市井のケモミミ
親愛なる君へ
やぁ、こないだはありがとう。
ヘリオス=ターレットだ。間違っても略さないでくれたまえ。
さて、先日の君からの返事は大変傷み入るものだった。きっと君の言うように普通に人族の嫁をもらい、伯爵家次男としてそれ相応の地位で働けばよいのだろう。
けれど、それはできない――
わかってくれとはいわないが、君も本当はわかってくれているものだろうと思う。
しかし、君の案は一考に値すると思い、今日は城下に出かけ、市井の市場を見てきたのだ。
嫁にレプリカのケモミミや尻尾をつける、という君の案は実に素晴らしいと思う。
これならば擬似的とはいえ、ケモミミの嫁をもらった気分になれるだろう。
そう思っていたのだが……
結論からすれば、無理だった。
まずそんなものを扱っている店が実に少なかったのだ。毛皮などを扱う店はかなりあるのだが、ピンポイントにそういったアクセサリーを扱う店は実に少ない。城下の外れで一軒、それとハーレム街に一軒あっただけだった。
ハーレム街では、実際にそれを装着した女性とコミュニケーションを取れる店だったのではあるが、いかんせん、どんな美女がそれをつけても、何かが違うのだ。
今日はその事について君への文をしたためる事にした。
まず、レプリカの耳は、どことなく硬い。いわんや尻尾をや。
そしてそれをつけている女性は語尾に「にゃん」とか「わん」だとか「ぴょん」だとかつけるのだが、実に嘆かわしい限りだ。
ケモミミはそんな語尾をつけない、普通に喋る。
そして何より、ケモミミたる彼らは喋りながら耳を動かしたり、尻尾を振る事によって感情までも表現してくれる。実に表情豊かな種族なのだが、今日、お店で出会った彼女達はそんな事はできなかった。
耳は動かないし、尻尾は垂れ下がったまま。そして、何よりさわり心地が“硬い”のだ。
折角君が出してくれた案だったのだが、実際に装着する様を見て、その……すまないが興ざめだったよ。
ああ、しかし悪い事ばかりではなかった。
市井の市場で、すばらしいケモミミに私は出会ったのだ。
亜人達は皆、美形ぞろいという話はしたと思うが、その中でも、あどけなさの残る顔に、似合わないメイクをして、ハーレム街の入り口に、きらびやかな服を着てその女性は立っていた。
気弱そうに、通る人々に声をかけては邪険にされていたが、私はどうしても気になったので、こちらから声を掛けたのだ。
「え?」
私の一言に彼女は驚いて、元々丸い瞳をさらに丸くさせた。
彼女にそんなメイクは似合わない、と告げただけなのだが、彼女は目を丸くするばかりであった。
私は彼女に似合うメイクをしてやるために、とある化粧品屋へ連れて行き、そこの店主に彼女に似合うメイクを頼んだ。彼女の姿をみてすぐ亜人とわかり、少し嫌な顔をしていたが、金を積んだら笑顔で受けてくれたよ。
「これが……あたし……?」
その出来栄えは上々であった。
鏡をみた彼女は驚いていた。
「これからお楽しみかい?」
店主からそう聞かれたので私は頷く。
そう、これから私は彼女の耳と尻尾を思う存分愛でようとそう思っていた。
メイク中に聞いた話なのだが、彼女は主に捨てられ、それでも国元の兄弟達を食べさせるために働かねばならない、とあの場所で仕事を探していたそうだ。
そんな健気な彼女の言葉に、私は涙を禁じえなかった。彼女のように健気な頑張り屋さんこそ私の嫁にふさわしいのだと思う。こんな素晴らしい女性を捨てた主は馬鹿としか言いようがない。
そう、彼女を嫁に迎え、その愛らしい耳や尻尾を生涯掛けて愛でるのだ、と私は誓った。兄弟達もこちらへ呼んで、何不自由ない生活をさせてやろう、とも。
メイクを終え、少しシックなドレスを着せてやると、彼女は素敵なはにかむような笑顔を私に向けてくれた。
彼女は次の仕事があるから、また今度、と言い残して、さっきの場所へと戻っていった。
羽振りのよさそうな男と派手な建物へと消えていったが、そこで次の仕事とやらをするのだろう。
実にいい事をした。
あれならば職場での受けも良いだろう。
後は彼女を嫁に迎える準備をしなければいけない。彼女の兄弟を受け入れる準備も。
うらやましいだろう?
あんなに素敵なケモミミは滅多にお目にかかれないし、それを嫁に迎えることの出来る私も実に幸せ者だろう。
彼女もも、二つ返事で了承をしてくれたことだし、これから忙しくなる。
君の忠告はありがたかったのだが、おかげで本物のケモミミを嫁に迎えることが出来そうだ。
しばらく手紙を送ることは出来ないだろうが、君も私の、いや私達の幸せを祝福してもらいたい。
それでは、また。
ヘリオス=ターレットより