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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第三章
18/39

ジノヴィの癖


 ドラゴンは、魔物の中でも非常に危険な存在と言われており、ダンジョンの中に居座っているだけでダンジョンの危険度が大きく変わると言われるほどの脅威である。空を高速で飛び回る事ができる上に、鍛冶職人が作り上げる堅牢な盾や鎧とは比べ物にならないほど頑丈な外殻と鱗に守られた怪物なのだ。


 分厚い外殻を穿つ事ができるのは魔術師の魔術程度であるため、討伐するためには優秀な魔術師が必要不可欠と言われている。魔術師がいれば魔力の防壁で強力なブレスから仲間を守ることもできるため、討伐部隊の生存率も飛躍的に上がるのだ。


 しかも基本的に空を飛んでいることが多いため、どれほど優秀な剣士が討伐に向かっても勝負にならない。そもそも剣が届かない上に、衝撃波を飛ばせる剣士だとしても衝撃波の射程距離は弓矢以下なのだから、蹂躙されるのが関の山である。


 ジャンヌが鍛冶屋で目にした極めて高額な槍は、そのドラゴンの中でもトップクラスの強さを誇るサラマンダーの素材で作られた代物だという。


 ごく普通の槍の中に紛れ込んでいた赤黒い槍の形状を思い出しながら、ジャンヌはポーチの中の回復アイテムを整理する。


 サラマンダーは基本的に火山に生息するドラゴンである。身体中を赤黒い外殻と鱗柄で覆われており、頭からはまるで大剣のような角が生えている。その頭部の角は身体中を覆っている外殻とは比べ物にならないほど硬いと言われており、先端部は溶鉱炉の中で溶けていく鉄のように真っ赤に染まっているという。


 身体を覆う鱗と外殻は耐火性と耐熱性に優れており、溶岩に触れても全く問題がない。それゆえにサラマンダーを”炎属性の魔術で撃破するのは不可能”と言われている。弱点は水属性と氷属性となっているものの、身体の周囲に高熱を纏っているため、魔術を放っても着弾する前に蒸発してしまい、ダメージすら与える事ができない。それゆえに魔術を至近距離で発動するか、複数の魔術師で同時に魔術を使って飽和攻撃を仕掛けるしかないのだ。


 剣を使って接近戦を挑んだとしても、刀身が耐熱性に優れた素材で作られていない限り、外殻へと振り下ろした瞬間に融解する羽目になるだろう。もちろん、金属製の剣ですら外殻に触れる前に融解してしまうほどの熱なのだから、その剣を振るう剣士が無事であるわけがない。


 剣で戦いを挑むのは自殺行為としか言いようがないほど、危険なドラゴンであった。


 だが―――――――ジャンヌに同行している傭兵は、かつてその怪物を剣やトマホークで倒したことがあるという。


 回復アイテムの整理を終え、財布の中に残っている銀貨を数えたジャンヌは、ちらりと部屋の壁に大剣を抱えたまま寄りかかり、寝息を立てている大柄な男を振り向いた。


 ジノヴィはジャンヌに体験談を聞かせてくれることはあるが、汚れ仕事も引き受けていたからなのか、あまり過去に受けた”仕事”の話はしてくれなかった。しかし、鍛冶屋に並んでいたあの赤黒い槍をジャンヌが興味深そうに見つめていたからなのか、鍛冶屋から宿屋まで歩く間に珍しく昔の仕事の話をしてくれたのである。


 かつて、単独でサラマンダーを討伐することになったという話を。


(信じられません…………サラマンダーを単独で討伐するなんて)


 ジノヴィがサラマンダーを単独で討伐したのは、3年前の話だという。


 火山のふもとにある村の村長から、火山に住み着いたサラマンダーを討伐してほしいという依頼を引き受けたジノヴィは、その依頼を引き受けた他の傭兵とパーティーを組んで火山へと登った。他の傭兵と協力する気は全くなかったものの、村長が他の傭兵たちにも同じ依頼をしていたため、他の傭兵たちとパーティーを組む羽目になってしまったのである。


 基本的に傭兵は、依頼を単独で受けるか、身内ギルドでパーティーを組むことを好む。赤の他人とパーティーを組めば報酬は減ってしまう上に、その傭兵の実力が分からないのだから安心できないからである。それに、傭兵の中には味方を殺して報酬を独り占めしようとする輩も多いため、大半の傭兵は赤の他人とパーティーを組むことを嫌うのだ。


 彼が渋々パーティーを組むことになったのは、2人の剣士と魔術師だった。しかしそのパーティーを組んだ傭兵たちは、サラマンダーと戦う前に他の魔物に襲われて命を落としてしまったため、最終的にジノヴィは1人で強力なドラゴンに挑む羽目になったのである。


 炎を自在に操る強力なドラゴンと死闘を繰り広げたジノヴィは辛うじて勝利したものの、その時に愛用していた大剣が折れてしまったため、より頑丈な剣をドワーフの鍛冶職人に依頼して作ってもらったという。


 その大剣の製作費で報酬の3分の2を使う羽目になってしまったらしいが、ジノヴィの一族たちは報酬の金額よりも戦いを好むため、手に入った報酬を気にすることはない。強敵と戦って満足していたジノヴィはあっさりと報酬の3分の2を鍛冶職人に渡してしまったらしい。


 ドラゴンを魔術師無しで討伐した事例は聞いたことがあるものの、魔術師無しで討伐する事ができたのは通常のドラゴンである。サラマンダーはそのドラゴンを遥かに上回る力を持った強力な怪物であり、魔術師無しでの討伐は実質的に不可能と言っても過言ではない。


 しかも彼は、サラマンダーを単独で討伐したのである。得物が折れた程度で済まないのは火を見るよりも明らかであった。


 ジャンヌはその話は嘘なのではないかと思ったが、アネモスの里でトロールを一蹴したジノヴィの戦い方を思い出して首を横に振る。


 3年も前にサラマンダーを単独で討伐しているからこそ、あのような戦い方ができるのではないか。


 トロールもドラゴンを殴り殺す事ができるほどの怪物である。さすがにサラマンダーを殴り殺そうとすればその前に丸焼きにされるのが関の山だが、これでもかというほど騎士を投入するか、虎の子の魔術師を出撃させない限り討伐が難しい魔物だ。その魔物をあっさりと殺す事ができるほどの実力者なのだから、単独でサラマンダーの討伐に成功していてもおかしくはない。


 ジノヴィは、ジャンヌの予想以上に強い男だった。


 単独でサラマンダーを討伐したことを大国に報告すれば、彼は間違いなく最高戦力として大国の騎士団にスカウトされることだろう。しかし、ジノヴィはサラマンダーを1人で仕留めたことを自慢しない上に、高を括る事もなかったのである。


 ポーチをベッドの脇へと置いたジャンヌは、ジノヴィの話を信じる事にした。


「ジノヴィ、起きてください」


 彼の肩に手を置き、筋肉で覆われた巨躯を優しく揺する。狼の毛皮で作られた服に身を包んだジノヴィは目を開けると、反射的に抱えていた剣の柄へと手を伸ばしながら周囲を見渡す。


 敵がいないか確認したのだろう。宿屋の中だという事に気付き、目の前にいるジャンヌ以外には誰も部屋の中にいないことを確認したジノヴィは、「どうした?」と問いかけながら立ち上がった。


 このような村の中にある宿屋で敵に襲われるわけがない。おそらく傭兵として生活している最中に身についてしまった癖なのだろうと思いつつ、ジャンヌは「ちゃんとベッドで寝ないとダメじゃないですか」と咎める。


 部屋の中には、ちゃんとベッドが2つ並んでいる。毛布はぼさぼさになっており、少しばかり破れている部分も見受けられるものの、魔物に襲われる可能性のある森や草原で安物の寝袋を使って眠るよりは遥かにマシである。


 しかし、ジノヴィはベッドを一瞥してから首を横に振った。


「ここでいい」


「え? ベッドは使わないのですか?」


「こうやって剣を抱えて寝るのが癖になっちまっててな。いつでも反撃できる状態じゃないと眠れなくなっちまった」


「……………」


 やはり、今しがた彼を起こした時に柄へと手を伸ばし、周囲に敵がいないか確認したのは癖だったのだ。大剣を背負って依頼を引き受けることを戦士たちから許されて傭兵となってから、ジノヴィはずっと敵を警戒しながらこうやって眠っていたのだろう。


 ロイデンバルクに辿り着く前に野宿した時も、ジノヴィはこうやって剣を抱えて座ったまま見張りをしていたことを思い出したジャンヌは、唇を噛み締めた。


「たまにはベッドでゆっくり眠ってみませんか」


「悪くないが、俺はこれでいい」


 微笑みながら断ったジノヴィは、再びツヴァイヘンダーを抱えたまま寝息を立て始める。


 彼をベッドで眠らせるのを諦めたジャンヌは、溜息をつきながらベッドを覆っている毛布の上に腰を下ろした。ブーツを脱いで毛布をかぶりながら、枕元に置かれている小さなランタンの火を消す。


 傭兵として世界中で戦ってきたという事は、宿に宿泊する事ができずに野宿することも多かったのだろう。夜になれば凶暴化する魔物がいる上に、野宿している旅人や冒険者を狙って装備品や金を奪っていく盗賊も多い。それゆえに、野宿する場合は見張りが必要不可欠である。


 しかし、1人で野宿をする以上、誰かに見張りを任せて眠るわけにはいかない。だからジノヴィはあのように誰かが接近してきたのを察知したらすぐに反撃できる体勢を維持しつつ、剣を抱えて眠ることに慣れてしまったのだろう。


 ぼさぼさになった毛布に触れながら、ジャンヌはちらりとジノヴィの方を見た。真っ暗になった部屋の中で、彼は相変わらずツヴァイヘンダーを肩に担いだまま寝息を立てている。


 彼に向けて「おやすみなさい」と呟いたジャンヌは、瞼を閉じながら思った。


 ジノヴィも救う事ができないだろうか、と。













 草原や森の中を移動するのであれば、昼間に移動するのが一番だ。


 一般的に夜になると狂暴な魔物が徘徊を始めるため、夜間の方が危険度は上がるのである。しかもこの世界にはまだ電気がないため、夜間に光源となるのはランタンか松明程度だ。ランタンでは光が弱すぎるし、松明を持てば片手が塞がってしっかりと武器を振るう事ができなくなるため、魔物が生息する地域を移動するのであれば昼間の方が望ましい。


 村の門へと向かいながら、ジャンヌはポーチの中をちらりと確認した。この街に到着する前に魔物に遭遇したものの、アイテムは少ししか消費しなかったし、消費した分はもう既に補充してある。資金にはまだ余裕があるので役立ちそうなアイテムでも購入するべきだろうかと思ったが、ジャンヌは資金を温存することを選んだ。


「忘れ物はないな?」


「はい。ところで、昨日はぐっすり眠れました?」


「おう。でっかい牛に追いかけ回される夢を見た」


 そう言いながら笑うジノヴィ。ジャンヌは苦笑いしつつ、彼と共に村の出口を目指す。


 傭兵や冒険者が仕留めて持ち帰ってきてくれたのか、魔物の肉を店内にぶら下げて販売している肉屋の前を通過する。ちらりとぶら下げられている肉を見ながら、あの肉はどの魔物の肉なのだろうと思っていたジャンヌは、その道の先にある村の出口を見て歩くのを止めた。


 それほど大きくない村とはいえ、魔物や盗賊に襲撃される恐れがあるため、この村にも自警団が駐留している。村の周囲には木材で作られた防壁も用意されているが、魔物の突進であっさりと突き破られるのは火を見るよりも明らかである。


 その防壁の近くに、自警団や荷馬車に乗った人々が集まっていた。住民ではなく、おそらく別の街へと商品を売りに行く商人たちなのだろう。荷馬車の荷台の上には木箱や樽がどっさりと積み込まれているのが分かる。


「どうしたんでしょう?」


「聞いてみるか」


 そのまま前へと進み、門の近くで商人たちが外へと出て行かないように見張っている自警団の団員へと近付いていくジノヴィ。ジャンヌも彼の後に続き、門へと向かって歩き始める。


 大剣を背負った巨漢が近づいてきたことに気付いた団員の1人が、ぎょっとしながら彼を止めた。


「止まれ、通行禁止だ!」


「何があった?」


「草原にドラゴンが出た」


「サラマンダーか?」


 サラマンダーが生息するのは、マグマと炎が支配する火山である。だが、稀に平原や森に姿を現すこともあるという。


 だが、自警団の団員は首を横に振った。


「そんなわけあるか。普通のドラゴンだよ。騎士団が運用してるやつだ」


「なんだ」


 また手強いサラマンダーと戦えるかもしれないと思っていたジノヴィは、落胆しながらジャンヌの方を振り向いた。


 騎士団でも、調教に成功したドラゴンを航空戦力として保有していることがある。強力なドラゴンを自由に操る事ができるため、騎士団にとっては切り札と言っても過言ではない。しかし調教の難易度が非常に難しく、強力なドラゴンの調教に成功した例は一度もないため、格上のドラゴンに遭遇してしまった場合は騎士団側のドラゴンが蹂躙される羽目になる。


 草原に現れたのは、最下位のドラゴンであった。


 しかし、その最下位のドラゴンですら魔術師がいなければ討伐は困難だと言われている難敵である。そのドラゴンが現れたというのに落胆した彼を見た自警団の団員は、ぎょっとしながら近くにいる仲間の顔を見た。


「ど、ドラゴンだぞ!? 何で落胆してるんだ!?」


「サラマンダーだったら楽しめると思ったんだが………………」


「なっ、なんなんだこいつ………………」


 目を見開く自警団たちを一瞥してから、ジノヴィは頭を掻いた。


 再開のドラゴンならば容易く討伐できる。さすがに衝撃波の射程距離外を飛んでいる時は手も足も出ないが、ブレスを回避し続けつつ急降下してくるのを待ち、高度を下げた瞬間に首を斬り落としてやれば容易く討伐できるのである。


 またいつも通りに討伐することになるだろうと思いながら頭を掻いていたジノヴィは、後ろに立っているジャンヌを見てニヤリと笑った。


「えっ?」


「……………ジャンヌ、ドラゴンと戦ってみないか?」


「どっ、ドラゴンと?」


「ああ、そうだ。お前の護衛を担当するのが俺の仕事だが、お前も強くならなければならない。世界中を旅することになった以上、強敵と戦うことになるだろうからな」


 魔物の図鑑を読んでいたため、ドラゴンの特徴は把握している。弱点は水属性と氷属性となっているが、ジャンヌが得意とする風属性の魔術は通用しないというわけではない。上手く使えば、堅牢な外殻を穿つこともできる筈だ。


 対策を考えることはできるが、ジャンヌは首を縦に振る事ができない。


 恐ろしい魔物と戦わなければならないのだから。


 アネモスの里が襲撃された時の事を思い出しながら、拳を握り締める。


 もっと強くなれば、魔物たちに蹂躙されずに済む筈だ。蹂躙するために襲ってくる魔物たちを逆に滅ぼしてしまえば、仲間が危険に晒されることはなくなるのだから。


 その力は、これを乗り越えない限り手に入ることはない。


 呼吸を整えてから顔を上げたジャンヌは、ジノヴィの顔を見つめながら答えた。


「―――――――私がドラゴンを倒します」


 


 




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