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少し時は過ぎ、デート当日。
「デケェ・・・・・・」
周平は、目の前に立ちはだかる建物に、珍しく感嘆の声を上げていた。
最寄りの駅で合流し、二人は郊外のショッピングモール「シラハ」にやってきていた。彼らが所属する帝徳高校は都心にあり、少しあれば大概のものは手に入るのだが、少し遊ぶにしても買い物をするにしても、高校生には少し物価が高かった。
外に行くのに少々の交通費は必要になるが、それでも、店内に入っているアウトレット店でちょっとイイお買い物をすれば元を取れるし、二人ともこのショッピングモールにはそれほど足を運んでいないということもあった。周平は、親に連れてこられることはあっても、自分一人で来たことはなかったし、そもそも秘都美はこんな庶民的な店にはあまり出入りしなかったりする。というわけで、国内で最も大きなショッピングモールを二人で歩き回ってみるというのは、彼らにとっは斬新な体験だった。
「シラハ」の周辺は、近年になって「再々開発」とかいうなかなかに気合の入った計画を成功させた地域で、今二人が来ているショッピングモールはその象徴として知られている。
「駅からも相当大っきく見えたけど、近くで見るとまた圧巻よね」
広大な敷地と施設を持つ大魔法学園に通っている彼、彼女らにここまで言わせるほどに、シラハの敷地は広大で、建物は巨大だった。
「ここ、どこぞの軍事基地よりデカいかもしれませんよね」
「まあ、天白会長のとこの店だし、もしかしたらどこぞの軍事基地よりも耐久力は高いかもね」
「え? ここ、天白家系統なんすか?」
「周平くん。『シラハ』の漢字は、白羽っていえば、天白家が経営してる企業の代表格だよ?」
「ちなみに、白羽とは?」
おそるおそる問い返す周平に、秘都美は冷たい目線を送る。
「シラハコーポレーション。シラハの漢字は『白羽』で、『白』が入ってるでしょ?
別に、名字から一字とった企業なんてたくさんいるけど、一度は注意してみるべきよ。
で、『シラハ』は最初、ウエディングドレスのメーカーからスタートしたんだけど、そこからブランドの衣服に進出して、大成功。それから、いろんな業種の企業を吸収していまは多方面に手を伸ばしている国内有数の大企業よ」
「ウエディングドレスって、これまた微妙なところから始めたんですね・・・・・・」
「それでこの規模の大きな企業になってるんだから、巷では黒い噂がちょくちょく聞こえるけどね。まあ、五師六弟家が直々に経営してるところは、どこも似たり寄ったりだよ」
「・・・・・・勉強になります」
ご令嬢の秘都美からすれば何でもないというか、一般常識として知っておいてほしかったレベルの話ではあるが、一般人かつ、奈良事件のあと少しは気にするようにはなったが、それでもなお基本的に世間に無関心な周平とでは、持っている情報に大きな隔たりがあった。
とはいえ周平は全国有数の魔法科高校の中でその最上位の魔法力を持っているわけで、彼の置かれている立場を考えると、秘都美としてはもうちょっと世の中に関心を持ってほしいと思うわけだったが、今日はとりあえずそのことは忘れることにした。
なんせ今日はデートである。
「周平君。今日は許してあげるけど、今度からデートの場所は気をつけてよ?
私は最初、何かの冗談じゃないかと思ったんだからね?」
「いや、『白羽』が会長のところのだって知らなかったことは俺が馬鹿だったって言うことですけど、なんで冗談になるんですか?」
華やかな笑顔で軽く釘を刺してみても、周平は氷華が自分のことをどう見ているのかを知らない。全くもって糠に釘で、鈍感というか、周囲に気を配れないというか、やっぱりその辺に関しては教育が必要かな。とか思う秘都美だった。
「どうしたんですか先輩?」
「いや~別に~。馬鹿な周平君がいつまでも馬鹿じゃ困るなぁ。って思っただけよ」
「馬鹿って・・・・・・」
「周平君のことは好きだけど、ときどきほんとに馬鹿なのよ。ばーか-。」
好きとか馬鹿とか言ってほおを膨らませる秘都美に、どう対応すればいいのか分からなくなっている周平を見てニヤッと笑うと、秘都美はがばっと周平の腕に抱きついた。春も終わりに差し掛かり、暖かいというよりは暑いと形容する方が適切な季節になってきたが、それにあわせた白いレースのワンピースは、布越であっても周平の腕に柔らかいものを感じさせるのには十分だった。そして、痛々しい周囲の視線。
そんなことも当然全部計算に入れて、秘都美は十センチくらい上の栗色の瞳を見つめた。
「でも、もうこの話は終わり。せっかく周平君がデートに誘ってくれたわけだしね。ほら、早く行こうよ」
といってみても、周平の足は進まない。
「もしかして、行き先考えてない?」
「いや別に、一応決めてはいますけど、先輩が行きたいところがあったら、俺はそこについて行こうかなって思ってたんで」
「やだなぁ、誘ってきたのは周平くんだよ? ちゃんとエスコートしてほしかったな~」
と、仏頂面で行ってみたが、周平は周平でちゃんと考えてきたらしかった。
「といわれるのは分かっていたんで、ある程度は予定組んでますよ」
「お、さすが私の彼氏。よく分かってるね」
「先輩に任せてたら何されるかわかったもんじゃありませんからね」
と、ため息交じりの周平。
「うわ、それはひどい! 私だって、別にいつも周平君を困らせてる訳じゃないんだよ!
生徒会の仕事だってちゃんと手伝ってあげてるし、たまには勉強も教えてあげてるし、それに・・・・・・」
「先輩、おいていきますよ?」
というと、周平はするりと秘都美の腕組みから抜け出して歩き出す。
こんな技もいつの間にか覚えてしまって、とか、話を聞き流されたことはそっちのけで、後輩彼氏の嬉しいのか嬉しくないのかよく分からない成長をこんなところで感じてしまった。
「ちょっと待ってよ~」
秘都美は数歩先に行ってしまった彼に小走りで追いつき、再び彼の右腕に自分の左腕を絡ませた。
「うわっ、ちょっと。近すぎですよ」
「え〜、いいじゃんべつに。ね、シュウ君?」
「先輩、その呼び方はさすがに恥ずかしいんでやめてもらえません?」
少し不満そうな顔をしながらそう言いつつも、周平は腕を振りほどこうとはしなかった。
なんだかんだといいながら、傍から見れば、仲睦まじいカップルだった。
珍しく、秘都美目線。
ころころ変えるとあれなんで、ここからは基本周平目線で行きたいと思います。