第四章 国会議事堂へ
国会議事堂前
朝九時の国会議事堂。門の前に赤井が立っている。首を左右にひっきりなしに動かしていたかとおもうと、今度は柵沿いを十メートルほど走って行き、また元の場所へと戻ってくる、そういった動作を繰り返している。そんな赤井に、議事堂の中から声がかかった。
「おい、赤井と違うか?」
声の主へと赤井が視線を向ける。
「おー、なんだよ、青田じゃないかー」
「やっぱりお前だったかあ、いやあー、久しぶりだなあ」
柵ごしに握手を交わす二人。
「お前に会うのは、学生運動をしていたとき以来だなあ。いやあー、懐かしい」
「どうしているんだ?」
「田舎で教師をね」
「俺の方は、今は自自党の代議士秘書をやっていてさ。ただいま朝の散歩中っていうわけ」
「へえー、それじゃあ内部から国の変革を試みようっていう心づもりか?」
「ああ、そういったところだな」
「俺は教育を通しての変革を目指すことにしたよ。時間がかかりはするだろうが、それもいいのかな、と思っているんだ」
「ま、お互い自分で選んだ場所で頑張っているというわけだ」
「そのようだな」
「ところでお前、今日はいったいどうしたっていうんだよ。こんな場所に突然現れるなんて、なにかあったのか?」
「ああ、おおあり」
「ちょっと聞かせてみろよ」
「受け持っている生徒達を引き連れて、東京まで修学旅行にやってきたんだけどさ、肝心のその生徒達に逃亡されてしまってさあ。それを捕まえるために、ここまでやって来たっていうわけなんだあ」
「お前の生徒が、国会議事堂に来るのか?」
「ああ。うちの中学校の去年の卒業生の中に、議員の娘がいるんだけど、その娘会いたさに脱走したのではないかと思われる節があってさ」
「なるほどねえ、それで連れ戻しに来たというわけか」
「ああ」
「でも、こんなところで待って居たんじゃあ、目立ってしょうがないだろ、そこら中から丸見えだぜ」
「こっちが先に見つけないことには、生徒には逃げられてしまうな」
「なんなら中で待ってるか?」
「そうさせてもらえるのであればありがたい」
「大丈夫、任せておけ」
「わるいな、助かるよ」
「いいってことよ。警備の人間には、俺の方からお願いしておくからさ」
青田が門の横に立っている警備員の方へと歩み寄る。
「これからここに、男子中学生がやってくることになっていましてね」
「はい」
「その子を見かけたら、私のところまで連絡をいれてもらいたいんですが」
「解りました」
自自党の権藤議員事務所
部屋のドアを開けて二人が入っていく。
「青田です、ただいま戻りました」
「おお、青田君、ちょうどよかったよー。今しがた、親分先生から指示が出たところなんだ。入口前で座り込みをして、後からやってくる民民党の連中が中に入れないよう阻止しろだとよ。体力勝負になるが、君、頼まれてくれるかね」
「はい、行きます」
青田が赤井を振り返り、肩へと手をやる。
「ちょっと、頼まれてもらいたい仕事ができた」
「俺に?」
「久しぶりに、暴れてみないか?」
「暴れろって、おいおい、ここでかよ」
「ああ」
「そいつは面白そうな話だなあー」
満面の笑顔を見せる赤井。
「だろ、だろ」
「しかしなあ」
「しかしって?」
「俺は教師だぜ。やってみたいのはやまやまなんだが、先生という立場上、ここであばれるというのは、ちょっとまずいなあ」
そう言ってため息をつく赤井。
「そんなことはちっとも問題にならないよ、大丈夫大丈夫。考えてもみろよ、ここの議員達も、みんな人から先生と呼ばれているご身分の人たちなんだぜ。それがあばれようっていうんだから、お前の心配なんかはご無用さ」
「それでも無理だなあ」
「なんでよ」
「やっぱり生徒のことが気がかりだもの。そのことで頭が一杯だ」
「さっき言っていた中学生のことだろ。現れたという連絡がこっちに入ったら、お前にすぐに知らせてやるって。そこはこっちも協力するから、ここは俺たちのことを助けると思ってさ、いっちょ協力してくれよ」
「うーん」
「頼む、同士!」
「そうきたか。だったらしょうがない、いっちょうやらせてもらうか」
「恩に着るよ、同士」
「まあ、こんなチャンスはそうそうないだろうからな」
気合が入ってきた赤井、勢いがついて上着を脱いだ。
「その調子、その調子。よし、俺も」
つられて青田も上着を脱いでしまった。その内ポケットには、携帯電話が入っているのだが・・・。
再び国会議事堂前
時計が十時を回った。赤井に遅れること一時間、風太が国会議事堂の前に姿を現した。
「ここでいいのかなあ」
警備員におそるおそる近寄っていく。
「すみません、国会議事堂はここでいいのでしょうか?」
「ええ、そうですよ」
「やっと着いた―。東京は広いうえに立派な建物がたくさんあるから、僕にはちっとも解らなくて。ずいぶんと迷っちゃったな」
「大変だったんだね」
「道々人に訊いたりしながら、一晩中歩いてしまいました。ははは」
「それはお疲れ様だったね。で、ここにやって来たのはどんな用事があってのことなのかな?」
「あのおー、石畳さんに用事があってきたんです。会いたいんですけど、どうすればよいのでしょうか」
(ははーん、この子だな)
「君はどこから来たのかな?」
「山中県です」
「え? 山中? ほー、なんとまあ、僕と同郷じゃないの」
「そうでしたか」
「で、中学校はどこなんだい?」
「山中中学です」
「そうかー、君は僕の後輩になるんだなあ」
風太の顔色が明るいものになった。
「先輩、先輩のような方にお会いできて、今日の僕は本当に幸せ者です」
「あはっははっ、調子のいい奴だなー」
「いやいや、根が正直なだけでして」
まんざらでもない様子で受け答えをする警備員。
「ときに、君と石畳先生とはどんなご関係になるのかな?」
「僕、石畳先生の娘さんと中学校が一緒だったんです」
「石畳先生のお嬢様も、僕の後輩になるのかあ」
「そうですね。僕達はもうファミリーのようなものですね」
「君、ちょっとここで待っていなさい」
警備員が電話を手にした。さっき交わした約束があった。電話をかけた相手は、その青田である。
「おかしいな、でないぞ」
風太の方へと目をやると、くったくのない笑顔をこちらに向けて待っている。
(まあ、いいか。青田さんにはあとで彼の行先を伝えればいいだろう)
警備員が門を開ける。
「さあ、入った入った」
「よろしいんですか?」
「僕と君の仲じゃないか、遠慮なんかしなさんなって」
「すみません。では失礼して、おじゃましまーす」
風太が一礼をして中へと入った。
「あの建物だからね。三階の一番奥の部屋を訪ねて行きなさい」
警備員が指で示しながら順路を説明してくれた。
「先輩、どうもありがとうございます。ご恩は忘れません」
階段を二つ上って、三階に到着した。きょろきょろしながら、警備員から教えられたとおりに廊下を進んで行く。
「おおっと」
曲がり角で誰かと追突しそうになった。
「あっ、おじさん!」
「よー、なんだい、風太君じゃないか。ちょうどよかった」
「は?」
「まあまあ、こっちへおいでなさい」
挨拶もそこそこに、風太は連行されてしまった。
民民党石畳議員事務所
「いやあ、よく来たね」
「連絡もしないで、突然おじゃましまして・・・」
「まあ、積もる話はあとにしよう。今立て込んでいてね、ちょうど人手が欲しかったところなんだ。わるいけど、ちょこっと手伝ってもらえないかなあ」
「へ?」
「その学生服を脱いで、このマスクをつけてくれればいい。あ、あとは鉢巻もしておこう。君は老け顔のようだから、これなら中学生には見えまい」
「は、はい」
石畳議員から言われるままに、用意されたものを身につけていく風太。
「これでよし、僕の後についてきてくれ」
「は、はい・・・」
委員会室前
「赤井、君にはここに居座って、強行採決反対! と叫んでいてもらいたいんだ」
「座り込みか。いろいろなところでやってきたけど、一度でいいからここでやってみたいとは思っていたんだよ。やっぱりなんといっても国会議事堂が一番の晴舞台だからな」
そう言って笑う赤井の表情が実に生き生きとしている。そこに、自自党の議員と秘書たちが続々と集まってきた。
「さあ、始めるとするか」
赤井は委員会室ドアの前でみんなと座りこみを開始した。一時間ほど叫び続けた頃、小さな地響きを尻に感じたと思うと、民民党の一団が目の前に現れた。この集団の中程には風太が混ざっている。
自自党陣営が一斉に立ち上がって、双方のにらみ合いが始まった。
「こえー」
ぶつかり合う気迫に気圧されて、赤井がしゃがんでいく。
「ど迫力を持った連中だなあ。修羅場で過ごすのは久しぶりだから、まずは見学から入って行くのが賢明だな。しばらくはおとなしく座っているとしよう」
上で押し問答が始まった。
「じゃまだじゃまだ」
「帰れ帰れ」
「どけ、中に入れろ」
「いやなこった」
両陣営の押し合いへし合いのなか、その足元の狭い隙間を前かがみで上手にすり抜けて、ドアの方へと進んで行く風太。あと一歩で手が届くといったところまでやって来たとき、横から伸びてきた手によって強く腕を握られた。その腕を掴みかえして自分の方へと引き寄せると、同時に相手の顔もくっついてきた。目の前に突然現れた顔を一目見て、びっくり仰天の風太。
「あっ、先生」
「おっ、おまえは」
風太は逃げようと身体を翻したが、今度は襟首も掴まれた。
「先生、離してくれ、武士の情けとかいうやつがあるだろ」
「黙れ、脱走兵」
「僕はまだここに居たいんだ、お願いだから見逃しておくれよ」
「お前の魂胆は解っているんだよ。玲奈に会いに来たんだろ」
「へ? 先生、なんで知っているの?」
「俺は何でもお見通しさ」
「さすがは教師、聖職者」
「ばか、お前がここに来る理由が他にあるかよ」
「あっ、そうか」
「政治家を目指しているなどとは一言も聞いていないからな」
「おっしゃるとおりで」
「玲奈にはまだ会っていないんだな」
「うん、これから」
「俺の言うことを聞くというのなら、彼女に会うことを許可してやらなくもないぞ」
「ほんと?」
「ああ。武士に二言はない」
「先生は武士じゃないじゃん」
「お前のさっきの話に合わせてあげたんだろうが。さあ、条件を飲むのか? 飲まないのか?」
「肝心の条件の内容を聞いてからじゃないと答えられないよ」
「あっ、そりゃそうだよな」
「で、どんな条件なの?」
「お前の持ち場と俺の持ち場を変わってほしい」
「は?」
「今度はお前にここに座っていてほしいんだ」
「へ?」
「俺は座り込みをたっぷりとやらせてもらったから、今度は強行突破を狙う側の経験をしてみたくなったんだ」
「寝返るっていうの? 節操がないなあ」
「節操も何も、何の議案で揉めているのかも聞かされていないんだぞ。賛成反対、どっちに付くかなんて、決めようがないだろう」
「僕もおんなじだけどね」
「まあ何事も経験だからさ、お前も座りこみを体験してみろよ」
「いいけど。そのかわり、先生の気が済んだら、僕を元の持ち場に戻してよね。ドアを開けて来いと玲奈のおじさんから頼まれているんだから、その約束は守らないと」
「了解」
中腰の小走りでドアから離れていく赤井、五メートルほど行ったところですっくと立ち上がるや、大声で叫び始めた。
「ドアを開けろー、邪魔をするなー、中に入れろー」
風太も負けじと叫び返す。
「帰れ帰れ―、梃子でもここから動くもんかー」
その風太の身体が突然宙に浮いた。
「この若造、どこの回し者だ」
風太の目の前に大きな顔があった。仁王立ちしたこの大男が、風太を掴み上げているのだ。(こ、怖い)
それでも、負けじと男を睨み付ける風太。
「僕は秘書だ、文句があるか」
「目障りだ、ここからうせろ」
「いやだ、動くもんか」
「このまま外まで運んでやってもいいんだぞ」
「いやなこった、僕を降ろせ」
睨み合う二人。
「おや? お前、泣いているんじゃないのか?」
男が風太の顔を覗き込んで言った
「ちがわい、泣いてなんかいないやい」
「いいや、泣いているね、なぜだ? どうした?」
「だって怖いんだもん」
本泣きで白状する風太。
「ふふ、正直な奴だ。わるいことは言わない、怖いのなら、こんなことはやめにして、部屋に戻ることだな」
「こっちには、そうもいかない諸事情があるんだよ。もうしばらくはここに居ないとならないんだ」
「いいから帰れ。お前には重荷の仕事だし、なによりも、これ以上俺たちの邪魔をされたくはない」
「絶対行かない」
泣きながらも大男に抵抗する風太。
「まったく強情な奴だ・・・」
その夜、民民党石畳議員の部屋
「風太君、どうもお疲れさま。大人の都合で大変な仕事を押し付けてしまったが、君のおかげで随分と助けられたよ。ありがとう」
現場から戻った風太に議員からねぎらいの言葉が掛けられた。
「随分と若いな、どこかの新人秘書だろうか、とは思ったけど、よくよく尋ねてみたらこっち側の人間で、しかもまさかまさかの中学生だったいうんだからなあ。いやあ驚いたのなんのって」
こう言って感心しているのは先程の大男だ。
「すみません」
神妙な面持ちで頭を下げる風太。
「いやいや、恐れ入っているんだよ。俺を目前にすると、大の大人といえども萎縮してしまう人間がほとんどだというのに、君はなんと、この俺に対して歯向かってきたんだからな」
「はずかしいです」
下を向き、耳まで赤くなっている風太。
「なかなか見どころがある」
「いずれはうちの秘書になってもらいたいものだ」
そう言って議員が大きな口をあけて笑った。
コンコン
ノックと同時にドアが開いた。顔を見せたのは、赤井である。
「失礼します。よっ、風太。座りこんでいた場所に戻ってみたら、お前の姿が消えているんだものなあ、いやあ、びっくりしたぞー」
「すみません」
活躍したのに謝ってばかりだ。
「やあやあ、赤井先生」
「あっ、石畳議員、ご挨拶が遅れまして、お久しぶりです」
「こちらこそご無沙汰しております。時に先生」
「は、なにか?」
「風太君を引き取りにいらしたので?」
「ええ、よろしいですか?」
「これは自自党の引抜き行為なのかい?」
「いえいえ、もう宿に連れて帰るつもりです」
「引き抜かれるのも困るが、今帰られてしまうのも困るよ」
「そう言われましてもねえ。我々は、今修学旅行中なものですから」
「こっちは、国家の一大事のまっ最中なんだ、頼むよ」
「うーん、風太を半分こにするわけにもいかないですし・・・」
「夜半には片が付く見込みなんだ。その後は速やかにお返しする」
「うーん」
考え込む赤井に大柄の男が近寄っていった。
「そもそもが、お前はどっち側の人間なんだっけ?」
「すみません、最初は友人のいる自自党側に付いて居たんですが、途中からは陣営の見境いなく、行ったり来たりでした」
「暴れるのが好きなのか?」
「ええ、大好きです」
「だったら二人とも残ればいい」
「そうだよ。ここは国会議事堂、修学旅行にはもってこいの勉強の場なんだから」
「それもそうだな」
あっさりと納得した赤井が、議員と大柄の男と握手をする。
「おじさん」
「ん? なんだい」
「僕は玲奈に会うためにここに来たんです。玲奈を呼んでもらえませんか?」
「ごめんごめん、そうだったのか。考えてみれば、用事があったからここに来たんだよね。そりゃそうだよ。最初に用件を聞いてあげなきゃいけなかったなあ。いやあ、すまなかった」
「いえ、僕の方こそ言いそびれてしまって」
玲奈に電話をかける議員。
「もしもし、あー、玲奈か。今風太君がここに来ているんだよ。うん、うん、いや、部屋には来なくていい、食堂で待っていなさい。じゃあ」
携帯をポケットに戻しながら、待機しているスタッフに声をかけた。
「三十分したら出かけるぞ、それまで休んでいてくれ」
「食堂に行くんですか?」
風太が尋ねる。
「いや、今度は参議院の委員会だ」
「僕は食堂に行っていいんですよね」
「君には、玲奈に会うまえにもう一仕事頑張ってもらう。私の手助けをして欲しいと、玲奈も言っていたよ」
「そうでしたかねえ? さっきの電話は、ほとんどおじさんが一方的にしゃべっていたようにしかみえなかったけどなあ」
「細かいことを言いなさんなって。玲奈に会わせないという選択肢も私の方は持っているんだよ」
「僕、おじさんと一緒に行きます」
「そう? 悪いなあ。まあ、なんだ、玲奈には大仕事を終えて男をあげてからの方が気分よく会えると思うよ」
「そうですよね、僕もそう思います」
「うん、一緒に男になってこよう」
「はい、是非お供させてください」
続いて赤井に向かって、
「赤井先生もよろしいかな?」
「教師は生徒の味方です、面倒を見なくちゃね」
指をぽきぽき鳴らしながらそう答えた。
食堂
食堂へと入っていく風太たち三人。
「いてててて」
青田は右足を引きずりながら歩いている。
「あの野郎、本気で蹴飛ばしやがって。前回俺にひっぱたかれたことを、忘れずにちゃんと覚えていやがったんだなあ。いてててて」
「おまえ、俺達について来ちゃっていいのか?」
赤井が青田に訊く。
「騒動はひと段落したんだし、友人同士なんだから、一緒にいたってかまわないだろう。ラグビーで言えば、ノーサイドのホイッスルが鳴ったということさ」
「うまいこというな」
「だろ」
「ふふ。それはそうとさ、なんだか背中が涼しいんだけど」
青田が見てやると、赤井のワイシャツの後ろが破れている。
「ちっくしょう、あいつの仕業だな。このことはきっちりと覚えておくぞ。今度会ったら仕返ししてやるんだ」
犯人の目星がついているようだ。
「その意気だ、ははは」
「お互いに、随分とやられたもんだなあ、ははは」
「おんなじくらいはやり返してやったつもりだが」
「まあな」
「ぐすん、ぐすん、怖かったよう」
二人に挟まれて入ってきた風太は、べそをかいている。入口でいったん立ち止まり、食堂の中を眺めると、奥の丸テーブルに玲奈の姿を見つけた
「あっ、玲奈―」
駆けよっていく風太。
「会いたかったよ」
「お疲れ様」
ねぎらいの言葉と笑顔で迎える玲奈。
「お二人も、お疲れ様でした、どうぞ」
椅子を二脚引きながら勧める。
「何のあれしき。というよりも、俺たちはたっぷりと楽しませてもらえたんだよ。な」
赤井に同意を求める青田。
「ああ、実に気持ちよかった」
「二人の神経はどうかしているんじゃないの? 僕は心底怖かったよ」
涙を腕で拭いながら風太が言う。
「あれくらいでへこたれていたら、玲奈と結婚できないぞ。一緒になったら議員の後継ぎということになるんだからな」
真っ赤な顔になる風太。
「おっ、照れてる照れてる」
「ひひひー」
「僕だって、大人になれば二人に負けないぐらいの男になってみせるさ」
「そうそう、その意気込みだ」
「本当は心配なんかしていないんだけどな」
「そうそう、デビュー戦であれだけの活躍ができるんだもの、大した逸材だよ」
「後は場数を踏んで、慣れていくだけだな」
「風太、頑張ったのね」
玲奈に見つめられ、真っ赤になる。
「二人に守られながらだったけどね」
「まだ中学生なのに、大したものだったよ」
「いったい何人ぐらいのベルトをちょん切ったんだ?」
「五十人くらいかな」
「敵味方合わせての数だな」
「しょうがないでしょ、あそこに集まっていた中に、誰ひとりとして知っている顔がなかったんだから」
「双方、ズボンがずり落ちてしまわないように、両手で押さえながら言い争いをしていたものなあ」
「うっかりズボンから手を放すと、ストンってパンツ姿になってしまうんだもの」
「つかみ合い真っ最中の奴らなんかは、夢中なもんだから、ベルトを切られたことに気付いていない様子だったなあ」
「構ってはいられないといった部分もあったんだろうよ」
「最終的には、みんな笑いっぱなしだったのはよかったなあ」
「いやあ、明日の新聞が楽しみだ」
「そうそう、いったいどんな見出しと写真を見せてもらえるのかねえ」
ははは
「お疲れ様」
「もうへとへとだよ。それと、腹もペコペコだ。倒れそう」
「どうぞ、召し上がれ」
テーブルには五種類の定食が並べられている。
「おおー」
「おいしいわよ」
「どれにしようかな」
「一人で全部食べていいんだよ」
と赤井が風太に告げる。
「え?」
「俺たちはまずビールで乾杯をしてからだから」
青田がそう付け加える。
「ほんとに全部いいの?」
「ああ」
「玲奈の分は?」
「あたしは先に食べちゃったから大丈夫」
がぶがぶ
がつがつ
玲奈の返事が終わると同時に風太の飲み食いが始まった。




