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(あくーっそ頭いてぇ!!)
ありえないくらいの頭痛でおかしくなりそうだった。けれど、右腕に感じる少女の感覚だけが、彼を堪えさせていた。手榴弾が爆破する直前に周平は、反射的にはる子をかばっていた。そのせいで爆破で壁か天井かに打ち付けられた一瞬の隙をつかれて、今こうやって攫われてしまっていた。
(けど、この子だけは、守らなくちゃ……)
そう思う反面で、体は自由に動かなかった。物理的に締め上げれているということもあるのだが、その程度で何もできなくなる周平ではない。おそらく、魔法的にも何らかの拘束がかけられていた。
今周平は、意識が戻ってからすぐに、その魔法的拘束の正体を突き止めようとしていた。
(つっても、やっぱり俺を縛っている拘束具自体が魔法的な力を持っていやがるなぁ。しかも、一国の軍隊が持っているようなやつだし、下手に外そうとしたら、ペナルティがあるのは見え見えだし)
周平自身がそのペナルティに負けるとは思っていないが、今ははる子も一緒だった。彼女がそれに耐えられる保証はない。しかし、周平は、自分とはる子が別々に拘束されていないということは、チャンスだとも思っていた。はる子の存在は、未だ敵には見えていないということになるからだ。周平が抱きかかえるようにしているために、そこに存在するということはわかっているだろうが、一度放してしまえばどこに行ってしまうかわからない。それゆえに、周平と一緒にまとめて縛り上げているのだろう。
しかし、氷華の言うことが正しいのであれば、今自分たちをどこかへ運んでいる敵は、自分たちの隊長を殺害した周平を狙っているはずだ。そもそもはる子のことはただの餌に過ぎないはずだ。
一緒に拘束する必要もなければ、生かしておく理由もない。
それでも、放しておいて向こう側に利益があるわけでもなく、仕方がなく手元に置いているのだろう。
(にしてもここはどこなんだ……)
消音できる性能の靴を履いているのか、魔法で音を消しているのか、それ相応の速さで走っているにもかかわらず、足音はしない。だが、あたりの感じから、人が多い場所でもなさそうだった。拘束され方からしても、魔法具で縛られて腕に抱えられているようなものだった。人目を憚っていてはできることではない。男子高校生と幼女を抱えて走れるというのは不自然かもしれないが、身体強化系の魔法を使えばそれほど難しいことでもない。そういう風に鍛えられた兵士ならばなおさらだ。
(もうそろそろ、脱出しちゃってもいいかなぁ……)
手榴弾を持った上に、魔法具まで持っている、そしておそらく戦闘の第一線で戦えるだけの能力を有しているはずの敵を相手にして、そういう無茶な発想が出てくるのは、周平の周平たる部分であるが、しかし彼としても、当然そう簡単にいくとは思っていなかった。なにか、ちょっとしたきっかけがほしかった。
なんでもいい。
敵の気を削ぐ、ちょっとしたきっかけだ。
周平の中では、自分たちが今運ばれているのは、非常経路か、それに類する普段は使われるはずのない通路だということで完結していた。ひと暴れしてもあまりに大きな騒ぎにはならないはずだし、何ならここを突き破って外に出てしまえばいいと、高を括っていた。それに、自分を拘束している魔法具も、それが機械である以上は周平が干渉できないわけではない。
だから、それをするための、ちょっとした時間。敵を狼狽させるだけの、動きを封じるための時間。その時間が欲しかった。
しかしながら、そんなタイミングよくチャンスが巡ってくるはずがなかった。相手はプロだ。生きるために、技術を体と頭に叩き込んだ軍人だった。それ相応のことがないと警戒心が薄れることなんてありえないし、たとえそうなったとしても、ターゲットを取り逃がすようなマネは命に代えてもしない。
少しずつ、敵が焦ってきていることは、肌で感じている。理由まではわからないが、自分に向かってくる周囲からの警戒心が、ほんの少しだけ揺らいでいることは感じている。しかし、それはある域よりも少なくはならない。常に複数の監視の目が、自分を監視していた。
そもそも、敵の人数が何人なのかすら周平は知らない。
気を失わされる直前、目視できたのは三人ほど。
だが、今彼らを取り囲んで進んでいる隊が、何人で構成されているのか、また、その後ろにどれだけの人数がいるのか、周平にはわからない。だが、氷華の言葉を信じるならば、相手が周平への復讐のために動いているというのであれば、敵は一人で相手をするには多すぎる人数になる。一対一で勝てる保証すらないというのに。
だが、こうして移動している以上は、安全なのだろう。
誰かが、自ら周平を手にかけようとしているのか。そうでもなければ、隊の復讐は、だれが行ってもいいはずである。
(ああ、もうめんどくさい。今はただ、待つことだけだ。それから、今ここで俺ができるのは、はる子ちゃんを守ること)
腕の中の感触を今一度確かめて、周平は焦る気持ちを落ち着けた。
何かが間違えば、自分はすぐにでも殺されるかもしれない。できることなら、こんな危機的状況は、すぐにでも抜け出したい。それでも、確実に逃れるためには、機会を待たなくてはいけない。秘都美は気が付かなかったようだが、初対面の時、米雲が三人ともに細工をしていたことに、周平は気が付いていた。それはおそらく周平が天白を裏切らないためのものであり、同時に、自分たちの安否を確認するためのものであると、周平はそう考えていた。はる子の存在に気が付いていたことには驚きだったが、彼らには、どうしてはる子の姿が見えないのかの理由がわかっているのかもしれない。
といったことから、頭を切りはなして、来るはずのチャンスをどうやって生かすのかを考えている途中で、どうやら風向きが変わってきたようだった。
移動が止まり、周平をかけていた腕から力が抜け、周平は重力のなされるままに地面に叩きつけられた。