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ショッピングモール「シラハ」は、三棟の直方体をした建物が。三角形の形に建てられており、それらの建物に囲まれた部分は中庭とよばれ、公園や植物園として使われている。その敷地面積は、駐車場と中庭を合わせて四十万平方メートル。三つの棟野中には、合計で約千店舗が入っている。
その巨大ショッピングモールに到着してから、周平が最初に向かったのは、とある雑貨屋だった。
仲良く手をつないで店に入ってきた二人だったが、秘都美は眉をピクピクと動かしていた。
「ね、ねえシュウくん! ……なんか私のことバカにしてない!?」
と、彼女が声をヒクつかせながら怒る理由は、もちろん、この店で取り扱っている商品のせいだった。 右を見れば、手のひらサイズの「ひよこちゃん」のぬいぐるみ。
左を見れば「かえるくん」がプリントアウトされた文房具。
言ってみれば、店の対象年齢が彼らの年齢よりも十年分くらい低かった。
「いや、このくらいがちょうどいいと思ったんですけど」
「ちょうど良くないよ!!!!」
秘都美はこれ以上にないくらいの膨れっ面で腕を組み、顔に「何か問題でも?」と書いてあるようなドヤ顔をかます周平を精一杯にらんだ。
「まったく、シュウくんは私をなんだと思ってるのよ。忘れてるかもしれないけど、私の方がひとつお姉さんなんだからね?」
「そういうものの言い回しをしている時点で『お姉さん』の格が下がっていくような気がするんですけど」
「…………」
周平がそういった時点で、秘都美はプイッとあさっての方向を向いてしまった。
(ちょっと怒られるかなとは思ったけど、想定外にご機嫌斜めだな)
一部ネタ的な要素があったとはいえ、案外好きなんじゃないかと思ってのチョイスだっただけに、周平は、自分が秘都美の幼稚さにしか目をむけていなかったことに若干の申し訳なさを感じる。元々、ここに長いするつもりはなかったため、例え飛ばしたとしても日程的に問題はない。
それよりも、機嫌を直してもらうために次に移った方が良さげだった。
周平は、一度放してしまった秘都美の手をつかむ。
「先輩。もう次行きます?」
「え、ああ、うん。でも、せっかく来たたんだし……」
「先輩、やっぱ興味あります?」
「ち、違うよ!
ほら。シュウくんもせっかくここまで来たんだから妹にお土産買ってあげないとだめでしょ?」
周平には確かに妹はいるが、それでももう中学生で、ここの雑貨は少し幼すぎる。などと考えつつも、秘都美が乗ってきてくれたのだからそれはそれで別にいいか。などと考えて、しばらくこの店をみまわることにした。
「それじゃあ、とりあえず見てみますか」
店は、平均的な学校の教室二つ分くらいの広さがあって、思ったよりも広さがある。その中で、男の子向けや、女の子向け、幼児向けなど、大まかに区分けがなされていた。
「ちょっと向こう見てくるね」
秘都美は軽く手を振って、そちらのほうへ行ってしまった。周平は、とりあえず男の子向けの雑貨がおいてある方へと向かう。
(うわーなんか懐かしい)
そこには、子供のときに良く見ていた番組のキャラクターの人形や、ロボットのおもちゃがおいてあった。こういった類のものは、小さい頃は好きだったのだが、最近では当然、全く見なくなってしまっている。
一つの疑問として、どうして彼が子供の時の番組のキャラクターが最新式のショッピングモールにおかれているのかということが浮かんだが、「これだけ多くの店が入っているれば、一つや二つ、少し趣向の違う店があってもおかしくはないか」と、そのくらいに考えて、周平はしばらくの間、目の前の人形やロボットを見て回った。
思ったよりも楽しめたなと満足すると、周平はしばらく放置してしまっていた秘都美を探すことにした。店の中は通路が狭くて死角が多いが、割と簡単に見つけることができた。
「あれ……」
すぐに、次に行こうかと声をかけようと思ったが、秘都美は棚にズラリと並べられたかわいらしいストラップのなかから、一つを手にとっては首をかしげ、そして次のを手にとってはまた首をかしげている。さっきの反応といえ、目の前の真剣さといえ、秘都美は案外この店の品物を気に入っているようだった。
となると、周平がことを起こすのは、そんなに想像に難くなかった。
◆◇ ◆◇ ◆◇
周平は、できるだけ秘都美に気付かれないようにして彼女に近づき、彼女の背後に立つといきなり話しかけた。
「先輩、まんざらでもなさそうですね」
ストラップ選びに夢中になっていた秘都美は、後ろから急に声をかけられて、雷に打たれたように体をビクッと震わせ、振り返った。そして、言葉の意味を理解した。
「こ、これは!!」
「先輩、こんなのどうですか?」
秘都美の反論が来る前に、周平は自分の指を彼女の目の前に突き出した。そこには、かわいらしいクマの指人形がちょこんとはめられていた。
「なっ……!! しゅ、しゅうへいくん。やっぱり私をバカにしてるよね!?」
「え、そうですか? いいと思ったんですけど」
「わ、私を誰だと思ってるのよ!!」
秘都美は少し声を荒げたが、周平は済ました様子で続ける。
「ですよね〜。さっきからすみません先輩。これ、どうやら何年か前に絶版になってたらしくってもうこの辺りには売ってないみたいなんですけど、両方とも最後のひとつだったんで返しときますね」
そう言って、手にはめた指人形を外し、元の場所返しに行こうと後ろを向いた周平の服の裾を、秘都美が掴んだ。
「どうしたんですか?」
聞いてみたが、返事はない。見ると、目を泳がしながら、口をパクパク動かしていた。どうやら、なんと言えばいいかわからなくなってしまったらしい。
がしかし、周平はここでやめる気はなかった。
「先輩、何言ってるかわかりませんよ? ちゃんと言ってくれなきゃ」
周平がそう言うと、秘都美の周平を掴む手の力が強くなり、顔がみるみる赤く染まっていく。そして、その瞳も潤みだした。
「しゅ、しゅうくん……ズルイよ」
とこの辺りで周平は満足感と罪悪感の均衡が後者の方に傾く音を聞いたのだった。