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 最初の店でこそ色々あったけれど、結局指人形は買ってしまったし、そのほか、お手頃名値段のぬいぐるみを買ったり、二人でおそろいの「トラさん」のキーホルダーを買って、携帯端末に付けたり、思ったよりも楽しんでいた二人だった。


 そんな二人は、そのあと服屋を何軒か回っていた。


 二人ともルックスもスタイルも抜群な上に、何かとセンスがいいせいか、試着室に服を持っていく度に、「買わなくてもいいから試着だけでもしてみませんか?」と、店員が次々に服を運んでくる。店の奥に試着室がある店では、いいのだが、店の真ん中なんかに試着室があるところでは、異常なほどに目立ってしまった。周りの人がチラチラと見てきたりするくらいならまだましな方で、中には一緒に写真を撮って下さいと言う人や、なぜか名刺を渡されて専属のモデルをしませんかと言い出す人なんかもいて(もちろん丁重に断ったわけだが)時間はあっという間に過ぎてしまった。


 そんなこんなで、今の時間は昼前。

 魔術師の卵とはいえ二人はもちろん真っ当な人間なわけで、時間的に適当な生理現象も当然起こっている。

「シュウくん。お腹すいたぁ〜」

「ハイハイ。昼からは映画も行く予定ですし、昼食は軽くでいいですよね」

「ん~、いいよぉ~。とにかく何か食べたい」

 ここでも二人は仲睦まじく、手をつないで歩いているわけだが、周平としては駄々を捏ねる十歳くらい年下のいとこをあやしているような気分だった。もちろん、そんなことを口にすると愛しの彼女に何をされるか分からないので言葉にはしないけれど。

 ただ、秘都美が疲れているのも分からなくもなかった。


「試着大変でしたもんね」


 服屋は、差別かというくらい女性向けの品物の方が多く、自然とコーディネートの幅が広がる。だから、店一軒での試着の回数も、周平よりも秘都美の方が圧倒的に多いのだ。周平の主観が入っているかもしれないけれど、彼は、秘都美は自分の倍くらいの服を着たり脱いだりしていたのではないかと思っていた。店員に乗せられるままに、調子を上げて次々都出される服を試していった秘都美に秘がないわけではないのだけれど。だがしかし、周平としては、いろんなファッションの服を着た彼女を見れたことに満足していたのも事実だった。


「ん~、たしかに大変だったけどね。でも、シュウくんの格好いい服がいっぱい見れて嬉しかったよ~」

「そうですか。俺もです」

「ほ、ほんとに?」

「こんな事に嘘ついてどうするんですか。先輩どの服着てもかわいかったですよ」


 と、周平は言ってしまった後で心臓が跳ね上がるように脈打ったのを感じた。そして、じんわりと全身から汗が出てくるのを感じて、さらにその焦りを強くする。と同時に、秘都美の柔らかい手に触れる自分の左でに、ぎゅっと力が込められた。


「ねえ。シュウくんさ、ホンっとに、奇襲が上手いよね……」 

 ちらっと、左側に目を向けると、頬を赤くした彼女がじっとこちらを向いていた。

「…………」

「しかも、狙ってないところがちょっと腹立つんだよ」

「いや、そんなこと言われても、本心ですし」

「また……」


 思いっきり上目遣い効果を受けて、思考と歩行が停止しつつあることを認識した周平は、さすがにこの群衆の中でこの状況はまずいと(正直すでにまずいけれど)直感的に察知して、秘都美に次の行動を促すことにした。


「い、いいじゃないですか。それより、フードコートでいいですよね。その辺でなんか買って、適当に食べちゃいましょうよ」

「そうね。私、オムライスがいい」

「たぶんあると思いますよ。ちゃっちゃと探しましょう」


 と、それから数分歩いてフードコートに到着した二人は、それぞれに昼食を調達して合流した。席はほとんど埋まってしまっていたが、運良く端っこの席が空いたためそこを選んで座ることにした。


「ちゃっかりオムライスにしたんですね。でも、そんなに大きいの食べきれるんですか?」

「大丈夫、大丈夫。最後は周平君が食べてくれるでしょ?」


 秘都美の前には、おそらく、一般的なサイズの三倍から四倍くらいはある「特大」サイズのオムライスが「どーん」という効果音さえも出てきそうな雰囲気で鎮座していた。一方、反対側の周平の方には、普通の豚骨ラーメンが置いてある。


「彼氏よりも食べる彼女って、どうなんですか? しかもその量……」 

「う、うるさいわね。いいじゃん!!」

「まあ、いいですけど。最後は俺が食べますし」


 と、なんだかんだ言いながら、二人は手を合わせる。

「「それじゃあ、いただき……」」

「わぁ~、美味しそう」

「…………」

「…………」


 舌なめずりが聞こえてきそうなその声の主は、周平と秘都美のどちらでもなく、その小さな瞳で主として特大のオムライスを凝視していた。


「えっと……」

「だれ?」


 そこで二人が反応に困ったのも無理はない。こんな場所で知らない人の昼食を凝視するような「子」はそんなにいないし、その「子」は、背丈が彼らの半分ほどしかない女の子だったのだから。

 花柄のワンピースは、小学校の低学年くらいの見た目によく似合っていたけれど、首に付けた赤い石のネックレスには、少し背伸びしている感じがした。けれど、そんなところも含めて、十分にかわいらしいといえる少女だった。


「先輩。こういうときってどうすればいいんですか?」

「ど、どうなのかなぁ……私もこんなこと初めてだし」


 と言いつつも、周平は何だがおかしな感覚にとらわれていた。彼としては、さっきまでは、確かにそこには誰もいなかったはずだったのに、この小さな女の子が突然、ここに現れたような感じがしたのだ。

 とはいえ、目の前の女の子は、やっと机から顔が出るくらいの身長しかない。

 もし見えなかったとしても、それはただ自分が見えていなかっただけだと思い直す。

 一方、秘都美は、アハハ。と力なく笑うだけだったが、何にせよ目の前で目をキラキラさせながらこちらを向いている女の子に事情を聞かなくてはならないと思い直したようだ。


「近くにママかパパはいないの?」


 秘都美が尋ねると、女の子は案外元気に、そして二人が想像していたのとはちょっと違う答えをくれた。


「あのね、今日はパパもママもいないの。はるはね、知らない間にここにいたの」

「はる? ああ、はるちゃんって言うのね?」


 とりあえず、ちょっと大きな問題を抱えていそうではあったけれど、秘都美はそれを無視(スルー)して入りやすい方向から話を進めていくことにしたようだ。


「そうだよ。はるは、はる子。さとねはる子だよ」

「そっか、春子ちゃんって言うんだね?」


 笑顔とともに向けられた秘都美の言葉に、少女。はる子はウンウンと頷いた。


「じゃあ、ハルちゃんって呼んでもいい?」

「いいよ~、呼んで呼んで。それで、青い髪のお姉ちゃんはなんて名前なの? あと、隣のお兄ちゃんは?」

「私は青影(あおかげ)秘都美(ひとみ)。それでこっちのお兄ちゃんは……」

「周平。金糸雀(かなりあ)周平(しゅうへい)だ」

「ひとみお姉ちゃんと、しゅうへいお兄ちゃん?」

「そうだよ。ハルちゃん。ハルちゃん、お腹すいてるの? 一緒に食べる?」

「いいの!! やったー!! はる、お腹すいてたの!!」


 とはいえ、周平と秘都美が座っているのは二人用の席で、椅子は二つしか無い。もう一つ椅子を付けるとなると、通路側に置くことになるが、それでもそのスペースは割合広めに取られていて、子供用の椅子を一つ置いたくらいでは、歩行の邪魔になることはないだろう。そう思って、椅子を取りに行こうとした秘都美だったのだが、それよりも先にはるこの制止が入った。


「だめだよ。たぶん、椅子くれないよ」

「どうして?」

「だってみんな、はるのこと見えてないんだもん」

「それ、どういう意味?」


 今度はるこに質問を投げかけたのは、秘都美ではなく周平だった。


「だってみんな、私が前を通っても、ぶつかっても、誰もいないみたいにするんだもん」


 と言っているはるこ自身も、なんでそうなったのか分かっていないようだった。


「ここに来る前はね、お父さんもお母さんも、私のこと見えてたし、お話もしてたんだよ。でも、突然ここに来てそしたら、だれもはるのこと見えなくなっちゃってたの。だからね……お姉ちゃんとお兄ちゃんがね。はるのこと見えるって分かって……すっごく嬉しかったんだよ」


 言いながら、はるこの声はちょっと震えていた。ここに来てからどれほど時間がたっているのかは分からないけれど、だれにも相手にされること無く、このだだっ広い空間の中で彷徨うことが、どれだけ不安なことだったか。だがその緊張の糸は、少女が知る由も無い、この国で最も優秀な魔法使いの卵のうちの二人との出会いによって、はち切れた。

 瞳が波打ち、雫が溢れ出る。それが頬を伝って降りる前に、秘都美ははる子の小さな体を抱き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫だよ。私たちが、ハルちゃんを元に戻してあげるからね。心配しなくても、お父さんとお母さんには会えるようになるからね」


 はるこも、なされるがままに秘都美の胸に顔を埋める。必死に堪えながらも、漏れ出てくる嗚咽は、それでも、周平と秘都美以外には聞こえない。そもそも、周囲から見れば、二人は何もない空間に向かって話しているのと同然で、秘都美が何を抱いているのかすら分かっていないはずだった。それでも秘都美は、腕の中の女の子に向かって言葉を投げかけていた。


「……うん」


 消え入りそうな声と一緒が、確かに秘都美の耳に届く。しばらくそのままで、秘都美ははる子を抱きしめて、地位差案震えが収まったことを感じて、腕をといた。それから、いつも周平に向けているような、輝くような笑顔をはる子に向けた。


「それじゃあ、まずは腹ごしらえからだね。お腹がすいたら何にもできないからね」

「うん」

「じゃあ、ハルちゃんは周平くんの膝の上ね」


 もちろん、その笑顔の中にはいろんな企みも一緒に入っている訳なのだけれど。


「は?」

「訓練よ訓練。周平君も、いつかはそうやるんだよ。私たちの子供で今やっておいても損はないでしょ?」

「いや、損とかじゃなくって……というか、『私たちの』って……」

「アハハ、顔赤くしちゃってかわいいわね周平君。半分冗談だってぇ~。

 あと、ハルちゃんに変なことしたら(りょう)くんに言ってやるからね」

「…………」


 くだらない言い争いの間に、はるこはちゃっかり周平の膝の上に座ってしまった。そして、箸を手に取る。「いや、それ俺の箸」と言う前に、はる子は「いただきます」を言い終えてラーメンを口に運んでいた


「まさか……」

「それじゃあ、私も、いただきま~す」


 目の前のオムライスとラーメンがすごい早さで無くなっていった。

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