金田中佐の・・・ (改訂版)
「小隊長殿の艦内探検」の閑話となります
お楽しみいただければ幸いです
※更新情報 3/18
説明文を追加しました。ストーリの変更はありません
*** 東京帝国大学・総長室 ***
コッ・・コッ・・コッ・・コッ・・
昼下がりの総長室
規則的な 柱時計の振り子の音が 部屋の中で反響している
うたた寝の誘惑にかられそうになるが
腐ってもこの 平賀、睡魔になぞ屈っしない
ワシかね?
ワシは平賀 譲という
戦艦大和の設計にも関わった 元・造船官で
現在は 東京帝国大学で 総長を務めている
まだまだ若いモンには・・・と、言いたいところではあるが
齢63歳である
もはやワシに出来る事は 若い人材の育成を・・・・・おや、お客人のようだ
コンコン
「入れ」
「平賀さん お久しぶりです。」
「おお牧野君か 元気そうで何よりだ。まあ掛けてくれ」
客として訪ねてきたのは 牧野 茂君で
彼は 呉海軍工廠に勤める 造船部設計主任。現役の造船官だ
「牧野君が訪ねてくるなんて珍しいな。この前の海戦の後始末で忙しいのでは?」
「平賀さん、珍しい羊羹が手に入りましたのでお持ちしました」
そう言って彼は 神妙な面持ちで 包みをワシに差し出してきた
こういう場合は ニコニコしながら出すモノだろうに・・・・
いやっ、そうか!
完成したのだな。
ああそうか ワシとした事が
「ああちょっと待ってくれ。お茶を淹れよう」
そう言ってワシはお茶を淹れる
お盆に 湯呑と急須と・・・そうそう忘れるところであった。
この小さな箱も持っていかねば
「待たせて済まない」
そう言って 持って来た 小さな箱を コンコンと軽く叩く。すると
小さな小さな妖精が2体 出てきた
「さあ君達も 羊羹をお食べ」
ワシは2体の妖精に 届いたばかりの羊羹を分け与えた
こういった甘い物は 種族を超えて 喜ばれる物のようだね
妖精たちは 嬉々として 自分たちの頭より大きな羊羹に かぶりついている
「平賀さん これは・・・・・」
「この妖精はね あの子から預かったんだよ
今 この空間は妖精たちの支配下に入った。
第三者から見れば 僕達は他愛のない会話をしているようにしか見えない」
「そのような事が・・・」
「可能なんだ あの子達にはね。だから安心して機密事項でもなんでも話したまえ」
牧野君の緊張が解けたようだ。椅子に深く座りなおして 彼は話し始めた
「航空母艦・赤城改は無事に進水し、公試運転へ移行しました」
「そうか・・・教えてくれてありがとう」
それだけ言うとワシは シル君に会った時の事を思い出していた
最初に会ったのは ド級戦艦ドレッドノートの進水式の時だから
かれこれ36年の付き合いだな。ワシも年を取る訳だ。
あの子達は最初から50万トンの船を作りたかった訳では無いようだったが
諸々の条件を積み重ねていって そのサイズの船体に行き着いたようだ
これは奇しくも 金田秀太郎中将・・・当時は中佐だったが
金田氏は日露戦争で防護巡洋艦・音羽などで砲術長を務め
その後は海軍砲術学校で教官を務めたりと 長年【大砲】に携わってきた軍人だが
この方は 時折突拍子もない事を言いだす人でもあったな
その突拍子もないアイデアの中に
当時の金田中佐が提唱した【50万トン戦艦】と言うのがあった。
奇しくもシル君達が建造した空母は この戦艦に類似するものである
金田中佐いわく、
波の波長よりも船体が広ければ船の揺れが無くなり砲撃の命中率が上がる
こうして導き出された数字が船体幅・91メートル
そこから逆算して 船の全長が609メートルになり
最終的に船の重量は 50万トンとなった訳である
その話が出たのが 今から30年前・大正2年の頃である
とてもではないが当時は夢物語だ
いや 帝国海軍単独であれば 今でも建造は困難だろう
しかし彼らと 我が帝国海軍とで完成させてしまった
金田中将は他界してしまっているが 生きておいでなら狂喜したであろうな
もっとも、シル君・・・いや 彼女のブレインである秋葉尾君によって
空母になってしまったが 確かに今作るとしたら 戦艦より空母だろうなぁ・・・
【空母は揺れなんて関係ないだろう】と言うかもしれないが そんな事は無い
艦載機が着艦する際、船の揺れ すなわち波の動きを読んで高度の調整を行うのである
それが【揺れない】となれば 着艦のハードルは大きく下がる
さきのミッドウェー海戦で大勢のベテランパイロットが失われたと聞く
これらも含めて パイロットの育成は急務であるし
その巨大な飛行甲板は 未熟なパイロット達の助けになるであろう
今まさに求められるスペックだ
そうは思わないかね?
おっと ワシが物思いに耽ってしまったせいか
牧野君が声をかけづらくなったな
「これは済まない ちょっと昔の事を思い出していたよ」
「いえそんな事は。それより平賀さん 体調が良くないのでは?」
「秋葉尾君に聞いて知ってるよ ワシは来年逝くらしいね」
「そんな他人事みたいに・・シルちゃんに治癒魔法で治してもらったらどうですか」
ワシは首を横に振る
「ダメだ もし急に体調が良くなったら余計な情報を米英に与えかねない
それだけは断じてあってはならないんだ。分かってくれるね」
「・・・・・」
牧野君の目には涙が零れんばかりだ。泣かせるつもりは無かったんだがね
「牧野君たちには済まない事をしたと思っているよ」
「!?」
「これも秋葉尾君に聞いたんだが ワシが色々と余計な事をしたみたいだね
お迎えが来る前に 謝罪の機会が得られて良かったと思っておるよ
この通り、」
妖精たちの支配空間から 外れないように確認しながら 慎重に頭を下げる
「申し訳なかった。そして後の事を頼みます」
彼にしては 柄にもなく狼狽しながら
「よして下さいよ 造船中将殿。【あとの事なんて】
そんな事言われるまでも無いですよ」
ああそういえば ワシの最終階級は 造船中将だったかな
久しく聞いていない 呼び名だった
頭を上げると ワシは さらに念を押しておくことにする
「予備役のワシに出来る事は 全てやったつもりだ。
根回しに 資材調達の便宜や 口利き
あの船の完成のために ワシなりにやれる事はやったつもりだ」
「・・・・・」
「確かにあの船は完成した、しかし正念場はこれからなんだよ分かるだろう
旧・赤城の12倍を超える排水量、大和と比べても7倍以上ある
その巨大な船の必要物資たるや想像を絶するだろう。
あの船が無敵足りえるのはその性能を維持出来ればの話だ
これからも必要な 食料を含む消耗品・武器弾薬・航空機 それらの部品
おびただしい数と量を 滞りなく供給しなければ命運が尽きるのは
シル君達だけでは無いのだよ」
「・・・・・」
「当然 優先的に物資を供給すれば 味方からでも妬み・嫉みが出るだろう
我々はそれらの有形・無形の圧力とも戦わなくてならない
ある意味 前線より苛烈かもしれないね
だからこんな事、誰でも頼めることじゃないんだよ。」
「・・・・」
「敵は何も前からだけとは限らない。後ろから刺される事だってある
味方と思っていたら 実は敵だった・・・・・なんて事は良くある話だ
そういった事を含めて 君にも お願いしておきたい」
「・・・・・」
「仮に、仮にだ。あの船が失われたとしよう。その後パイロット候補生はどうなる?
秋葉尾君の話だと 着艦訓練を受けていない若者達が【特攻隊】として
その若い命を散らしていったそうだ。
牧野君だってそんな未来、本意ではないだろう。」
しばし沈黙のあと
「・・・分かりました」
気が付けば 二人で頭を下げあっていた
「それだけ聞ければ ワシは金田中将に安心して報告に行けるよ」
ワシは感極まり 牧野君に握手を求め そして彼も 力強く握り返してくれた。
「さあ 湿っぽい話はそれくらいに しようじゃないか。
おや お茶も冷めてしまったね 淹れ直そう」
おみやげの羊羹を【末後の水】とばかりに ワシは良く味わって食した
「この羊羹 実においしいね。赤城謹製だから機密物資に当たるかな?
これは嫁にも内緒だな。ワッハッハ」
そして とっぷり日が暮れるまで思い出話に花を咲かせた。
立体プリンの文章って淡泊ですかね?
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