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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第二章
16/39

ラストヘブン


「信じられん………」


 魔物たちに食い殺されたコレットの死体から夜空へと上っていく光を見つめながら、ジノヴィは目を見開いていた。


 傭兵として世界中の戦場で剣を振るい、ジノヴィは様々な敵を葬ってきた。魔物の掃討作戦ではゴブリンなどの小さな魔物だけではなく、人類を容易く焼き殺すドラゴンを真っ二つにした事もある。人間同士の戦争では劣勢の軍勢に雇われ、数多の剣士や魔術師たちを1本の大剣(ツヴァイヘンダー)で薙ぎ倒して逆転した経験もある。それゆえに彼は戦場であらゆる武器や魔術を目の当たりにし、敵の攻撃や戦術をあっという間に見抜けるようになっていた。


 だが、ジノヴィは久しぶりに”実際に見たことのない技”を目にして驚愕していた。


(あの光はコレットの魂なのか………?)


 夜空へと上がっていく光を凝視しながら、ジノヴィは息を呑んだ。先ほどまでコレットは強烈としか言いようがない殺意をジノヴィとジャンヌへと向け、ナイフを持って襲ってきた”敵”だった筈である。なのに天空へと消えていくその美しい光からは、その時に感じた殺意は全く感じない。


 あらゆる憎悪と殺意が、完全に除去されているのである。


(これが………世界を救うための”浄化の力”だというのか………)


 成仏していくコレットの魂を見送っているジャンヌの方を振り向いたジノヴィは、彼女がその魔術を発動させた瞬間の事を思い出す。まるで熟練の魔術師が、自分の切り札を敵へと向けて放とうとしているかのような超高圧の魔力を放出して、ジャンヌはあの魔術を発動させたのだ。


 槍を持って戦うよりも、杖や本を手にして魔術に特化した方が向いているのではないだろうかと思ったジノヴィの思考の中に、すぐさま違和感が産声をあげる。


 基本的に、魔術を使用する際の属性の適正には個人差がある。例えば炎属性の適性が高い魔術師がファイアーボールを放てば、まるで大砲の砲弾のような破壊力を発揮する。しかし炎属性の適性が低い魔術師が放てば、敵を焼き尽くすことはできず、標的の皮膚に火傷を負わせる程度の威力にしかならない。


 属性の適正には個人差があるのだ。稀に複数の属性の適性が高い魔術師も目にするが、全ての属性の適性が高い魔術師は未だに存在していないという。


 ロイデンバルクやアネモスの里での戦いで、ジャンヌは風属性の魔術を多用していた。それゆえにジノヴィは、ジャンヌの適性が最も高い魔術は風属性なのだろうと考えていた。風属性の適性が高いのはエルフなどの種族だと言われている。ジャンヌはエルフではなく人間の血の混じったハーフエルフだが、ハーフエルフもれっきとしたエルフである。風属性の魔術を得意としていてもおかしくはない。


 実際に彼女の風属性の魔術は、さすがに魔術の研究と鍛錬を繰り返した熟練の魔術師には及ばないものの、列強国の騎士団の魔術師が放つ魔力よりも威力は上であった。だが―――――今しがた発動した光属性の魔力の圧力は、その風属性の魔力の圧力よりもはるかに高かったのである。


 風属性だけではなく、光属性にも適性があるのだろう。


 夜空を見上げて目を瞑っていたジャンヌが、ゆっくりとジノヴィを見つめた。


「これがお前の力なのか」


「はい。これが、使命と共に授かった力です」


 世界を浄化する事など、不可能だと思っていた。


 この世界はほぼ完全に汚れていると言っても過言ではない。大国たちは領土の拡大や利益のために他国と戦争を繰り返し、平然と周囲の村を焼き払って、生き残った人々を奴隷として連れて行く。男は苛酷な労働をさせられ、女は彼女たちを買った”主人”たちに犯されていく。


 その大国の中でも、貴族たちは他の貴族たちを失脚させようとするのは当たり前だ。王族たちも王位を継承するために争い合う。


 世界そのものが腐敗しているのだ。


 クライアントから引き受けた依頼の中には、暗殺もあった。ジノヴィが殺すことになった標的は様々な人間で、ある貴族を蹴落とそうとしている貴族を暗殺したこともある。そういう汚れ仕事を終わらせる度に、ジノヴィはこの世界を嫌いになっていった。


 ジャンヌの護衛を引き受けた彼は、どうしてこの絶対に不可能な使命のために旅に出る少女の護衛を引き受けてしまったのだろうかと後悔していた。しかし、ジャンヌが授かったこの力を使えば実現する事ができるかもしれない。


 この世界の浄化という夢物語を。


「この力は”ラストヘブン”と呼んでいます」


「ラストヘブン………………」


 死者の怨念や憎悪を全て浄化し、安寧で包み込んで成仏させる浄化の力に相応しい名前である。


 この世界が彼女の持つラストヘブンによって浄化されれば、あらゆる戦争は消滅するだろう。傭兵であるジノヴィにとっては失業を意味しており、彼の楽しみである戦いを二度と楽しめなくなってしまう。


 だが、世界が浄化されれば――――――もう嫌うことはなくなるに違いない。


 汚れたこの世界を。


「私の使命は、この力でこの世界を浄化する事です。………………コレットさんのように苦しんでいる人々は世界中に存在するでしょう。だから私はこの力を使って、人々を救わなければなりません」


 もしコレットを見捨てていたのであれば、彼女は苦しみ続けていたに違いない。彼女の中にもう1つの人格が存在し、その人格が貴族を殺そうとしていたという事を理解してもらえなかった彼女の魂は、怨念に侵食されながらこの世界を彷徨っていた事だろう。


 ジノヴィがコレットを見捨てていれば、コレットの魂が浄化されることはなかったのだ。


 自分の決断が間違っていたという事を痛感したジノヴィは、星空を見上げながら拳を握り締めた。


「ですから、あなたの力を貸していただきたいのです。未熟な私では、この世界を1人で旅をすることは不可能でしょう」


「………分かっている」


 だが、浄化の力を持つとはいえ、ジャンヌはまだ未熟な戦士である。彼女が1人で旅に出ていたのであれば、このロイデンバルクに辿り着く前に命を落としていてもおかしくはない。


 それゆえに守らなければならないのだ。この世界を見捨て、戦場で数多の敵兵を屠ってきた破壊者が。


 世界を浄化しようとする少女と、世界を嫌っていた破壊者の旅である。


「ジャンヌ、お前は是が非でも俺が守る。だから………………必ずこの世界を救え」


「はい、ジノヴィ」


 首を縦に振ったジャンヌは、微笑みながら彼の顔を見つめた。












「聞いたか、貴族を殺してた犯人はコレットだってよ」


「嘘でしょ? あの優しい子が殺人鬼だなんて………………」


「昨日の夜、森の方に逃げていったらしい。遺体は見つかってないが、今頃魔物共に食い殺されてるだろう」


「ああ、殺人鬼なんか魔物に犯されちまえ」


 人々が事件の話をするのを耳にする度に、ジャンヌは顔をしかめた。謝った噂話をしてコレットを殺人鬼という事にしている市民たちを咎めるつもりはないが、このような謝った噂話が産声をあげてしまったのは、彼らが本当の事を知らないからだ。


 もしコレットを見捨てていれば、自分たちもこの謝った噂話をしながらロイデンバルクの大通りを歩いていたかもしれない。そう思ったジノヴィも、少しだけ顔をしかめながら大通りを歩いた。


 コレットが二重人格だったという事を、市民たちは信じないだろう。彼女があらゆる貴族たちを惨殺した殺人鬼だったという噂話は完全に市民たちに浸透している。仮に自警団がコレットが二重人格だったという事を知って彼らに説明したとしても、この謝った噂話は決して根絶やしにはできない。


 しかし、ジノヴィとジャンヌの2人が本当の事を知っているのであれば、コレットは安らかに眠る事ができる筈である。


「そうだ、ジャンヌ。お前は短剣も持った方がいい」


 会話をしてこの謝った噂話を希釈しようとしたのか、ジノヴィが唐突にそう言った。


「そうですよね………ロイデンバルクに来てから痛感してました」


 そう言いながら、ジャンヌは背負っている槍を見上げた。


 アネモスの森のような場所で戦うのであれば、この槍は真価を発揮する事ができるだろう。全長2mの長さを誇る槍のリーチは、騎士たちが持つロングソードやバスタードソードの比ではない。人間を相手にする時だけでなく、魔物との戦いでも強力な武器だと言える。


 しかし、ロイデンバルクのような市街地での戦いでは、槍の強みであるリーチの長さは機能しないと言ってもいい。攻撃を妨げない平原のような場所での戦いだからこそ、槍は真価を発揮できるのである。


 旅をしている最中に、槍の真価を発揮できないような狭い場所で戦う羽目になるのは想像に難くない。


 自警団から拝借した短剣には自警団の刻印が刻まれていたため、あの森の中に捨ててしまった。売ろうとすれば鍛冶屋の店主に怪しまれる恐れがあるし、所持していれば自警団にその短剣を盗んだと決めつけられて追いかけられる羽目になるからである。


 一応ジャンヌもナイフは所持しているが、あくまでも魔物から素材を切り取ったり、食材を切るための小さなナイフだ。急所に突き立てれば十分な殺傷力があるが、槍が使えない状況で使う武器にしては頼りない代物である。

 

 溜息をつきながら、ジャンヌは近くにある鍛冶屋の棚を見つめた。


 棚には様々な種類の武器がずらりと並んでいる。アネモスの里ではアートルム帝国から鹵獲した剣や防具以外は木材で作られた弓矢ばかり並んでいたが、ロイデンバルクでは大国から鉄を購入する事ができるらしく、ずらりと金属製の剣や弓矢が並んでいた。


 武器の主役は木材ではなく金属となったのだという事を痛感しながら、ジャンヌは棚に歩み寄る。


 試しに金属製の剣へと手を伸ばし、それを持ち上げた。騎士団が使っているロングソードは背負っている槍ほどではないがずっしりしている。振り回せないほどの重さというわけではないが、ジャンヌは重い槍だけでなく、回復アイテムや食料なども持ち歩かなければならない。剣を購入して腰に下げればさらに重くなるのは言うまでもないだろう。


 やはり、軽くて扱いやすい短剣を購入するべきだと思いつつ、ジャンヌは短剣が並んでいる棚へと向かう。


 棚に並んでいる短剣たちを見渡してから、彼女は端に置かれていたキンジャールへと手を伸ばした。隣には装飾が施されたキンジャールが並んでいたが、かなり高額だったため、安価でシンプルな得物の方を選んだのである。


 柄と鞘は木材で作られていた。そっと柄を握って引っ張ると、木材で作られた鞘の中から金属製の真っ黒な刀身が躍り出る。何の変哲もない両刃の刀身を見下ろしていると、棚に並んでいる大剣を眺めていたジノヴィがジャンヌの持っているキンジャールを覗き込む。


「それが気に入ったのか?」


「ええ。シンプルですし、安価ですので。派手な装飾が付いた武器はあまり好きじゃないんです」


「はははっ、俺もだ。装飾のないシンプルな得物が一番落ち着く」


「ジノヴィ、この短剣を買っても大丈夫でしょうか?」


「おう、金を稼ぐ方法ならある。資金が足りなくなったら魔物の討伐の依頼を受けたり、ぶっ殺した魔物の素材を売ればいい。特に毛皮とか内臓は高値で売れる。俺も仕事がない時はそうやって資金を稼いでた」


 ジノヴィはトロールすら容易く倒してしまうほどの実力者である。強い傭兵であるジノヴィにはこれでもかというほど仕事がある筈だと思ったジャンヌは、苦笑いしながら彼を見上げた。


「ジノヴィにはたくさん仕事があるでしょう?」


「いや、仕事がない時もある。魔物の数が減り過ぎたりとか、戦争が終わると仕事がなくなっちまうのさ」


 戦うのが傭兵の仕事だ。もしジャンヌが世界を浄化して全ての戦争が消え去ってしまったら、ジノヴィはどうやって生計を立てるつもりなのだろうか。


「ジノヴィ、世界を浄化したらあなたは失業することに――――――」


「気にすんな。仕事がなくなったら、山の中で狩りでもして生活するさ」


 そう言いながら笑うジノヴィ。確かに、狩りならば彼が鍛え上げた技術をフル活用する事ができるだろう。敵と戦うよりも収入は落ちてしまうが、そもそもジノヴィが傭兵となったのは大金を稼ぐためなどではなく、敵との戦いを楽しむためだ。


 ジノヴィの一族は、そのように戦いを楽しむ戦士の多い一族なのである。


「とりあえず、早く出発しようぜ」


「は、はい。ではこれを買ってきますね」


「おう、入り口で待ってる」


 キンジャールを抱え、カウンターにいるドワーフの店員の元へと走って行くジャンヌ。ジノヴィは、この旅で戦いをたっぷり楽しもう、と思いながら彼女を見守るのだった。


 


 第二章 完


 第三章へ続く


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