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後編

 実際のところ美南は少し焦っていた。

 過去を元に戻そうにもタイムマシンすら存在せず、貴重な時間ばかりが消費されていく。…そればかりか、時間が立つほどに状況は悪化していった。

 美南の記憶がよみがえることで、日常生活には支障は出ていないし、周囲に不審に思われている様子もない。しかし、裏を返せばそれは、『悠人としての自分』が薄れていくことを示しており、もはや現状としては『美南になってしまった悠人』というより『悠人の記憶を持っている美南』のほうが近い状況であった。

 しかし、彼女はまだ過去に戻るために必要な重要なキーワード――タイムマシンの制作者である義昭の名前――すら思い出せずにいた。


 義昭は意外な形で美南の前に現れることになる。


++++


 やがて夏休みが明けると美南は小学校へ行くことになった。彼女は記憶を頼りに危なげなく教室に辿たどり着くと、隣の席の人物に声をかけた。

「おっはよー。よしあきっ!」

 それから彼女はしばらく考えこみ、やがて、おもむろに口を開くと義昭にある質問をする。

「ねぇ、よしあき。タイムマシンのこと覚えてる?」

「タイム・マシン?かの有名なSF作家ウェルズの作品で、映画化もされたやつ?」

「そうそう。夕日を背景にカニが闊歩かっぽするシーンが何故なぜか心に残っている……って違ーう」

 その後もそれとなく質問を続けていくが、どうやら彼はかつての記憶を失ってしまっているようだった。


 義昭がこの有様ではタイムマシンはいつ完成するのか、そもそも本当に完成するのか。薄れゆく記憶のことを考えると美南は絶望的な気分になった。

 いざとなったら自分の手でタイムマシンを造らねばなるまい。とりあえず数学……もとい算数と、物理・化学…もとい理科は重点的に勉強しておこう。美南はそう決意したのだった。


++++


 美南の決意を嘲笑あざわらうかのように、月日は無情にも流れ、彼女は中学3年生になっていた。


「志望校の受験これからだっけ?」

「良いなぁ。美南は頭が良くて」

 残酷ざんこく選別せんべつひかえて、学級内は阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵じごくえと化していたが、美南は努力のすえに、義昭と同じ高校に滑り込むことに成功していた。もっとも、自分がなぜ勉学に追われているのか、当初の動機はもはや忘却ぼうきゃくの彼方であった……。

「……そりゃ、ゆっきーと比べたら誰だって頭が良いよ」

「ナニソレ、私そんなにアタマ悪くないでしょ?」

「……ごめん、私はゆっきーにだけは嘘をつきたくないんだよw。どうか許してww」

 ……もう言葉は必要ない。


 そんな彼女の携帯端末に、一通のメールが届いた。もちろん彼女の携帯のメールソフトは、今でもPOPに設定されていたが、当初の意味はすでに忘れ去られていた。

 「伝えたいことがある」――放課後、誰にも気取られないように屋上に来てほしい――。義昭からの呼び出しだった。


++++


「待たせた?」

 美南が屋上に辿り着くと、既にそこには義昭が待っていた。

「ううん、今来たところ」

 義昭の視線は自信なさ気に揺れている。美南は彼が持つ封筒に目をやり、呼び出された理由を察した。

「実は、僕は……」

 義昭は拒絶を恐れるかのように口をつぐんだ。しばら躊躇ためらったのち、義昭はおもむろに口を開いた。

「僕は、ずっと前から……」

 きらめく夕日が2人のほおを紅く染める。美南は期待で胸の鼓動こどうが高鳴るのを感じていた。

「タイムマシンを造るための研究をしていたんだ」

 そう言って、義昭は数百グラムはありそうな分厚い茶封筒を美南に差し出した。

「だから、どうか……、どうか一緒に造るのを手伝ってほしい」

 美南は、封筒の中身を検分けんぶんしながら返事を紡いだ。

「ええ、喜んで」

 義昭と一緒ならどんな困難も乗り越えていける。今までも、そしてこれからもずっと……。美南はそう直感していた。そんな二人の関係を祝福するかのように、少し気が早い桜が咲き乱れていた。


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