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紡がれた青春  作者: ノベルのべる
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初相談Ⅷ

 約束の時間から三十分を過ぎても、彼女は部室に現れなかった。

 約束の時間から十分を過ぎたあたりで、雨宮先生には帰ってもらっていた。いつまでも待たせることになっては、失礼だろうと感じて。その判断は功を奏した。最も、最善は彼女が時間通りに部室に来てくれることだったのだが。

「それで、彼女って誰のことなのさ」

 椅子にもたれ、飄々としながら、晴人は俺に視線を送り、その後天井を見上げた。

 その声につられてか、二人を除いた他の部室内メンバーも俺の方へ視線をよこす。

 部室には俺たち相談部員と秋雨先輩が残っており――つまり、あれから退室したのは雨宮先生のみということ――、各々好きなこと、たとえば、今俺に声を掛けてくるまで、晴人は『雑学王!』と書かれた本を何やらぶつぶつ言いながら読んでいたし(さすが、歩くwikiだ)、秋月はスマホの一心不乱にタッチしていた。大方、ゲームでもしていたといったところか。冬川は、教科書とノートを開き、学校の宿題をしていたようだ。新入生総代だし、勉強には力を入れているのだろう。

 そして、晴人の声に振り向きもしなかった傍観者である桜井先輩は――秋雨先輩とおしゃべりしていた。当然、秋雨先輩も晴人の声に耳を傾けるそぶりを見せなかった。

 今も何やら話が盛り上がっているようだ。

「コンビニ派? スーパー派?」

「うーん、どっちかっていうと、コンビニ派ですかね」

 うん、どうしてそんな話の流れになったのかは、さておこうかな。

「私は、どっちかっていうなら、アマゾン派だけどね」

 それ、どっちかって言ってないですよ、桜井先輩。それに質問者本人が選択肢から選ばないって、一体どういうことなんですかね。

「あー、それ分かりますー。そういわれると私もやっぱりアマゾン派ですかねー」

 ……よくそんなにあっさりと話を繋げられるな。吹奏楽部という大所帯ともなれば、あれほどのコミュニケーション能力が必要とされるのだろうか。入らなくてよかったー。そもそも、楽器はからっきしできないので、万が一にも入ることはなかったとは思うが。

 そんなことを考えている俺を、晴人は急かしたりはせず、ただぼんやりと天井を見つめていた。

 他のメンバー――おしゃべり二人組を除いて――も俺か晴人が何か言うまで何も言うつもりはないらしい。

「晴人たちも会っている人だ――青みがかった黒髪ショートをした小柄な先輩。確か楽器は――」

 何だったけ?

 しかし、俺が思い出すよりも早く――周りから見れば、俺が彼女の楽器を忘れていたことなどを微塵も感じさせないような間髪の入れ具合で、晴人が話を引き取った。

「オーボエの彼女か!」

 確かそうだったような気がするような、しないような。……結論、全く覚えていなかったようです。

 時間が解決してくれることはなさそうだったな、これは。晴人には心から感謝しておこう、心で感謝しておこう。要するに口に出してありがとうとは言わないって意味ですね、はい。

「そうだ」

 いかにも知っていましたとばかりに、頷いておこう。

「なんで自慢げなの、春樹。もしかして――」

 咳払いで秋月の言葉を遮る。こほんっと。

「えー、そのオーボエの彼女が来るはずだったんだ。来るはずというか、《よければ来てください。あなたの企みについて、伝えるべき相手が待っています》と伝えたというか」

 来てくれると思ったんだけどな、ちゃっかり。

「……なんだか、脅迫みたいですね」

 ノートから顔を上げた冬川がつぶやいた。

 んな! まさか! 俺としたら、来るも来ないもあなた次第って感じにして、来てもらいやすくしたつもりだったのに。

「やはり、はっきりと《あなたの企みを明らかにされたくなければ部室に来てください》と言うべきだったか……」

「いや、ますます脅迫チックになってるし」

 両手を体の前で振る秋月。

「じゃあ、そう書かれた紙を彼女に渡せばよかったのかな。そうすれば彼女のタイミングで読むことができて心の準備もしやすかっただろうし――」

「なぜに、そういう方向に話が!」

 手の振りがますます大きくなった彼女の仕草が面白くて、さらに深く突っこもうと考えていたところ、横槍が入った。

「秋月さん、ジョークだよ、ジョーク」

 そうだったの! と言わんばかりの反応ぶりで、秋月は晴人の言葉にうろたえた。

 その仕草が可愛らしくて、クスリと笑ってしまう。

「……そうだったの」

 俺の反応を見て、それが本当だと気づいたようで、秋月は顔を下に向けた。下からのぞき込むようにして見ると、彼女の顔が少し赤らんでいるようだ。……少しからかい過ぎたか。

「ごめんごめん、秋月の反応が可愛らしくて、つい調子に乗っちゃって」

 さて、秋月の反応は――。

 顔の熱さでお湯を沸かせるのではと思えるほどに、顔が真っ赤になっていた。

 ――うん、作戦成功。

 そのまま秋月は扉の方へ駆け寄り、部室を出ていこうとした。そして――開けた扉のむこうには、彼女が立っていた。

 ――うん、作戦……成功?

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