの殺傷力になった槍の先端部が、ドラゴンの首を包み込んでいる鱗と激突する。


 槍が激突すると同時に、ジャンヌは顔をしかめた。


(………!?)


 ガチン、と、まるで鉄板を鉄の棒で殴打したような音が響く。


 ジャンヌが突き出した槍は――――――ドラゴンの鱗を辛うじて貫いていた。もし魔力で貫通力を底上げしていなければ、鱗を貫通してダメージを与えることはできなかっただろう。


 槍を引き戻し、ジャンヌは再び同じ場所へと狙いを定めて槍を突き出す。ドラゴンの血で真っ赤になった槍がまたしても傷口を直撃し、肉片や鮮血が飛び散る。


 しかし、ドラゴンは肉薄した少女からの攻撃を無視して、トラバサミを破壊しようとしていた。堅牢な外殻に覆われた尻尾を足元のトラバサミへと何度も叩きつける度に、対魔物用のトラバサミが金属音を発しながら徐々にひしゃげていく。


 歪んだトラバサミを一瞥してから、ジャンヌは唇を噛み締めた。このドラゴンを足止めできるのは

あと10秒程度だろう。トラバサミで拘束している隙に可能な限りダメージを与える作戦だったというのに、ドラゴンに与えたダメージはまだ首の鱗を少しばかり貫通した程度である。ドラゴンがその傷よりも、自分の脚をスパイクで穿ったトラバサミの方が強力な攻撃だと判断してしまう程度の小さなダメージでしかない。


 焦りながら、ジャンヌは何度も傷口を攻撃する。槍の先端部が傷口にめり込む度に、真っ赤な鮮血が溢れ出る。


 傷口から強引に槍を引き抜いた瞬間、ドラゴンがジャンヌを見下ろしながら前足を振り上げた。


「!」


 傷口を集中攻撃したことで、やっとドラゴンがダメージを与えてくるジャンヌを脅威だと思ったのだろう。ぎょっとしながら槍を引き戻したジャンヌは、慌てて横へとジャンプし、振り下ろされてきた巨大な前足を回避する。


 槍を握って再び魔力の加圧を始めると同時に、びきっ、と金属がへし折れるような音が聞こえた。その音が何の音なのかを予測しながら左手を投げナイフのホルダーへと伸ばした彼女は、グリップから高圧の魔力を流し込み、後ろへとじゃんぷして距離をとりつつそれを投擲する。


 残念なことに、その投げナイフは先ほどから集中攻撃していた傷口ではなく、まだ健在な鱗の表面を直撃することになった。しかし、高圧の魔力がナイフの中で膨張して爆発を起こしたことで、直撃した鱗に亀裂が入っているのが見える。


 もう一度あそこに攻撃すればその鱗にも穴が開くだろうと思いつつ、ドラゴンの足元を見つめる。案の定、ドラゴンの脚に牙を剥いた対魔物用のトラバサミがひしゃげ、残骸と化していた。


『グオォォォォォッ!!』


「くっ!」


 肉を口にするどころか、トラバサミで足止めされた挙句、少女に首筋の鱗を穿たれてダメージを与えられてしまったことに怒り狂っているのだろう。前足を振り上げて地面を抉ったドラゴンは、ジャンヌを睨みつけたまま咆哮を発すると、彼女に向かって突進してくる。


 結界を用意しない限り、それを防御することは不可能だろう。盾を使ったとしても、ドラゴンの体重は人間の比ではない。圧倒的な運動エネルギーを身に纏って突進してくるドラゴンにあっさりと吹き飛ばされた挙句、強引に踏み潰されるのが関の山である。


 それゆえに、回避するという選択肢しかないのだ。


 ジャンヌは右へと思い切りジャンプして、そのまま草むらの中へと飛び込んだ。怒り狂ったドラゴンは突進を空振りし、地面に生えている草たちを蹂躙しながらジャンヌを探す。


 草むらに身を隠しながら、ジャンヌは魔力を抑え込みつつ投げナイフのホルダーへと手を伸ばした。ドラゴンが違う方向を向いている隙に魔力を加圧して流し込み、再び首の傷口を投げナイフで狙い撃ちにする作戦である。魔力を加圧した本機の一撃ですら、辛うじて鱗を貫通する程度のダメージしか与えられなかった以上、あの傷口を集中攻撃して致命傷にするしかない。


 もしジノヴィだったらツヴァイヘンダーで頭を頭蓋骨もろとも叩き割っているだろう、と思いながら苦笑いした瞬間、怒り狂ったドラゴンの口から炎が漏れ出た。


 ぎょっとしながら、ジャンヌは草むらの中から飛び出す。


 その直後、無数の牙が生えたドラゴンの口の中からブレスが解き放たれた。まるで太陽の中で産声をあげるフレアのようなブレスが草むらを飲み込み、遮蔽物として機能していた草たちを焼き払っていく。


 もし草むらから脱出しなければ、ジャンヌは草むらもろとも焼き尽くされていた事だろう。


 草むらから躍り出たジャンヌを睨みつけたドラゴンが、口から火の粉を漏らしながら咆哮する。ジャンヌは歯を食いしばりながら加圧した魔力を注入したナイフを投擲し、まだ燃えていない別の草むらの中へと飛び込んだ。


 幸運なことに、ドラゴンの種類にもよるが、基本的に彼らのブレスはそれほど連射できる代物ではない。敵の群れを殲滅するほどの破壊力を誇る強力な攻撃だが、マシンガンのように連射することはできないのである。


 少なくとも、その草むらもろとも焼き払われることはないだろう。


(あれがドラゴンのブレス………!)


 最強の怪物たちが吐き出すブレスを始めて目にしたジャンヌは、呼吸を整えながら草むらの中を移動する。ちらりと草むらの向こうを見ると、ドラゴンが先ほどジャンヌが飛び込んだ場所へと前足を叩きつけたり、唸り声を発しながら尻尾を振り回して攻撃しているところだった。


 先ほど投擲したナイフはどうなったのかと思いつつ、ジャンヌはドラゴンの首を凝視する。


 どうやら草むらに飛び込む直前に投擲したナイフは、一番最初に穿った傷口を直撃していたらしい。先ほどよりも傷口が大きくなっているのを見て、投擲したナイフが命中したのだと確信した彼女は、ニヤリと笑ってから移動を続ける。


 背後からの攻撃は非常に危険だ。もし足音や匂いで察知されれば、即座に尻尾で反撃されてしまうからである。それゆえにドラゴンを奇襲する場合は側面からの攻撃が最も安全だと言われている。


 だが――――――槍の柄を握って草むらから飛び出すよりも先に、ドラゴンは巨大な翼を広げた。


「!」


 草むらをブレスで焼き払ったり、前足や尻尾を叩きつけてジャンヌを追撃するよりも、空を飛びながらブレスで襲撃した方が手っ取り早いと判断したのだろう。巨大な翼を広げて舞い上がったドラゴンは、口の中に炎を集中させながらジャンヌを探し始める。


 再び姿勢を低くし、草むらの中へと隠れるジャンヌ。草むらの中に隠れていれば焼き払われる恐れがあったが、草むらから飛び出す方が危険である。相手は既にブレスの発射準備を終えているのだから、飛び出せば即座にブレスで狙い撃ちにされてしまう。


 幸運なことに、ドラゴンはジャンヌが隠れている場所から離れた草むらへとブレスを放ち始めた。緑色の草むらが真っ赤に染まり、火の粉と陽炎が舞い始める。焼き払われていく草むらを見つめながら息を呑んだジャンヌは、ポーチの中へと手を入れて残っているアイテムを確認する。


 回復用のエリクサーはまだ使っていないから残っている。ホルダーに残っている投げナイフはあと3本のみだ。


(あ………)


 ジノヴィがプレゼントしてくれた火炎瓶があった事を思い出したジャンヌは、それを取り出しながら、酒瓶の中に入っているオイルをまじまじと見つめる。マッチで火をつけてから投擲すれば、普通の魔物や人間の兵士には猛威を振るってくれることだろう。しかし、ドラゴンが身に纏っている鱗や外殻の耐火性はトップクラスに高く、実質的に炎属性は全く通用しないと言っていい。


 彼がなぜジャンヌにそれを持たせたのだろうかと思いつつ、ジャンヌはドラゴンを見上げた。


 燃え上がった炎が、まるで炎で作られた壁のように屹立する。吹いてきた風で一瞬だけその壁が歪み、天空を舞う恐ろしいドラゴンがあらわになる。


《炎は攻撃だけに使うもんじゃないぞ》


「!」


 それを見た瞬間、ジャンヌはなぜジノヴィが火炎瓶を渡したのかを理解した。


 そう、その火炎瓶は攻撃に使うためのものではない。


 ジノヴィが火炎瓶を渡してくれた理由を悟ったジャンヌは、息を殺しながら草むらの中に隠れ続けた。やがて、ジャンヌがブレスで焼き尽くされたと判断したドラゴンがゆっくりと地面に降り立つ。先ほどジャンヌが地面に置いた肉をまだ食べるつもりなのか、肉が置いてある方向へと頭を向けた。


 呼吸を整えつつ、ポーチの中から火炎瓶とマッチ箱を取り出す。マッチに火をつけ、火炎瓶に栓の代わりに詰め込まれている布へと火をつけたジャンヌは、左手に火炎瓶を持ったままドラゴンを睨みつけた。


 ドラゴンの周囲にはまだ草むらが残っていた。肉を発見したドラゴンは、口から涎を垂らしながらゆっくりと肉に近付いていく。しかし、彼の鱗に穴を開けた忌々しい敵は、隙を晒しているそのドラゴンに狙いを定めていた。


「っ!」


 草むらから飛び出し、左手の火炎瓶を投擲する。ぐるぐると回転しながら草むらを直撃した火炎瓶があっさりと割れ、中に入っていたオイルに炎が燃え移る。ドラゴンはブレスで形成された火の海の中にいることも多いため、炎を目の当たりにした程度では全く動じない。しかし、唐突に近くの草むらが火の海と化したことに違和感を感じたらしく、ドラゴンはジャンヌが投擲した火炎瓶が”着弾”した場所を凝視した。


 次の瞬間、その火の海の中から槍を手にした少女が躍り出る。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


『!!』


 ジノヴィが彼女に火炎瓶を渡した理由は――――――炎を遮蔽物代わりにするためだった。


 もちろん、炎を盾にすることはできない。しかし、炎の向こうにいる標的を探すのは非常に難しい。だからこそジノヴィは敢えて火炎瓶をジャンヌに渡し、火炎瓶で敵を焼き払うためではなく、奇襲するために使わせたのである。


 ジャンヌが焼け死んだと思い込んでいたドラゴンは、ぎょっとしながら前足を振り払う。突っ走っていたジャンヌはその一撃をジャンプして躱すと、微かに炎を纏った炎に高圧の風を展開しながら舞い上がり、一番最初に穿った傷口へと飛び掛かる。


 傷口へと槍を突き立てると同時に、そのまま体重を乗せるジャンヌ。槍が先ほどよりも深くめり込み、ドラゴンの肉を貫いていく。ドラゴンは咆哮を発しながら前足を振り回してジャンヌを払い落とそうとするが、懐に飛び込んでいる彼女を前足が直撃することはなかった。


 ポーチの中からもう1つの火炎瓶を取り出し、足元で燃え盛っている火の海を利用して布に着火するジャンヌ。槍を更に突き入れた彼女は、槍を傷口から強引に引っこ抜いて肉を抉りつつ、火炎瓶を傷口へと放り込み、もう一度槍を突き入れた。


 バキン、と槍の先端部が火炎瓶を叩き割り、中に入っていたオイルをぶちまける。それに着火された布の炎が燃え移ると、ドラゴンの傷口にも火の海が生じた。


『グオォォォォォォォ!!』


「これで終わりです!!」


 もう一度槍を思い切り突き入れてから、ジャンヌは槍を引き抜いてドラゴンから飛び降りた。


 黒焦げになった草原の上に着地しながら、もがき苦しんでいるドラゴンを見上げる。どうやらジャンヌの槍は鱗と肉を貫いて喉に大穴を開けていたらしく、ドラゴンは呻き声を発しながら前足と尻尾を振り回してからふらつき、そのまま火の海のど真ん中へと崩れ落ちていった。

 


 



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