第二章 東京に到着
一行を乗せた電車が東京駅に到着した。三人の生徒はくっついてひと塊になり、先生たちの後を歩いていく。
「おい、あんまり押すなよ」
そう言いながら、互いに押し合っている。反動で塊から飛び出してしまった数馬が、通行人にぶつかってしまった。
「あっ、すみません」
当てられた相手はすでに数メートル先の方を歩いている。東京の人は忙しい、お詫びの言葉を待っている時間もないようだ。風太が数馬の襟首に手をやって、自分らの方へと引っ張り戻す。
「塊からはみだすんじゃないよ、辺りは危険がいっぱいなんだから」
「ごめん」
「くっついていれば安全なんだからな」
三人の様子を見ていた引率の前田が、
「おいおい、東京の人が田舎者に食らいついてくるとでも思っているのかい?」
「そういうわけではないんだけど」
「じゃあ、地方出身者はいじめの対象にされるんじゃないかと心配しているのかな?」
「うん、そんなところかな」
「あのなあ、東京で暮らす人の多くは地方出身者で構成されているんだぞ。いってみれば君たちの仲間なんだよ」
「へ? ほんと?」
「先にこっちにやってきている彼らが先輩で、君たちが後輩というわけだ」
「ふーん」
「生粋の江戸っ子なんていうのは、そんなに大勢いるものじゃあないんだよ」
「へえー、そうなんだあ」
「ここを歩いている人の中の、だいたい半分くらいが君たちの先輩だと思っていいんじゃないかな。何年か前に、君らが今立っているこの場所で、君らと同じようにオロオロしていた人達なんだよ」
「ふうん」
「君らの怯えた様子を見かけた彼、彼女らは、微笑ましいとは思うだろうけれども、決してバカにしたりしはしていやしないさ」
うつむき加減だった三人が顔を上げ気味になる。
「ここにいるこの人たちが先輩・・・そうだったのか、いいことを聞いたな」
「あんな時代が俺にもあったんだよなあ、そうそう・・・なんて懐かしみながら、君らのことを眺めているはずさ」
「そうなんだあ」
木田の言葉に安心したのか、生徒達が先ほどよりも視界を広げてみようという勇気を持ったようだ。ぐるりとあたりを見渡してみる三人。首を回しすぎて、ふらふらしている。ビルの外壁に設置されている時計が数馬の目に止まった。
「おっと、まずは時計を東京時間に合わせておかなきゃな」
ビルの時計と腕から外した自分の時計の針とを見比べる。
「ありゃ? 十二時三十分だ。東京の時間も町と同じなのか?」
「あったりまえだろ」
「まさかお前、今の、本気で言ったんじゃああるまいな」
「あはは・・・そんなまさか」
耳が真っ赤だ。
「ちなみに、信号も赤青黄色で一緒だからな」
「おそらくそうだろうと思っていたさ」
「お金の単位も円だぞ」
「僕らの町と一緒、一緒」
「もちろん人間だっておんなじだ」
「僕らとちっとも変わらない、まったく変わらない」
「食事は一日三食だし」
「回数は一緒だけど、食っている食べ物は違うだろ?」
「さあ、それはどうなんだろう」
数馬が航に訪ねる。
「違うっていうことはないんじゃないかな」
「たとえばピザはどうよ。テレビで見たことはあるけど、僕らの町ではそんなもの食わないだろ」
「ピザっていうのはお好み焼きのことだよ、おまえ食ったことないのか?」
「いや、お好み焼きなら食べたことあるけど」
「だろ」
「それじゃあポテトフライは?」
「ジャガイモはほとんど毎日食っているんじゃないか?」
「まあね」
「じゃあやっぱり一緒だ」
「夜は寝て、朝になったら起きるのもおんなじ」
「いやいや、東京は不夜城だっていうじゃないか」
「東京のどこでもが不夜城っていうわけじゃあないよ。ほんの一部の場所がそう言われているだけさ」
「ふうん、そうなのか」
「服だって着ているし」
「そうだろうけど、あんな服は着れないよなあ」
丁度目の前を、オレンジ色の上下を着た青年男子が歩いていく。
「同感、あれはムリ、ムリ」
「まあ、多少の違いはあるだろうけど、所変われば何とやらといった程度の違いに過ぎないんじゃあないかなあ」
木田がそう言うのだが、
「ありなのかなあ」
と、三人は納得いかない様子だ。
「君たちに、ちょっと社会勉強をさせておくか」
「は?」
「そこにしばらく座って、そこらにいる人たちを眺めていてみろ」
生徒にこう指示を出し、ガードレールに一緒に並んで腰を降ろす中川。
「ほら、まずはあそこに立っている男子グループを見てみろ」
「うん?」
「本屋の看板があるところから、右に三人並んでいる彼らさ」
「ああ、あの人たちね」
「一番左の男なんかどうだよ」
「男っぷりはたいしたことないな。僕とどっこいどっこいといったレベルだね。それにしても帽子から靴の先までまっ黄色でそろえるとは・・・俺だったら恥ずかしい」
「そうだろ、お前から見ると恥ずかしい格好だろ。けれども、彼のたたずまいはいたって自然体に見えないかな。お前が思うように恥ずかしがっている様子はないだろ」
「辺りを気にせず、大きな口を開けて笑っているものなー」
「よっぽどふてぶてしいんじゃあないのかねー」
「疑り深いなあ。じゃあ、真ん中はどうだ?」
「男のくせにピンクのシャツだ」
「いや、待てよ、女なのかな」
「いやいや男だろ、あごの先にひげが見えるよ」
「一番右はサッカーのユニホームだぜ」
「家からあれを着て出かけてきているのかねえ」
「ようは、何を着ていたとしてもその人の自由で、お互いのファッションをけなしたりはしないということなのかな」
「着物だってあり?」
「それどころか、すっ裸の人だって昔はいたらしいぞ」
「東京はそれもありなのか?」
「ストリーキングと言って、たまに出没していたらしいが、すぐに警察につかまっていたはずだよ」
木田が説明をくわえる。
「法律もおんなじなんだもんね」
「つまり法律さえ守っていれば、何を着ても自由、なんでもありなんだよ」
「はい、先生よく解りました。ありがとうござました」
おどけて礼を言う三人であった。
宿
浅草、浅草寺の裏手。
「ここだここだ。さあ、宿に着いたぞ」
目の前にある三階建ての建物を見上げる一行。日本家屋である。一階と二階の間に掛けられた横書きの看板には、『ホテル くつろぎ』と書かれてある。
「ふーん、東京だというのに、古めかしい建物だなあ」
「なんか江戸時代みたいだね」
東京なのだからと、近代的なホテルに宿泊することを期待していたのであろうか、風太はどこか不満げである。
「これが浅草という場所柄なんだな。こういった造りの建物が、この地域には似合っているんだよ。しかたないだろ」
赤井がそう言って慰める。
「たのもー」
数馬がふざけた台詞で中に向かって叫んだ。
「これ!」
木田が数馬の肩に手を掛けてたしなめる。
「はーい」
すぐに奥から返事の声があって、着物姿の女性が小走りで現れた。
「いらっしゃいませ」
「田舎者六人がご厄介になります」
今度は風太がおどけてみせる番だ。
「ようこそおいでくださいました」
「なかなか良い宿ですね」
「ありがとう存じます」
「ときに女将さん」
「私は仲居でございます」
「失礼。仲居さん、ここの風呂は泳げますか?」
数馬がこんな質問を唐突に投げかけた。
「ばか、そんなことは、聞くものじゃあないだろ。とぼけて泳いでしまえばいいんだよ」
数馬の耳元で風太がそうささやく。
「浴場で泳ぐことはご遠慮願っております」
「それは残念でござるなあ」
そう言いながら一段上がろうと足をあげる数馬。
「こら! 靴を脱ぎなさい、靴を」
木田に注意をされて足が止まった。
「おっとっと。危うく土足で上がり込んでしまうところだった」
土間で靴を脱ぎ、スリッパへと履き替える一行。
「廊下を走ってもいいですか?」
「ご遠慮くださいませ」
答えた仲居の口元は笑っているが、眼が怒っている。
「ぞぞっ」
「怖い」
「やば」
三人のそれぞれの反応である。
「部屋へ案内をいたします。生徒さんは私についていらしてくださいませ」
ガラガラガラ
仲居が引き戸を開けると、三人は部屋へと飛び込んでいった。
「おじゃましまーす。おっ、饅頭がある!」
風太が真っ先にテーブルへと走り寄って行ったはずなのだが、後から入っていった仲居の方が機敏な動きをしていたらしく、いつの間にか彼らよりも先へと回っており、饅頭を乗せたお盆をテーブルから素早く取り上げてしまった。
「あっ」
一同の表情が、口の開いたままの状態で停止する。
「お饅頭はあとにして、先ずはお茶を入れましょう」
ポットから急須へとお湯を入れながら三人に向かって仲居が話しかける。
「館内での注意事項をお伝えしておきましょうね」
バン!
仲居が両掌でテーブルを叩いて出した音が、部屋全体を振動させた。
「は、はい」
「よろしく・・・」
「・・・お願いします」
正座に直った三人に対して、仲居がこう告げる。
「一、風呂で泳ぐな!」
「はい」
「二、廊下を走るな!」
「はい」
「三、ここを学校だと思って行動なさい!」
「はい」
「以上!」
「ありがとうございます」
「では、食べてよろしい」
しばしの間、三人がお互いの顔を見合わせてそれぞれの出方を探ったのち、まずは風太が立ち膝のままでテーブルへと寄って行った。他の二人もそれに続く。
「いただきます」
饅頭を頬張り、仲居が入れたお茶をすする。
「うまい、うまい」
仲居が満足そうな笑みを浮かべて立ち上がり、出入り口の方へと向かった。三人がその後ろを追いかけていく。
「いろいろ教えていただき、どうもありがとうございました」
廊下を行く仲居の背中にそう礼を言う。仲居は立ち止まり、入口に立つ三人を振り返った。
ビクッ
生徒達が硬まる。
「せっかく東京にきたんだ」
仲居の引き締まっていた顔が、世話好き仲居の表情へと変わった。
「いい思い出を作ってお帰りなさいな」
三人の表情も、柔らかいものに変化する。
「あのう」
航が口を開いた。
「ん? なんだい?」
「一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「去年のうちの修学旅行も、ここの宿を利用させてもらったんでしょうか」
「ああ、そうだよ。去年はたしか、お嬢さん方が三人だったね」
「はい」
「とてもいい娘さんたちだったよ」
「そうですか、どうもお世話になりました」
食事
広間に集まって、教師と生徒が一緒の夕食である。食卓には、旅館らしい和風の料理が並べられている。
「じゃあ、いただくとしましょうか」
「はい、いただきまーす」
中川が号令をかけて、食事が始まった。
「先生、去年の修学旅行も、ここの宿を使ったんだってね」
風太が切り出した。
ご飯を飲み込みながら、話す声は外に向けて出しているのだから、よくよく考えてみると、食事中の会話というのは、みんな器用にやっているものだ。
「ああ、そうだよ」
「卒業していった三人は、そのときには、すでに進路を東京に決めていたのかなあ」
「うーん、どうだったんだろう」
「町を出たいとか、そんなことを言っていなかった?」
「うーん」
「思い出してよ、先生」
「ちょっと待て。いま記憶をたどっているんだから」
「そんなことをしないと出てこないの?」
「あのさ、去年の今日、どこで何をしていて、何を食っていたのかを、お前はひとつでも即座に答えられるか?」
「無理無理」
被りを振る風太。
「そうだろ、先生だって風太と同じだよ」
「一年ひと昔。昔の記憶は、そう簡単に引き出せはしないっていうことを言いたいんだね」
航は冷静だ。
「えばれるようなことではないんだけどな、すまんな」
「去年のこと、そんなに知りたいかい?」
仲居がそこに座っていた。
「うわっ、いつの間に来ていたんですか?」
「最初からずっと」
「本当ですか? まったく気が付かなかった」
「ここには長いこと厄介になっているからねえ、きっと身体が旅館と一体化して、目立たなくなっているんだろ」
「なるほど」
「おいおい、いまの説明で納得しちゃうの?」
「うん、僕は仲居さんには一目置いているんだ。俺たちの師匠だからね」
「おべんちゃらはいいから、三人とも早く食べてしまいな」
「はい?」
「食事が終わったら、調理場にいらっしゃいな」
「へ?」
「去年のことを知りたくないのかい?」
「いえ、知りたいです」
「私が教えてあげるよ。だからとっとと食っちまいな」
「わっかりましたー」
三人がご飯をかき込み始めた。
「見事な食いっぷりだねえ」
仲居が感心しながら立ち上がった。
「調理場」
「仲居さん」
「来たかい」
「はい、話を聞きたくて」
「去年の三人は、東京に行くって言っていた?」
「東京はいい所だとは話していたねえ」
「学校のことはなんか言っていた?」
「たとえば後輩たちの事とか」
「お土産を持って帰るのに、男の子には何がいいかって相談していたよ」
「もっと深い話は?」
「深いって?」
「気になる後輩がいるとか・・・いや、誰でもいいんだけど」
「そういうのは、たとえいたとしても、私には言わないだろう。部屋で女の子だけで話すもんじゃないのかねえ」
「そうですよねえ」
「あっ思い出した」
「なになに?」
「帰り際、最終日の朝だけど、被らなくてよかったとか言い合っていたねえ」
(むむむ? なんのことやらわからん)
これは三人の心の叫びだ。
「前の晩になにか相談話でもしていたのかねえ」
そう話す仲居であったが、心の中では
(あれはお土産のことを言っていたのだと思うけど、ここはとぼけておいた方が面白そうだ)
と思っていた。
生徒の部屋
布団の上で三人が車座になっている。
「僕達、ついに東京にやって来たんだなー」
「そうですねー、うひひ」
「話に聞いていたとおりで、ほんと、人が多いよなあ」
「東京駅の混雑のすごかったことったら、俺、本気で怖かったもの」
「一か所にあれだけ多くの人たちが、しかも次から次へと集まってくるんだからなあ」
「そうそう、流れが途切れることなしに、常に人が行きかっているんだもの」
「人の流れを目で追いかけていたら、くらくらしちゃったよ」
「毎日が、あーいう状況だっていうんだからなあ」
「あんなにひしめき合う中にいたら、もみくちゃにされて、おかしくなっちゃわないのかねえ」
「そうだよな、よくもまあ平気ででかけてこられるよ」
「用事があるからしかたなく来ているんだろうけどさ」
「仕事とか遊びとか、いろいろあるんだろううね」
「でも、人数が半端な数じゃないよな」
「しかもさあ、混雑は東京駅だけじゃあないっていうんだものなあ・・・大勢の人が集まってくるああいった場所が、他にいくつも存在するって、すごいよ」
と、航。
「ふーん」
「きっと面白いことがあふれているんだろうね」
「卒業生達もさ、そんな環境にあこがれて東京に出ていったのかなあ」
「お前、今日は去年の卒業生のことを、やたらと気にしているよなあ。朝からずっとだぞ」
「仲居さんの話も一番真剣に聞いていたよな」
「おっ、ひょっとすると・・・」
「ひょっとするかも」
「な、いったいなんのことかな?」
「おいおい、今更とぼけようっていうんですか?」
風太が、造った笑顔を数馬の顔へと近付けていく。
「そんなに寄るんじゃない」
めげずにもっと顔を寄せていく風太。
「早く楽になりなさいって、白状しちゃえよ」
「旅の恥ははき捨てだっていうじゃあないか」
「そういう使い方で正しいのかよ」
「こっちの言いたいことが数馬に伝わってくれりゃ、それでいいのさ」
「じつはさー」
「おっ、決心がついたのか?」
二人の顔が数馬の顔に今まで以上に接近する。
「早く、言ってしまえよ」
「圧が強いなあ」
数馬が体を後ろに引く。
「さあ、さあ」
二人が前に出ながらなおも要求する。
じりじりと後退していた数馬の身体が壁まできた。もはやこれまで、観念した風太がつぶやく。
「俺、菜月のことが好きだったんだ」
それを聞いた瞬間、風太の身体が後ろにひっくり返った。
「どうした?」
航が風太の肩に手をやって、その顔を覗き込む。
「よかったー」
笑顔で口を開く風太。
「よかったって?」
「どういう意味かな?」
数馬が続く。
「数馬の相手が菜月でよかったー」
「ということは?」
「俺は玲奈が好きだから・・・。好きな相手が数馬と被らなくてよかったということさ」
「よかったー」
今度は航がひっくり返る番だ。
「なんだよ、おまえまで」
二人が航に詰め寄る。
「俺は碧が好きだからさ」
三人が好意を寄せている相手は、幸い被らなかった。
「それで、告白はしたのか?」
三人同時に問いかける。
「ぶるぶるぶる」
かぶりを振る三人。
「そうかー」
「まったくもー、だらしねえなー」
「ほんとほんと、勇気のねー奴らだなー」
「気持ちを伝えられずじまいのまんまで、解らないまんまで、卒業されちゃったんだよなあ」
「この意気地なしが」
突然数馬に飛び乗っていく風太。揃って布団の上に倒れ込んだ。
「悪いかよ」
枕を手にして、数馬が風太をひっぱたく。それを奪い取った風太が今度は横にいた航をひっぱたく。
「お前、男だろ」
枕チャンバラがはじまった。殴って受けてを繰り返すこと数分、三人が息を切らしたところで自然に終了となった。
はあはあ
布団の上で大の字になって息を切らせている三人。しばらくして航が口を開いた。
「あのさあ」
「ん? 何だよ」
二人が同時に返事をする。
「女子三人は、俺たちのことを、いったいどう思っていたんだろうか」
「どうって・・・知ってどうする」
「気になるだろ。気持ちを聞けないままで卒業していっちゃったわけだからさ」
「知らなくていいんだよ」
「なんで?」
「知るとがっかりするからさ」
「なんで決めつけるんだよ」
「俺達のことを気に入っていたのであれば、東京なんかには行かなかったんじゃあないの?」
「好き嫌いと進路は別々だろ」
「別物で済ませられる問題かよ、だってひょっとするともう一生会えなくなるかもしれない、そういう決断なんだぞ」
「いずれ東京まで追いかけてきてくれると思っていたのかもしれないぜ」
「虫のいい話だけど、そうであればうれしいことはうれしいな」
「でもさ、そんなに大きなリスクのある賭けに出たりできるものかなあ」
「なんかやきもきするなあ。ヒントくらい残しておいてくれりゃあよかったのによお」
「こっちが何にも伝えないでおいて、それを相手に望むっていうのはあまりにも虫がよすぎるんじゃあないのかなあ」
「それを言われると痛い」
「まあ、なんにせよ、好きな相手が被らなくてよかったよ」
「え?」
「今なんて言った?」
「被らない」
「それ、さっき仲居さんの口からもでてたろ」
「女の子たちも被っていないと言っていたんだ」
「おいおい、相思相愛だ」
全員が片思いの可能性もあるのに、自分らの都合のいいように妄想していく三人であった。
「確証を得るには、東京にいる今が一番のチャンスだよ。いっちょう、三人に会いに行ってしまおう」
航からの大胆発言だ。
「でも、旅行のスケジュールは、目一杯つまっているんじゃないのか?」
「見学する場所を変更してもらえばいい」
「女の子のところを回りましょうとでも先生に言うのかよ」
「うーん・・・」
「いやあ、そいつは俺からは言えないぜ」
「自由行動の時間を増やしてもらうというのはどうだろう?」
「先生たちが時間をかけて考えてくれたスケジュールをいじってくれって? しかも自由時間を増やせと?」
「言えるか?」
「これも言えないな」
三人が黙り込んでしまった。
「お菓子でも食って、脳に栄養を与えながら考えよう」
煎餅を割り割り口に放り込んでいく風太。
「旅行を一日延長してもらえればなあ」
数馬が提案した。
「それも無理」
「そうそう。帰りの切符だって決まっているんだ」
「じゃあ、脱走するしかないな」
「脱走? 先生に怒られるよ」
「そうそう」
「怒られることくらいなんだよ」
「せっかく楽しい旅行に来たんだぜ」
「そうそう。いい思い出を持って帰りたいだろ、それが台無しになってしまうぞ」
「東京を見学して回ることは、もちろん楽しい思い出になるだろう。しかし、それよりももっといい思い出を作るチャンスでもあるんじゃないかな」
「女子たちに会いに行くのは今回じゃあなくたっていいだろ。なにも危険を冒してまで・・・」
「そうそう。卒業して、大人になってからまた出直して来ようよ」
「それじゃあ遅いよ。思い立ったが吉日っていうだろ」
「元々この話は、最初は単なる思いつきからだったんだ、忘れることにしようよ」
「お前らさあ、そんなに東京の景色を見たいのかよ。お前らの人生に、東京の景色を眺める必要性があるのかよ? どうなんだよ、言ってみろよ」
「うーん。そう言われるとなあ」
「東京で見てくる物事が、自分の血となり肉となるとでも思っているのかよ」
「それはわからん」
「東京で見てきたことを、町に帰ってからなにかの役に立てようとでも思っているのか?」
「うーん」
「将来、町に高層ビルでもおっ建てようっていうのか?」
「いいや、そんな大それたことは考えていないけど」
「あの町に五階建て、十階建てのビルが必要ないものな」
「情けなくなるレベルのたとえだ話だ、ははは。まあ正直なところ、話のタネにはなってくれるだろうくらいの考えしか持っていないよ」
「そんなのは小さい小さい。自分にとって今は何が本当に大切なのかを見極めようぜ」
「一番したいことをするほうがいいということか」
「そのためには、俺たちの前に立ちはだかる壁は乗り越えて行く必要があるな」
「教育がなんだ」
「先生がなんだ」
「学校がなんだ」
「親が・・・」
「おい、なに詰まっているんだよ」
「親は大事だよなーと思ってさ」
「そこは思い切れないんだな」
「うー、親がなんだ! ・・・親もきっと解ってくれるだろう」
「もちろんさ」
「よく言った!」
風太が泣いている。
「俺、感動した」
「君らと友達でよかったよ」
二人の肩に腕を回した。
「もう彼氏がいたりして」
風太が嫌なことをつぶやいた。
「今それを言うかあ?」
「すまん、ふと頭に浮かんでしまって」
「もしそうであったとしても、それはそれで、ふんぎりが付くだろう」
「えっ」
「なあ、そうだろ」
航が二人の肩をたたく。
「いやー」
他の二人は躊躇する。
「そうだと言ってくれよ」
「うーん」
「とにかく一度行くと決めたんだから、決行するからな、さあ寝よう寝よう」