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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第一章
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防衛戦


 雄叫びを発しながら振り上げた一撃が、大剣を振り下ろそうとしていた巨漢から、鋼鉄製の大剣をあっさりと弾き飛ばす。がっちりとした剛腕から放り出された鋼鉄製の大剣はぐるぐると回転しながら天空へと舞い上がっていくが、すぐに運動エネルギーを使い果たして落下し始め、訓練場の地面へと突き刺さる。


 がちん、と後方の地面に突き刺さった自分の得物を見つめたハーフエルフの戦士は、目を見開いたままもう一度目の前に立っている少女を見つめた。


 彼の目の前に立っているのは、約2mの槍を手にした華奢な少女だった。この訓練場で屈強な男たちと一緒に訓練して汗を流すよりも、静かな部屋の中で分厚い書物を開き、錬金術や魔術の勉強をしている方が似合いそうな少女の一撃が、戦士の得物を天空へと舞い上げたのである。

 

「そこまで!」


「くそ…………相変わらず強いな」


「ありがとうございます」


 槍をくるりと回してから地面に突き立て、ジャンヌはぺこりと頭を下げる。


 今しがた彼女の相手をしたのは、里を守るための防衛戦に何度も参加しているベテランの戦士であった。アートルム帝国の騎士から鹵獲した鋼鉄製の大剣を振り回しながら敵陣へと突っ込み、何度も戦果をあげた猛者の1人である。


 大剣を拾い上げた戦士と握手をしてから、ジャンヌは槍を地面から引き抜き、踵を返して訓練場の隅へと歩いた。先ほどの訓練のように、もう既にジャンヌはベテランの戦士の得物を弾き飛ばす事ができるほどの力を持っている。本当ならば彼女も最前線で帝国の騎士たちと戦っていてもおかしくはないのだが、ジャンヌは未だに実戦を経験したことが殆どなかった。


 ―――――――原因は、彼女に与えられた使命である。


 アネモスの里を二の次にしてでも、ジャンヌを失うわけにはいかないのだ。


 それゆえに彼女は、帝国が里を攻撃しても迎撃に参加することは許されずに、ずっと防壁の中で戦士たちが無事に帝国の騎士を撃退してくれるのを待つことしかできなかったのである。


(私も力になりたいのに…………)


 その使命もなければ、ジャンヌも戦士の1人として帝国の騎士たちと戦っていた事だろう。


 しかし使命を与えられた彼女は、里そのものを対価にしたとしても守り抜かなければならないほど重大な存在である。


 もし彼女が防衛戦で命を落としてしまえば、この世界を”浄化”する存在がいなくなってしまうのだから。


「はぁ…………」


「どうしたのよ、ジャンヌ」


「アーシャ…………」


 訓練場の壁に寄り掛かりながら、若手の戦士とベテランの戦士の試合を眺めていたジャンヌの隣に、木製の弓矢を手にした銀髪の少女がやってきた。矢筒の中に入っている矢の本数は減っていたため、すぐ近くにある射撃訓練用のレーンで訓練してきたばかりなのだろう。


 水筒を差し出してくれたアーシャに礼を言ってから水筒を受け取り、中に入っている水を飲んで水分補給をする。


 アーシャはジャンヌの親友の1人である。ハーフエルフではなく、エルフやハーフエルフよりも魔術の扱いに長けたハイエルフであり、長い銀髪の中からは真っ白な長い耳が伸びているのが分かる。


 ハイエルフは体内に膨大な量の魔力を持っているものが多いため、エルフたちの中では最も魔術師の人口が多いと言われている。視覚も優れているため弓矢の命中精度も極めて高いが、逆に身体が華奢で筋力がそれほど高くないという欠点がある。


 それゆえに、剣士を目指そうとするハイエルフは非常に珍しい。


「また使命の事で落ち込んでるの?」


「なんというか…………みんなの力になれないのが悔しいんです」


「…………ジャンヌが使命を果たせば世界中の人々が救われるんだよ? それに私たちだって、ジャンヌのおかげで希望を持てるんだから」


「アーシャ…………」


 彼女から受け取った水筒を返そうとするジャンヌにウインクしてから、アーシャは水筒を受け取った。


 自分の存在が里の戦士たちに希望を与えているというのならば、使命を全うしてこの世界を救わなければならない。里の力になるために自分の使命を疎かにするのは、使命を放棄することに等しい。


 彼女の役割は、希望を与える事なのだ。


 世界中で虐げられている人々に。


 戦士の1人でもあるアーシャの言葉が、ゆっくりとジャンヌの心を蝕んでいた悔しさを消し去っていく。


「ありがとうございます、アーシャ」


「いいのよ。友達じゃないの」


 幼い頃から、ジャンヌは何度もアーシャに相談に乗ってもらっていた。里そのものを対価にしても守り抜かなければならないほど重大な存在として生まれた責任の重さに苦しんでいた彼女を、何度も救ってくれたのは傍らで微笑んでくれているハイエルフの親友である。


 彼女に救われた回数が、また一回増えてしまった。


 この使命を全うして世界を救えばアーシャに恩返しをすることはできるのだろうか、と考えたその時、金属と金属がぶつかり合う甲高い音が、訓練場で剣を振り下ろす戦士たちの雄叫びをかき消した。


 その音を耳にした戦士たちがぴたりと止まり、一斉にその音が聞こえてきた見張り台の方を見つめる。里の中にある見張り台は防壁よりも高いため、防壁の向こうから攻め込んできた敵を見つけることは容易だったが、周囲に屹立する巨大な樹たちのせいで視界はそれほど良くはない。


 見張り台に上ったエルフの男性が、小型のハンマーで備え付けられている警鐘を必死に鳴らしているのを目にした瞬間、戦士たちはその金属音の意味を理解した。


 早くも、里に攻め込もうとしている輩がいるのだ。


 傭兵のおかげで辛うじて帝国を撃退したばかりの、疲弊したアネモスの里に。


「戦闘配置!」


「敵は何だ? 帝国か!?」


「分からん! 魔物が血の臭いに反応して寄ってきたのかもしれん!」


「くそ、何なんだよ! あの傭兵はどこに行った!?」


 大慌てで武器を拾い上げた戦士たちが、訓練所から飛び出して正門の方へと走って行く。ジャンヌも反射的に彼らの後を追いかけようとしたが、寄り掛かっていた壁から彼女の華奢な背中が離れると同時に、すぐ傍らから伸びてきた真っ白な手がジャンヌの腕を掴んだ。


「アーシャ!」


「これは私たちの仕事だよ、ジャンヌ」


「でも!」


「言ったばかりでしょ? あなたには、この世界を救う使命があるって」


「…………」


「だから私たちに任せて、中で待ってなさい。すぐ戻るわ」


 そう言ってから手を離し、弓矢を手にしたまま里の正門へと走って行くアーシャ。訓練で矢を何本か使ってしまっているようだが、訓練場の入り口の近くには鍛冶屋もあるため、そこで矢を補充していくつもりなのだろう。


 弓矢を手にした他の戦士たちと合流したアーシャは、まだ訓練場に残っているジャンヌにもう一度ウインクしてから、仲間たちを引き連れて訓練場を後にする。


(無理はしないでください、アーシャ)


 おそらく、里に攻め込んできたのは帝国ではないだろう。いくら列強国の中でも圧倒的な軍事力を誇る大国とはいえ、侵攻部隊の大半が戦死してしまうほどの大損害を被ったのだから、すぐに騎士を補充して攻め込むことはできない筈だ。


 攻め込んできたのは肉食の魔物たちだろう。凶暴な魔物たちは血の臭いに反応するという性質があるため、拠点の周囲で防衛戦を行った後は迅速に死体を処理する必要がある。


 だが、今回の戦いでは敵の騎士たちが何人も戦死している。戦士たちが死体を片付けに行っていた筈だが、焼け野原と化した森の中に転がる無数の死体を短時間で処理できるわけがない。


 魔物は人類と違って知能が低いため、人類の意表を突くような真似をすることは稀である。しかし彼らの身体はかなり屈強であり、中には堅牢な外殻で覆われている魔物も存在するため、少人数で魔物の群れを食い止めるのは至難の業だ。


 しかも今の里の戦士たちは、先ほどの防衛戦で疲弊している状態である。


 槍の柄をぎょっと握りしめながら、ジャンヌは親友たちが無事に戻ってこれますように、と祈るのだった。











 焼け野原と化した大地を、無数の魔物たちが埋め尽くしていた。


 黒焦げになった森の大地を埋め尽くしているのは、オリーブグリーンの皮膚に覆われた小柄な魔物たち。背丈は人類の中でも小柄と言われているドワーフたちと変わらないが、口の中には獣を彷彿とさせる鋭い牙がずらりと並んでおり、大きな目は常に血走っている。


 胴体や手足は痩せ細っているものの、腹の部分だけは、まるで胃袋の中にボールでも入っているのではないかと思ってしまうほど膨らんでいるのが分かる。


 魔物の中では最も個体数が多いと言われる、ゴブリンたちの群れだった。


 基本的には丸腰で襲い掛かってくる者もいるが、中には人間の死体から武器を鹵獲し、それを振り回して攻撃してくる個体もいるという。案の定、戦死した帝国の騎士の死体から毟り取った内臓や手足を齧りながら、片手に血まみれのロングソードを手にしているゴブリンも見受けられる。


「いっぱいいるね、お姉ちゃん」


 防壁の外を埋め尽くすゴブリンの群れを見下ろしながらそう言ったのは、アーシャにそっくりな容姿の銀髪の少女だった。アーシャよりも髪は短いものの、やはりその髪の中からは真っ白な長い耳が伸びており、彼女もハイエルフであるということが分かる。


「油断しちゃダメよ、リーシャ」


「はいはーい。あんな奴らの餌になるのは嫌だもん」


 妹のリーシャにそう言いながら、矢筒の中から木製の矢を1本引き抜くアーシャ。矢をつがえ始めた彼女を見てから他の戦士たちも矢を矢筒から引き抜き、防壁の下で呻き声をあげているゴブリンたちに照準を合わせる。


 木製の矢は鋼鉄製の矢と比べると貫通力は低いが、里の周囲にある巨大な樹を加工すればいくらでも調達できる上に、特殊な加工をしない限りは金属製の矢よりも魔力を伝達し易いという特徴があるため、魔術も得意とする里の戦士たちに好まれている。


 ゴブリンは魔物の中でも防御力はそれほど高くはないため、木製の矢でも十分なのだ。


 仲間たちが照準を合わせたのを確認してから、一足先に照準を合わせていたアーシャが号令を発する。


「―――――――放てッ!」


 凛とした彼女の号令の直後、戦士たちの弓矢から、一斉に木製の矢が解き放たれる。


 魔力を纏わない状態の弓矢であったが、防御力は人間とそれほど変わらないゴブリンの群れを血祭りにあげるには十分であった。


 どすっ、とアーシャの放った矢が、群れの中心にいたゴブリンの頭を射抜く。頭蓋骨に風穴を開けられた挙句、脳味噌を串刺しにされる羽目になったゴブリンは、牙が並んでいる口の中からよだれと鮮血をまき散らしながら崩れ落ちる。


 妹のリーシャや他の戦士たちが放った矢の群れも、里の防壁の外を埋め尽くしていたゴブリンの群れに次々に突き刺さっていった。痩せ細った胸板を貫かれて心臓を串刺しにされたゴブリンたちが、呻き声を上げながら次々に倒れていった。


 次の矢をつがえる準備をしながら、アーシャは正門の裏で突撃する準備をしている戦士たちに合図を送る。先頭にいる隊長が頷いたのを確認してから、反射的のその中にジャンヌが紛れ込んでいないか確認しようとしたアーシャは、彼女ならば里の中で大人しく待っている筈だ、と思いながら矢をつがえ、仲間を殺されて怒り狂うゴブリンの頭に風穴を開けた。


 やがて正門が開き、帝国の騎士から鹵獲した鋼鉄製の剣やメイスを手にした戦士たちが、雄叫びを上げながらゴブリンの群れへと突撃していく。矢の刺さったゴブリンの死体をがっちりした足で踏みつけながら魔物の群れに肉薄した屈強な戦士たちが、手に持った剣やメイスを薙ぎ払い、小柄な魔物たちを次々に粉砕していく。


「お姉ちゃん、右!」


「了解!」


 咄嗟に矢をつがえ、右側から回り込もうとしていたゴブリンを射抜く。次の矢へと手を伸ばしている間にリーシャが矢を放ち、戦士たちへと肉薄しようとしていたゴブリンを貫いてしまう。


 妹のリーシャが矢筒へと手を伸ばしている間に矢を放ち、ゴブリンの頭を矢で貫くアーシャ。その間にリーシャが射撃準備を整え、次のゴブリンを射抜く。


 側面から奇襲しようとするゴブリンを2人が食い止めたおかげで、戦士たちは正面に陣取るゴブリンの群れを集中攻撃する事ができていた。ゴブリンは知性は低いものの、大規模な群れの場合は獲物を包囲して嬲り殺しにしようとする習性があるため、50体以上の群れと戦う場合は包囲されないように注意する必要があるのである。


 幼い頃から図鑑で魔物の習性を学んでいたおかげで、奇襲を防ぐことができた。


「おじさんに褒めてもらえるかな?」


「ご褒美にフルーツがもらえるかもね」


「そうしたらジャンヌにも分けてあげようよ」


「ええ、あの子も喜ぶわ」


 そう言いながら次の矢へと手を伸ばそうとした、その時だった。


 人間よりもはるかに発達したアーシャとリーシャの聴覚が、そのゴブリンの群れの向こうから近づいてくる巨大な足音を捉えたのである。


 ぞくりとしながら、アーシャとリーシャは群れの向こうを睨みつけた。


 無数のゴブリンたちの足音ではない。もしゴブリンの群れの増援だったのならば、もっと不規則な足音になる筈だ。しかし今しがた2人が捉えた大きな足音は、屈強な戦士たちとは比べ物にならない体重を誇る巨躯が、大地を踏みつける音だったのである。


「まさか―――――――」


 この群れの奥に、更に巨大な魔物がいる。


 ゴブリンの群れを血祭りにあげていた戦士たちもその巨大な音に気付いたらしい。


 戦士たちを後退させるべきだろうかと思った直後、焼け野原と化した大地の向こうで、ゴブリンたち夜も遥かに巨大な魔物の肉体が揺れたのが見えた。


 無数の焦げた巨木が乱立する向こうに見えたのは、巨大な人影だった。10m以上の高さの人影で、まるで太っているかのように腹部は膨らんでいる。頭部や腹部からはまるで触手のような太い体毛が伸びていて、胴体からは巨木の幹を容易くへし折ってしまいそうなほど太い腕が生えている。強靭な筋肉と脂肪を覆っているのはゴブリンと同じくモスグリーンの皮膚である。


「あれって…………トロール!?」


 トロールは危険な魔物の一種である。


 他の魔物と同じく知性は低いものの、巨大な剛腕の破壊力は要塞の正門を軽々と粉砕してしまうほど強力であり、場合によってはドラゴンですら一撃で殴り殺し、そのまま食い殺してしまうこともあるという。


 防御力も非常に高いため、討伐するには虎の子の魔術師を派遣しなければならない。要するに、アーシャたちが持っているような木製の弓矢や、前衛の戦士たちが持つ鋼鉄製の剣だけでは討伐することは不可能なのだ。


 しかも、森の向こうから姿を現したトロールは1体だけではない。


 以前に人類と激闘を繰り広げた個体なのか、右目に大きな傷のあるトロールと、黒焦げになった巨木を棍棒のように肩に担いだトロールも姿を現し、足元のゴブリンたちを容赦なく踏みつけながら里へと接近しているのである。


「そ、そんな…………!」


「3体も…………!?」


 1体だけならば、弓矢の集中砲火で注意を引いているうちに魔術師たちに攻撃させて倒すことはできただろう。だが、さすがに3体のゴブリンを撃破するのは至難の業である。


 しかし、何としてもここで倒さなければ、仲間たちが住む里が蹂躙されてしまうのは想像に難くない。


 アーシャは唇を噛み締めながら、木製の矢をつがえ、先頭のトロールへと狙いを合わせるのだった。



 




 

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