初相談Ⅹ
このみ先輩を招き入れ、近くの椅子に座ってもらった俺たちは、このみ先輩が自ら話すのをしばらく待っていた。しかし、実際に秋雨先輩を前にしてなのか、それとも部外者ともいえる俺たちがいるためなのか、このみ先輩はなかなか話し出してはくれなかった。
「このみ先輩、この場に来てくださったということは、真相を話して下さるためという理解でよろしいでしょうか」
多少強引で、あまり気は進まないが、物語を進めるための起爆剤が必要なのかもしれない――そういうケースを俺は過去に知っていた。
俺の言葉に、このみ先輩は体を少しばかりビクっとさせたが、その後ゆっくりと頷いた。
「……本当にごめんなさい、ほのか」
彼女はそう言って、秋雨先輩に向かって頭を下げた。
「! こ、このみがどうして謝るの? 私、全然話が理解できていなくて……いったい何があったの?」
このみ先輩に向かって差し伸べようとした秋雨先輩の手が届くことはなかった。彼女は立ち上がって窓際に近づいたからだ。
「……ごめん、ほのかの目を見て、話すような勇気は、ない、から、こうやって、話しても、いい、かな」
言葉に詰まりながら、躓きながら、彼女は問う。
「実は――」
秋雨先輩が了承してくれるのを悟っていたのか、このみ先輩は窓の外の景色から目を離すことはなかった――その目はどこか遠い昔を見るような、見るものを少しばかりほっとさせてくれるような雰囲気を漂わせていることを、俺はどうしてかこのとき疑わなかった。
「私が、新入生の投票結果を偽ったの……全員がフルートって書いたって」
「……どうして、そんなことを、このみが?」
一瞬、このみ先輩の言葉が信じられないというような顔をした秋雨先輩が声に出した言葉は、このみ先輩の行為の理由を問うものであった――その行為が好意から生じたものであることを秋雨先輩は期待していたのかもしれないし、あるいは、友達の言葉を疑うようなことをしたくないと思ったのかもしれない。いずれにせよ、秋雨先輩は、このみ先輩に、そのような言葉を紡いだのだった。
「ほのかたちに、少しでも自信をつけてもらいたかったから。《こんなにもたくさんの新入生が、私たちの演奏を気に入ってくれたんだ》って、思ってほしかったから。……全員がフルートを選ぶなんて、普通考えたらありえないもんね。疑われて当たり前だよね。……もう少し、上手くできれば、よかったんだけど」
視線を窓の外から部室の床へと下ろした彼女は、どこか諦めを感じさせるような話し方で続ける。
「……何も、雨宮先生を攻めているわけじゃないよ。聞いた当初は、先生の考えも一理あるんじゃないかと思っていたし。私が許せなかった、今も許せないのは、私自身。……ほのかが苦しんでいるのに、手を差し伸べることをしなかった私自身。……ほのかたちが辛そうにしているのに何もしなかった私自身――」
ほのか先輩の言葉を遮るように、秋雨先輩は彼女のもとへ駆け寄り――抱きしめた。
「……なに、言ってるの。一番苦しんでたのは、ほのかじゃない。……ありがとう、私たちのこと、そんなに考えてくれて」
彼女の嗚咽が、夕焼けに照らされた教室に、かすかにこだましていた。