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驚きと困惑を足して二で割って、それに焦燥をぶち込んだみたいな沈黙がたっぷり三秒続いた後で、氷華は静かに話し出した。
『周平くん。よく聞いてね』
「は、はい……」
氷華の声から伝わる緊張に呼応して、周平の方も緊張が高まる。そして、次に出てくる言葉は、周平が想像していたようなことで、やはり、あまり嬉しくはない内容だった。
『聡音はる子は、昨日の夕方から行方不明になっています』
「それは、やはり、最近の誘拐事件と何か関係してるんでしょうか」
『必ずとは言い切れないけど、ほぼその線で確定だとされているわ。そもそも、魔法師連続誘拐事件の全貌自体が正確には掴めていませんけどね』
その言葉はつまり、ある程度はつかめているということか。だが、最初の誘拐事件からすでに十日以上経過している。ただの誘拐事件であれば、五師八弟の情報網を駆使すればそろそろ事件の全貌が見えていてもおかしくはないのではないかと、周平は思う。事実、一週間の内に方がついた難事件なんて、それこそ数え上げることができないくらいに存在している。つまりは、今回はそういうことらしい。
なんて周平が考えているが、氷華そんなことは知らない。普通に、するべき事をしてきた。
『それより、周平くんが一緒にいる聡音はる子だと言っているのは、どんな見た目をしている?』
「あ、えーと。髪は栗色でおかっぱで、白いワンピースを着てます。身長は、俺の腰ぐらいまでですから、一メートルくらいですかね。」
『じゃあ、おそらく間違いないわね』
「で、どうすればいいですか?」
『う~ん』
氷華は少し思い悩んだあとで、口を開く。
『とりあえず、そこで待機しておいて。私の家の者がそこに行くから。そしたら、その人たちにはる子ちゃんを引き渡して。あとは、私たちが責任を持って彼女を保護するから。それと、あなたたちも』
「俺たちも《・》ですか?」
これは、周平にとっては意外だった。はる子が保護されるのは当たり前だとしても、周平たちが保護されるいわれはないのだから。そして、その後に続く言葉はもっと意外だった。
『正確には、周平くんを保護しなくてはいけないの』
故に、
「なんでですか?」
と、反射的に続けてしまう。さらに、
「別に、俺が保護される必要性なんてないですよ。俺、強いし」
とも言ってしまった。最期のはちょっと軽いノリ冗談のつもりだったけれど、氷華は思いの外本気で返答してきた。
『確かに周平くんはとても強いし、それについては私も認めるわ。けれど、それ把握まで一般人の範疇の中の話。捨て身の軍人相手にそんなこといえるかしら?』
「それ、どういうことですか?」
『……ホントは言いたくなかったけれど、あなたが当事者になってしまったなら仕方がないわ』
そう言った氷華が悔しそうにしているのが、周平にはなんとなく分かる。
『ここ最近の事件はすべて、大陸の組織が絡んでいるわ』
「それって、もしかして……」
大陸系の組織と聞いて、まったく心当たりがないわけではない。否、大ありだ。
『そうよ。あなたが壊滅させたあの組織の生き残りよ。その組織の日本渡航の目的は、復讐。上官を屠ったあなたへのね』
「つまり、俺が目的って事ですか?」
『そう。理由はそう難しいことじゃない。対面を保つだけならば本来手段を選ぶことなんてしない彼らなら、こんなことが起こっても不思議ではないと思っていたわ。部隊の壊滅までならともかく、隠密系の前線でエースを張る男が、大陸でも最上位の実力を持つ魔法師が、優秀とはいえたかだか一般人の高校生に排除された。そんなことは看破できない。大陸の威信にかけて。
だけど、私はそんなちっぽけな理由で、私はあなたを失いたくない。だから、私たちはあなたを守る。この国の魔法の頂点の一角として、魔法にかかわるとはいえ、一般人の範疇であるあなたを!』
「だめだ」
そんな、必死な氷華の言葉を、周平は一蹴した。当然、彼女の思いを理解した上で、自分が戦力的にはただのとて優秀な高校生の域を出ないことを承知した上で。それでも彼には、それは許されないと思ったから。
『周平くん?』
「そんなこと、俺が黙っているわけにはいきません。ただ俺のせいで、今までに何人が犠牲になった。俺みたいなやつをおびき出すためだけに、どれだけの人が苦しんだか。それを考えれば、俺は、こんなところで先輩たちに甘えているわけにはいきません。居場所は、もう分かっているんですよね? だったら、俺に教えてください」
周平は、あくまで強気だった。自分がどうなろうとも、自分ではない誰かが自分のために傷つくことなんて、耐えられない。しかれども、誰かにしわ寄せを押しつけるようなことは、本来守られる立場の者を危険な立場に立たせることは、氷華にもできなかった。何が何でも。
『だめに決まっているでしょう。侵入者の排除は、五師八弟家の仕事よ。あなたの仕事ではない。あなたが今やるべき事は、はる子ちゃんの安全を確保すること。それがもっとも大切な事よ』
「でも!」
『その子も、あなたの犠牲になってしまった子の一人でしょう? 周平くんは、まず責任を持ってはる子ちゃんを守らないといけない。それが、一つの筋でしょう? なにか、間違いはある?』
周平は押し黙る。途中から気が付いていたことを指摘されて、彼は言い返すことができなかった。それにつけ込むようにして、氷華は彼に指示を与えた。
『周平くん。今から、あなたに位置情報を送ります。秘都美と周平君は、そこにはる子ちゃんを連れて行ってちょうだい』
「……わかりました」
『それから、秘都美の魔法については、店内に限ってその使用を許可するわ。それと、周平君の魔法も、攻撃に使わないと約束してくれれば』
「約束しますよ。俺は、自分の役目を果たします」
『良かった。ありがとう。くれぐれも気をつけてね。無理をしないことね』
「了解です」
そう言って、周平は通話を打ち切った。
「シュウくん??」
通話を終えて、はじめに眼に入ったのは、心配そうな秘都美の顔だった。
そういえば、さっきの通話は、熱くなりすぎて、秘都美がいるのを忘れていた。
「大丈夫。俺が戦うことはないから。でも、俺は俺の責任を果たしたいですから。先輩、ちょっと危ないかもしれませんけど、付き合っていただけますか?」
「もちろん」
見初めた男にそんなことを言われて返す言葉を、彼女はそれだけしか知らなかった。