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狼血のジノヴィ  作者: 往復ミサイル/T
第二章
13/39

残酷な情け


 ジノヴィが使う得物は、ツヴァイヘンダーとトマホークの2種類である。


 普段は背中に背負っているツヴァイヘンダーを強靭な筋力で振り回し、敵を薙ぎ払うのだが、今回のように大剣を自由自在に振り回せないような環境での戦闘を想定し、小型のトマホークも装備しているのである。


 当たり前の話だが、木が密集している森の中や、遮蔽物だらけの室内で大剣を振り回せば、すぐに遮蔽物に激突して遮られてしまい、斬撃の威力が一気に弱体化してしまう。しかも遮蔽物に激突してしまえばその衝撃で敵に隙を晒すことになるため、ジノヴィのツヴァイヘンダーやジャンヌの槍は、可能な限り遮蔽物のない事由に戦える環境での戦いで使うのが望ましい。


 だからこそジノヴィは、”不自由な環境”での戦いも考慮してトマホークを持ち歩いているのだ。敵との距離が遠い場合は投擲にも使う事ができるため、単なる室内用の武器というわけではなく、ちょっとした飛び道具としても機能する。


「ああああああああっ!」


 絶叫しながらナイフを振り下ろして生きたコレットの一撃を、あっさりとトマホークの柄で受け止めるジノヴィ。もし鍛え上げられた屈強な戦士の一撃であれば、彼はその一撃を押し返す事ができずに鍔迫り合いとなっていた事だろう。しかし、コレットの体格は華奢であり、鍛えていたわけでもないのでその一撃はそれほど重くはない。更に得物は剣ではなく、体重を乗せながら相手を斬ることに適していないナイフである。


 戦うための訓練を受けているわけではない上に、その得物が最も適している使い方も知らない相手であれば、武器を持っていたとしてもそれほど脅威ではない。


 ジャンヌが苦戦していたのは、ジャンヌ自信がまだ未熟だった事と、コレットを殺すことに躊躇いながら戦っていた事が原因と言ってもいいだろう。しかしジノヴィはジャンヌと違って何度も実戦を経験した百戦錬磨の傭兵であり、仕事によっては女を殺すような仕事も引き受けていたこともある。


 それゆえに、彼は全く躊躇していなかった。


 第一、貴族を既に2人も殺している女がナイフを手にして攻撃してくるのだから、躊躇する必要は全くない。仮にここで彼女を殺さずに身柄を拘束して済ませても、彼女はロイデンバルクで2人も貴族を殺しているのだから、間違いなく死刑にされてしまうだろう。だからここでジノヴィがトマホークで殺してしまっても、結果は変わらない。


 もし彼女をロイデンバルクの外まで逃がしたとしても、ロイデンバルクの自警団は他国の騎士団にすぐ連絡し、彼女の身柄を拘束しようとするだろう。最悪の場合は、騎士たちが彼女を送り届ける前に処刑してしまうかもしれない。


 それに彼女を逃がすという事は、貴族を殺した殺人犯を取り逃がす事を意味している。ロイデンバルクで貴族が犠牲になることはなくなる筈だが、その犠牲を他国に押し付ける結果になってしまうのは想像に難くない。


 だからこそ、ここで殺さなければならないのだ。


 柄でナイフを受け止めたジノヴィは、そのままナイフを押し返す。コレットは手を引き戻しながら体勢を低くし、ジノヴィに接近して彼の身体にナイフを突き立てようとしたが―――――――姿勢を低くしながら接近するコレットの背中に、ジノヴィの強烈な肘打ちが襲い掛かる。


 その一撃に耐える事ができなかったコレットは、呻き声を上げながら床の上に叩きつけられる羽目になった。


 ジノヴィの体重は100kgを超えている。しかも腕を覆っている筋肉は、ツヴァイヘンダーを訓練や実戦で何度も振り回したことによって発達した強靭な筋肉だ。その筋肉を活用して放つ攻撃の破壊力は、思い切り振り回されるメイスにも等しい。


「がはっ―――――――」


 ナイフを握ったまま床に叩きつけられたコレットは、目を見開きながら横へと転がってジノヴィから距離を取る。


 室内でも振り回せるような得物という事は、その分リーチが短いという事だ。弓矢やクロスボウのような飛び道具であれば無意味だが、剣やトマホークのような得物を装備している相手ならば、その相手が得物を投擲してこない限りは攻撃を受ける心配はない。


 ジノヴィはトマホークを投擲してコレットを仕留めようとしたが―――――――投擲するためにぴくりと腕を動かしていた彼は、コレットが再び距離を詰めて攻撃しようとしていることを察し、投擲を断念する。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 木製の柄をぎゅっと握りながら、ジノヴィは目を細めた。


 突っ走りながらナイフを突き出してくるコレット。ジノヴィは身体を左へと傾け、コレットが突き出してきたナイフをあっさりと回避すると―――――――右手に持っていたトマホークを右上へと振り上げる。


 ぐちゃ、とトマホークが肉にめり込む音が聞こえてきた直後、肉にめり込んだ刃が硬い物体に当たったのを感じた。何度も剣やトマホークで敵兵を殺してきたジノヴィはその”硬い物体”がすぐに骨であることを見抜きつつ、強引に腕を振り上げた。


 硬い物体に当たった感覚が消え失せると同時に、真っ赤な飛沫が部屋の中を舞う。


 やがて、その紅い飛沫を撒き散らしながら宙を待っていた物体が、”ナイフを握りながら”床の上に落下する。


 床の上に転がったのは――――――――ナイフを握った状態のコレットの右手だった。


「あっ…………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「こ、コレットさん!」


 自分の右手が切断された事を悟ったコレットは、左手で右手の手首を思い切り押さえながら絶叫した。


 トマホークで切断された右手の断面から、鮮血が噴き出して床を真っ赤に染めていく。コレットが身に着けている服も自分自身の鮮血によって真っ赤に染まっており、彼女の金髪も、まるで錆び付いているかのように血で汚れていた。


 血まみれになったトマホークを見てから、ジノヴィはそのトマホークをそっと振り上げる。


 右手を切断することはできたが、まだコレットは生きている。このまま身柄を拘束しても彼女は処刑されてしまうのだから、殺される恐怖を感じたまま牢屋の中で生活させるよりも、ここで殺してしまった方が彼女も楽だろう。


 それはジノヴィの情けであった。


 しかし傍らで戦いを見ていたジャンヌは、それがジノヴィの情けだと気付くことはできなかったらしい。ジャンヌはトマホークを振り下ろそうとしているジノヴィの前に立ち塞がると、両手を広げながら彼の顔を睨みつけた。


「どけ、ジャンヌ」


「もう十分です…………やめてください、ジノヴィ」


「こいつを生かすのか? その女は貴族を殺したんだぞ」


「ですが………………私と戦っている時、一瞬だけですけど彼女は優しい性格に戻りました。きっと彼女は――――――――」


「――――――――だから何だ」


 冷酷な言葉が、ジャンヌの情けを叩きのめす。


 ここで生かしてやるのは、情けにはならない。ロイデンバルクの外に逃がしてやったとしても他国の騎士やロイデンバルクからの追っ手に追われるのが関の山である。仮に自警団に身柄を引き渡しても、少なくとも一週間以内にコレットは火炙りにされてしまうに違いない。


 今すぐに殺してやるのと、生きたまま身柄を自警団に引き渡し、処刑される恐怖を味わわせる事のどちらがコレットにとって”楽”なのかは言うまでもないだろう。


 ジノヴィは、今まで経験してきた戦いで何度も苦しんでいる敵や味方の兵士を介錯してきた。戦闘で得物を破壊されたり、紛失してしまった兵士たちが血まみれになりながら「殺してくれ」と言う兵士たちの望み通りに、彼は敵兵を斬りつけたツヴァイヘンダーを突き立て、何度も止めを刺した。


 それが彼の情けだったからだ。


 傷が発する激痛に苛まれながら死んでいくよりも、一撃で殺してもらった方が楽なのは想像に難くない。


 ここで自警団にコレットを引き渡すのは、殺してくれと頼んでくる兵士たちを見捨てるのと同じである。


「…………優しいのね、ジャンヌ」


 右手を押さえていたコレットが、ジャンヌを見上げて微笑みながらそう言った。


「コレットさん………………」


 次の瞬間、コレットは右手の手首を押さえつけていた左手を、自分の服にあるポケットの中へと突っ込み、中からガラスの容器を取り出した。


 中に入っているのは緑色の粉末だった。ジャンヌとジノヴィはエリクサーで回復するつもりなのだろうと思ったが、中身が液体ではなく粉末であることに気付き、それがエリクサーではない事を見抜く。


 基本的にエリクサーは液体とされているからだ。


 エリクサーは、治療魔術が使えない者たちにとっては自分たちの生存率を左右する重要なアイテムである。場合によっては戦闘中に服用することもあるため、咄嗟に取り出して素早く服用できるように、エリクサーは液体になっているのである。


 おそらくその瓶の中身は、エリクサーの原料となるハーブや薬草を加工した粉末なのだろう。


 2人はコレットがそれで自分の手の傷を治療するのだろうと思っていたが―――――――コレットは信じられないことに、それをまるで手榴弾のように、屋敷の床へと投げつけた。


 パリン、とガラスの容器があっさりと割れ、床に激突した衝撃で中に入っていた緑色の粉末が舞い上がる。ハーブや薬草を加工した粉末はあっという間に緑色の煙と化すと、屋敷の部屋の中を緑色の煙で満たしてしまう。


「くっ………………!」


 視界が悪くなった上に、薬草の強烈な臭いが充満しているため、視覚と嗅覚でコレットを追うのはかなり難しい。


 コレットは持ち合わせていたエリクサーの原料を、煙玉代わりに使ったのだ。しかも強烈な臭いまであるため、相手の嗅覚は実質的に機能しなくなる。逃走に使用するアイテムではなく、仕事に使う代物を咄嗟に逃走用に使っただけだろうが、相手の視覚だけでなく嗅覚や視覚まで殺す事ができるため、従来の煙玉よりも優れていると言える。


 その直後、窓ガラスが割れる音が部屋の中へと響き渡った。窓から外へと逃げたのだという事を2人が察すると同時に、割れた窓から入り込んだ風が緑色の煙を引き裂き、強烈な臭いをどんどん薄れさせていった。


 案の定、コレットはその割れた窓から逃走したらしく、彼女の姿は見当たらなかった。


「………………ジャンヌ、俺はあの女を追う」


「………………私も行きます」


 首を縦に振ったジノヴィは、血まみれのトマホークを革のホルダーの中へと放り込むと、背負っているツヴァイヘンダーの柄てと手を伸ばしつつ、窓の外へと躍り出た。












 幸運なことに、貴族が殺されるという事件がロイデンバルクの住民たちへと知られたことによって、夜中に外出する住民の数はそれほど多くなかった。普段ならば労働者たちが夜遅くまで酒場やパブで酒を飲んだり、仲間たちと雑談しているのだが、夜遅くに外出して殺人犯に殺されるのを恐れているらしく、出歩いている者は全くと言っていいほど見当たらない。中には客が来ないのに店を開いていても意味はないと判断したらしく、普段よりも早く閉店する店も見受けられる。


 右手の傷口を左手で押さえながら、コレットはロイデンバルクの街の外へと向かって走った。


 先ほどの屋敷での戦闘を自警団が察知したらしく、他の場所を警備していた自警団の団員たちも屋敷へと向かっていたため、屋敷以外の場所の警備は手薄と言ってもよかった。


 誰もいなくなった防壁の門を通過して、コレットは防壁の外にある草原を全力で走る。


 この先にある森の中に隠れ、夜が明けてから別の街へと逃げればいい。ジノヴィとコレットが追ってくる可能性はかなり低いだろうし、右手がない事を問いかけられたら「盗賊に襲われた際に斬られた」と説明すれば問題はないだろう。


(もう嫌なの…………牢屋の中に入るのは)


 昔の事を思い出しながら、唇を噛み締める。


 あの貴族たちが彼女の家族を殺さなければ、母と共にエリクサーを作って平穏に暮らす事ができた筈なのに。


 森の中へと辿り着いたコレットは、近くにあった大きな樹に寄り掛かりながら呼吸を整える。先ほど屋敷の中にぶちまけたエリクサーの原料の粉末をいくらか吸い込んだおかげなのか、右手の傷は塞がりつつあった。強烈な血の臭いを発しているものの、出血は止まっている。


 この森は自警団が定期的に魔物の掃討を実施しているので、魔物はあまり生息していない。隠れるにはうってつけだろう。


 そう思いながら座り込もうとしたコレットは、背後から聞こえてきた唸り声を聞いた途端、ぎょっとした。


 定期的に掃討が実施されている森の中に、魔物がいるわけがない。


 しかし―――――――基本的に、魔物は夜間の方が狂暴になると言われている。中には夜間になると別の場所へと移動する魔物も多いため、魔物の討伐の際は夜間ではなく昼間に行くことが望ましいと言われている。


 だが、夜間になると魔物が狂暴化するという事を知っているのは、掃討を実施する自警団や傭兵くらいである。防壁や自警団に守られている街の住民がその情報を知っているわけがない。


 しかも今のコレットは猛烈な血の臭いを発している。もし本当に魔物がいるというのであれば、その臭いで引き寄せられてしまうだろう。


 案の定、コレットの周囲には魔物が集まっていた。


「ひっ…………!」


 彼女に発する血の臭いに引き寄せられてやって来たのは、あらゆる森や草原に生息しているゴブリンばかりである。人間よりも小柄で、それほど手強くはない魔物だが、武器を持っていない非力な一般人にとっては猛獣に等しい脅威である。


 小柄であるにもかかわらず、人間の首を容易くへし折ってしまうほどの筋力を持っているためである。


 しかも発情期になると、ゴブリンたちはより獰猛になり―――――――人間の女性を犯すことも珍しくないという。


 森の中へと逃げ込んだ彼女を取り囲んでいたのは、よりにもよってその発情期のゴブリンたちだったのだ。


「い、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 彼女が絶叫した直後、ゴブリンたちが一斉にコレットに襲い掛かった。


 


 


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